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抗いのヒストリア  作者: ピチ&メル/三丘 洋
雪原の港町編
56/72

屋敷の地下と、出来心と

 部屋を出たところで廊下に人影が無いことを確認して、外へと出る。

 それにしても、廊下にずらりと並んだ扉の数は、まるで宿屋みたいだな。

 この屋敷、実は三階建てで多分上の階にも部屋があるはず。

 商談などで招待した客人を泊めるために、客室を多くしてあるようだけど、どれだけの人数が宿泊できるのだろうか。


 先程使用人の女性に案内されて上がって来たばかりの階段を、堂々とした態度で下りていく。

 この階段は玄関前のロビーへと続いている。

 ロビーでは警備に立っているらしい男が二人いたが、別にコソコソと歩く必要はないので堂々と歩いていった。

 先程二階へ上がったばかりの俺がまた下りてきたので、男たちがちらりと視線を寄越してきたが、こちらが軽く会釈をしてやると、姿勢を正して丁寧に頭を下げてきた。そしてすぐに俺から視線を外すと、それぞれの仕事に戻っていく。


 まあ、主人が招待した客をジロジロと眺め回しては失礼極まりないからな。

 一度二階へ上がってまた戻ってきたのも、部屋に忘れ物でも取りに行ったくらいに思ってくれているだろう。

 というわけで、何も疑われることもなく夕食会場へと向かう廊下へ出た。

 そしてワインセラーがあるという地下への階段に向かう。

 ここまでは、誰にも見られていない。順調そのものだ。


 階段を下りた先には石造りの廊下が見える。

 地下にもきちんと明かりが灯されているらしく、また人の気配も感じられた。

 さて、さすがにここから先は、真っ正面から歩いて行くわけにはいかない。


「イオニスの名において命ずる。我が身を隠せ――『透明化(フォラス)』」


透明化(フォラス)』の権能を使って足音を忍ばせ、下の廊下へと出る。

 すると角を曲がって右手側に扉が二枚。

 そして廊下の突き当りにも一枚の扉があって、その前では見張りらしい男が椅子に腰掛けてあくびをしていた。

 ワインセラーがあると言っていたけど、そんなところに見張りを立たせる必要なんてあるわけがない。


「イオニスの名において命ずる。意識を刈り取れ――『昏倒(ガープ)』」

「なん…だ……」


 透明化している時に別の権能を使用すると、透明化が解除されてしまうのだけれど、見張りに騒ぐ時間を与える事も無く、『昏倒(ガープ)』で意識を刈り取ることが出来た。

 さて、突き当りの扉よりも手前にある二枚の扉も気になるけれども……。

 見張りの腰元を探って扉の錠の鍵を奪って開くと、その先にはまた地下へと続く階段がある。

 今度は明かりも無く真っ暗で、その上階段は緩やかな曲線を描いていて深い。 


 見張りの側にあった燭台を手にして下りていくと、やがて数名のすすり泣くような声が聞こえてきた。

 思わず落胆のため息が出てしまう。

 少しだけ、何かの間違いであってくれと期待していたのだ。

 階段部分は暗かったのだが、下へと下りてみるとまた明るくなっていた。


 地下なので多少籠もった空気なのは仕方がないのだが、思っていたよりも清潔な空間といった印象。

 誘拐してきた人間を監禁する場所って、もっとジメジメとしていて、カビ臭い空気が充満していると思っていたのだけれど。 

 地下二階も一階と同じように右手側に部屋がある造りだった。

 ただし、部屋の数は四つで突き当たりには扉がない。


 すすり泣きはその四つの扉全てから聞こえてくる。

 扉にはちょうど目の位置に中を覗き込むためのスリットと、床下にも小さな開き戸のようなものがあった。きっと、下の開き戸は食事を差し入れるためのものだろうな。

 一番手前の扉のスリットからそっと中を覗き込むと、当たりだった。


 悄然と肩を落とし、壁にもたれ掛かって座り込むエルフたちが見えた。

 この部屋には五人のエルフがいた。内訳は青年が一人に若い娘が二人、そしてまだルナレシアくらいの女の子が二人。

 コンコンと扉を叩くと娘たちはビクッと肩を震わし、子どもたちは怯えたように娘たちへしがみついた。

 青年だけがこちらを見て、スリットから覗き込んでいる俺に気がつくと近づいてきた。


『あんたたちのお仲間に頼まれて来た』


 俺が『翻訳(ロノウェ)』を使ったエルフ語でそう囁くと、青年は大きく目を見張り、一度部屋の中の娘たちを振り返る。


