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抗いのヒストリア  作者: ピチ&メル/三丘 洋
雪原の港町編
60/72

幻と、炎の鳥と

『まさか!? 消えた?』

「っ! 上じゃ!」


 バッと空を仰いだ魔神(ルードルード)老魔導士(アダン)が、魔神(ルードルード)の頭上に『転移(セーレ)』で転移した俺を視界に捉える。だがその直後、俺の身体は乳白色の霧のようなものが覆い隠された。


「魔法で霧を生み出したおったのか!? 仕掛けてくるぞ!」

「イオニスの名において命ずる。哀れなる贄を喰らえ――『竜牙裂(グラシャ=ラボラス)』!」


 急激な視界の変化に伴うめまいを我慢し、そのまま自由落下に任せて『竜牙裂(グラシャ=ラボラス)』を発動。

 バグンッと見えざる大きな顎が空間をえぐる。

 しかし。


『――危ないところでしたね』


 抉り取ったのは魔神(ルードルード)のステッキだけ。

 決まれば上半身をえぐれただろうに、もう一歩のところで躱されてしまっていた。


『驚きました。まさか界に似た魔法まで使えるとは……。あなた、(わたくし)の眷属とも契約されてらっしゃるのですか?』


 トトンと、軽やかな足音を立てて魔神(ルードルード)が距離を取る。


「まるで奇術師のようじゃな。いったい幾つ手の内を隠しているのか。これは儂も手を貸したほうが良いかのぉ?」

『必要ありません――ですが、ただそこで見ていても退屈なだけでしょう? 久々の魔法戦、アダンも楽しまれてみてはいかがです?』

「フォッフォッフォ。そうじゃなぁ……エルフどもは精霊を封じてしまえば話にならんし、修めた業も朽ちるばかりじゃわい」

『まだ全てを見せているとは思えませんが、切り札のドラゴン召喚を封じている以上、気をつけるべきは先程の転移と同時に使った、空間を抉る魔法だけでしょう』

「ふむ、じゃあ少々儂も運動してみるかのぉ」


 何だ?

 老魔導士(アダン)の周囲に半透明にボウっと光を放つ球体が、幾つも出現する。

 魔力の塊か?

 魔神(デーモン)などの超常的存在が得意とする『魔力弾(エネルギー・バレット)』か?

 魔力を弾丸のように撃ち出す術で、俺の『光塵矢(バルバトス)』の権能に似た魔法だ。契約した魔神(デーモン)の力を操る魔導士なら、大抵の者が使える基本的な攻撃魔法である。


「まずは小手調べじゃ。ほれ!」


 撃ち出された『魔力弾(エネルギー・バレット)』の速度は、思っていたよりも遅いものだった。

 俺の『光塵矢(バルバトス)』と比べてももちろん、もしかしたら人の投擲した石よりも遅いかもしれない。

 撃ち出された『魔力弾(エネルギー・バレット)』こそ二十発近い数で多いものの、これならわざわざ防がずとも躱すのは容易い。


「ルードルードの力はこう使う」


 嫌な予感がした。


「イオニスの名において命ずる。壁よ、阻め――『光盾(オロバス)』!」


 障壁を張り巡らせるのと、周囲を爆音が包むのはほぼ同時に、ガガンッという金属音。

 大剣(ファナティカー)をその場に取り落とした音だった。

 右腕に目をやれば、右肘から先の肉が削げ落ちている。

 真っ赤な血が溢れ出していてわからないけれど、傷は骨まで達しているかもしれない。

 白い地面へボタボタと、血の染みが生まれていた。


『咄嗟に障壁を張って、急所へのダメージは避けましたか。ですがその右手では、その大きな剣は持てないでしょう。ではこういうのはどうです?』


 次の瞬間、目の前に魔神(ルードルード)がいた。

 違う。

 身体が魔神(ルードルード)の前へ、強制的に転移させられたんだ。

 振り下ろされた魔神(ルードルード)のステッキが肩口を強く打ち据えて、無様な姿で床へ叩きつけられる。


「がはっ……」

『実に……実に良いですよねぇ。その苦悶の声!』 


 堪らず肺の中の空気を全て吐き出すと、魔神(ルードルード)が恍惚とした声を上げた。

 地に伏したままで、はっはっはと短く浅い呼吸を繰り返す背中をステッキで打擲(ちょうちゃく)する魔神(ルードルード)の哄笑は、耳障りなレベルになっている。


「待て待て、ルードルードよ。そう、殴り続けては小僧があっさり死んでしまうぞ? 久々の魔法戦を楽しんではどうかと言ったのはお主であろうが? 少しは儂も楽しませんかい」

『おっと、これは(わたくし)としたことが、つい興奮してしまいまして……』

「小僧よ、まだ立てるかのぉ? まあ立てたところでその様子では、戦いにもなりはしまいが……」

『やはり切り札(ドラゴン)を封じてしまっては、精霊を封じたエルフ同様、大した戦いにもなりませんでしたなぁ。申し訳ございません、アダン。見込み違いとついやりすぎてしまいました事に謝罪を』

「……フォフォフォ、まあ良い。儂も無抵抗な相手を一方的になぶり殺すのが嫌いではない。じゃが、あまり時間を掛けると、逃げ出した商品を回収するのが面倒になる。そろそろトドメをくれてやってもええじゃろう」


 そんな魔神(デーモン)老魔導士(アダン)の会話を、俺は地に伏したままの姿勢で聞いていた。

 トドメだって? 舐めんなよ!?

 痛み?

