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直近の目標と、少女の想いと

 エルフの村の一件で痛感した事は、やはり体力の無さについてだった。

 まだ子どもなので体力が無いのは仕方のない事だけど、権能の連発は想像以上に体力を消耗するようだ。

 たった十数回程度権能を使用しただけで、息を切らしているようでは戦闘で使い物にならないと思う。

 幸いまだ時間はたっぷりあるし、身体もこれから大きくなってくる。体力も付いてくるだろう。


 俺が徴兵されたのは十八歳の時なのだが、内乱はいつから始まったのかはよくわからない。

 アデリシア女王の御代になって、宰相ライエル侯の専横ぶりが目に付くようになってから、各地で大規模な内乱が発生するようになったらしいが、それ以前からも火種はブスブスと燻っていたと古参兵から聞いたことがある。

 有力な王族の不審死、王宮官吏の貴族と王国軍の対立など、内乱が本格化する数年前より始まっていたそうだ。


 士官学校へ行って士官を目指すとして、貴族でも騎士でもない平民の俺が手っ取り早く出世するには前線で功績を積み上げる必要がある。そのために権能の使用回数強化は重要課題だ。というわけで、より一層体力作りに精を出すことになった。

 あれから俺の権能の練習と体力作りに、時折ルーシアが付き合うようになった。

 ルーシアはエルフとしては若くまだ少女と呼べるような歳頃らしい。

 天変地異を引き起こしそうな権能は見せなかったけど、『操風(フォカロル)』や『操水(フォルネウス)』といった権能で風や水を自在に操って見せたらルーシアは目を丸くしていた。


 ルーシアもまた精霊魔法と呼ばれる魔法を見せてくれた。

 精霊魔法は自然に宿った精霊たちにお願いしてその力を借りる魔法だ。

 ルーシアの腕はまだまだ未熟なのだそうだが、木の精霊に話しかけると、枝がわっさわっさと動いたのにはびっくりした。

 でもその後で俺が『植物操作(アムドゥスキアス)』を使って同じ事をしてみせると、無理矢理に木を動かす俺の力より、精霊にお願いして言う事を聞いてもらう霊魔法のほうが優れているとムキになって食って掛かってきた。

