港の賑わいと、鉄拳制裁と
買い物客と旅人で賑わう市場の人混みを縫うようにして歩き、幾つかの小路に適当に入りつつ港へ向かう路地へ。飛空艇の発着場から少し離れた港は、船での交易が盛んだからか石材を使った立派な倉庫が立ち並んでいた。
これらの倉庫は大手商会の物なのだろう。
バーンズさんの時計塔のある屋敷の前と同じように、何隻もの大きな外洋船が停泊していて、荷揚げ場になっているらしい桟橋が作られている。
そして桟橋と倉庫の間を、雪がちらつき寒風吹きすさぶ中、大きな木箱や荷袋を担いだ人足が忙しそうに往来していた。
あの倉庫の中には、世界中に繋がる大海を渡ってきた秘宝や珍品がうず高く積み上げられているんだろうな。
倉庫の前では商会の担当者と荷物を運んできた船の船員とが、商談で丁々発止のやり取りを交わしている横で、ゴツい広刃の片手剣で武装した護衛が、鋭い視線で周囲に目を配っていた。
それにしても交易が順調でこの町は景気が良いのかな?
どの商会も潤っているのか、ここは通りの市場とはまた違った熱気に包まれている。
買い物客と引き込みの商人で賑わう市場も祭りみたいで楽しい気分になってくるが、活気に満ちた荷揚げ場でキビキビとした動きで働く労働者を見ているのも結構楽しい。
ゆっくりと観光している状況じゃないのがとても残念だ。
ただ、冬期休暇はまだ始まったばかりで、まだまだ日程には相当猶予がある。
この近くにあるという温泉と同様、この街に滞在中に見物する場所の一候補にしておこう。
あ、あと出来たらそこらの桟橋の片隅で釣りとかさせてもらえるとなお良しだ。
見れば数人、もう現役を退いたらしい年寄りが釣りをしているし、頼めば許してもらえそう。
冬の魚は美味いんだ。
そんな事を考えつつ人気の無い場所を探して歩いていたら、港の端の方にまで来てしまった。
この辺りには立派な外洋船じゃなくて、漁船らしい小さな船がたくさん繋留されているだけ。
ここは漁港として使われている区画か。
近くにある建物も石造りではなく木造で、それも潮風を浴び続けたせいで少し朽ちているように見える掘っ立て小屋。
多分、網に掛かった魚介類を捌く作業場なのだろう。
小屋の横には身をほじくり返した後の二枚貝や巻き貝の殻が、うず高く積み上がっていた。
周囲に人影は見当たらない。
ここ数日天候が荒れ模様で海が時化ているせいか、作業場にも漁師の姿は見受けられなかった。
修繕途中で放置されている網と何段も積み重なったトロ箱が、薄っすらと雪化粧を施されていて、鈍色の空模様と合わせて、心なしか寂しさを覚える風景だった。
先程、活気に満ちた大商会の荷揚げ場前を通ってきたので、より寂しさを覚えるのかも知れない。
ただ、追跡者と対峙するには最高の場所だった。
ここでなら荒事になっても、無関係な者を巻き込む事は無い。
ここまで来たならば、俺たちが尾行に気づいた事もわかっていたのだろう。
俺たちを尾行して来た二人組は、姿を隠すような事もせず、少しだけ距離を置いて俺たちの後に続いていた。
「俺たちに何の用だ?」
足を止めて振り返ると、二人組も足を止める。そしてわずかに首だけを動かして顔を見合わせていた。
「物盗りなら、残念だが金目の物は持って無いぞ? 荷物は全て預けてある」
「……仲間、ドコにいる?」
わざとおどけた態度を作り、軽口を叩いてみせたのだけど二人組には軽く受け流された。
「仲間?」
「ドコ!?」
代表して口を開いた者の声は低く、そして若者の張りのある声ではなかった。
壮年の男性のものか?
少し訛り混じりの片言でリヴェリア王国の言葉を話す。
外国人?
それとも異種族?
