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抗いのヒストリア  作者: ピチ&メル/三丘 洋
雪原の港町編
50/72

追跡者と、手袋と

「ふおおお、寒ぃ!」


 カルネの町の飛空艇発着場。

 発着場のある湾は港にもなっていて、多くの漁船や商船が繋留されている。

 飛空艇より桟橋に降りた途端、氷雪混じりの風が顔に吹き付けきて、思わず変な声を出してしまった。


「ルナ、足下気をつけろよ? かなり滑るから」

「はい。よっと……あ、きゃっ」


 ってほらあ、言っているそばから足を滑らせているし。

 荷物を持ったまま、勢い良く後ろにすっ転びそうになったルナレシアをヒョイッと抱きとめる。


「あ、ありがとうございます」


 雪のせいもあるけれど、飛空艇は海面に着水するため、桟橋がどうしても波を被って濡れてしまうのだ。

 一応、桟橋には毛皮の敷物が滑り止めに敷いてあるのだけれど、ぐっしょりと濡れていて処々凍りついてしまっていた。

 これ、逆に滑りやすくなってるんじゃ?


 飛空艇の発着所は湾内にあるのだが、その湾の奥の岬に大きな大聖堂が見える。

 あれがカーテルーナ修道院んだけど……あれ? なんだか、前世で見た時の様子とあまり変わらない?

 大聖堂の屋根の一部と、大聖堂の壁やそれを囲む建物、そして外壁にも欠損している部分が、遠目にも多々見受けられた。

 前世ではあの欠損部分、戦火が原因だと思っていたんだけど、もともと大聖堂ってこんな状態だったのか……。

 

「先に修道院に挨拶に行く?」

「そうですね……イオがそれでも良いのでしたら」


 というわけで、まずはルナレシアが育った修道院(カーテルーナ)へ行くことにした。

 でも行く前に、別荘へ招待してくれたバーンズさんに一言断っておかないと。

 そのバーンズさんは、夫人に手を貸して飛空艇を降りているところだった。


「バーンズさん。俺たち、先に修道院へ寄ってから、お宅へ伺わせてもらおうと考えているのですが、構わないでしょうか?」

「それはちょうどいい。では君たちが修道院へ行っている間に、私と妻は君たちを歓待する用意をして待つことにしよう。私の屋敷は……ああ、ここからでも見えるな。あの時計台のある建物が私の家だよ」


 繋留された商船がたくさん見える港沿いに、一際高い時計台が見えた。

 あれがバーンズさんの屋敷か。あれだけ目立つ特徴があるのなら、初めての街でも道に迷うことも無くたどり着けるだろう。


「わかりました。暗くなるまでにはお伺いします」

「久しぶりに帰ってきたんだろ? 時間は気にせずにゆっくりしてくるといい」

「はい、ありがとうございます」


 バーンズさん夫妻は発着場の桟橋で、六名の男たちに出迎えられていた。

 男たちのうち、四名の男は体格も良く、腰に剣を帯びているので護衛だろう。

 金持ちそうだものな。

 残りの二人は、別荘を仕事の時に使っていると言っていたので、この街の事業の関係者だと思う。


 さて、バーンズさん夫妻と一度別れることに決まったのだが、なんとバーンズさんは俺たちの荷物も預かっておいてくれる事になった。

 これはとてもありがたい申し出だった。

 カーテルーナ修道院は街から少しだけ離れている。

 一応、街の修道院で修行する聖職者や街の有志で除雪はされているだろうけど、それでも雪道を荷物を抱えて歩くのは大変だからな。


 それにしても先程から、ほぼ初対面に等しい俺たちを別荘に誘ってくれたり、また俺たちもバーンズさんに荷物を預けたりと、双方が随分と不用心だと思うかもしれない。 

 でも、俺たちもバーンズさんにも、互いに信用に足ると思える保証はきちんとある。

 それが飛空艇のチケットだ。

 飛空艇のチケットが高価だとは再三述べてきたけれど、このチケットを購入できる時点である程度の地位と財を持っている事が保証されている。

 荷物を掠め取るようなこそ泥は、そもそも飛空艇に乗ることができないわけだ。


「じゃあ行こうか」

「はい。あ、途中で市場に寄り道しても構いませんか? 修道院へのお土産を買って行こうかと思うのです」

「そうだね」

「何か甘いお菓子でもあればいいんですけど……」

「俺も何か買って行った方がいいかな」

「気を使わなくても大丈夫ですよ」


 そうルナレシアは言ってくれたけど、俺だけ手ぶらで行くのも体裁が悪い気がする。


「市場はどこかな?」


 と、俺が周りへ意識を向けた時だ。

 何か視線を感じた。

 どこから見られているのかはわからない。

 でも、確かに視線を複数感じる。

 まさかこの街でもルナレシアを狙う企みがあるのか?

 

 視線を感じる先は街並みの方だ。

 飛空艇発着場の方からではなさそう。

 つまり、飛空艇乗客の中には視線の持ち主はいない。

 実際に乗客たちは今、桟橋からそれぞれの目的地に向かって歩きだしていて、こちらを気にしている者は誰もいなかった。

 王立士官学校の冬期休暇にルナレシアがカルネに来ると予想して、先回りしていたのだろうか?


