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抗いのヒストリア  作者: ピチ&メル/三丘 洋
雪原の港町編
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修道院に集まる人々と、ルーシアの進む道と

 夕食は食堂に集まって一斉に食べる。

 メニューは蒸かした芋に、海辺にある修道院らしく新鮮な魚介類を使ったスープ。

 芋には塩を振っただけのシンプルな味付けなのだが、これが魚介のスープと実に合う。スープはあっさりとしているのに、コクがあってとても美味しい。

 竈にある大鍋にはまだスープが残っていて、ユラユラと白い湯気が上がっている。

 おかわりを望めば貰えそうではあるんだけれど……。


「おおおお、今日もよう働いたのぉ! 労働の後の一杯は最高じゃわい!」

「いやあもう腹が減って腹が減って倒れそうじゃ! スマン、儂の芋は山盛り頼む!」

「こっちも追加じゃあ!」

「わいにもくれよ!」


 人族、ドワーフ族、巨人(ノール)族、小人(リムル)族と、多種多様な職人たちがどうっと食堂に押しかけていて、夕食を貪り食っている。

 というか、修道院なのに酒が置かれているんだな。


「毎年近くの村で醸造された新酒が、修道院へと納められてくるんです。それが結構な量になりますし、修道院の者たちだけではとても消費しきれません。ですからこうして、大聖堂の建設に携わる職人の皆様へ振る舞っているのですよ」


 なるほど。働いた後には酒が待っているのなら、年末も近いこの時期であっても、働こうという意欲も出ようというものだ。

 もちろん、修道院なので浴びるほど飲めるわけではないけれど、酒が足りないなら後で飲み屋街にでも繰り出せば良い。

 そして労働でひと汗流した彼らの食欲は凄まじく、大量に作られたスープも食べ尽くさんばかりの勢いだ。

 そのうえ――。


「せんせー! スープおかわりぃ!」

「あたしもー、せんせー」

「僕ももっと食べる!」


 カーテルーナ修道院では孤児院も営んでいるようで、職人たちに負けない人数の子どもたちが賑やかに食事をしていた。

 まだ二桁の年齢にもならない、幼い子どもたちがおかわりを求める声を聞いたなら。


「こら、あなたたち! 今日は姫様のお客様もいらしてるんだからね!」

「いやいや、お兄ちゃんはもうお腹いっぱいだから、いっぱい食べたらいいよ」


 こんなの、元子持ちだった身としては遠慮するしか無いじゃないか。


「えっと、私も……」


 遠慮がちにルナレシアも、自身の皿を子どもたちの方へ滑らせようとしていたけれど、それは俺が押し留めた。


「ルナは十三歳で成長期なんだから、食べなくちゃダメだ」

「年齢の事でしたら、私とイオも二つしか変わらないではありませんか?」

「俺は、中身はおっさんだからいいんだよ」


 肉体年齢は十五歳だけれども。


「ちゃんと食べないと大きくなれないぞ」


 そう言うと、チラっと俺を挟んでルナとは反対側に座るルーシアを目で示してみせる。


『……? 何?』

「…………」


 この時、俺の視線に釣られたルナレシアが、ルーシアのどこへ目を向けたのか、そしてその後で自分の身体のどこへ目を向けたのかは、彼女の名誉のために言わないでおく。




  夕食を終えて早々と部屋に戻ってベッドに寝転がっていると、程なくしてコンコンと扉をノックする音が響いた。


『イオ、起きてる?』


 部屋を尋ねてきたのはルーシアだった。


『起きてるよ、どうぞ。って、その格好……寒くないの?』


 部屋に入ってきたルーシアは、結構な薄着だった。


『炭がたっぷりと焚べてあるんだもの。この格好に毛布を被れば十分でしょう?』


 客室として用意された部屋には火鉢が置かれてあるからな。部屋自体狭いという事もあって、雪が降り積もる季節で、換気用の小さな小窓から寒風が吹き込んでいても十分なくらい暖かい。

 でも、それにしたってルーシアの、シャツに短めのスカートはちょっと薄着過ぎやしないか? 彼女のシャツを盛り上げる豊かな胸元と白く細い足が、部屋の中を照らす蝋燭の揺らめく明かりのせいか、妙に(なま)めかしく見えて、目のやり場に困る。


 そんな俺の心情にお構いなく、ルーシアは俺が寝転んでいたベッドの端っこに腰掛けた。

 この部屋には椅子なんてものは無いし、腰掛ける場所なんてベッドしか無いので、自然とそうなる。


『ど、どうしたんだよ、こんな時間に?』


 しまった。

 ルーシアから漂う色気に動揺してしまい、噛んでしまった。

 でもルーシアはすぐに返事をせず、しばらく俺の顔をジッと見つめてから口を開いた。


『えっとね、お礼がまだだったなって思って……。ありがとうイオ。また、私たちの仲間を救ってくれて』

『俺は大した事をしてないよ。船を沈めたのはラフラだし……。捕まってたエルフの人たちはほとんど自力で脱出したようなものだし、奴隷狩りをしていた貴族の元締めを捕まえることができたのは、ルナが尽力してくれたおかげだよ』

『ううん、イオがいなかったらルナさんと私が知り合うこともなかったもの。きっと、私たちだけで仲間たちを救おうとして、精霊を封じる魔導士と戦うことになって、もっと多くの犠牲者を出していたかもしれないわ』


 もしそうなっていたなら、ルーシアも奴隷として他国へ売り飛ばされていたかもしれなかったのか!

