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抗いのヒストリア  作者: ピチ&メル/三丘 洋
動乱の兆し編
67/72

囮役と、突入と

 俺たち士官候補生は、将来士官として部下を指揮する立場が期待されている。

 この拠点制圧・防衛訓練は班内で順番に指揮官役を回す事で、士官候補生たちへ実戦に近い部隊指揮の経験を積ませる事が第一目的となっていた。

 そして今日がその最初の授業だ。


「貴様らの班は今回、拠点へ突入して敵の守るフラッグを奪い取る事を目標とする。フラッグは人形の形をしているが、これは重要人物の誘拐、殺害を想定したものだ。フラッグを奪い取れるか、もしくは拠点に立て籠もる敵を皆殺しにできれば任務完了だ。逆に拠点側はお前たちを全滅、排除する事ができれば目的達成となる。勝利した班には高得点が与えられ、さらに指揮官役を務めた候補生には大幅な加点が約束されるぞ。それを踏まえた上で、誰が最初に指揮官役を務める?」


 リゼル教官の質問に真っ先に手を挙げたのはチットだった。


「ほな、ワイが最初の指揮やるで! 構わんやろ?」

「まてまて勝手に決めないでくれたまえ」


 間髪入れずに異を唱えたのはドゥーリアス。


「指揮官役は人の上へと立ち、民衆を導く立場にある貴族にこそ相応しい。つまりカーマイン伯爵家嫡男である私こそが指揮官役を務めるべきではないだろうか?」


 人の上に立ち、民衆を導く立場にあるものが指揮官に相応しいと言うのなら、ルナレシアが一番相応しいんじゃないの? 王女だし。

 そう思ってルナレシアを見ると、ちょこんと小首を傾げてみせ、それから小さく苦笑してみせて首を横に振った。

 どのみちいずれは指揮官役の順番が回ってくるのだし、順番に拘るつもりはないのだろう。


「まあまあ、御曹司はん。ここはワイに任せてはくれんか? ワイに良い考えがあるんや。それに今日は最初の授業やろ? どういう塩梅で状況が進んでいくのか、まずはワイら下々のもんに試させてから御曹司はんが指揮しても悪ぅないやろ? 御曹司はんには後日、ワイらの真打ちとして登場してぇな」

「……ふむ、真打ちか。まあそういうのもいいな」

「よし、では指揮官役はチット候補生だな。今から十分後に合図を出してから、状況開始だ。それまでに作戦を練っておけ」


 話がついたと見て取ったのか、そう言うとリゼル教官は行ってしまった。


「十分か。あまり時間が無いな」

「十分やで、イグナシオのあんちゃん。ワイにええ考えがある言うたやろ。もう作戦は決めてあるんや」

「わあ、頼もしいですねぇ」

「ほなワイの作戦を言うで。表と裏、二手に別れるんや。表組が囮で裏組が本隊。囮役が敵の目を引きつけている間に、裏から本隊が突入して制圧、フラッグを奪う。どや?」

 