(ルナ、そのままで聞いてくれ。俺たちを見ている者がいる)

「――っ!?」

(振り向かないで)

(どこからでしょう?)

(わからない。一人や二人じゃなさそう……)


 街の人や旅人で賑わう露店が並んだ通りへ入ると、露店の品々を冷やかす素振りで、さり気なく周囲を窺う。


(やっぱり()けられているな)


 追跡してくる人数は二人。

 感じた視線はもっと多かったので、監視者と追跡者で役割を分けているのだろう。

 追跡者の武装は外套に隠されていてわからない。

 そのうえフードを目深に被っていて、人相も見えなかった。

 ただ、間違いなくこちらのペースに合わせて歩いている。


(また、私が狙われているのでしょうか? もしもそうでしたら、このまま修道院に向かうのは……)


 うん、巻き込んでしまうかも。

 尾行を撒く? 

 それとも誘い込んで制圧する? 

 でもどこへ?


(俺にはこの街の土地勘がない。どこか人気の無い場所に心当たりは無いか?)

(人気の無い場所……私も修道院にいた頃、街へ行くのはお使いの時くらいで、それほど詳しくは無いのですが……あ、それでは港ではどうでしょう?)


 港か。

 この時間なら漁師ももう魚の荷揚げは終わっているな。

 ただ港を見ると商会の荷揚げ場らしい倉庫も並んでいる。

 この街は、外国との交易が盛んらしく、飛空艇にも負けない大きさの外洋船が何隻も停泊している。

 今日の天気で出港する船はいないと思うけど、それでも倉庫には積荷を捌く人足が残っているだろうし、荷物を盗まれないよう倉庫番もいそう。

 でも人が溢れた市街地で事を荒立てるよりはマシか。


(それが一番無難そうだな。港の辺り、どこか人気の無い倉庫街とかあるといいんだけど、案内できる?)

(はい、任せてください)


 こちらが尾行に気づいた事を悟られないよう、歩くペースは変えずに歩く。

 ただ、案外これが難しい。

 誰かに尾行されていると知って平常心を保ち、素知らぬ顔をし続けるにはちょっとした経験が必要だ。


 ともすれば早足になりそうなルナレシアの手を引き、時には露店の商品を手に取って、彼女の視線が追跡者へ向かないように誘導してやる。

 握ったルナレシアの手が冷たい。

 冬の寒さで手が冷たくなっているのもあるだろうけど、何割かは緊張によるものもあるだろう。


 その時、毛織物を並べた露天商を見つけた。

 手袋も売っている。

 ちょうどいい。

 少しは買い物もしておかないと怪しまれるだろうし、追跡者の目を眩ますのにも利用できる。


「親父、この娘の手に合う手袋無いか?」

「へえ、ちょっと手を見せてくだせぇ」

「イオ?」


 露天商の親父を呼びつけた俺を、ルナレシアは訝しげに見た。

 追跡者の動向を探っているのに、本当に買い物をするのかと、怪訝に思ったらしい。


「いいからいいから」


 促されて、おずおずとルナレシアが露天商の親父に手を差し出す。


「ふむ……この辺りのサイズがちょうどいいんじゃないでしょうかね?」


 親父がそう言って見せてくれたのはウサギの毛皮を使った手袋だった。

 しっとりとした手触りの手袋は暖かそう。

 ただ――。


「ふむ……微妙に仕上げが良くないね。これ、縫製がちょっと甘くないか?」

「へえ、お若いのにわかるんで?」

「俺も子どもの頃、毛皮で小物を作っていたんだよ」


 猟で獲ってきた鹿やウサギの毛皮は、基本そのまま束ねて行商人に売る。

 だが冬の間、家へ閉じ込められる時間が多くなると、村人は毛皮でこうした小物を作り、小銭稼ぎに街で売ることもあった。

 村にいた頃には、俺も父や母を手伝って幾つか作ったことがある。

 ただ、大抵の場合そういった経緯で作られた品物は、毛革職人手製の品物よりも品質は劣ってしまう。


「職人が作ったものは無いのか?」

「へえ、もちろんご用意できますが……ただ、少々値が張りますよ?」

「見せてくれ」


 次に見せてくれた手袋は、生地もしっかりとしたうえに、縫製も丁寧な仕事がしてあって暖かそうな品物だった。

 間違いなく毛革職人の手による一品だ。


「これを貰おう」

「へい、まいど!」


 それなりに値は張ったが、ルナレシアが手袋を填めてみると、ほっそりとした指先にもきちんとフィットしていて、なんだか彼女の持つ上品さが増して見える。


「わあ、これすっごく暖かいです。でも、これ高いですよ?」

「これくらいなら問題ないよ。ルナのおかげで、前世も含めて生まれて初めて飛空艇に乗ることができた。そのお返しだよ。俺からのプレゼントだと思って受け取ってくれ」

「は、はい。ありがとうございます! 大切にしますね!」


 ルナレシアは嬉しそうに顔を綻ばせると、手袋に包まれた指先を握ったり開いたりして、目を細めている。

 良かった。

 ルナレシアの表情から緊張の色が消えて、柔らかいものになっている。

 これなら追跡者にも怪しまれる事はないはずだ。

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