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抗いのヒストリア  作者: ピチ&メル/三丘 洋
雪原の港町編
54/72

エルフたちの事情と、町に潜む闇と

 ルーシアに案内されたのは、街外れにある小さな建物だった。

 元は富農の倉庫に利用されていたのだろう。

 古ぼけた馬耕(ばこう)に混じってハミ桶、ハミ切りが無造作に置かれてあった。

 所々に転がっている朽ち掛けた棒切れは、先端部の鉄具が取り外された(くわ)(すき)の残骸かな。


 土が剥き出しの床には、(むしろ)が敷いてあったので、エルフの皆さんはここで寝泊まりしているのかも知れない。

 人目を忍ぶようにして中へと入った俺たちは、フードを取ったエルフたちと対面する。

 総勢二十名以上の大所帯だった。


 普段、山や森の奥の里で暮らしているエルフたちは、他種族以上に人と関わりを持とうとしない。

 せいぜいが、町や村単位で細々とした交流がある程度だ。

 実際、俺の住んでいた村とルーシアの里でも、山ひとつと離れていない距離にあったにも関わらず、俺は今生までその存在すら知らなかった。

 そんなエルフたちが集団で人の町にいるのは珍しいのだけれども、ルーシアから丁寧な謝罪を受けた後に事情を聞けば納得した。


『奴隷密売組織の拠点がこの街にある!?』

『そう。種族、男女お構いなし。この国中で(さら)ってきた人たちをこの町に集めて、船に乗せて外国に奴隷として売ってしまうの。時にはこの街で奴隷の競りだって行われているみたい』

『まさか、そんな事が……この国では、刑罰を除いた人身売買は許されていませんのに』

『そういう事になってるけどな。例えば競りで奴隷を購入したとしても、表向きは新しい使用人として雇ったとか、(めかけ)として置いているとか。そう言い訳しておけば咎められない。抜け道なんて幾らでもあるんだよ』


 闇市の奴隷市場で競り落とされたという例には会った事が無いが、女性ならば前世で住んでいた村を焼かれて行く宛ても無く、仕方なく金持ちの(めかけ)となった者を見たことが多々ある。

 まだ金持ちの(めかけ)なら良い境遇かも知れない。

 本人の意思はともかく、少なくとも(めかけ)なら、住環境はそれなりに整ったものを与えられるだろうし。

 娼婦として娼館へ身を売るものだっているのだから。


 男性ならば鉱山労働者や、ガレー船の漕手といったところかな。

 安い賃金と引き換えに働く彼らの境遇も、労働奴隷とほぼ変わらないだろう。

 女性と同じように男娼として娼館で働く者もいる。


『この町の領主は、そのような所業を見逃しているのでしょうか? それにこの町にも警察隊があるはずです。そちらへ訴える事は出来ないのでしょうか?』

『……領主も一枚噛んでいるんじゃないのか? この話に』


 俺がそう答えると信じられないという顔をしたルナレシアだったが、ルーシアが残念そうに首を振ってみせたのを見て顔を曇らせた。


『――カルネの町は税金も安く、治安も良くて、街の皆さんの顔はとても明るくて……。たまに町へとお使いに行くと、領主様への感謝の気持ちを聞いたことだってあります。修道院へお参りに来られる旅人の方々も、どなたもこの町を誉めていらっしゃいました』

『……でも、私たちが調べた所、奴隷密売組織の長は、この町の領主に間違いないのよ。だって――』


 ルーシアはそう言うと、倉庫の中で思い思いに座って、俺たちの会話を黙って聞いていた仲間たちを見回す。


(さら)われた私たちの仲間が、この町の領主が経営する商会の連中に連れ去られて行くのを見ているのだから』

『この町の領主の名前は?』


 俺のその問いに答えたのはルーシアではなく、ルナレシアだった。


『――バーンズ伯です』


 うつむき加減で悲しそうな小声に。

 そうか。

 人の良さそうな顔をしていたバーンズ夫妻の顔を思い浮かべて、俺は大きくため息を吐いて天を仰いだのだった。



 ◇◆◇◆◇



 近隣の町や村、そして他種族の里を襲って人を(さら)い、バーンズ伯爵が直接経営する商会の外洋船で、奴隷を認可している外国へ売る。

 特に奴隷制度を残している、国土に山岳地帯が多く森が少ないリャド帝国や、平原の王国パルテアでは、エルフ族がほとんどいない。

 そのため両国では、人の目で見ても秀麗なエルフ族は特に高値で売れる。


 そうして奴隷密売貿易で得られた利益は、そのほとんどを町へ還元しているらしい。

 市民税に入市税、港湾を利用する商船への入港税、各商会、各工房への税金、漁業への課税が安く抑えられて、町は発展し栄えていく。

 町が栄えれば、例え税金を抑えていたとしても、奴隷密売貿易で得たものを遥かに凌ぐ利益が懐へ入ってくるわけだ。


 そうなってくると、警察隊だって踏み込むのは難しくなるだろう。

 町の警察隊は王国司法尚が管轄する組織だが、相手が自領の領主ともなれば迂闊な判断で裁く事は出来ないだろうし、警察隊の隊員とてこの町の市民。

 彼らだって市民税が安くなるなどの恩恵を得られているのなら、見て見ぬ振りをしてしまうだろうな。

 つまり不正な行為とわかっていても、見過ごさざるを得ない状況を作り上げているわけだ。


『バーンズさん……伯爵が首謀者なのは間違いないのか? 証拠はあるのか?』

『証拠は無いの。ただ、伯爵の部下が私たちの仲間を拐って行ったのを見ただけ。仲間たちが今、どこにいるのかもわからない。でも、この町から外へ運び出されてはいないとは思う。ここのところの天候不良のおかげで、この町から出た船は無いから。それと、以前私の村へ使った精霊封じの魔法結界と同じものが、伯爵の館周辺に張り巡らされている』