 そんなもの感じるはずもない。 

 だって俺は、魔神(デーモン)老魔導士(アダン)から十数メートル程度は離れた場所にいる。

 魔神(ルードルード)のステッキに打ち据えられている俺は、全て幻なのだから。


 『幻影投射(ダンタリオン)』。

 俺が『転移(セーレ)』で転移した直後に発生した乳白色の霧は、『幻影投射(ダンタリオン)』の権能によるものだ。

 あの瞬間に魔神(デーモン)老魔導士(アダン)は、俺の『幻影投射(ダンタリオン)』の幻に掛かっていたのだ。

 そして今現在も幻と気づく様子も無く、魔神(デーモン)は身代わりにしておいた俺のコートを楽しげに打ち据えている。


 おかげで魔神(ルードルード)老魔導士(アダン)の魔法は観察できた。

 貴重な魔法士との戦闘だからな。

 できるだけどんな戦い方をするのか観察したかった。

 前世での魔法士との戦闘は、こちらが逃げ惑うだけだったし。

 

 さて、幻の俺を打ち据えて喜んでいる魔神(デーモン)老魔導士(アダン)を、そろそろ現実に戻してやるとするか。

 彼らには正面から戦ってもらわなければならないのだ。

 俺自身が全力で権能を使って魔法士と戦った時、どれだけの事ができるのか。

 周囲へ一切の配慮を考えないで良い状況での魔法士との戦闘は、貴重な経験を積める。


『では、楽にして差し上げましょう』

 

 魔神(デーモン)が俺のコートを『魔力弾(エネルギー・バレット)』で貫く前に、


「イオニスの名において命ずる。その威を示せ――『招火(アイム)』!」


 ブワッとコートが燃え上がる。

 

「な、何じゃ!?」

『何!? これはいったい…‥』

「幻だよ」

『幻……この魔神(デーモン)である(わたくし)が幻を見せられていただと……』

「おかげで、あんたらの力はよく観察させてもらったよ」

『ば、バカな……確かに柔らかい肉を叩く感触がありましたよ!? まさか魔神(デーモン)(わたくし)の感触まで欺くレベルの幻術を、人が操れるだと……』

「なるほどのぉ……これは儂も一杯食わされたわい。じゃが、幻で儂らをどうするつもりじゃ? 小僧の切り札(ドラゴン)は封じられたままじゃぞ?」

「俺がいつ真龍(ラフラ)が切り札だなんて言った?」


 俺の頭上に生まれた小さく揺らめく炎。

 

「イオニスの名において命ずる。天上の陽と地獄の劫火を纏いて、羽ばたき舞い上がれ! 我が意のままに我が為すままに、全てを呑み込み焼き尽くし、灰燼に果てよ――『火の鳥(フェニックス)』!」


 詠唱の終了と同時に一気に膨れ上がった炎は、翼長十メートルにも及ぶ巨大な鳥の形を作り上げる。

 そしてこの燃え盛る炎の鳥は、俺の意のままに操ることができた。

 そおら、これでも喰らえ!


『ぉおおおおおおおおおおおおおっ!!』


 空間を遮断する障壁が張れるはずの魔神(デーモン)、ルードルードの苦悶の声。


「ルードルード!? い、いかん! 何だ、この炎は!? 空間を遮断しているはずなのに、炎が侵食してくるだと……」


 へえ、そうなんだ。

 一人と一柱がまとまってくれていたおかげで、そこへ突っ込ませた『火の鳥(フェニックス)』は、俺が思っていた以上に強力な権能らしい。

 俺にはどういう訳だか、『火の鳥(フェニックス)』の炎の熱さが感じられないし。

 何とか障壁を張って『火の鳥(フェニックス)』をやり過ごした魔神(デーモン)老魔術師(アダン)だったが、一度天空へと舞い上がった『火の鳥(フェニックス)』が再び突っ込んでくるのを見て、顔を引き攣らせていた。


「またこっちへ来るぞ! あれだけの威力の炎を自在に操れるのか!」


 『火の鳥(フェニックス)』から聞こえる、キュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイという音は、高熱で空気が膨張する音なのか、それとも炎の翼で風を切り裂く音なのか。


『あの魔法、もはや魔法と呼べるものではなさそうです。あの炎の鳥そのものが幻獣……いや、我らに近いい存在にまで昇華されているのか……』

「マズい。力を見誤っておったわい。アレを何度も喰らうと、ルードルードはともかく儂の障壁などいつか破られてしまうわい。早めに決着をつけねば……」


 今だ! 


 やり過ごした『火の鳥(フェニックス)』にばかり意識がいって、老魔術師(アダン)の障壁は、『火の鳥(フェニックス)』に対してのみ張られている。

 背後にいる俺への意識が薄れている。

 これは別に老魔術師(アダン)が油断したわけではない。

 老魔術師(アダン)の張る障壁では、『火の鳥(フェニックス)』に向けて全力を注がねば、破られてしまうからだ。

 

 だが、そのおかげで俺への注意を逸らすことに。


「イオニスの名において命ずる。我が身を彼方へ――『転移(セーレ)』!」

『後ろです! アダン!』

  

 魔神(デーモン)の警告ももう遅い!

 無防備になった老魔術師(アダン)の背後へと転移した俺は、大剣(ファナティカー)を振るう。

 手に伝わってくる人間の肉と筋、そして腰骨を切断する感触。

 前世では、この大剣(ファナティカー)で三桁は軽く殺してきたけれど、今世に来てからはこれがこの剣の初めての殺人だった。

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