新学期と、新しい訓練と
冬期休暇が始まった当初は、思わぬ騒動に巻き込まれる事になったけれど、その冬期休暇が終わると、王立士官学校では、士官候補生たちが休みボケに耽る暇も与えず、学年末考査への準備が始まった。
この学年末考査で合格基準を満たす成績を修めなければ、上級生へ進級できないどころか、場合によっては退学もありえる。
ちなみにこの時に知ったのだけれど、王立士官学校の入学試験は、在校生が学年末考査を受けている時に並行して行われていた。そして俺たち在校生の試験は、各学科の教室で行われているのだが、その校舎の外では、去年俺たちも受けた試験を受験生たちが挑んでいる様子を見ることができる。
受験生たちの集う場所には、張り詰めた空気が漂っているのが見て取れた。
どの顔も緊張の中にも気合いの色が見て取れて、何となく初々しい。これって、先輩としての優越感って奴だろうかね?
あの受験生たちの中にルーシアもいるはず。
無事に受かるといいけど。
そして無事に試験期間が終了すると、短い春休みを経て王立士官学校は新学期を迎える。
俺たち普通科は全員が無事に進級できた。もちろん、ルナレシアも。
新しい一年が始まる――。
午後の教練が始まる前に、リゼル教官に命じられた用事を済ませた俺は、偶然本校舎の大講堂近くを通りかかった時にチットを見つけた。
チットともう一人、普通科じゃない男子学生の二人連れ。あの男子学生は確かジュード……、そうジュード・ヴァン・ビアリーズ君だったか? チットのバディだ。
今日この大講堂では入学式が行わているはずだけれど、二人はそんなもん覗き見て何をしているんだろう?
不思議に思って近づくと、ボソボソと小声で話す二人の会話が聞こえてきた。
「……おお、おお、おるおる。一年生どもが仰山おるでぇ。あんさん、どや? どの子が一番可愛いと思うんや?」
「はあ……まったく、重大な事案があるから急いで来いって言うから何かと思えば……くだらない。僕は図書室で自習していたかったのに」
「そら愛しのマローネちゃんが図書室で自習しとるからって、行きたいのはわかるんやけどな。席を二十以上も離れて座ってたら、何のアピールにもなってへんで? というか、あちらさんはあんさんの事に何も気づかへんやろ?」
「い、いいんだよ! 僕はただ、一緒の空間で勉強できるだけで十分なんだよ! もういいだろう!? 僕はもう行くぞ!」
「まあまあまあ、まあ待ちぃや。もうちょっと、もうちょっとだけ」
「くそ……何だって僕がこんな事に付き合わなくちゃならないんだ」
「しゃあないやん。バディは一緒に行動が原則や。ほんとならワイ一人で可愛い女の子に目ぇ付けとくんやけどな、バディやから特別にあんさんにも教えてやっとるんやで?」
「誰も頼んでないよ、そんなの!」
「まあまあええからええから、ほれ、見てみぃ! あの子や、あの子! さっき壇上で代表挨拶に上がってた子や! ものごっつぅ美人やで!」
「壇上? という事は今年の受験生で首席合格者かな?」
「才色兼備って奴やな! ええなぁ~、今はこっからやと後ろ姿しか見えへんけど、あの長い銀色の髪、キュッと締まった細い腰、尖った長い耳もええ……やっぱエルフさんは綺麗やなぁ」
「士官学校にエルフなんて珍しいけど……へえ、確かに美人だなあ」
チットに釣られて、結局ジュード君も中を覗き込んでいた。
しかし長い銀髪のエルフの女の子って、ルーシアの特徴に合致するぞ。合格したのか。
「おい、チット」
「「おぅわ!」」
いつまでも後ろから二人の様子を観察していても詮無きことなので、近づいて声を掛けると、二人して大きく飛び上がった。
「な、何やあんちゃんかいな。驚かすなや、教官かと思うたやんけ!」
「びっくりした……」
「驚かすつもりはなかったんだけど……」
チットが俺の手を取るとグイグイと引っ張った。
「ちょうどええとこに来たなあ、あんちゃん。あんちゃんも見てみるか? エラいエルフの別嬪さんがおるで?」
「知ってるよ。多分ルーシアの事だろ? 今年受験するって言ってたからな」
「はん? あんちゃん、あのエルフの子知ってんのか!?」
「故郷の村の近くにエルフの村があって、そこの子だよ。今年受験するって聞いてたんだ。そうか、合格できたんだな」