 ふむ……ありきたりだが、それだけ堅実な作戦でもある。


「その作戦のどこに貴様の言う良い考えとやらが含まれているのだ?」

「まあまあ、そう慌てなさんなって御曹司はん。ワイの良い考えっちゅうのはこれから発表するんやから」

「さっきから貴様の言う御曹司というのは私の事か?」

「人多いさかい、一発でわかる呼び名がある方がええやろ。そこはあまり気にせんといてぇな」

「なら名前で呼べばいいだろうに……」


 ぶつぶつと呟くドゥーリアスに構わず、チットが教官から貰った建物の見取り図とその周辺図を開いた。


「表側から突入する囮役やけど、この役はイオニスのあんちゃんとコールはんな。後は本隊として裏から突入するんや」

「俺とコールの二人で囮役か?」

「せや。囮役は二人だけや。二人が派手に動いて敵の目を引き付けている間に、ワイら本隊が裏から建物へ突入するという塩梅やから、大いに目立ってや」

「なるほど。相手側もこちらの人数が十人しかいないと知っている。表側の二人が囮だと分かっていても、対応するには最低でも二人以上の人数を割く必要があるわけか」

「三人でも四人でも引き付けてくれたら、裏から入る私達が人数で優位に立てますね。良い考えだとは思いますけれど……」


 見取り図を覗き込んでいたイグナシオとルナレシアが、チットを見た。やはり取り立てて普通の作戦のように思えるが。


「せやろ? 囮役には相手の敵意を集めんとアカン。その点、イオニスのあんちゃんはエルフの可愛い一年生と抱き合っていた事をワイがバッチリ言いふらしておいたし、コールはんはうちらの学年一の美女と名高いマローネはんのバディやっちゅう情報も振り撒いた。リア充どもに対する敵意はバッチリやで!」


 おい、良い考えってのはそれか!

 ジュード君も「なるほど」とばかりに手を打つんじゃない。


「大丈夫ですわ、コールさん。たくさんの矢を浴びせられても、(わたくし)が傷を治療して差し上げますわ。そのために(わたくし)医療科で勉強しているのですもの。その大きな身体で無事囮役を務めてくださいませ」

「お、お嬢様……」


 結局、囮役を俺とバウスコールの二人で引き受ける事になった。



 ◇◆◇◆◇



「状況開始!」

「ほな、頼むで」


 演習場にリゼル教官の声が響くとチットが率いる本隊の皆は、遮蔽物としてベニヤ板などで作られたハリボテの瓦礫や壁を使って身を隠しつつ、建物の裏手へと走っていく。

 建物の正面側には俺とバウスコールだけが残された。


「う、うまくいくでしょうか?」

「向こうも二手に別れる可能性ぐらい想定してるとは思う」


 状況開始の合図からチット達本隊が裏手に到着するであろう五分後に、俺達は囮役として正面から突撃を掛ける。

 ただ待ち受けている拠点側の生徒たちも、正面から来る俺たちが囮だって読んでいるだろうな。

 問題はその囮を迎撃するのにどのくらいの人数を割いてくれるか。

 人数が少なすぎては、囮役の排除に時間が掛かるだろうし、かといって多すぎても本隊の突入に対して手薄になる。

 互いの人数が十人ずつと決められているせいで、指揮官役の生徒には慎重な判断が求められるはずなんだけど、うちの指揮官は個人的な理由で即決しやがったな。


「そろそろ時間ですかね?」

「そうだな……行こうか」


 予定してあった五分の時間が過ぎた。

 俺とコールは頷き合うと、バッと遮蔽物から身体を出す。


「「おおおおおおお!」」


 できるだけ相手の注意を引くために声を張り上げ、刃を潰してある訓練用の剣を抜いて走った。

 正面の入り口までは五十メートルと距離が無い。全力で駆ければ数秒で扉に取り付くことができる。

 と、その時建物の屋上へ、俺たちの張り上げた声に呼応するかのように人影が現れた。

 そこに見える人影は十人!

 全員が弓に矢を番えている。


「コール! 上!」 

「なっ!?」


 矢でこちらを狙っているのを見て取った俺は、すぐに狙いを外すべく右方向へ進路を取ったがバウスコールは。


「バカ! 足を止めるな!」


 まさか全員が正面の俺たちへ来ると思っていなかったのか、それとも十本の矢が全て俺たち二人へと向けられている事に(ひる)んでしまったのか、バウスコールが足を止めてしまっていた。


