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流れる時と、旅立ちと

 数年の時が経ち俺も十歳くらいの歳になると、村の大人たちに混じって働くようになっていた。

 父や兄と並んで田畑を鍬で耕し、鎌で草を刈り、虫を潰し、作物を育てて行く。

 農家に生まれた次男坊は家伝来の田畑を継ぐことはない。いずれはどこかの娘しか生まれなかった家に婿として拾われる事になる。その時のために農作業のノウハウをその身に叩き込むのだ。

 もっとも前世では、徴兵されてしまって兵士となったので、実家で培った農作業の経験が役立つ事は全く無かったわけだが。


「イオ、これお父さんとお兄ちゃんのお弁当も一緒に持って行ってね。いってらっしゃーい」


 俺に父と兄、そして俺の分の弁当を手渡すと姉のササラが手を振って見送ってくれた。

 ササラは家で母に裁縫を習っている。

 農村の娘は十代前半から嫁入りするために毎日糸を紡ぎ、将来嫁入りする時に着る花嫁衣装を織っていた。ちなみに姉は、俺が十四の歳の冬に二つ隣の家に嫁ぐ事になる。

 

 父から仕事を割り当てられるようになってから、山に行く機会がめっきりと少なくなってしまった。

 その事がルーシアには不満だったようだが、俺にとって日々の野良仕事も身体を鍛えるのに良かったりする。

 最近は狩りする事を許されたので、その時にルーシアと会うようになっていた。

 狩りの腕前は自惚れではなく村でも一、二を争えると思っている。小さい頃からルーシアに弓の手ほどきを受けていたのと、普段から山に入って歩着慣れていたおかげた。

 狩りはルーシアも手伝ってくれたので、短時間で十分な量の獲物を狩ることができる。そこで余裕ができた時間で剣の練習も始める事にした。

 身体が成長してきて、ようやく剣を振り回しても問題ないくらいの筋力が付いたからだ。

 というか、元兵士だった俺は一応剣の心得がある。


「イオ、本当に剣は初めて握ったの!? 嘘でしょう?」


 ルーシアと初めて手合わせした時、俺の剣を自信満々で受けようとして剣を弾き飛ばされ、ルーシアは俺に文句を言っていた。過去に転生して数年ぶりに剣を握ったけど、剣の使い方は身体がまだ覚えていてくれていたようだ。ルーシアと訓練を積んでいけばすぐに前よりも上達できるだろう。

 ところで最初の手合わせでルーシアに勝てたのは彼女の意表を突けたおかげらしい。思っていたよりも断然ルーシアの剣の腕は筋が良く、今の時点で前世の俺よりも剣の腕は良いように思う。 

