隣国の王子と、未来視と
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リヴェリア王国宰相ユリエス・ヴァン・ライエル侯爵。
名前こそよく知ってはいたが、本人を見たのはこれが初めてだ。
年齢は四十代前半といったところだろうか?
宰相という地位からもっと年老いているとばかり思っていた。
でもよくよく考えてみると、息子のアリアバートをアデリシア王女と結婚させていたのだから、このくらいの年齢であって当然だ。
もっとも貴族というか金持ちは娘のような歳頃の若い女を後妻に迎えることも多々あるらしいので、子どもから親の年齢を推測するのは難しい。
体つきは筋肉質でがっちりとしている。
武術でも嗜んでいるのだろうか?
整髪油で整えられた灰色の髪には白いものも混じっているが、眼光は鋭く力強い。
身につけた礼装は宰相という地位に相応しい黒地に金筋が入った豪奢なもので、肩章でマントを留めている。
そして胸元には無数の勲章。
颯爽とした足取りで壇上へ上がったライエル侯は、まずグラム陛下とその両隣に控える王女二人へ丁寧に一礼する。
そしてマントを翻し大広間へと向き直った。
俺の目にもその一挙手一投足に、グラム陛下よりも王者の風格さえ感じられた。
ライエル侯の所作には、会場中の人々の目を惹きつける華があった。
俺の左腕の肘がそっと掴まれた。
『イオ、怖い顔してる……』
ルーシアが心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。
しまった。
内乱を引き起こし、外患を誘致した元凶。妻子、家族、故郷を奪った男だ。
その男を目の前にして、憎しみの感情がつい顔へと出ていたらしい。
ルーシアに声を掛けられて我に返った俺は、「大丈夫」そう彼女へと伝えるために口を開きかけたところで、驚くべき事が起こった。
壇上から大広間を見渡していたライエル侯が、俺の顔をはっきりと見ていたのだ。
勘違いなどではない。
はっきりと俺の方を訝しげに睨んでいる。
まさか俺の敵意に気が付かれた!?
先程も述べたように俺には、前世も含めてライエル侯と面識は無い。
俺が一方的に王国宰相として彼の名前を知っていただけで、ライエル侯は俺の存在はおろか名前すらも――いや、名前くらいはルナレシアのバディということで耳に入れるくらいはしていたかもしれないが、気に留めるようなものでもないだろう。
俺が見せた敵意は彼に注意を喚起するほどひどいものだったのだろうか。
俺を睨みつけていたのはわずか数秒程度の事だと思う。
俺はさり気なく下を向いて視線をそらす。
それで興味を失ってくれたようだ。
再び壇上へと目を向けると、ライエル侯は改めて大広間の面々を見渡しているところだった。
そして壇上へと伴ってきた青年へ恭しい態度で前に進み出るように促す。
「この場を借りて諸卿らへ紹介したい方がいる。殿下、どうぞこちらへ」
「感謝する、侯爵」
「もうすでに挨拶を済ませた諸卿もいることと思うが、こちらはブルーデン王国より親善大使として我が国を訪問されているレイルズ王子殿下であらせられる」
ブルーデン王国とはリムディア王国の東、内陸に位置する国。
五十年程前までは海に面した港を求めてリムディアと戦争をしていたのだが、その後平和条約と通商条約を結んで、現在は我が国とは同盟関係にある。
だが、前世でリムディアが内戦状態に陥った時に真っ先に軍を送り込んで内戦へと介入し、そしてあっさりと同盟を破棄して我が国を滅ぼした国の一つでもある。
俺の中では非常に心象の悪い国。
王族らしく気品のある整った顔立ちに微笑を浮かべて挨拶するレイルズ王子を、俺は思わず胡乱な目で見見つめてしまった。
「殿下は大使の任を勤め上げられて間もなく帰国の途に就かれるのだが、その前に諸卿へ報告しておきたい。陛下はアデリシア王女殿下の伴侶に、こちらのレイルズ殿下をお迎えしたいとお考えだ」
ライエル侯の言葉で瞬く間に大広間内がどよめきで満ちた。
「ブルーデンのレイルズ殿下を、だと?」
「レイルズ王子は第四王子で確か今年二十歳。歳の差はさほど問題では無いが、ブルーデンは同盟国とはいえ将来アデリシア様が王位に就かれた際にいらぬ干渉を受けるのではないか」