『そのせいで我々も、囚われた仲間たちもきっと魔法を使えない。仲間が囚われていると思われる館の中も、商会の倉庫も探ることが出来ないのだ』


 リーダー格の壮年のエルフの男が、悔しそうに零す。


『いっその事、館へと踏み込むべきだ! 領主を捕まえて皆の居場所を吐かせる! 伯爵の警備軍程度、魔法が無くても蹴散らしてやる!』

『そうだ! 魔法が無くても俺たちには弓がある! 剣がある! 日々の狩りで培った俺たちの腕があれば、腰抜けの警備軍なんて俺たちの敵じゃない!』

『そんな事をしては、王国軍との全面戦争になってしまいます』


 エルフたちの間から出てきた過激な意見へ、ルナレシアが口を挟んだ。


『王国軍が出てくる前に決着をつけてやる!』


 そう主張したエルフの青年へ、ルナレシアはゆっくりと首を横に振ってみせた。


『証拠も無く、土地を治める貴族の館へ攻め込む事は、リヴェリア王国への宣戦布告も同然です。王国軍は必ず軍を挙げるでしょう』

『だったら王国軍も倒してみせるさ!』

『冷静になってください。こちら方面だけでも、数十万以上の大軍を動員できる王国軍と、事を構えてただですむと思いますか!?』


 ルナレシアにしては強い口調だった。

 青年がルナレシアを、怒りを込めた視線で睨みつける。その視線を彼女はまっすぐに受け止めた。

 王国軍の後ろ盾を担わされているルナレシアにしてみれば、ただ仲間を救いたいという思いで行動している彼らへ、軍事力を背景にした恫喝混じりの発言はしたくなかったはずだ。

 それでも、ルナレシアはその言葉を言った。

 彼らを無謀な戦いへと、破滅への道に向かわせないために。


『だったら、教えてくれよ! どうすればいい!? 俺たちは、俺たちの仲間を! 子どもたちを! 俺の娘を! どうすれば助け出せるって言うんだ!』


 彼の子どもも(とら)えられているのか。

 泣き崩れた青年に釣られて、嗚咽を零す女性もいた。

 そうか。

 青年に見えたけれども、彼はそれなりの年齢だったのか。エルフは外見だけでは年齢がわからないからな。

 だとしても、だ。 


『歳下の女の子に当たったところで格好悪いだけだぜ?』


 俺はふぅっと息を吐くと、ポンとルナレシアの頭に手を乗せる。


「イオ?」

「王女だからって、軍の象徴だからって、ルナが貴族の不正を正せない事への責めを負う必要は無いよ」


 そして手でルナレシアを俺の後ろへと下がらせる。


『状況を整理しよう。ルーシアたちは、この町が奴隷密売組織の拠点となっている事を突き止めた。そして、その中心にはこの町の領主、バーンズ伯爵家が経営する商会が深く関わっている。ルーシアたちの仲間が、その商会に勤める者たちによって連れ去られたところまでも確認してある。だが、その後仲間たちがどこへ連れ込まれたかまではわからない。ここまでは良いか?』

『ええ』

『領主は奴隷貿易で得た利益を町へと還元しているため、街の市民の領主への評判は上々。そのため警察隊も見て見ぬ振り。せめて仲間の居場所を探ろうと思っても、館や商会の周辺には精霊封じの結界が張り巡らされていて、探知魔法を使うこともできない』


 俺が指折り一つ一つ現状を上げ連ねていく度に、倉庫の中は幾つもの深いため息が溢れていた。


『力押しで領主の館へ押し入ろうとしても、精霊魔法を封じられている上に護衛と警備軍。たとえそれらの障害を乗り越えて、仲間を解放できたとしても、今度は王国貴族の館を襲った(かど)で、王国軍との全面対決になりかねない』

『……こうして改めて聞かされると、本当に詰んでるわね、私たち……』

『そうでもないよ』


 少しだけ諦念混じりの笑みを浮かべてみせたルーシアへ、俺は言葉を続けた。


『警察隊が使えない。軍隊が使えない。そしてルーシアたちは得意の精霊魔法も使えない。でも、ここには精霊封じの結界を張った魔法士と同じ、魔導士がいる。契約した神霊を降ろして戦う憑魔士だっている』

『はい』


 ルナレシアを振り返ると、彼女も力強く頷き返してくれた。


『そして俺たち二人は、バーンズ伯爵から館へ正式に招待されている。ルーシアたちが力押しで館へと入ろうとしなくても、堂々と真正面から入る事のできる人間がここにいるんだ』


 ニヤリと笑って言ってやると、悔しげに項垂れていたエルフたちが顔を上げた。

 一人、また一人と、俺に視線が集まってくる。


『でもイオ……、あなたたちには本来関係のない話なのよ? あなたたちはたまたまこの町へ来ただけ。それなのに、私たちの仲間はあなたへ、その子へとてもひどいことをしてしまったのよ? それでも助けてくれるの?』

『まあね。でも、ルーシアたちが困っているところに、俺たちがこの町へやって来たのも何かの縁だよ。それにここまで話を聞いていて、知らんぷりはできないよ。なあ?』

『はい。私も明日からのご飯を美味しく食べられません』


 そのルナレシアの一言に、ルーシアの顔が僅かに綻んだ。


(さら)われたエルフの人たちがどこに囚われているのか。まずはそこからだ。助け出すのに力を貸す。だから決して早まった事はしないでくれ』

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