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抗いのヒストリア  作者: ピチ&メル/三丘 洋
動乱の兆し編
68/72

前世の現実と、今世の夢と

 久しぶりに前世の夢を見た。

 兵士だった頃の――いや、大剣(ファナティカー)を振り回していたから、下士官へ昇格した後の事かな。

 夢の中で俺は、無数の兵士たちが激しく斬り結ぶ戦場の一角にいた。

 矢が雨のように降り注ぐ戦場を走り抜け、大剣(ファナティカー)を振りかぶると盾を前面に出して身構えた敵兵士に向けて力任せに振り下ろす。


 そんな木製の盾に申し訳程度の薄っぺらい鉄板を貼り付けた程度の盾で、大剣(ファナティカー)の刀身を受け止められると思うな!?


 夢だというのにガァンッという金属が激しく火花を散らして盾が割れる音、相手の骨の砕ける音が聞こえた気がした。

 断ち切られた敵兵士の腕が宙を回転しつつ飛び、刀身が肩口から胸腹腰へと深く喰い込んだ。その感触が何故かはっきりと手に伝わってくる。

 何故か――じゃないな。覚えているんだ。 

 断末魔の叫びも、人体を両断した時の独特の感触も、血と臓物の匂いも。


 

 無数の兵士たちが斬り結ぶ戦場の一角で、俺の周囲が丁度大剣(ファナティカー)の刀身が届く範囲分だけ、ぽっかりと空白の空間が生まれていた。

 俺の足下に散らばった無数の人体だった物を見て、敵兵士たちが怯んでいるのがわかった。

 大剣(ファナティカー)を大きくひと振りする。

 刀身にこびり着いていた肉の欠片と血が、濡れた音を立てて地面へ飛び散った。

 鏡で見たことが無いのでわからないが、きっとこの時の俺は凄惨な笑みを浮かべていたと思う。

 

 一度怯んでしまい逃げ腰となった敵を制圧するのは容易い。 

 

「た、助けてくれ……」


 悲鳴を上げて命乞いをする敵兵士に容赦なく大剣(ファナティカー)を振り下ろす。 

 俺個人が戦いに勝利をしたところで戦の趨勢(すうせい)が決してない以上、情けを掛けてはいられない。

 命乞いをした者を逃がせば、その者が明日は味方の兵士を殺すかもしれない。

 残酷だが決着がつく時まで容赦はできないのだ――。



 ◇◆◇◆◇



 懐かしい。

 でも二度と思い出したくない夢を見てしまった。

 ベッドで目を覚ました俺は寝汗をひどくかいていた。

 まだ外は暗く、隣ではルナレシアが静かな寝息を立てている。

 悪夢だったけどうなされてはいなかったようだ。彼女の眠りを妨げなくてよかった。

 とりあえず寝汗で身体がベタついて気持ち悪い。時が経てばシャツに染み込んだ汗が冷たくなって、身体が冷えてしまいそうだ。

 俺は着替えのシャツを手に取ると、汗を流すために寮の共同浴場へ向かった。


 寮の廊下はシンと静まり返っていた。

 今何時かわからないけれど、仲間内で最も早起きのバウスコールの姿も無い。

 まだ夜明けまでは時間がありそうだ。

 廊下を歩きながらも、俺は先程の夢の事が頭から離れなかった。

  

 ――た、助けてくれ……。


 命乞いをする敵兵士の声が頭の中で何度も繰り返されていた。

 たとえ夢の中での事、そして過去の出来事だとはいえ、逃げる敵兵士の背中を、それも本来何の罪も無い人を斬るのは嫌な気分だ。ましてやその兵士の命乞いは同じリヴェリア王国の言葉で発せられているのだから。

 

 宰相派、そして反宰相派と、国内を二分して勃発したリヴェリア王国の内乱。 

 隣接する領主が敵対関係にある派閥へそれぞれ属していたために、山や川を挟んで隣同士、交流のあった村が互いの陣営に分かれて殺し合う事態もあった。

 それこそ親戚同士が敵味方に分かれて殺し合う悲劇も珍しい話ではなかった。

 同じリヴェリア王国の民同士が血を流し疲弊したところに、近隣諸国の軍勢が乱入し、多くの町や村が灰燼。リヴェリア王国は全土が蹂躙される事になった。

 俺が死んだ後どうなったかわからないが、もう長い事は無かっただろう。

 



 来月の誕生日で俺は十五歳。

 今の国王陛下が亡くなられたのが、俺が十六歳の秋の事。そして春の訪れと共に宰相ライエル侯の後押しでルナレシアの姉アデリシア姫が女王に即位した。

 そして田舎の村に暮らしていた俺が、リヴェリア王国各地で血なまぐさい騒ぎが起こっていると最初に耳にしたのはその年の冬の事である。


 内乱であろうと戦では、実際に剣を交えるまでに多くの前段階が存在する。

 戦うための兵士を集めなければならないし、集めた兵士に持たせる矢玉に槍、刀剣、盾や鎧だって必要だ。それに兵士を養うための膨大な糧食を始めとした様々な物資。それに馬と馬のための飼い葉はもちろん、それらを戦場に運ぶための荷車など、開戦するまでに用意しなければならない物は数多にある。


