受験対策と、帰郷と
変更、『雪原の港町』編をここまでに
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『……ただイオにお礼を述べにいらしただけ……だったのですか?』
『ええ、そうなの。イオにはまだちゃんとお礼を言ってなかったしね。おかげで皆を助け出すことができたわ』
『そうでしたか……』
ルナレシアは大きく「はあ……」と息を吐くと、フラフラとした足取りで俺のベッドまで歩み寄るとそのまま身を投げ出した。
そしてボフッと頭から毛布を被った。
「私ったらなんて勘違いを……うぅ、本当に恥ずかしいです……」
「なぁにを勘違いしたんだ、ルナ?」
からかうような口調で言うと。
「うぅ……聞かないでください。意地悪しないでください……」
毛布の隙間からぴょこんと顔を半分だけだして、俺を恨めしそうな上目遣いで言う。
『イオ、女の子をあまりいじめちゃダメよ? ルナさん。あなたにもきちんとお礼を言わなくちゃならないわね。本当にありがとう』
『いえ……、元はと言えば、私の国の貴族がエルフの方々に迷惑を掛けてしまいまして。お礼を言われるどころか、こちらこそ謝罪を述べなくてはなりません。申し訳ございませんでした』
「それでルナ、こんな時間にどうしたんだ?」
「あ、いえ、ちょっと、イオがいつ実家へ帰られるのかと思いまして」
俺の村はカルネの町から山一つ越えた先にある。
カルネの町と俺の村は山道で繋がっていて往来があるのだけれど、冬の間は深い雪に閉ざされてしまい、山道を通るものは滅多といない。いたとしても、それなりの装備を必要とする。
元々この辺りは、海からの湿った風が山にぶつかるせいで雪が多いのだ。
しかも先程夕食の席で道の様子を尋ねると、今年は例年以上に雪が深く、旅慣れた者でも山を越えるのは難しいという話だった。
そこで。
「空を飛んで帰ろうと思ってたんだけどなぁ……。もう少し天気が良くならないと帰れないな、あれじゃ」
昼間、山の方を見てみると、空は分厚い雲が覆っていて、遠方は雪が降っているのか白く霞んで見えていた。
あれでは空を飛んで行ったところで、相当視界が悪いんじゃないかと思う。方角を見失った挙げ句、立木や出っ張った岩にぶつかりそうだ。
「天気が良くなるまで待たないと。それまでは、ここで世話になるしか無いな」
「修道院はいつまでいても大丈夫だと思いますよ」
「いつまでって言うか、できれば年明けまでには戻りたいね。飛空艇の都合もあるだろう?」
「そう、ですね」
天候が荒れると飛空艇も飛べなくなる。
年が明けたなら天候の良い日を見逃さずに飛空艇へ乗らないと、新学期に間に合わなくなってしまう。
『そういえばルーシア。王立士官学校を受験するんだろう? 来年の入学試験を受験するのなら、もう旅立っていないと試験日に間に合わないんじゃないのか?』
去年の俺は、雪が降り積もる前に村を出て、冬を旅の道中で立ち寄った町でやり過ごした。王都までは順調に進んでもひと月半は掛かる道程なのに、この時期にここにいて試験日に間に合うのだろうかと思ったのだけど。
『飛空艇で行くつもりだもの』
あ、なるほど。そうですね。
どうやらエルフ族は、人族の庶民よりも裕福らしい。
そういえば、ルーシアの村を救った時に貰ったお礼も宝石だったな。
『ねえ、イオ。私に士官学校の試験勉強教えてくれない? どうせ天気が良くなるまでは、イオはすること無くてゴロゴロしてるだけなんでしょう?』
『おい、その言い方はやめたまえ。まあ、そのとおりなんだけどさ』
『だったら私の受験対策に付き合ってよ』
『まあ、確かに言う通り暇だろうし、付き合うよ』
『ごめんなさい。私もお力になれたらと思うのですけれど、お祈りや修道院のお仕事のお手伝いが……』
『ありがとう。気持ちだけで十分よ』
◇◆◇◆◇
結局年内は天候が回復せず、修道院で年を明かしてしまった。
俺はルーシアの受験勉強を手伝って過ごした。
といっても俺がルーシアに教えられる事なんて、そうあるわけではないけれど。
王立士官学校で行われる受験科目は、『運動能力試験』『魔法適性検査』『竜騎士適性検査』『筆記試験』『戦技試験』『特殊技能試験』の六つ。
そのうち『特殊技能試験』は、工兵や兵站、医療といった特殊な技術を専門とした技術士官を希望する者たちが受ける試験なので、ルーシアには関係ない。
俺にも教える事ができるのは、『筆記試験』と『戦技試験』かな?
なんて俺の『筆記試験』の成績は散々だったりしたけれど、この国の言葉と地理程度なら教えられる。
修道院のお手伝いの合間に、ルナレシアもルーシアの試験対策のお手伝いをしてくれた。
ルナレシアの学力は俺なんかよりも遥かに優秀だ。
リヴェリア王国内に住む各種族の言葉はもちろん、周辺諸国の言葉も喋れるそうだ。
そうこうしている内に年が明けて、ようやく天候が回復したところで、俺は『飛行術』の権能を使うと一人空を飛んで村へと帰った。
家に帰ると父さんと母さんは驚き、ササラ姉さんは泣きだしてしまい、兄さんには頬を思いっきり殴られた。それから強く抱き締められた。
深夜に黙って家を抜け出し、王都へ旅立ったからな。
一応置き手紙を残しておいたものの、それから一切音信不通だったせいで、王都への旅の途中で遭難したか、獣か魔物に襲われて命を落としたと思われたらしい。
兄さんに村の共同墓地へ連れて行かれて「お前の墓だ」と、石を積み上げただけの俺の墓まで見せられてしまった。
まさか、生前に自分の墓を見ることになるとは思わなかったよ。
ただ、随分と家族の皆に心配させてしまったなと反省した。
王都の王立士官学校に合格し、今は士官候補生になった事を話すと、皆が凄く驚いていた。
特に父さんが喜んでくれて村中の人に触れてまわり、その結果、どういうわけか大宴会になってしまった。
久々に食べる母さんの料理は美味かった。王都の飲食店や王立士官学校の食堂、それにバウスコールの作ってくれる食事よりも素朴な素材を使った料理だけど、何だか妙にホッとする味だった。
二、三日の滞在の予定が五日も滞在してしまった。そのせいで、修道院に帰ると心配していたルナレシアに叱られた。
帰ったその日は、一日中ルナレシアが口を利いてくれなかった。




