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抗いのヒストリア  作者: ピチ&メル/三丘 洋
動乱の兆し編
71/72

王とルナレシアと

12月18日に『抗いのヒストリア』書籍版が発売されます!

どうぞよろしくお願いいたします。

 国王の名前はグラム・レイフォルト・ヴァン・リヴェリア。

 目立った業績も残さず早世されたわけで、後に国家を滅亡させることになったアデリシア女王に比べれば、俺の中では正直印象が薄いのは否めない。


 そのグラム陛下はお付きの者に付き添われて大広間の中央を歩くと、二人の王女の待つ壇上へと上がって玉座へゆっくりと腰掛けた。

 その動作の一つ一つが非常に緩慢で気怠(けだる)げな印象を俺に与えた。


『(ねえイオ)』


 ルーシアが俺の耳元で小声で囁く。


『(あの人がルナさんのお父さんで、イオたちの王様なのよね?)』

『(うん、そうだよ)』

『(随分と体調が悪そうなんだけど……)』

『(……だな)』

 

 正確な命日こそわからないが、俺はグラム陛下の死期が近いことを知っている。

 それにしても俺は、てっきり自分の息子とアデリシア王女を結婚させたライエル侯が、権力の座を得るためにグラム陛下を暗殺したのだとばかり考えていたのだが、陛下のあの様子を見ると案外病死だったのかもしれない。


『(うーん……でもね、私たちの近くを歩いていらした時に、ちょっと気になることがあったのよ)』

『(気になること?)』

『(うん。もう少し近くまで行けばわかると思うのだけれど、国王様の生命(いのち)の精霊の様子がおかしいように視えるの)』

『(生命の精霊?)』


 生命の精霊とはルーシアいわく生物に宿る、地、水、火、風を始めとした様々な精霊力が混じり合ったような精霊らしい。

 生命の精霊は色で表すなら万色で、感情や生物の健康状態など様々要因でいろいろな色に変化するそう。

 健康な状態で興奮や楽しい気分になれば、明るい暖色系の色に。逆に不健康な状態や悲しみなどで落ち込んだ気分になれば暗い寒色系の色というように。

 その色がおかしかったとルーシアは言うのだ。

 ちなみに生来精霊を視ることができるエルフ族でも、生物に宿った生命の精霊は非常に視え難いそうなのだが、ルーシアはその精霊を視ることができるのだそうだ。


『(周りに人が多すぎて、国王様と他の人の生命の精霊が混じり合ってて断言はできないんだけど……)』

 

 目を凝らすようにして玉座のグラム陛下を見るルーシアに釣られて、俺も壇上へと目を移す。

 グラム陛下は玉座に座ったままで、何やら挨拶らしきことを話している様子。 

 でも、何を言っているのかさっぱり聞こえない。


 晩餐会場の間がとてつもなく広いこと。俺とルーシアのいる場所が大広間の入り口に近い場所で、陛下の立っている場所から遠く離れているということ。さらに国王陛下の登場で一度は静寂が支配した晩餐会場内だが、俺たちのようにあちこちで小声で話している者たちがいて、それがちょっとしたざわめきになっていることなど、様々な要因もあって陛下の声が聞こえないこともあるのだが、それよりも根本的にグラム陛下の声が細く張りが無い気がする。


 俺の近くにいる貴族たちも、適当にグラム陛下へ相槌をうってみせたり拍手をしているが、多分俺と同じく何を言っているのか聞き取れていないと思う。


『(何を話しているのか全然聞こえん……)』

『(皆よく集まってくれた。変わらぬ様子を見れて嬉しいなんて事を話しているわよ)』

『(ルーシア、聞こえるの?)』

『(聞き取りづらいけどね)』


 ルーシアにはあの声が聞こえるらしい。

 エルフ族は耳が長いだけあって、人よりも聴覚が鋭いのだろうか。


『(もう少し前に行ってみようか)』

『(そうね……前に行けば、国王様の生命の精霊がよく視えるかも)』


 ルーシアの言うグラム陛下の生命の精霊がおかしいという言葉も気になったのだが、実を言えばもっと近くで国王陛下のお姿を見てみたいという好奇心も大きかったりする。

 国王なんて天上人、俺のような庶民が滅多とお目に掛かれる存在ではない。

 ひと目でも見ることができれば、村に帰って自慢話ができるような出来事なのだ。

 ルーシアを促して静かに前の方へと移動していくと。


「……の前に余の姫二人に関して皆に話したいことがある。まずはルナレシアよ、前へ」

 

 グラム陛下の声が聞こえてきた。

 しかも二人の王女に関して話すらしく、丁度よいタイミングで前へ行くことができたようだ。

 グラム陛下に呼ばれたルナレシアが、陛下の前に進み出る。

 さすがに緊張しているのか、ルナレシアの顔は強張っていた。

 そんな娘の緊張を和らげようと思ってか、グラム陛下は柔らかな表情でルナレシアへ言葉を掛けた。


「姫よ、バーンズ伯の一件、そなたの働き誠に大儀であった。我が国の良き隣人たるエルフ族との間に、余計な(いさか)いを招かず事を収めることができたのは、事を迅速に解決へと導いたそなたの働きが大きい」

