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「よく来てくれましたわ。アナベル嬢。」
王妃様は始めにそう言いました。
「いえ、こちらこそ王妃様。この度は招待していただきありがとうございます。この会に参加できることを心より嬉しく思います。」
この国では王宮主催のパーティーは基本的に王妃様が取り仕切ります。だから夜会デビューのご挨拶は王妃様に行うのです。
「アナベル嬢、私はあなたが来てくれて、とても喜んでいるの。歓迎いたしますわ。」
「光栄に思います。」
社交界のトップに立つ王妃様。一言一言が大きな意味を持つのでよく聞かなければなりません。
「そして、今日はうちの息子にエスコートをさせてくれてありがとうね。」
王妃様はチラッとステファンを見ました。
「そこでね、もう1つお願いがあるの。」
「なんでございますか?」
……お願いじゃない、命令だこれは。
「最初のダンスをステファンと踊ってくれないかしら?」
「…喜んでお受けします。」
「まぁ、ありがとう。」
……どんなことをお願いさせるかわからなかったけど、ステファンと最初に踊れるなら良かったわ。
「ステファン、お願いね?」
王妃様がステファンの名を呼ぶと、ステファンは前に出て来てアナベルの手をとると、
「よろしく頼む。」
アナベルの手の甲に軽くキスをしました。
「始めに殿下と踊れるなんて私にはもったいないことですわ。」
アナベルがそう返すと、王妃様がパンッと手を一度打ちました。ホールのざわめきがおさまり、皆の注目が彼女に集まります。
「皆様、ご準備は宜しいかしら?今日は初めて夜会にいらっしゃる方が何人かいらっしゃいますの。だから最初のダンスは彼ら彼女らに踊ってもらいましょう。」
そう言った王妃様がアナベルとステファンに軽く目配せをしてきました。
……しょうがない。
(目立つからいいじゃないか。)
二人は目で会話しつつ、小さなため息をついて、仲良くホールの中央に歩いて行きました。それにつられるように、他にもアナベルのように白いドレスを着た令嬢達がパートナーと共に出てきます。
アナベル達はホールの中央に立つと、お互いに組んでいつでも踊れるように構えます。他の組も位置を決めると構えていきました。
王妃様は全員が構えたのを見ると軽く微笑んで、手を軽く上げて合図します。楽団がそれを見て演奏を始めます。なんだかまったりしていて気持ちがいい曲です。リズムにあわせてステップを刻み、アナベル達が踊り始めました。
「まぁ、アナベル様、ステファン殿下と踊っていてよ?」
「アナベル様は王妃様に気に入られているようよ?」
「それにしてもダンスがお上手ね。」
「やっぱり、公爵家のご令嬢だもの、相当練習してきているはずよ?」
「それを考えても上手いわよ。私より踊りなれている気がするわ。」
「第二王子と踊って、公爵家の許嫁で、ダンスも上手いってこと結構目立つわね。」
「周りで踊っている子達が霞んでしまうわね。」
「あら、あそこで踊っているのはお宅のお嬢さんではなくて?」
「我が家は目立つのは避けたい思考だから、霞むくらいでいいのよ。」
「…それでいいの?」
「ええ、それに、あの子、婚約者いるし。」
そして、貴族達のひそひそ声も復活です。
(いい感じに目立っているみたいだね?)
……そうね。それにしてもステファン、あなた踊れるのね。
(僕をなんだと思っているんだい?第二王子はダンスくらいは軽くこなせますよ?)
……へぇ、笑顔はオプション?
(そうだね。でも、アナベルと踊れて楽しいよ?)
……他の令嬢だと、気を使うものね。
(うん、だいぶ気が楽になる。)
……じゃあ、今の私はあなたの許嫁として、公爵令嬢として問題ないかしら?
(ん?そうなんじゃない?ダンスも笑顔も完璧だから。)
……まぁ!ありがとう!!私やったのね!完璧なのね!目立てているのね!!!!
(良かったね。目立てて。)
……ええ!
二人は心の会話の内容は微塵も感じさせないように優雅に微笑み会いながら踊っていました。周りの人から見たらさぞ素敵に見えたことでしょう。
アナベルはその後、いろんな人に挨拶したりされたり、一緒に踊ったりしました。そしてそれはそれはもうへとへとに疲れてました。だけどアナベルは彼女らしく、立派な猫を被っているので、誰も彼女の内心には気づくことはありませんでした。
夜会デビューで、流行りからずれたドレスを着こなし、第二王子にエスコートされ、その上最初のダンスも上手にこなしたアナベルは、願い通りに目立つことが出来たのでありました。
カトレア嬢の父親のバレーヌ公爵は勝手にライバル心を燃やして歯を噛みしめました。
アナベルの父親のクラルティ公爵はそれを見て、してやったりと彼ににっこり微笑みました。
二人の間に火花が散りました。