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抗いのヒストリア  作者: ピチ&メル/三丘 洋
雪原の港町編
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飛空艇発着場と、旅は道連れと

 飛空艇発着場は、王都(リーリア)で王立士官学校と丁度真逆の位置で海側に存在する。

 これは飛空艇が発着するのに、海か十分な水量を持つ湖などの広い水面が必要だからだ。


「おお! これが飛空艇! 遠目に飛んでいるのは見たことがあるけど、こんなに近くで見たのは俺初めてだよ!」

「私もこんなに近くで見るのは初めてです。とっても大きいですね」


 飛空艇桟橋で俺たちは、初めて近くで目にした飛空艇に興奮を抑えられなかった。

 大きな乗り物を見てワクワクするのって本能的なものなのかね。

 まだ搭乗案内はされていなくて、桟橋には搭乗客たちが手に荷物を持って並んでいる。

 どの人物も身なりが良いのは、飛空艇のチケットが高価だからだろうな。

 それなりの財が無ければ、乗ることができないのだから。

 最後列に並ぶと俺たちは、改めて乗客に混じって飛空艇を見上げると、心が子どものように浮き立つのがわかる。


 飛空艇の形状は、外洋船や軍の戦列艦にも負けない大型の帆船。ただし帆船とは違うのはマストやヤード、それに帆が存在しない。 

 代わりに船尾に大きな煙突があって、そこからモウモウと白い煙が立ち上っていた。あの下には炉があって、そこで石炭が燃やされているのだろう。 

 石炭を燃やして得た熱を魔力に変換して、飛行の魔法を発動させているのだそうだ。

 この熱エネルギーを魔力に変換する方式は、貴族街の街灯と同じだな。

 本当はもっと他にも色々な魔法を掛け合わせているらしいのだけど、俺が飛空艇について知っているのはその程度だ。


「こんなにも大きなお船が、本当に空を飛ぶのでしょうか?」


 ルナレシアがとても信じられないといった様子で呟くが、その気持ちは凄くわかる。


「ハハハ、確かに信じられないかも知れないね。飛空艇はね、飛晶石と呼ばれる水晶に似た石に込められた力で宙に浮かぶんだよ」


 ルナレシアの呟きを聞きつけて、俺たちの前で並んでいた男性がそう教えてくれた。

 歳の頃は六、七十といった頃、男性の隣には上品な老婦人が寄り添っていて、どうやら夫婦で飛空艇に乗るつもりらしい。


「バーンズだ。こっちは妻のビアンカ。よろしく」

「イオニスです。こっちはルナ」

「ルナと言います」


 ペコリと挨拶をしたルナレシアに、バーンズさんは一瞬「ん?」と訝しげな顔をしたが、すぐに笑顔を浮かべて俺たちに握手を求めた。

 一瞬、どこかで見たような顔だなとでも思ったのかも。

 バーンズさんも王女に面識がある人物なのかな。

 ルナレシア本人を見たことがなくても、アデリシア王女と双子だけあって、二人の容姿は良く似ている。

 ルナレシアの正体に気づかれなくて良かった。


 バーンズさんは背高帽にインバネスコート、左手に荷物、そして右手にはステッキを持っていた。

 将来、俺もこんなふうに歳を重ねたいと思える上品な老紳士といった感じ。

 そして微笑を浮かべたバーンズ婦人も、トレンチコートが良く似合う、まさに淑女と言うべき女性。


「ご夫婦でご旅行ですか?」

「仕事も兼ねてね。カーテルーナ修道院の大聖堂を訪ねようと考えているんだよ」

「何もこんな寒い季節にと思うのですけどねぇ。主人がどうしてもと聞かなくて」

「あの辺りには良い温泉宿があるんだ。修道院でお祈りを捧げた後には、君にもぜひその温泉を味わって欲しくてね。雪の舞い散る中で温かい湯に浸かる。この時期にしか味わえない至高の贅沢だと思うよ」

「はい、とても素敵だと思います」


 へえ、カーテルーナ修道院の辺りには温泉があるのか。

 近いのかな? 近いのならちょっと行ってみたい。


「お客様、大変お待たせいたしました。乗船準備が整いましたので、お席の方へご案内致します」


 バーンズ夫妻と話していると、飛空艇への搭乗が始まった。

 乗り込むとすぐに大きな部屋があって、離水する時は、その部屋の床に固定された客席へ座っている必要があるらしい。


「翔び立つところは見ることができないのですね。残念です」

「ああ、俺も見てみたかったな」


 船体の真ん中にあるため窓も無く、離水する瞬間を中から見ることは出来ないのだ。


「離水してしばらく上昇すると、平行飛行に移るんだ。そうしたら上にある展望デッキが開放されるので、外に出てみるといいよ」

「わあ、本当ですか?」


 隣に座ったバーンズさんがそう教えてくれた。


「お?」


 グンッと身体が後方に押さえつけられる感覚。

 動き始めたようだ。


「ふふ、イオ。私凄くワクワクしています」

「俺も」


 多分、顔が凄くにやけてるだろうな。興奮が抑えきれない!

 それはルナレシアも同じだったようで、肘掛けに置いていた俺の手をそっと握ってきた。

 そしてすぐに客席の背もたれへ身体が目一杯押し付けられて、俺たちを乗せた飛空艇は空へと舞い上がった。




 展望デッキへの扉を開くと想像とは違って、思っていた程寒さも無く、風も弱くてびっくりした。

 どうなってるんだ?