「それは周囲を支える我々がしっかりしていれば良い。それよりも両国の王家の結びつきが深まることで同盟がより強固になることを喜ぶべきだ」
ライエル侯がレイルズ王子を紹介したのは、アデリシア王女との婚約発表のためらしい。
周囲からは、今では同盟国とはいえかつては戦争していた国の王子を王配へ迎えることに不安の声も上がっていたが、概ね好意的に受け入れられている様子だ。
『結婚かぁ……ルナさんとアデリシア王女様って双子だから同い年なのよね? まだ成人前なんでしょう? 人族って随分と早く結婚するのね』
『結婚というかまだ婚約って話だよ。それと人族でも結婚は成人の十五歳以上が普通だ。二十歳前後が多いかな? 確かに貴族とか王族は結婚が早いんだけど……』
『どうしたの?』
『ごめん、ちょっと外へ出たい』
『大丈夫、気分でも悪いの?』
実はレイルズ王子が紹介された時から、立ちくらみと頭痛を覚えていたのである。
そして立ちくらみを我慢しようと瞼を閉じれば、脳裏にどこかの風景が幾つも浮かび上がっては消えるという減少に見舞われていたのである。
それがとても気持ち悪い。
『支えてあげるね。しっかり捕まって』
『悪ぃ……』
ルーシアに支えてもらって大広間からバルコニーへと出た。
夜の冷たい新鮮な空気を胸一杯に吸い込むと、少し気分が楽になった。
『顔色が悪いわよ? 事情を話して先に帰らせてもらう?』
ルーシアが濡れたハンカチで額に浮いた汗を拭ってくれる。
『ありがとう。そうさせてもらうよ。士官学校に戻ってやらなくちゃいけないことができたみたいだ』
『やらなくちゃいけないこと?』
『うん。あのレイルズ王子は数日後に殺される』
◇◆◇◆◇
レイルズ王子が紹介された時に俺を襲った立ちくらみと頭痛、そして脳裏に浮かび上がった幾つかの風景――。
多分この現象は『未来視』の権能による幻視じゃないかと思う。
『未来視』は何度か未来が見れないだろうかと試したことがあるのだが、一度として権能が発動した事は無かった。
それがどうして使った覚えもないのに、勝手に発動したのだろう?
重要な選択を迫られる局面にだけ、発現する力なのだろうか?
でもそれならどうしてルーシアの村の危機の時、ルナレシアの乗る馬車が襲われた時に権能が発動しなかったのかが疑問だ。
この『未来視』という権能、使い方がよくわからない。
俺とルーシアは体調不良を理由に士官学校へと先に帰らせてもらった。
帰りの馬車の中でルーシアがチラチラと物問いたげな視線で見てくる。
俺はまだルーシアにも『未来視』で見た幻視の内容を話していない。
王宮内の誰の目や耳があるかもわからない場所で、隣国の王子が殺されるという物騒な話を口にするわけにもいかなかった。
今乗っている帰りの馬車の御者だって、王宮側の手配した人物だ。
うかつな事を口にできない。
だからルーシアには士官学校に戻ってから事情を話すとだけ言ってあった。
俺の知る未来ではアデリシア王女の伴侶はアリアバート・ヴァン・ライエル侯爵公子。つまりライエル侯の息子だった。
それがレイルズ王子になっていた。
また一つ、未来が変わってしまったのだろうか?
それとも俺が幻視したとおりレイルズ王子が死んだ後で、アリアバートがアデリシア王女の伴侶として選ばれることになるのだろうか?
それならレイルズ王子の命を助ければ、アリアバートがアデリシア王女の伴侶となる未来が消えることになる。
それならレイルズ王子を助けておきたい。
また、俺はこの幻視で一つ気がかりな事があった。
それは俺が本来死んでいたはずのルナレシアを救い未来を変えてしまったことで、リヴェリア王国は内戦から外国の侵攻を経て滅亡する道を進まず、他国との戦争によって滅びる未来へ切り変わってしまったのではないかという事だ。
俯瞰視点で視たレイルズ王子の襲撃現場がどこか詳しくはわからなかったが、もしもそこがリヴェリア王国内だとしたら、最悪ブルーデン王国との戦争もありえる。
つまりリヴェリア王国が大きな戦乱に巻き込まれて滅亡するのは確定事項だということ。
それが真実なのだとしたら、俺が戦乱を何をどうあがこうともリヴェリア王国が滅亡するわけで。
救いが無いな……。
やはり戦争の引き金となりそうなレイルズ王子の死は防ぐ必要がありそうだ。




