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ほとんど会話です。
とある日の夕方、ステファンがアナベルを訪ねに公爵邸にやって来ました。
「やぁ、アナベル。元気にしてる?」
「あら、ステファン、相変わらず元気そうね。」
「へぇ、僕が元気に見える?」
「社交辞令よ。事実は私がこの前に紹介したリリアーヌ嬢に付きまとわれて疲れて寝不足。さらにその疲れた顔をメークで隠している。そんなところかしら。ちなみに私は忙しくて元気なんて考えてないわね。」
「図星だよ。あの子はさ、今までの子達と違うんだよね。ほら、今までの子達はさ、付きまとって僕の視界に入ろう、覚えられよう、って感じだったんだよ。ところがリリアーヌ嬢は憧れの人を追いかけているという感じで、何て言うかあしらいづらいって言うのかなー。」
「天然なのよ、きっと。大体の令嬢はあなたに憧れを抱くと同時に王族としても見ているわ。だけどリリアーヌさんはただ単に憧れの存在で見ているんじゃないかしら?おめでとう。ステファン。あなたをステファンとして見てくれる女の子が現れたわ。お幸せに!」
「嬉しくないし、ほめられてないんじゃない?というかなんで結ばれる前提?しかもそういうのが通じるのは本の中だけだよ?王族として見てないイコール妃になる覚悟なし、だよ?」
「いいんじゃないの?二人は愛ですべてを乗り切るのよ。」
「そう上手くいくものじゃないでしょ。事実、兄上の婚約者様は妃教育の過酷さで死にそうだって嘆いているそうだよ。」
「へぇ、あの方、結構そういうの強そうだけど。」
「うん、やりとげて見せるって言って耐えているらしい。」
「流石ね。あっ、将来あなたの奥様がどうしようもなかったら、遠慮なく言ってね?私、そのために許嫁やっているんだもの。」
「うん、わかってる。だけど許嫁に仕事を任せるって結構不名誉なんだよ。だからその辺はちゃんとした人を探そうと。」
「…ふーん、そう。」
「そういえば、アナベル。今度の王宮主催の夜会に出るんだって?」
「そうなの。ドレス作りが修羅場になっているわ。」
「ふーん。それってクラルティ公爵と来るの?」
「そう、お父様と。あと、お母様も娘の晴れ舞台だから来るとおっしゃってたわ。」
「アナベルの母上って夜会とかに全然出ていないよね?」
「うん、王都すら来たがらないわ。普段はお忍びであちこち旅行しているわよ。」
「公爵夫人ってそんな感じなのか?」
「いえ?我が家が特殊なのよ。社交しない貴族なんていないわよ?普通は。ましてや公爵家よ?しかもお母様、昔は社交界でも有名だったらしいわよ?」
「うわぁー。よっぽど社交がストレスだったんじゃない?」
「そうみたい。私が一人である程度できるようになったとたんに旅行に行ったし。『ようやく重荷を降ろせたわ、あとはまかせたわよ。』とか言ってたわね。私、まだ、夜会デビューしてないのに。」
「自由になりたかったんだね。きっと。」
「私も早く自由になりたい。」
「貴族に自由なんてないよ?」
「知ってるわ。」
「そうだ、なら、クラルティ公爵は奥様のエスコートだよね?アナベルどうするの?僕やろうか?」
「やってくれるの?何だかんだでそれが最良の策だったのよね。あなた王族だから言い出し難くって。頼まれてくれるの?」
「頼まれますとも!」
「助かるわ!これで我が公爵家の評価が上がるわ!」
「おめでとうございます。」
「我が家はやることはやっているんだけど目立ったことはあまりないのよね。」
「そうなの?許嫁を出しても?」
「たかが許嫁一人よ?うちは公爵家、貴族の上に立つんだから存在感は大きくないと。」
「ふーん。大変そうだね。」
「まぁね。でもあなたほどでもないわ。産まれて2ヶ月後にはお仕事でしょう?」
「貴族との顔合わせのこと?おくるみにくるまれてるだけらしいよ、あれは。ただの儀式。僕は何も覚えてないし。」
「覚えていたら怖いわよ。」
「なるほど、覚えてなくて当然か。」
「そうよ。まぁ、とりあえず夜会の件はお父様に伝えておくわね。」
「よろしく。」
「あと、カトレア様が私の次の夜会でデビューするそうね。」
「えっ、それって王宮主催のやつ?」
「もちろん。夜会って言ったら王宮のでしょ?」
「カトレア嬢のデビューなんて知らなかった…。」
「丁度私の次だから、より目立とうとするわよね、きっと。」
「あそこの家は派手好きだからな…。」
「そこで私があなたにエスコートされて出てきたらどう思うかしら。」
「負けじとエスコートを王族にさせようと思うだろうね…。」
「今現在、カトレア様のエスコートが出来る未婚もしくは婚約者のいない王族は?」
「僕だけです…。」
「じゃ、頑張ってね!」
「なにを。」
「えっ?カトレア様のエスコート。」
「まだやるとは言ってない!むしろ気乗りしない!」
「じゃあ、断らなくちゃ。」
「そんな。あそこの公爵、しつこいんだよ!面倒くさい!」
「腕の見せ所よ!」
「嫌だ、疲れる。」
「あなた、王族でしょう?」
「…頑張ります。」
「頑張ってください。」
「…アナベル、あのさ。」
「なあに?」
「君、表の顔を脱ぐと性格変わるよね?」
「猫と言いなさい、猫と。」
「了解。」
その日、ステファンは公爵邸で紅茶を二杯飲むと帰って行きました。