「ありがとうございます、陛下」

「うむ。そなたは今、王都の王立士官学校で勉学に勤しんでいるのだそうだな?」

「はい、陛下。王族の一人として、この国を守るために微力を尽くすつもりです」

「女の身でまさか士官学校に入るとは思わなかったぞ。余に似ずに豪気な姫に育ったものよ」


 そう言って愉快そうに笑った国王は、大広間に集う貴族たちを見回した。


「さて、皆も知るように我が国の貴人には双子の片割れを忌避する考えがある。ゆえに余も姫を高名な修道院(カーテルーナ)に預けることにした。そして王都へと戻り王立士官学校に在籍していても、余は姫が王宮で暮らすことを許さなかった。しかし、この度の姫の行いは災いをもたらすどころか国益に沿うものであった。となれば、余も考えを改めねばなるまい。双子に生まれた者は災いをもたらす、などという古き迷信に囚われて、国を想い行動する姫のような者を冷遇するようなことは正さねばなるまい。余はそなたの前に王宮の門を閉ざすことは二度とない事を約そう」

「感謝いたします、陛下。ですが今の(わたくし)は、士官学校で研鑽を積む身。王宮へと戻らず、今のままの生活を送る事をお許し願えるでしょうか?」

「ふ、構わぬよ。存分にそなたの思うがままに為すべきことを為すが良い」


(王宮に戻れるのか。良かったな、ルナ)


 国王とルナレシアのやり取りに、大広間の中は大きなどよめきと盛大な拍手が起こっていた。

 緊張で強張っていたルナレシアの顔が、わずかに綻んでいるのを見つけて俺も嬉しくなる。

 

『(ねぇ、今のどういうこと?)』

 

 リヴェリア国内に住んでいながら、国とは不干渉を貫くエルフ族のルーシアに、今の言葉の意味はわからなかったらしい。

 力一杯拍手を送っていた俺に、不思議そうに尋ねてきたので説明してあげる。


 リヴェリア王国の王国貴族や上流階級の間では、双子の弟妹は穢れを持つとして忌避される事。

 そしてルナレシアは双子の妹姫として生まれたため、幼い頃より王宮を出されてカーテルーナ修道院に預けられていたこと。

 それがこの度の奴隷密売組織を摘発した功績を以て、ルナレシアは王国へ有益な存在であることを示し、王宮へ戻ることを許されたのだと説明した。


『(双子の妹に生まれたら穢れるの? 親子なのに引き離されないといけないなんて……、人ってよくわからないわ)』


 ルーシアが不思議がる気持ちは、庶民の俺にもよくわかる。

 うちの村には双子はいなかったが交流のあった村には双子もいたし、彼らは普通の暮らしを営んでいたしな。


『(王侯貴族なんてお偉い人たちは、兄弟親戚による跡目相続で揉め事が多いって聞くからな。そうだなぁ……双子が忌避される理由は、例えば片割れが権力の座に就いたところを殺害して入れ替わるなんてことができるからじゃないか? よっぽど親しい仲じゃないと、双子を見分けることなんて難しいだろうし)』

『(そうね。確かに、あの王女様二人ともそっくりだものね)』


 実際、そうした出来事がこの国の過去の歴史であったのかもしれない。

 そうした事情は表沙汰にされることは無いだろうから、あくまでも俺の推測でしか無いが、双子が忌避されるようになった理由はそんなところだと思う。


 そんな事を話している間に、ルナレシアが自分の席へと戻った。

 そして次にグラム陛下はアデリシア王女を呼んだ。

 アデリシア王女殿下。双子なので当然なのだが、着ているドレスの色や種類が違うだけで顔立ち、体型なども本当にルナレシアにそっくりだ。


 ただ、アデリシア王女はルナレシアと違って、グラム陛下の前に出ても(あで)やかな微笑みを浮かべていた。

 一礼する姿も洗練されていて、そういった所作はルナレシアの完敗かな。 

 生来の王族というかアデリシア王女には、ルナレシアには感じられないどことなく近づきがたいオーラがあった。

 幼くして修道院に預けられたルナレシアと、王宮内で育てられたアデリシア王女で差異が出るのは仕方がないのだけれど。

 

「ライエル侯」


 ところがグラム陛下は己の前に進み出たアデリシア王女へすぐに声を掛けずに、宰相のライエル侯爵を呼んだ。

 招きに応じて一人の男が青年を伴って壇上へと上がる。

 グラム陛下に名を呼ばれたのはライエル侯一人だけなのに、青年も伴って壇上へ上がっている。そして陛下もそれを咎めないということは、予め打ち合わせてあったことなのだろう。

 だが、今はそんな青年のことどうでもいい。

 俺の視線は今壇上へと上がったライエル侯へと釘付けとなっていた。

 

「(……あいつが、あいつがライエル侯爵か!)」

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