 兵士や物資だけではない。

 極稀に突発的な戦が始まる場合もあるが、ほとんどの場合で戦は開戦するまでの間に相手側との折衝を重ねられるものだ。互いの妥協点を探り合い、その裏で味方となる勢力を増やすべく多方面で交渉等が行われる。その裏で同時に戦争の準備が行われるのだ。

 そして交渉で妥協点が見つからなかった場合の最終的な解決方法として、戦争という武力行使へと続いていく。

 開戦だ。


 つまりある程度の武力を持つ勢力同士が戦争を始める場合、一朝一夕の思いつきで開戦する事はまず無いと言っていい。開戦に至るまでに様々な前段階が存在するのだ。

 国王陛下の崩御まで残された時間はあと一年。

 たかだか農夫の倅、そして士官学校の候補生程度では窺い知ることもできないけれど、今頃は王都(リーリア)の中心にある王宮内で、幾多の貴族や有力者たちが折衝を始めているのかもしれないな。

 



 ところで久しく前世の事なんて夢に見なかったのにこうして夢に見たのは、二年生になってから俺たちの教練が、様々な状況を想定しての模擬戦闘訓練が多くなったためだろう。

 ようやく士官候補生として教練が始まった気がする。

 一年生の時は、教練と言えばひたすら身体を鍛えてばかりで、まさに兵士としての訓練ばかりだった。

 三年生、四年生になるとこの模擬戦闘訓練が地図上に戦況や作戦行動を駒などで再現した兵棋演習が多くなるのだそうだ。


 士官学校の教練で大軍を用意するわけにも行かないだろうし、机上での演習になるのは至極当然の事だ。

 ちなみに二年生だろうと三年生だろうと、走練やロープを使った登攀訓練などの基礎訓練は行われる。一年時に比べたら随分と少ない時間になるけどね。

 そういえばあの教練を今頃ルーシアも受けているのかな? 

 ルーシア、身体が細いからなぁ。あの身体をいじめ抜く教練に耐えられるのか心配だ。

 そんな理由を付けて俺はルーシアの訓練風景を見に行くことにした。


 魔法士科はもっとも学生の人数が多い。そのため、俺たち普通科と違って幾つかのクラスに分かれている。

 ルーシアの所属するクラスは、今日は室内訓練場で教練が行われているらしい。

 室内訓練場か……。

 俺たち普通科では使った事が無い施設だ。


 基本普通科では、雨が降ろうと風が吹こうと雪が降り積もろうと時には雷が轟いていようと、屋外での訓練が当たり前だった。まあ、大規模な会戦では月単位で戦場に展開する事も珍しい事ではない。そうなると自然、様々な天候にも遭遇するので、室内訓練場など使用する必要は無いということなのだろう。

 ましてや俺たち普通科は、現場で一般兵士を直接指揮する立場にあるわけだし。


 さて、その室内訓練場でルーシアの教練風景を覗いてみたのだけれど。

 俺が室内訓練場での魔法士科の教練を見たのは初めてなのだけど――屋外では俺たち普通科同様、体力づくりの教練が行われているのは見たことがあった――なんていうか、ルーシアは凄かった。

 室内訓練場での魔法士科の教練は、それぞれに魔法の腕に磨きを掛ける事が主だった訓練内容のようだ。

 訓練場の壁には結界が施してあって、よほどの魔法が使用されない限り破壊されないようにしてある。


 その室内訓練場の真ん中で、ルーシアは教官も含めた数人の同級生を相手に対峙して、模擬戦闘を行っていた。

 ルーシアの周囲には火の精霊たちらしい火の粉が風の流れに乗って取り巻いていて、なんていうか、強者の雰囲気を醸し出していた。

 そして実際、その後に行われた模擬戦で教官も含めた複数人を相手に圧勝していた。

 いや、圧勝というか……あれは個人的な感想を言うと、軽くあしらっていたと言いたい。

 ルーシアと対峙していた教官と同級生たちは、どうやら全員が精霊魔法の使い手のようだったが、彼らの操る炎や風の精霊魔法は、一つたりともルーシアの身に届くことは無かった。


 迫りくる魔法で生み出された炎の舌、大木を切断する風の刃。

 ルーシアは舞うように軽く手でそっとそれらに触れるようにすると、途端に業火は霧散し、風はそよ風となって彼女の身体を通り過ぎていくのだ。

 素人目にもわかる。精霊魔法の使い手としてルーシアと彼らの間には、大きな実力差があった。

 もともと精霊との親和性の高いエルフ族なので、多種族の精霊魔法士では分が悪いのは仕方がないのだけど、これほどルーシアが腕を上げているなんて思っていなかった。

 

 それにしても、ルーシアの精霊魔法の実力を見ていると、あの奴隷狩りの事件でエルフたちが一方的な蹂躙を受けたのは、相手が精霊魔法との相性の悪い魔導士と、精霊よりも上位存在である魔神が相手だったからという事がよくわかる。

 あの一件が異例なだけであって、さすが人族の国の中で自治権というか相互不干渉が認められているだけの力を持っているんだと知った。

 エルフ族はともかくとして、とりあえずルーシアが人族の士官学校で上手くやっているようで良かったよ。



 ◇◆◇◆◇



 それからひと月が経過。

 俺が誕生日を向かえて十五歳となって少しした頃のことだ。


「イオニス候補生、後で学長室にまで来るように」


 その日の教練を終えた後で、リゼル教官にそう告げられた。

 あれ? このパターンは前にもあったな……?

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