王都までの旅路と、乗り合わせた客たちと
リヴェリア王国の王都はリーリアという。
元々リーリアはアダムス川の上流にある鉄鉱山から運び出された鉄鉱石と、山から切り出された木材と石材を集積する町だった。
しかし、ここ二百年の間で急速な発達を遂げた海運業の影響で、天然の良港を持っていたリーリアは多くの貿易船が寄港する港として重要な中継拠点となった。その結果、集まってきた資金を背景にして都市は拡大を繰り返した。そして数代前の王が王都をリーリアへの遷都を宣言。今では人口も百万を超す大陸有数の大都市となっている。
秋の終わりに村を出発してからおよそ三ヶ月の月日が経っていた。
途中立ち寄った町で残りの宝石を換金した俺は、その金で冬の厳しい時期を町でやり過ごしたのだ。
おかげで手持ちの金が心許なくなってしまったが、うちの村があった地方は雪が深く無理な旅は危険なので仕方がない。
結局、金属を黄金に変えてしまう『黄金変化』の権能に頼る事になりそうである。
どこかで金属屑が調達できないか探すことにしよう。
そして平地の氷雪がようやく解けてきて、緑と小さな花々がちらほらと見られるようになってきた頃に、俺は王都への旅路を再開した。
冬の間逗留していた町を出発する時、なけなしの金をはたいて乗合馬車を利用する事に決めた。
途中の町に逗留してやり過ごす事は予定通りだったのだが、今年の冬は例年以上に寒さが厳しく、雪解けの時期が遅かった。
そのせいで予定していたよりも出発日が遅くなってしまい、王都への到着が遅れて士官学校の入学試験の日に間に合うかどうか微妙になってきた。
乗合馬車の駅には、俺と同じようにこの町で冬を越した旅人らしき者がたくさんいた。
俺と同じく王都へと向かう者、または違う町へと向かう者。
「おおい、ザンクスへ行く者はいないか! ザンクスへ行く者はいないか!」
「アシタバ行く奴! 出発するぞ! 前もって決められた通り出発してくれ!」
大声を張り上げて同行者を募っているのは商人たちだ。
同じ目的地に向かう者たちで商隊を組むのだ。
駅は様々な目的の馬車が停留していて、そこにいるだけでも彼らの熱気が伝わってきて楽しい。
俺が乗る事になった王都方面行きの乗合馬車は、客車が幌で覆われた二頭仕立ての馬車だった。
馬は二頭仕立てで御者台では年老いた男が準備を進めていた。彼が御者を勤めるらしい。
王都までは今いる町からまだ幾つかの町を経由して行かねばならない。
歩けばまだひと月は掛かる旅程で、王都へ向かう商隊に同行して向かうことになる。
長い旅路となるので、商隊には道中を護衛する傭兵隊らしい武装した集団もいた。指揮官はどういうわけか旅行用の外套のフードを深く被っていて、顔が良く見えない大柄の男。テキパキと指示を出して傭兵たちに旅の準備を進めさせていた。
乗車賃を払った馬車の横で荷物を置いて腰を下ろしていると、俺と同じ馬車に乗るのか出発を待っている客が三人いた。
暇なので彼らを適当に観察してみる。
中年の農夫とその倅らしい朴訥な顔立ちの若者。遠方の村に住む農夫の親子らしい。この町に住む縁戚の人を訪ねてきたようだ。今は見送りの人々と別れの挨拶を交わしている。
身体の半分以上もある重たい荷物を背負った男は、行商人のようだ。彼らのような行商人が乗合馬車を利用するのは珍しい。何か急ぎの商談でもあるのだろうか。顔や剥き出しになった腕が見事なまでに赤銅色に日焼けしているので、普段は徒歩で旅をしているのだと思う。
「お客さんがた、直に馬車が出発するんでどうぞ乗ってくだせぇ」
御者の老人に言われて、俺は地面に放り出していた荷物を持ち上げる。
あれ? 客は四人だけなのかな?