 何だろ、これ。

 やっぱり、今までずっとひとりぼっちで黙々と力の検証をしていた時より楽しい。

 精霊魔法を使えるルーシアが検証に加わってくれたおかげで、俺には思いつきもしなかった力の使い方などに気づくことができる。


 またルーシアからは体力作りや権能の練習以外の時間で、弓矢の使い方等も教わった。

 兵士だった時に弓兵は経験していなかったので有り難い。

 それから山や森での生存技術も教えてもらう。

 食べられる野草や根、虫、キノコ、それから薬草類など。

 軍にいた時にも幾つか習っていたが、森の妖精と呼ばれるエルフの持つ知識はさすがに違う。

 将来きっと役に立つ技術だった。


「ねえ、イオニスは将来お父さんと同じで農夫になるの?」


 ある日、魔法の練習をしていたらルーシアがそんな事を聞いてきた。


「僕は学校に行きたいなって考えてる。それから軍人になるんだ」

「軍人?」

「うん。軍人になってね、やりたいことがあるんだ」


 この国の滅亡に向かう未来を変える。そのために俺は日々特訓しているのだ。

 それにあの戦争は、ルーシアたちエルフ族も巻き込んでしまった。森を焼かれて領域を侵されたエルフ族とリヴェリア王国は戦争したのである。

 あの戦争にルーシアが参戦することになるのかどうかはわからないが、彼女だって無関係ではいられなかったはずだ。

 ルーシアの事もまた、俺にとって守るべき大切な存在となりつつあった。


「そっか。村を出ようと思ってるんだね」

「うん。学校は町にあるからね」

「ふーん」


 頷くと、ルーシアは何か考え込むように頷いていた。

 俺は十四歳になる春に士官学校へ行くことにしていた。

 俺が学校に行けば、この山の森に住むルーシアとは別れることになる。もしかして寂しいとでも思ってくれてるのだろうか。


「でもまだ大分先の事になるかな。僕が行こうと思ってる軍の学校は、十二歳から入学できるそうなんだけどさすがに十二歳でひとり暮らしは難しいだろうし」


 俺が説明している間、ルーシアはただ黙って頷いているだけだった。

 時折、何か考え事をしているのか上の空になっていた。

 やっぱり、寂しいと考えてくれているのかもしれない。

 俺のことをルーシアは弟のように思っているのだろうけど、たとえそうだろうとこんなに綺麗な人に寂しいと思われるなら少し嬉しい気がした。



 ◇◆ルーシア◆◇



 私がその人間の子に会ったのは、夏の暑い昼下がりの事だった。

 その頃私たちの里では、『人払い』の結界が破られて人間の奴隷狩りの侵入を許していた。

 長老様を人質に取られた私たちは抵抗もできず、両手足を縛られて倉の中に閉じ込められてしまった。


 噂では聞いていた。

 人間は同種族はもちろん、私たちのような異種族も拐って人買いに売り飛ばすのだそうだ。

 買い手は色々。

 身体が頑健な者は鉱山や大規模農場、工房などで働かせる労働奴隷に。見目の良い者は金持ちの愛玩、もしくは娼婦街に売るらしい。


 倉の前の奴隷狩りたちの話を盗み聞きして、私は噂が真実であった事を知った。

 そして決断した。

 私の目に、小さな火を灯した明かりが映った。


「ううっ、ぅぁぁぁぁ……」


 悲鳴を押し殺して、手首の縄に火の先端を当てて焼き切る。


「ルーシア様、何て無茶を……」


 ざわめく村の皆へ静かにするよう目で訴えると、自由になった手で足首を縛る縄を焼き切る。

 そして隙を突いて私は助けを呼ぶために里を出た。

 人の村が近くにあるのは知っていたので、そこで助力を請うつもりだった。

 もっとも今考えてみると、人間の村人たちに助けを請うたところで奴隷狩りにかなうはずもなく。

 下手をしたら、奴隷狩りの連中の獲物を増やすだけになっていたかもしれない。


 だけど、この選択が私たちの村へ幸運をもたらした。

 程なくして私の脱走に気が付いた奴隷狩りたちが猟犬を使って追跡を開始した。

 手足の火傷で思うように走れず猟犬の追跡を振り切れない私は、それでもとにかく足を運んで――人間の男の子と出会ったのだ。


 足を止めた私を、少し灰色の目を丸くして見つめる男の子。

 私の後ろには獰猛な猟犬。猟犬たちは子どもだろうと関係なく襲い掛かるだろう。

 無関係な子どもを巻き込む訳にはいかない。


「ここから離れて! 逃げて!」


 叫ぶが男の子は逃げない。


「逃げて!」


 男の子の腕を掴み、もう一度叫んでから言葉が通じてない事に気づいた。

 でも私には人間の言葉なんてわからない!

 ところが突然、男の子はブツブツとつぶやくと。


「僕の言葉、わかりますか?」

「エルフ語! あなた言葉がわかるの!?」


 驚いたことに男の子はエルフ語を喋ったのだ。しかも突然流暢に――。


「早く! 早くここから逃げなさい! 早くしないと――」


 でも、いまはそんなことどうでもいい。

 大地の精霊にお願いして『石礫弾(ストーンブラスト)』で猟犬たちを牽制する。


「ギャンッ!」


 でも、鼻っ面に石つぶてを浴びて後ろへ下った猟犬は一匹だけ。

 他の猟犬たちは怯む様子もなく、正面を避けて回り込もうとしている。

 間に合わない、と思った瞬間。


「『光塵矢(バルバトス)』」


 瞬時に複数の光条が飛んだ。

 バスッバスッバスッバスッ……と、土と枯れ葉を舞い上げて、猟犬の目の前に赤い光条が着弾。

 それは男の子が放った魔法だった。

 ゾクッと鳥肌が立った。


(なによ、この力……)


