軍手
ある日。
買い物に行こうと近くのスーパーに向かっていたら、歩道のはしっこにぼろぼろの軍手が落ちているのを見つけた。それも、片方だけ。
何故だか妙に気になってしまい、無意識のうちに軍手を拾っていた。
この軍手の持ち主はどうしているのだろうか。
片方だけではどうにもならない。もしかしたらこの軍手を探して朝から晩まで走り回っているのではないか。
そう思うといてもたってもいられなくなり、私は持ち主を探す旅に出ることにした。
翌日、私は仕事を辞めた。
事情を家族や友人達に話すと、みな怯えたような顔をして私に少し休んでから仕事に戻るよう進めたが、私にはそれが不思議でならなかった。
その日から軍手の持ち主探しが始まった。
私は手始めに、近所の人への聞き込み調査から始めた。
覚悟はしていたが捜査は難航し、私が軍手の持ち主を探し始めてから2ヵ月が経過していた。
だが、諦めるつもりはさらさらなかった。
自分でもよく分からない、得体の知れない感情が、私を突き動かすのだ。
私はこの軍手を持ち主の元へ無事届けられるのだろうか、そんなことを考えながらぼんやりと軍手を眺めていると、あることに気づいた。
ぼろぼろの軍手に、うすく、消えかかった字でこう書いてあるのだ。
『軍手山 かたっぽ』
珍しい名前だったので、すぐに見つかった。
私は、軍手山さんが泣いて喜ぶのを想像し、心から幸せな気持ちになった。
翌日、私は軍手山さんを訪ねた。
遠足に行く子供のように、うきうきと心を躍らせながら。
だが、軍手山さんの反応は、私が想像していたものとは違った。
怪訝そうな顔で私の話を聞いた軍手山さんは、目を丸くし、しばらく黙ったあとこう言った。
「あ〜、もうとっくに新しいのを買ったよ笑」
そのとき、私の中の何かが壊れるのを感じた。
そこからの記憶はない。
ただひとつ覚えているのは、動かなくなった軍手山さんの左手に、軍手をつけてあげたことだ。
「主文、被告人、無罪。本件について、被告人に刑事責任を負わせるに至る精神状態の存在は認められないとし…」