「見てください! イオ! 空がとっても青くて綺麗ですよ! あ、下も凄いです! 雲が下に見えますよ!」


 ルナレシアのはしゃぎっぷりが凄い。

 パタパタと展望デッキの左右を移動しては、目に映る景色全てに感動している。

 歳相応の少女って感じがして良いのだけれど、他のお客さんの迷惑じゃないかなと思って心配――と、思いきや、他のお客さんもルナレシアのはしゃぎようを微笑ましそうに見ていた。


 乗船客は二十名くらいいるんだけど、そのほとんどが年配の夫婦ばかりで、ルナレシアは最年少。

 俺もルナレシアも乗客の年齢層からして丁度孫くらいの年齢だから、重なって見えるのかも知れない。

 さて、俺も飛空艇から見える景色には興味があったんだ。

 食い入るように眼下の雲海を見ているルナレシアの横に立つ。

 すると、目を凝らさなければわからない程透明な膜で、船体が包み込まれている事に気がついた。


 魔法の結界だ。この結界が風防の役割を果たしているらしい。

 なるほど。

 雲の上よりも高く飛んでいるというのに寒さも感じられないのは、魔法の結界が炉から発生した熱を籠もらせて暖房の役割を果たしているのだろう。

 それと風を完全に遮断していないのは換気のためか。高い場所にいるというのに呼吸も苦しくないし、それに煙突から立ち昇る濃い灰色の煙も、きちんと結界の外へと排出されていた。


 こんな感じで、見ただけでも飛空艇には高度な魔法技術がふんだんに使用されている事は間違いない。

 現存する飛空艇が、全て国家の所有となっているわけだ。個人では、どれほどの富豪でも建造するのが難しそう。

 それにしても。


「雲が凄いなぁ」

「はい」


 冬の典型的な空模様というか、飛べども飛べども眼下は分厚い雲に覆われていた。

 多分、下では雪が降っているんだろう。


「雲の下も見てみたかったのですけど、ちょっと残念です」

修道院(カーテルーナ)のある町まで二十時間掛かるんだろ? どこかで雲が切れるとは思うんだけどなあ」

「…‥私、絶対に見逃さないようにします」


 胸の前で両拳を作ると、力強く決意するルナレシアだった。




「カルネの町で滞在する宿は、もう決まっているのかね?」


 カルネとはカーテルーナ修道院の門前町の名前だ。

 そしてこの飛空艇の目的地。

 飛空艇内にある食堂で俺たちは、バーンズ夫妻と同席して食事をしていた。


「いえ、宿はまだ決めていません」

「昨年まで私が修道院(カーテルーナ)でお世話になっていたので、そちらで宿をお世話してもらおうと思っていました」

「そうなのかね。君たちさえ良かったら、我が家に泊まってはどうかと思ってね? こうして飛空艇で乗り合わせたのも何かの縁だと思うんだ。カルネには仕事の時にしか使っていない別荘がある。妻と私はそこへ二、三日滞在した後、温泉宿で年末年始を過ごすつもりなので君たちの邪魔はしないよ」


 邪魔って何の!?


「いや、俺たちそんな関係じゃ」

「わ、私たち士官学校の候補生なんです。えっと、イオは私のバディでして……」

「おや? そうなのかね? 顔立ちが似ていないから兄妹では無いと思ったのだがね。そうか、士官候補生のバディなのか」

「お似合いなのにねぇ」


 いやいやいや。

 俺もルナレシアも十四歳に十二歳だ。

 宿に泊まる時とか誰かに詮索された場合、兄妹で通すつもりだったのに、どうしたらそんな関係に見えるのか。


「実は私と主人も出会いは王立士官学校だったの。私たちもバディだったのよ?」

「ハハハ、懐かしいね。もう五十年近くも昔の話になるのか」


 そうか。

 考えてみると、リヴェリア王国の貴族、騎士の家に生まれた者の多くが軍へ入る。

 バーンズさんは貴族のように思えるから、かつては王立士官学校に通っていたとしても不思議な話ではない。


「そうだ。イオニス君、食事の後で私とゲームに付き合ってはくれないか? 友人から貰った興味深いボードゲームがあるのだよ」

「面白そうですね。ぜひ」

「うむ、ちょっと場所を取るからな。あちらの方のテーブルを借りてゲームしようか」

「はい」


 俺とバーンズさんが連れ立って立ち上がる。

 ボードゲームか。

 そういえば前世の部隊でも、待機時間中に仲間とカードゲームやボードゲームで遊んだなぁ。

 小銭や酒を賭けて。


「あら、男の方がゲームに興じるのなら、ルナさんには私に付き合ってもらおうかしら」

「もちろんです」

「良かったわ。じゃあ、お茶と甘いお菓子でも頂いてお喋りでもしましょう」

「はい」

(うふふ、実はさっきのバディの話の続きでね? 主人と私もそうだけど、異性でバディとなったものは恋人同士が多いのよ。あなたたちは本当に違うのかしら? 色々とお話を聞きたいわね?)

(え? え? あの、まだ私たちには、そんな……早すぎます。あうぅ……)




 俺はバーンズさんとボードゲームを楽しんだ。

 一方、ルナレシアはバーンズ夫人とお茶をしていたようなのだが、後で戻ってきた時、妙にバーンズ夫人がツヤツヤとしていて、そしてルナレシアは真っ赤な顔をしていた。

 一体二人は何の話をしていたのかな?

 結局、カルネの町ではお二人のご好意に甘える事にした。

 ところで別荘を訪ねる事にはしたのだけれど、もしかして温泉宿へ出発するまでの暇潰しの種として、俺たちを誘ったんじゃないかこれ?

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