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短いです。
自室に戻ると、ステファンは過去の自らの日記を手に取りました。日が傾いて、部屋にはランプの明かりが灯されています。
初めて字がかけるようになった時から、少しずつ書きためてきた日記です。幼い頃の自分の字はあまりにも拙く、読めないものもありました。思い出の品をついつい読みふけりたくなるのをぐっとこらえて、目的のものを探します。
「……アナベルが見せてくれた花輪は、玩具の鞄に入っていた。あの鞄を持つような年齢で、なおかつシロツメクサが咲く季節はっと…。」
結局、自力で思い出すことを諦めた彼は、過去の自分に助けを求めます。日記に記された数々の思い出に後ろ髪を引かれつつ、ステファンはページをめくります。
「あった、七歳の時。アナベルと一緒に王宮の庭で遊んだ。シロツメクサが咲いていた。そう書いてある…。」
ステファンはそっとその文字の続きを指でなぞります。
「へぇ、思い出したけど、僕ってそんなロマンチックな人間だったのか…。すっかり忘れていた。」
内容に満足したのか、彼の目は他のスペースへと動きます。ふと、その前日の記述をとらえました。
「なるほど、前日がアナベルのおでこにキスした日か。アナベルがこの前に言っていたやつ。いまさら恥ずかしいよな…。」
そう言いながら、ふふっと軽く笑った彼の横顔が部屋のランプの明かりに照らされます。
アナベルのおでこにキスした日、それはアナベルが初めてステファンのことを意識して恥ずかしがっていた時にステファンが彼女のおでこにキスした日。
「なんだ。アナベルは六歳って言っていたけれど、七歳の時じゃないか。」
ステファンはもう一度、目を細めて日記を眺めます。
「どうしてこれが今みたいのになっちゃうんだろう。」
パタン、と日記を閉じると、それを元の位置に戻します。綺麗に整理されたそれらはどれがいつのものかが一目でわかるようになっています。
日記を戻した手で、ステファンは花図鑑を取り出しました。貴族用の、主に贈り物として花を送る時の花言葉やポイントが書かれた本です。
「僕が花言葉なんて気にするとはね…。」
そっとシロツメクサのページを開いて読んでみます。
「あぁ、そういえば花言葉は一つとは限らなかったね。」
ステファンはなんだか満足した様子でした。
「また、兄上とお話しなくちゃ。」
その夜、彼はよく寝ました。
翌朝、タイミングを見計らったかのようにステファンの元に兄王子からの招待状が届くのを彼はまだ知らないのです。
アナベルのおでこにキスエピソードは第1部分の説明回の冒頭に出てくるやつです。