 このようにして俺は、未来を変えるための準備を着々と進めていった。



 ◇◆◇◆◇



 十三歳となった年。

 田畑の作物の収穫も終わり、野山の葉の色がすっかり黄色や赤に染まってしまった頃、ついに俺が待ちに待った時が来た。

 いよいよ王都に出て、軍の士官学校へ行く時が来たのだ。

 来年十四歳となる俺が軍の士官学校を卒業する頃、前世では最も内乱が激しさを増す頃合いなのだ。


 さて村を出て行く前に、士官学校に入るため解決しなくてはならない問題が幾つかある。

 士官学校へ入学するために必要なまとまった資金でる。

 王都までの旅費と滞在費、そして入学試験を受けるための受験料だ。

 さらに入学試験に合格した後の生活費、授業料、教材費などまだまだ金がいる。その辺のことは、前世で世間話として聞いたことがあった。

 そして士官学校での学生生活は四年間という長期に渡る。

 仕事を見つける必要があるだろうな。


 一応、最終手段として俺には『黄金変化(ベリト)』という権能を使うという解決策がある。

黄金変化(ベリト)』はあらゆる金属を黄金に変化させてしまう権能だ。

 まだ試した事は無いが、この権能を使えば一夜にして億万長者になることも難しい話ではなさそう。

 財を求める者なら喉から手が出るほど欲しくなる権能に違いない。


 金属を黄金に変える――とある国ではその方法を求めた国王が、錬金術師と呼ばれる怪しげな者たちへ莫大な財を投じて、結果国を滅ぼしたという伝説も残されているくらいだ。

 それほどの奇跡の力を俺は、疲労という代償だけで使うことが出来る。改めて考えてみると権能とは本当に凄まじい力だと思う。

 とにかくこの権能があれば金の問題をクリアする事は容易だろう。


 ただ、うちの村のような寒村で金属製品というか鉄はもちろん青銅や銅製の道具ですら貴重な物なので、それをどこからか調達はしないとならなかった。

 でもそれ以上に問題なのは、どう両親に学校へ行きたいと切り出すかだった。


「父さん、母さん、僕来年から王都の士官学校に行きたいんだ」

「学校に行きたいってイオ……」

「学校って貴族様が通われるような場所でしょう? うちみたいな農民の子が行けるような場所じゃないのよ」

「それに、うちにお前を学校にやるようなお金も無いしな」


 顔を見合わせて困ったような顔をする両親。

 その両親へ俺は、朽ちて使われなくなった農具から拝借した金属を黄金に変化させたものを差し出してみせた。


「お、おまえ! こんなものどこで手に入れたんだ!?」

「どこで盗んだの!? お母さん、イオがそんな悪い子になっちゃってたなんて悲しいわ……」


 黄金の出処を追求されたら誤魔化せないよな……。

 ただ、その問題さえクリアできるなら資金に関してはどうとでもすることはできるのだ。

 本当に後の問題は両親をどう説得するか。


欺瞞(オセ)』という権能がある。

 これは嘘偽りを相手に真実として信じ込ませる権能らしい。

 この権能を使うと。


「父さん、母さん。僕、森で金塊を見つけたんだ」

「おお!」

「まあ、凄い!」

「これお金にして僕、王都の士官学校へ行ってもいいよね?」

「もちろんだ!」

「イオが見つけのだから母さん、反対しないわ」


 こんな感じで、俺の話を疑うことも無く信じてしまうのである。

 だが、そういう権能がある事をルーシアに相談したところ。


「ダメよ、イオ。その魔法は使わないほうがいいわ」


 彼女にきつく止められてしまった。

 ルーシアの話では、精霊魔法にも他人の精神を魅了し操る『魅了(チャーム)』という魔法が存在するらしい。ただし禁呪とされているそうだ。


「他人の心を操り縛る魔法は、自分の心も縛り付けてしまうのよ」

「どういうこと?」

「例えば……そうね、イオに好きな子ができたとするでしょ?」

「うん」

「その子にどうしても振り向いて欲しくて、『魅了(チャーム)』を使いました。すると、その子は本人の意思に関係なくイオの事を好きになってしまう。それはもうとっても簡単にね。その手軽さにやがて溺れてしまい、そのうち自分の周囲に『魅了(チャーム)』を振りまくようになってしまうの。誰もがイオの事を好いてくれるようになるわ。でも、それは『魅了(チャーム)』の魔法の効果のおかげであって、決してイオ本人の魅力で好きになってもらえたわけじゃない。その事がしこりになって、段々人の事を信じられなくなってしまうのよ」


 ルーシアの説明は凄く納得できた。

詐欺(オセ)』以外にも精神に作用する魔法は幾つもあるけれど、俺も禁呪とする事に決めた。

 


 ◇◆◇◆◇

 

 

 結局俺は、両親には告げずに黙って家を出て行くことにした。

 夜中、皆が寝静まった後で俺はこっそりと用意しておいた荷物を担いで家を出た。

 両親と兄姉宛に、王都の士官学校を受験して軍隊に入る事を手紙に記しておいた。

 文字が読めなくても、村長とかに読んでもらえるだろう。

 手紙には、以前エルフの村を奴隷狩りから救った時に長老様から頂いた宝石を添えておいた。

 これまで育てて貰ったささやかな恩返しだ。


 今日、村を出て行く事はルーシアにだけ告げている。

 刈り入れが終わってすっかり寂しくなった田んぼのあぜ道を歩き、村の外へと出たところで足を止めて振り返った。

 聞こえる音は虫の声とサワサワと流れる小川の音だけ。 

 満月に近い月に照らされて、粗末な家々が暗闇の中に浮かび上がっている。

 その奥に見えるこんもりとした黒い影は、ルーシアと出会った里山だ。


 今はまだ、平和な風景。

 この風景を失わないために、俺はこの時代へと時を遡ってきた。

 権能があるとはいえ、俺一人の力でこの国の滅亡を止められるかわからない。

 いや、止められると思う事自体自惚れだろう。

 でも、たとえ止められなかったとしても、前世よりもマシな結末を迎える事はきっとできるはず。

 そのための第一歩を踏み出そう。


 まずは軍の士官学校に入学して無事卒業し士官となる事が第一目標だ。

 この風景を目に焼き付けて、俺は振り返ると夜道を歩きだす。

 もう二度と村を振り返らなかった。

 次に村へと来る時は、王国軍の士官となってからと心に決めていた。

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