 とてつもなく濃密な力の残滓が、辺りに漂っていたのだ。

 私たちエルフに馴染みのある精霊力とは違う。この力は魔神や悪魔たちの持つ力……魔力と呼ばれるものだ。

 あの奴隷狩りの中にいた魔法士と同じ力だった。


(怖い……)


 最初に感じた印象はただそれだけ。

 背丈の小さい、幼い子ども。

 悪魔?

 それとも魔物の一種?

 でも、イオニスと名乗ったその男の子は私を手当てしてくれた。

 そして、私から事情を聞き出したイオニスは、その足で私たちの里へと向かうと、長老様を助け出して、皆を解放してくれたのである。

 それが私ルーシア・ウィル・フィアリア・シュレーンと人間の魔導師イオニス・ラントとの出会いだった。



 ◇◆◇◆◇



 奴隷狩りの襲撃に遭うまで、里で一番歳若い私は退屈な里での毎日に飽き飽きとしていた。

 エルフはだいたい二百年という寿命を持つ長命な種族。それゆえか基本誰もが変化を嫌い、穏やかで退屈な日々を過ごすことを至上の喜びとしている。

 だけど、私はそんな生活に耐えられなかった。

 切羽詰まった状態だったけど、イオニスとの出会いは刺激に飢えていた私にとっては退屈を紛らわす絶好の機会だった。


 イオニスは、この山の裾野にある村出身の六歳の男の子。

 本当に六歳なの? と疑いたくなるくらいに、彼は私が信じられない位の魔法の使い手だった。

 奴隷狩りたちを一網打尽にしてみせた巨大な黒狼を召喚し、空を飛び、瞬時に場所を移動する。また自在に火、風、水も操ってみせた。

 私が精霊魔法で木を操ってみせると。


「そんなの僕だって出来るよ」


 ムキになってイオニスも木を動かしてみせた。 

 私の精霊魔法が基本精霊に「お願い」するのに対し、イオニスの使う魔法は魔導と呼ばれるものだ。

 魔神、邪神、または悪魔の力を導き借り受けて、術者の意思を強制させる魔法だ。

 木に動く事を「強制」させた事へ私が怒ると、イオニスはしばらくムッとしていた。

 こういうところは歳相応な感じがして可愛く感じる。


 イオニスは空を飛ぶ魔法も使える。

 私も空を飛んでみたいとお願いしてみると、イオニスは誰かを連れて飛ぶのは一人で飛ぶよりもひどく疲れるからと断り続けていたけど、最後には折れてくれた。

 さて、飛ぶとなれば私に抱きつく必要があるそうなんだけど、イオニスは私のどこに抱きつくべきか迷ってまごまごしていた。

 どうやら女性の私に抱きつくことが恥ずかしいらしい。

 まったく、子どもが何を気にしているのか。

 私は照れてなかなか思いきれないイオニスをグイッと捕まえると、正面から抱きしめた。


「わっ、ちょっ、ルーシア……」


 私の腕の中で何やらイオニスが慌てている。

 どうやら私の胸がちょうどイオニスの顔のあたりにあるようだ。

 ふふ、空を飛んでもらえることへのお姉さんからのお礼だと思いなさい。

 イオニスは顔を真っ赤にして暫くの間もがいていたけれど、やがて諦めたのか素直にそのまの姿勢で魔法を使った。

 イオニスと一緒に飛んで見た世界は、素晴らしい光景だった。

 私が登った事のあるどんな巨木よりも高い場所。空を飛ぶ鳥と同じ視点で見渡した美しい世界。


「あ、あそこが僕の村だよ」


 山の裾野、小川沿いに人間の村が見えた。

 黄金色に染まった麦畑の間にポツポツと家がある。

 そこから遠く離れた場所にも村があるようだ。家が固まっている場所がある。


「綺麗……」

「本当に綺麗だよね」


 イオニスと二人で見渡した世界は本当に美しかった。

 緑の山と森の合間に伸びる川と道が幾筋も見えた。

 美しい風景に見惚れていた私は、ふと私の胸元あたりにあるイオニスの顔を盗み見た。


(え? イオニス……?)

