思わぬ再会と、王女の器と
両腕を大きく開いて、作業場の屋根の二人と俺との間に立ち塞がった人物。
俺たちを囲んていた連中と同じように、毛皮の外套とフードを深く被って顔を隠しているが、俺の耳へ届いたその声は――。
まさか……っ!
とりあえず指先へ凝集していた、発動直前の『光塵矢』を、天頂に向けて射出する。
天頂へと伸びていく二筋の赤い光条。
その光条へ釣られてその場にいた者たちが空へ目を向ける中で、俺は目の前に立っている人物を見つめていた。
「ありがとう、イオ。思いとどまってくれて」
「――ルーシア!」
フードを脱いで現れたその顔は、やはり俺のよく知る人物のものだった。
俺がまだ村にいた頃、裏山で一緒に権能と魔法の練習に明け暮れたエルフの少女ルーシアだった。
ここへよほど急いで駆けつけたのだろう。
ルーシアは肩を激しく上下させて息をしている。それにしても、どうして彼女がここへ?
俺と同じことを囲んでいる連中も思ったのか、彼らの間からも戸惑いのような声が上がっていた。
おかげで俺へと向けられる敵意が若干弱まっている。
ルーシアの知り合いという事なら、彼らはエルフ族なのだろうか?
「イオニスの名において命ずる。かの者らの言葉、我が耳に届けよ――『翻訳』!」
『ルーシア様だ』
『ルーシア様がどうしてこのような場所へ?』
『バカな、危険すぎる。連中に気づかれでもしたら、一族に合わせる顔が無いぞ!?』
彼らの間で交わされていた会話がわかる。
どうやら彼らはルーシアと同じエルフ族。交わされている言葉はエルフ語だ。
そして何やら慌てた様子の彼らの会話を聞いていると、ルーシアはエルフ族でも特別な存在のようだった。
そのルーシアはといえば、フードを取った状態でジッと俺の顔を見つめてくる。
「ええっと……あの、ルーシア久しぶり?」
あまりにもジーッと見つめてくるもので、俺は少し視線をさ迷わせた後で、右手を肩の辺りでニギニギとして半笑いを浮かべてみせた。
しかも口をついて出た言葉はリヴェリア王国語。
どう反応したら良いのかわからなかったんだ。
『ああ、イオ……イオ……本当に久しぶり。本当に、本当に会いたかった!』
ルーシアはそう言うと、小走りに俺のもとまで駆けてくると、
「ち、ちょっと、ルーシア!?」
ギュッと抱き締められた。
慌てる俺に構わずルーシアは、背中へ回した腕に力を込める。
ルーシアの分厚い毛皮の外套さえ無ければ、俺が王立士官学校のコートを着込んでさいなければ、きっと天にも昇る心地になれただろうに!
って、あれ? ルーシアってこんなに背が低かったっけ?