「目標二人! イオニスとバウスコールの野郎だ!」

「射て射て!」

「死ねやこのリア充野郎!」


 チットの事前工作(?)が効き過ぎるほどに効果があったのか、何か様々な怨念が付与された感じの十本の矢が、バウスコールと俺が先程までいた辺りに降り注いだ。


「痛! 痛!」


 頭を抱えてその場にうずくまるバウスコール。

 訓練用の矢なので鏃は付いていない。

 その代りに本来鏃のある先端部位には、山岳踏破訓練でも使用した染色玉(カラーボール)が取り付けられてあるのだが、当たれば十分に痛い。

 数本の矢を受けたバウスコールの身体は、破裂した染色玉(カラーボール)のせいで真っ赤に濡れてしまっていた。


「おらあ! やった! バウスコールの野郎を撃破!」

「ざまあ!」

「おい! 次だ次! イオニスの野郎も殺るぞ!」

「(ええでぇ~、リア充はぶち殺せぇ!)」


 拠点側の生徒の喜ぶ声に混じって、なんか味方の指揮官の声も聞こえてきた気がするが、今は聞き流してやろう。

 とりあえずチットの目論見通り、俺とバウスコールは相手の敵意を一身に集める事には成功したようだ。

 これなら裏手から突入した本隊は、何の妨害もなく建物の中に突入できる。

 後で覚えていやがれ。


 相手は全戦力で人数の少ない囮を叩く作戦に出たらしいな。

 矢を番え直している間に、俺は建物の正面を目指して走る。

 この距離ならできてもう一射が限界だろう。

 右に左にジグザグに走って、狙いを付けにくくしてやる。それに十人程度で一斉に矢を放っても、そうそう当たらないはず。

 移動し続ける標的を矢で射抜くのは、よほどの達人でも無ければ難しいのだ。

 本来戦場での弓兵の役割は、個の狙撃などではなく大人数を以って面で制圧するものなのだ。

 バウスコールも足を止めずに走り続けてさえいれば……。

 

 さて、そうこうする内に俺は正面の入り口扉まであと少しというところまで来た。

 予想に反して二射目はまだ無いが、そろそろ射ち込まなければ俺が建物の中へ侵入してしまうのだが、どこで射ち込んで来る!?

 うなじにはわずかにチリチリとした感覚がある。

 屋上から狙いをつける生徒たちを見てはいないが、確実に俺へ狙いを付けているようだ。


 と、その時ふと俺は扉の横手の壁に目を向け、そこに向かって走り出す。

 俺の勘が入り口の扉ではなく、そちらへ向かえと告げていた。

 それは木製の鎧窓。

 ピッチリと閉じられているが、手前で跳躍して全身で体当たりをかます。

 ドカッというけたたましい破壊音を立てて、俺は窓をぶち破って建物の中へと転がり込んだ。


「クソ! 入り口からじゃなくて窓から行きやがった!」

「マズい! 狙いを外された!」

「裏からも来る。急げ!」


 横手の入り口の扉の方を見ると、そこには机や椅子が積み上げられていて、扉が開かないよう押さえられているのが見えた。

 やっぱりか。

 おそらく拠点側の指揮官は、入り口の扉が開かず立ち往生したところに、頭上から矢を降り注がせる作戦だったに違いない。

 足さえ止めさせれば、矢は格段に当たりやすくなるからな。

 窓まで補強できなかったのは時間が足りなかったからだろう。悪くない作戦だと思う。


「さて、ここまではチットの言う通りに来たけれどどうするかな」


 ここから先の指示は出ていない。

 遠くからも破壊音が聞こえてきた。裏口からチットの率いる本隊が突入したのだろう。

 こうなると人数の差は十対九。

 俺たちが一人少ないとは言え、建物の中に入ってしまえば十人全員が切り結べる程の広さは無く、一人程度の人数の差に意味は無い。さらに俺がどこにいるのかわからなくなっている。

 八人を迎え撃ちつつ、所在のわからない俺という兵士による不意打ちを警戒しなければならない。

 そのうえ相手側は、最低一人がフラッグを守る必要があるわけで、今度は俺たちが優位な状況となっていた。


 結局、この訓練ではチット達本隊と防御側の戦線が膠着状態に陥ったところに、背後へと回り込んだ俺がフラッグを抱きかかえるようにして守っていた生徒を急襲。

 フラッグへと意識を持っていかれた防衛側の生徒たちの戦線が崩れたところに、チットたちが切り込み制圧。

 こうして最初の訓練は俺たちの勝利に終わった。 

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