 イオニスの顔は何だか泣きだしそうな、辛そうな表情を浮かべていた。

 時折なぜかイオニスはこんな表情を見せる事がある。

 それはこんな風に美しい景色を眺めている時、私が彼に村の事を聞いた時、あるいは私がエルフの里について話している時などだ。

 彼はそういった話をしていると、必ずと言っていい程思い詰めた顔をする。

 その時のイオニスの横顔は、幼い子どもとはとても思えないくらい、なぜかとても経験を重ねた大人のような表情に見えて、私はドキッとする。

 そしてそんな時のイオニスは、なぜだか遠くへ行ってしまうような感じがして、私の胸にザワザワとした感情をもたらしてくれた。

 ある日、私はイオニスに尋ねた。


「ねえ、イオは将来お父さんと同じで農夫になるの?」


 裕福でない家庭に生まれた人間の子どもたちは、七つか八つになると仕事に就くと聞いていた。

 大きくなれば彼も仕事を覚えるために、父親の手伝いを始めるようになる。

 そうなればもう、私はイオニスとはなかなか会うことができない。

 その事が残念でたまらず、ついそんな質問をしてしまった。

 だけど、イオニスから返ってきた答えは、私の予想とは違ったものだった。


「僕は学校に行く。それから軍人になるんだ」

「軍人?」

「うん。軍人になってね、やりたいことがあるんだ」


 まただ。

 またイオニスの思い詰めたようなあの顔。

 イオニスは一体何を考えているのだろう。

 幼い子どもとはとても思えない大人びた横顔。

 ぼーっとイオニスの横顔を見ていると、見られていることに気がついたのか彼は私を見た。


「そ、そっか。村を出ようと思ってるんだね」

「うん。学校は町にあるからね」

「ふーん」


 町。

 イオニスが行こうとしている学校がどこにあるのか、人の世界に詳しくない私は知らない。

 でも、とても遠くにあることだけは理解できた。

 イオニスに見せてもらった空から見渡した風景の中にも、きっと彼の言う町は無かったように思う。

 とても遠い遠い場所。

 働き始めて今までのように時間が取れなくなったとしても、山の裾野にある村に住んでいるのなら、またイオニスと会う機会だってできる。

 なんなら私がイオニスの村へ遊びに行ったっていい。


 でも、町へ行ったなら、私が次にイオニスと会うのはいつになるのだろう。

 人間は私たちと違って、成長が早く、生きている時間も短い。もしかしたら、もう二度と会えないかもしれない。

 町に行ったなら、次にイオニスと会えば彼はきっと大きく成長しているだろう。

 その成長していく過程を自分が見られないことが、何だかとても悲しくて、寂しく感じられる。


 イオニスの持っている力は、エルフの私が見ても素晴らしいものだ。彼が町で学校に行けばきっと、外見だけでなく、中身も大きく成長していくだろう。

 そしてその成長していく過程が見られないことに、私はちょっと悔しいな、残念だなと思ってしまった。

 イオニスとこのまま離ればなれになるのは絶対にイヤ!

 でも、きっと来るであろう別れの時。

 その時、私はある考えに心が傾き始めていた。

 私はその素敵な考えに素直に身を任せようと考え始めていた。

 そして私がその事を長老様や村の皆に相談すると、特に反対されるような事は無く、むしろ後押しまでされてしまった。

 だからもう、私は迷わない。

 だって、イオニスは私が見つけた大切な宝物なのだから。

 私に初めてできた人間の友だちなのだから――。

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