村の裏山で最後に別れた時、俺とルーシアの身長はほとんど同じくらいだったのに。
抱き締めていた両腕を緩めて、俺の顔を眩しそうに見つめるルーシアの目が潤んでいる。
『ふふ、離れて一年も経っていないのに……背、すっかり抜かれちゃったね』
昔は俺の方がルーシアの顔を見上げるばかりだったというのに、今では彼女の方が僅かに上目遣いで俺の顔を覗き込み用になっていた。
『いけません、ルーシア様!』
と、我に返ったリーダー格らしい男が割り込んできた。
『その者は忌まわしき魔導士。そのような者へルーシア様が触れてはなりません! すぐにお下がりになられて――』
『良いのです』
その言葉を遮って、ルーシアは俺から身体を離すと、リーダーの男だけでなく他の者たちにも聞かせるように静かな声で語りかけた。
『彼の事はこの私が良く知っております。彼――イオニスは、かつて私の里が魔導士に襲われた時、私たちの里を救うべくに力を貸してくださった恩人。大恩あるイオにこれ以上の無礼を働く事は、森の巫女ルーシア・ウィル・フィアリア・シュレーンが許しません』
静かな口調だったが、ルーシアの言葉には反論を許さないという意思が垣間見えた。
「あの……イオ、こちらの方をご存知なのでしょうか?」
包囲していた連中が押し黙ってしまったのを見て、小剣を降ろしたルナレシアがルーシを気に掛けつつ俺の側へとやって来た。
「えっと、俺の……そうだな、幼馴染のルーシアというんだ。村にいた頃に、よく一緒に魔法の練習とかしていたんだよ。『ルーシア、この子は俺のバディのルナレシア』」
『ばでぃ?』
あれ? そうか。エルフ語にはバディにあたる言葉が存在しないのか。
『ええっと、つまりバディは相棒っていう意味かな。王立士官学校で随分と世話になっている子なんだ』
『はじめまして、ルーシアさん。私はルナレシア・レイフォルト・ヴァン・リヴェリアと申します』
流暢なエルフ語で、丁寧に頭を下げるルナレシア。
むむ、『翻訳』でズルをしている俺と違って、ルナレシアは随分と優秀らしい。
エルフ語で会話ができるのね。
『ルーシア・ウィル・フィアリア・シュレーンよ。ルーシアでいいわ』
俺の前で二人が挨拶を交わしているのだけれども、ルナレシアもルーシアも、何故か二人とも何か探るような目でお互いを見ている。
まあ、たった今まで命のやり取りにも発展しそうな状況だったのだからな。
俺と知り合いだったといえ、突然現れた連中の仲間らしいルーシアに、ルナレシアが警戒心を抱いていてもおかしくはない。
それはルーシアから見ても同じ事だろう。
『大丈夫だよ、ルナ。ルーシアは敵じゃない。ルーシアもルナはとてもいい子なんだ』
二人の間に立って笑みを浮かべてそう言ってみせる。
すると二人はお互いから視線を外して、どこかあ然とした表情で俺を見た。
『別にそういう事じゃ無いんだけど……』
「……安心はしましたけど何なのでしょう、この残念な気持ち……」
それから二人してほぼ同時に大きくため息を吐く。
そして同時に少女は顔を見合わせると、お互いに苦笑を交わしていた。
何だよ、人の顔を見てため息なんてついて。
『――ルーシア様、そろそろここを離れた方がよろしいかと』
ルーシアから俺への態度を注意されていても、まだ俺に向ける視線には敵意が込められていた。
俺に、というよりも魔導士に対する憎しみと不信感が拭えないのだろう。
『先程のそちらの魔導士が放った魔法のせいで、騒ぎになりつつあります』
リーダー格の男に言われて辺りを見てみれば、確かに数人程度、この街の住人らしい人影がこちらの様子を伺っているのが見えた。
俺が天頂に向けて放った『光塵矢』の光条を目撃した者がいたらしい。
『イオ。お詫びも兼ねて詳しい事情を説明するわ。私たちについてきてくれる?』
『俺は構わないけれど……』
「行きましょう、イオ。イオの古いお知り合いの方なのでしょう? 何か困った事情がお有りのようですし、私たちも何かお力になれるかもしれません」
「良いのか、ルナ? 修道院へ挨拶に行く予定だったのに。それに、さっきはひどいことまでされたんだぞ?」
ルナレシアは微笑んで俺に頷いた。
「修道院は逃げたりしません。それにあの方々の先程の行いには、何か深い事情があったのだと思います。ルーシア様はお詫びをしたいと仰ってらっしゃいますし、私はそのお気持ちを受け入れたいと思います」
ああ、もう、なんて良い子なんだ!
一国の王女がだよ?
髪を乱暴に掴まれて、押さえつけられるなんて屈辱を味わったのに、謝罪を受け入れて許すと言っているのだ。
おそらく、俺とルーシアの関係を慮ってくれたのだろうけど。
思わず抱き締めて頭を撫で回したくなったぞ。