良かったなぁ。勉強を手伝った甲斐があったってもんだ。
俺が感慨深く頷いていると。
「……つまり、あんちゃんはあの美人のエルフの子と知り合いで、あまつさえ幼馴染で妹みたいな存在やと……?」
「妹なんて言った覚えはないけれど……そうだなぁ、どちらかと言えば姉――」
「待ちぃや……そっから先は言葉を選んで発言してもらおうか……」
「!?」
ゆら~りと上半身を∞の字を描くように揺らしつつ、チットが詰め寄って来る。
「チット!? チット!? 目が怖ぇ!」
その時、大講堂の中がざわざわとして、扉が開いた。そして。
「あ、イオっ!」
なんていうタイミング。
これ以上に無い悪いタイミングで講堂の外へと出てきたルーシアが、チットに詰め寄られている俺を見つけて眩いばかりの笑顔を見せると、真新しい制服のスカートを翻して駆け寄ってきた。
「やったヨ! イオ! ワタシちゃんと合格できたデスヨ!」
まだ訛りが色濃く残るリヴェリア語で言うと、そのまま立ち止まること無く、駆け寄ってきた勢いそのままで俺に抱きついてきた。
「ち、ちょっと、ルーシア!?」
嬉しそうな笑い声を上げて俺に抱きつくと、喜びのあまり俺の身体を振り回すようにしてくるくると回る。
当然、周りの目が俺たちへと集まってくるので恥ずかしい。
「合格できました、イオがオシエテくれた勉強のおかげデスネ」
「うんうん、わかった! わかったから落ち着こうな?」
ルーシアの柔らかい身体のいろいろな部分が押し当てられていて、いろいろと堪らないんです。
もちろん俺も男の子なわけで、名残惜しさはあるけれど、さすがにね。
何とか興奮しているルーシアの身体を押し戻そうともがいていると――。
「……っ!?」
うなじに走るチリチリとした感覚。
戦場で危険を覚えた時、強敵に見えた時のものと同じ感覚。
背筋が凍りついて焼けるような感覚は、まるであの老魔導士と魔神と相対した時のようだ!
俺はギギギと首だけを動かして背後を見た。
「…………納得いく説明してもらおうかい、あんちゃん」
ヤバい! 殺られる!
◇◆◇◆◇
一年生の時の午後の教練は、基本体作りに重点を置いたものばかりだった。
長距離走、ロープ登りにロープ渡り、塹壕掘りにそれを埋め戻す作業。二十キロ近い背嚢を背負っての行進に、夏場には水練などなど。
士官の訓練というよりも、新兵訓練に近い。
しかし、二年生になるとこうした体力作りを目的とした教練はめっきりと減って、部隊での模擬戦闘訓練が多くなるようだ。
今日の訓練は、一班十名ずつで拠点制圧側、防衛側にわかれての模擬戦。
グラウンドには、工部特務科の工兵科所属の候補生が野戦陣地構築訓練で築いた、急造の拠点用の建物があるのだが、その建物を利用するらしい。
勝利条件は制圧側が建物の奥にあるフラッグを奪い取る事。
防衛側は応援部隊が駆けつけるまでの時間として設定された制限時間まで、フラッグを守り通すこと。
ちなみにそのフラッグは旗ではなくて、重さおよそ五十キロにもなる等身大人形。
つまり要人警護の訓練も兼ねているらしい。
この訓練を実施するためには、二十名の人員が必要。
そのため、学科の枠を越えて学生たちが参加する。
例えば俺たち普通科は全員で六名しかいないため、他兵科から四名程人員が補充されて参加する。
他兵科というか、まあ普通科の面々のバディがその補充要員になるわけだ。
というわけで、俺のバディのルナレシア・レイフォルト・ヴァン・リヴェリア殿下。
チットのバディ、ジュード・ヴァン・ビアリーズ。
イグナシオのバディ、ドゥーリアス・ヴァン・レイ・カーマイン。
そして――。
「あんさんあんさん! やったやんか! 憧れの子なんやろ!? 一緒に訓練できるやん!」
「う、嘘でしょう? なんで……マローネさんが一緒に?」
チットのバディ、ジュード君が狼狽えている。
「ええっと、僕のバディのマローネお嬢様です」
「マローネです。どうぞよろしくお願いいたしますわね」
バウスコールのバディ、マローネ・ヴァン・レイ・セレスニィ。
以上の四名が普通科の六名に補充されて、同じ班員として組み込まれる事になった。