『……仲間たちに頼まれてだと? 俺たちの言葉が話せるようだが、あんた人族だろう? 俺たちを騙して仲間の居場所を探るつもりか?』

『ル―シアの使いと言えば、信用してもらえるか?』


 疑るように返事をしてきた青年が、ルーシアの名前を聞いて息を呑んだ。


『あんた……本当にルーシア様の』

『うん』


 ルーシア『様』か。

 そう言えば俺たちを襲ってきたエルフたちに、自分の事を『森の巫女』なんて言っていた。

 どうやらルーシアはエルフたちの中で、何か重要な役割を持つ存在のようだ。


『そのルーシアとはちょっとした縁があってね。あんたたちを助けるための手伝いをすることになったんだ』

『……助かるの? 私たち……』


 俺と青年の会話を聞きつけた娘の一人が、少しだけ希望が込められた声で尋ねてくる。


『俺たちの他にも、この地下に仲間たちが閉じ込められているんだ。皆、助けてくれるのか?』

『もちろん。ただ、今すぐというわけにはいかないんだ』

『それはどうして?』

『俺は今この屋敷の主人、つまりあんたたちを拉致した者たちの親玉に招待されて、客人としてここにいる。上の屋敷を警備する連中を排除してここに来たわけじゃないんだ。今ここであんたたちを解放しても、上にはその警備の者たちがいるし、少なくない犠牲者が出かねない。精霊魔法、使えないんだろう?』

『ああ、ここに閉じ込められてからも、精霊の声は聞こえない』

『魔導士の魔法で精霊封じの結界が張られているんだ』

『……どうしたらいい?』

『あんたたちを解放するための手段はこちらで何とかする。でも、その前にあんたたちに確認しておきたいことが二つある』

『確認?』

『一つはあんたたちの中で、衰弱している者、病気の者はいないか?』

『この部屋の者は、全員健康だ。他の部屋の者たちからも、誰かが倒れたという声は聞いていない。こんなところに閉じ込められているが食事と、見張り付きだが身を清める時間は定期的に与えられている』


 ふーん、思っていたよりも彼らの健康には気をつけているんだな。

 考えてみるとここから外洋船に身柄を移して、長ければ数ヶ月もの航海に耐えさせなければならいのだ。

 長旅に耐えさせるために、こんな場所で病気にさせるわけにもいかないし、高価な金額で売りつけるためにも、彼らの健康には注意して管理しているのかもしれないな。

 どのみち奴隷として売り捌かれてしまうので、嬉しくは無いだろうけど。


『全員が健康な状態なら問題ない。いざ逃げ出した時に身体が弱っていたら、助けられるものも助けられないからな』

『もう一つは何だ?』

『精霊魔法に『水中呼吸(アクアブレッシング)』の魔法ってあるだろう? あれって全員使えるの?』




 深夜。

 コンコンと部屋の扉を叩かれて、開けるとルナレシアが中へと入ってきた。


「ご苦労さん」

「どうでした? 誘拐されたエルフの皆さんは見つかりましたか? ご無事でしたか?」

「やっぱり地下に監禁用の部屋があった。そこにエルフたちがいた」

「そうでしたか……とても残念な気持ちです」


 バーンズ伯爵夫妻には、俺たちにはとても親切にしてもらった覚えしか無いからな。

 ルナレシアが気落ちする気持ちは良く分かる。


「助け出すための打ち合わせは終わらせてきたよ。全員覚悟を決めていた。というよりも、この話に乗らなければ後が無いだけなんだけど」

「はい。イオの事は信じていますし、きっと大丈夫だと思います」

「後は天気が良くなって海が穏やかになるのを待つだけだな」


 そう言って俺は入り口から背を向けると、テラスへ続くガラス戸に掛けられたカーテンを閉め――。


「ところでイオ、何かお酒の匂いがしますよ?」

「気のせいじゃないかなあああ待って待って仮にも淑女が深夜に男の部屋へズカズカ入るのははしたないですよ!」


 スタスタと部屋を横切ったルナレシアは、俺がさりげなく閉めようとしていたカーテンを捲りあげて、そのままテラスへ。

 そしてテラスから戻ってきたルナレシアの手には、中身が三分の一ほど減ったワインの瓶と飲みかけのグラス。


「………………」


 ジーッとジト目で見てくる。

 だっていっぱいあったし、後で『水酒変容(ハーゲンティ)』で瓶へ適当に詰めておけばバレないかなって……。

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