王都へ向かう乗合馬車は他に何台もあるけれど少ないな。
そんな事を思っていたら。
「前の方、先に座ってもいいかね?」
俺たちの馬車に歩み寄ってきたのは、先程護衛の傭兵隊に指示を出していた指揮官の男だ。
フードを被って顔を隠しているのだが、声音からかなり歳を召している様子だ。
大男の後ろには彼と同じようにフードで顔を隠した者が三人いる。
「俺も含めて四人だ。俺たちはこの商隊の護衛なんだが、その仕事とは別件でお客様を預かっている。こちらがそのお客様だ」
そう言われて後ろの三人を見た。
並んで立つ三人のうち真ん中の人物は小柄だった。先程から落ち着き無くしきりに周囲を窺っている様子。ほっそりとした身体でどうやら女性らしい。
「どうぞ」
顔を隠しているのが胡散臭いのだが、貴族か金持ちのお嬢様あたりがお忍びで旅行でもしているのかもしれない。
できれば俺も一番後ろの席が良かったので、前側の席を快く譲る事にした。
農夫の親子も行商人も席の位置にこだわりは無いのか、俺と同様に快く譲っていた。
別に俺たちに断らなくても、さっさと乗り込んで席を確保する事もできたはず。それをわざわざ声を掛けて席を譲ってもらうという行為から悪い人間では無さそうである。
顔を隠さねばならないのは、この辺りでは有名人だったりするのかも。
俺と同じように考えたのだろう。
俺以上に彼らの事を胡散臭そうな目で見ていた行商人も、どこかホッとした表情で荷造りを進めていた。
行商人にとって今抱えている荷物は全財産に等しいはず。乗り合わせた馬車に胡散臭そうな連中がいたものだから、気が気じゃなかったに違いない。
「ありがたい。では私も護衛として一緒に乗り込ませて頂く」
俺に声を掛けてきた傭兵隊の隊長が礼を述べると、一番小さい体格――おそらく女性に手を貸して乗り込む。その後に残るフード姿の二人が続いた。
客車内は前側を外套のフードで顔を隠した四人組、その次を農夫の父親と行商人、そして最後尾に俺と農夫の倅が陣取った。
農夫の倅は今の俺とあまり変わらない年齢だ。
「あまり村を出る事が無いので、外の景色を見たいんですよ」
彼は照れくさそうにそう言って、後ろの席を確保したのである。
農夫の父親は自分の村と町をよく往来しているらしく、この辺りの景色はよく知っているし旅慣れた行商人も景色に興味は無いとの事で俺も後ろの席を譲ってもらえた。
行商人はむしろ農夫の父親の隣の席が良かったようだ。この辺りの特産物や作物の出来等を聞き出している。父親の方でも遠方の作物の出来具合等を聞き出している様子だった。
王都方面に向かう馬車が順々に出発していき、ようやく俺たちの乗る乗合馬車が出発する。
御者が手綱を握ると、心地良い車輪の音を立てて動き出した。
喧騒に包まれた駅の風景がゆっくりと遠ざかっていく。
色々と不測の事態なども想定して、王都にたどり着くのはおよそひと月先と見ている。
農夫の倅と並んで幌の隙間から外の景色を眺めながら、俺の心はワクワクしていた。
◇◆◇◆◇
御者はのんびりとした表情で手綱を握っている。
客車の幌の中に乗客が八名。
客車の最後方に俺と農夫の若者が座り、その前の席に農夫の父親らしい中年の男、それと顔が赤銅色に日焼けした行商人が座っている。
行商人は傍らに大きな背負い袋を置いて、今は頑丈そうな革靴を脱いで足の裏を揉みほぐしていた。
そして客車前方、御者席側の席を外套のフードを深く被って顔を隠した四人組が陣取っていた。
彼らは馬車に乗り込んでもフードを脱がず、仲間内で固まって座って時折小声で話をしている。
フード四人組のうち、一番大柄の男はこの乗合馬車も含めた商隊の護衛を勤めている傭兵隊の指揮官だ。
だからこの四人組から明らかに胡散臭い空気が振りまかれていたとしても、一応は信用を置いても大丈夫なはずだ。
冬の季節、長い時間過ごした町を出発してから二週間。
道中、天候が崩れる事も無く旅程を順調に消化していた。
やむを得ない事情で一箇所に停滞する事も無かったので、この調子ならあと数日で王都に到着できると、御者の老人が嬉しそうに言っていた。
「道中雨にも降られず順調な旅路は、数年に一度あるか無いかくらいの事ですわ。本当に珍しい。お客さんがた、実に運がええですなぁ」
そう言ってニコニコ笑う人の良さそうな御者の老人だったが、残念な事に運はそこで使い果たしてしまったのかもしれない。
その翌日、久々に夜からの小雨がぱらついていて肌寒い朝を迎えていた。
「今日は崖沿いの道を行きますんで、雨がひどくならなければええですなぁ」
野営地を引き払い客車へ乗り込む俺たちに御者の老人はそう言うと、天気を気にするように空を仰いで見ていた。
出発して正午を過ぎようやく雨が止んだが空は相変わらず分厚い雲に覆われて、どんよりとした天気だった。
商隊の先頭側から一頭の馬が走ってきた。
何事かと客車の席から前方を覗き込む俺たちの代わりに、御者の老人が馬に乗った男に尋ねた。
「なんだろうねぇ。おーい、どうした?」
「崖崩れだ。この先の崖の所で道が塞がれちまってるらしい。リーダーが迂回ルートを行くとさ」
「迂回っちゅう事は、上に登る道かい? かなり遠回りになるなぁ……」
御者の老人はボリボリと頭を掻くと、客席の俺たちへ済まなさそうに言った。
「すいませんね、お客さん。聞いてのとおりですわ。ちょっと遠回りすることになりそうです」
「そういう事であれば仕方ないだろう」
代表して隊長が答えた。
「このくらいの雨なら崖崩れは無いと思うておったんですが……」
「過去の雨で地面が削られていたのだろう。そこにまた水気が加わった所に、強い風でも吹いて崩れたのではないか?」
「はあ、そういうこともあるんですかねぇ……。上の道はかなり狭いんで、前と後ろの間を取らないと危険なんですよねぇ。まあ、その分山賊には襲われにくい場所なんですが」
馬車はペースを落とすこと無く進んでいく。
やがて前方に兵士のような格好をした二人組が見えた。
この辺りの街道を管理している領主の兵士か。
どんよりとした天気で薄暗いからか、昼間だというのに手には油を染み込ませた松明を持って、上の道へ誘導しているようだ。
「あそこから上に伸びた道が迂回路ですわ」
進路変更する前の馬車の後を、俺たちの乗合馬車が続こうとした時。
その二人の兵士が馬車へ近づいてきた。
「おい、こっちの道だ。ここから上に上がってくれ」
「へいへい」
言われた通りに御者の老人が馬車を進めようとした瞬間だった。
馬車の左右に別れて立っていた兵士がさっと馬へと近寄ると、松明の火で馬の尻尾に火を点けた。