「仲間というのは何の話だ? 俺たちは先程の飛空艇でこの町へやって来た。この子と二人でだ。俺たちに仲間なんていない」
「一緒、イル、見た。仲間、ドコだ?」
一緒にいるところを見たって、俺たちと一緒にいたのは、バーンズ夫妻になるのだが……。
(どなたか別の方と勘違いされているのでしょうか?)
戸惑いの色を隠せない様子で俺へと囁くルナレシア。
「ええっと、仲間というのがバーンズさんの事なら、見ればわかる通り俺たちと一緒に行動していないぞ? というか、飛空艇の桟橋で俺たちとバーンズさんが別れたのあんたらも見ただろう?」
視線を感じ始めたのは飛空艇発着場の桟橋辺りからだからな。
バーンズ夫妻が護衛と事業の部下らしい人を伴って、桟橋を後にして行くのを彼らだって見ているはずだ。
「一緒、見た。仲間、ドコ!? 言わない、俺たち、許さない!」
男の口調に苛立ちの色が見える。
マズいな。
いつの間にか、俺たちの後ろにも二人立っていた。
いや、さらに横手街側への逃げ道を塞ぐようにして二人いる。それから木造倉庫の屋根にも二人。
確かに視線は複数感じていたけれど、全部で八人か。
思っていたよりも多いな。
八人は全員が顔を隠しているうえに、分厚い毛皮の外套を羽織っている。
屋根の上二人は弓を構えているのだが、地上の六人はその毛皮の外套のせいで武装がわからない。
「もいちど言う。仲間、ドコ? 言わない、見る、痛い目?」
「待ってくれ。何か誤解があるようだ。俺たちは――」
「拘束、尋問する」
問答無用か。
クソッ。片言で話しかけてくるため、かえって意思の疎通がし辛い。
いっその事、彼らの種族言語か母国語で喋ってくれたなら『翻訳』の権能で流暢な意思疎通が可能になるんだけどな。
「……イオ」
「どうやら俺たちをすぐに殺そうというわけでは無さそうだ。ちょっと様子を見よう」
尋問するということは、話を聞く用意があるということだしな。
それに彼らの様子から見るに、狙いはどうやらルナレシアでは無さそう。
そして金や物盗りを企む輩という様子でも無い。
彼らとの間で何か誤解が生じているだけならば、きちんと話せば誤解は解けるだろう。
そう思っていたのだけれど。
彼らが丁重に扱ってくれるのなら、別にどこかに連れて行かれて、尋問とやらも受けても良かった。
丁重にとまではいかなくても、せいぜい両手を縛るくらいなら甘んじで受けてやっても良い。
いざとなれば権能もあるし。
だが――。
後ろに回り込んでいた二人組が、ルナレシアの綺麗な蜂蜜色の金髪を乱暴に掴み、彼女を引きずり倒すようにして拘束しようとするまでは。
考えが甘かった。
俺もその時、横手にいた二人組によって両腕を乱暴に掴まれていたのだが、ルナレシアが髪を引っ張られて苦痛に顔を歪めたのを見て、一気に頭に血が上る。
誤解とかそんなのどうでもいい。
野郎の俺にならばともかく、無抵抗の女の子に乱暴を働いた時点で、大人しく言うことを聞く必要性を全く感じない。
「フザケルな!」
両腕を取って押さえつけようとする二人を振り払――えないか!
俺よりも体格が良いし、思ったより力が強い。
それなら権能を使うまで!
「イオニスの名において命ずる。意識を刈り取れ――『昏倒』!」
俺の腕を掴んでいたのが仇になったな!
対象に接触する条件はクリアしている。
『昏倒』の権能に意識を刈り取られて、俺の腕を押さえつけていた二人組が、僅かな呻き声を上げた後その場へ糸の切れた操り人形のように崩折れた。
「――っ!?」
「魔導士!?」
残る六名の間に動揺する気配が漂う。
その連中に構わず俺は、ルナレシアを掴むクズ野郎の顔面に拳を叩き込んだ。