 そう考えると、ルナレシアに誘われてこの町へやって来て本当に良かったと思う。 


『それにしてもイオ、一年会ってない間にも、何だかどんどんと凄い魔法士になっていってるわね。あのドラゴンを召喚したのもイオなんでしょう?』

『うん。ラフラって言うんだ』


 そういえばラフラの事、ルーシアにもルナレシアにも紹介していないな。

 何しろアルルと違って身体がとにかく大きすぎて目立つ。

 下位竜(レッサードラゴン)ですら、討伐した者には竜殺し(ドラゴンスレイヤー)の栄誉を授かり歴史に名を刻む事ができる。そしてラフラは、上位竜(エルダードラゴン)でも、最上位の真龍と呼ばれるドラゴン。

 召喚するにしても、人目につかないところでしないと大騒ぎになる。実際、ラフラの出現を受けて王国軍が出動してくれたしな。

 でも、二人にはいずれ機会を見つけて、ラフラの事を紹介しておきたい。


『村を出てから一年も経ってないのに、何だか一回り大きくなった?』

『……そう?』

『うん……背だけじゃなくて、逞しくなったっていうか』

『士官学校で鍛えられてるからなあ」


 前世も徴兵されるまで畑仕事していたから、それなりに筋肉は付いていたけれど、まずは何をおいても体作りを重視するリゼル教官のせいで、体力というか身体に付いた筋肉が前世よりも増えた気がする。


『私ね、来年王都に行くつもりなの。イオが通う学校へ受験するつもり』

『え? 王立士官学校を受験するの?』

『そのつもりよ。だから今、リヴェリア語を勉強しているの』


 そういえばリゼ院長に挨拶した時、拙いけれどリヴェリア語で挨拶をしていたな。

 王立士官学校に入るのを見据えて勉強していたのか。


『じゃあ、王国軍に入隊するつもりなの?』


 尋ねるとルーシアは頷いた。


『奴隷狩りで連れ去られた皆を探したいと思ってるの。でも、この国の中ならともかく、外国へ送られてしまった仲間たちを探すのってとても難しいと思う。だから王国軍に入れば、外国の情報なんかも集められるかなって……』

『軍に入ると自由が利かなくなるかもしれないぞ?』

『自由の利く立場になるまで頑張ればいいのよ。それに仲間を探しているのは私だけじゃない。他の方法で仲間を探している人たちもいるしね。色んな方法で探したいと考えているの』

『なるほど』

『それとね、私もちょっとイオが通う学校というところに興味があるのよ。イオと一緒に学校に通ってみたい』

『でも、来年入学するのなら、俺は一年先輩だぜ? 教練で一緒になることは無いし、一年早く卒業するぞ』

『成績優秀者は飛び級という制度があるのでしょう?』

『……よく知ってんな』


 ルーシアなら、あるいは飛び級を狙う事ができるかもしれない。

 まず、得意の精霊魔法。種族的にも精霊に親和性の高いエルフ族ならば、人族よりも優れた魔法士となれる。

 そして体術、剣術、弓術に関してもルーシアは天賦の才を持っていると思う。

 というか、剣術に関しては俺とも打ち合えるし、弓術に関しては俺の師匠だものな。


 女性ゆえに体力で男性に劣るけれども、エイリーンよりは遥かにマシだと思うし、何ならチットよりも体力があるかもしれない。

 リヴェリア語も多少話せるようになったみたいだし、なるほど……学科さえ問題なければ、もしかしてルーシアって相当優秀な人材なんじゃね?

 でも後輩で入ってきたのに、同期生として並ばれるのはちょっと嫌だぞ……。


 と、その時。

 コンコン、とまた扉がノックされる音。


「イオ? 起きてますか?」

「起きてるよ。開いてるぞ」

「こんばんは」


 今度はルナレシアか。千客万来だな。


「…………」


 ん?

 部屋へと入ってきたルナレシアは、何だか愕然とした表情でベッドに並んで座る俺たちを見ていた。


「どうしたんだ?」

「……あ、えっと、その私……お二人がそんな関係だったなんて知らなくて……申し訳ございません! お邪魔しちゃいました!」

「いやいやいやいや!」


 サッと踵を返して部屋を飛び出そうとしたルナレシアの腕を、パッと掴んで止めた。

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