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抗いのヒストリア  作者: ピチ&メル/三丘 洋
雪原の港町編
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冬の思い出と、冬期休暇と

 座学の休憩時間、ふと教室の窓の外を見てみると雪が降っていた。

 ちらほらと舞う雪を疎ましく感じるようになったのは、いつの頃からだろう。

 幼かった頃は夜に雪が降っているのを見て、翌朝が来るのを楽しみにしていた。


 目を覚まして見れば広がる一面の銀世界。

 姉のササラと一緒に、新雪の上に思いっきり飛び込んで、服を濡らしてたなぁ。

 家に帰ってから姉と二人母さんに叱られて……。

 でも、叱った後はいつも、母さんは蜂蜜をたっぷりと入れて甘くなった温かいミルクを用意してくれた。

 あれは美味しかったなぁ。

 さすがに幼い妹弟と一緒にはしゃげる歳でもない兄が、熱々のミルクにふぅふぅと息を吹き掛けて啜る俺とササラを、羨ましそうに盗み見ていたのを覚えている。


 ダメだ。

 鈍色の分厚い雲に覆われた冬の空を見ていると、つい感傷的になってしまう。

 時を遡行して転生して、一度は失ったと思っていた故郷が、今はまだ無事に存在しているからかな――。

 ちょっとしたホームシックになっているのかもしれない。


「なあなあ、もうすぐ冬期休暇やろ? コールはんはどうするんや? やっぱり実家に戻るんか?」

「そうですねぇ。冬期休暇中は士官学校も基本閉鎖してしまいますし、僕は実家に帰省すると思います。店が王都(リーリア)にありますし。年末年始には父や兄に同行して、取引先やお得意様の家に挨拶にも伺わなければなりません」

「何や、大金持ちの商会さんとこでも大変なんやな」

「大金持ちというのはともかく、客商売ですからね。日頃からのお付き合いを大切にしないと、商売の世界ではすぐに愛想を尽かされてしまいますし、同業者にも出し抜かれてしまいますよ」


 チットとバウスコールが話しているとおり、来週から年末年始も含めたおよそひと月半近くの長期間、王立士官学校は冬期休暇に入る。

 そのため士官学校は警備兵とわずかな職員を残して、ほとんど人がいなくなってしまう。

 どうしてこれだけ長い期間休みになるのかといえば、職員も休暇を取るという理由もあるけれど、この時期は王国軍も人事異動の季節でもあるからだ。

 教官や職員の中でも、別の部署へ異動する人が出たりする。


「なあ、あんちゃんは? 実家に戻るんか?」

「俺は帰らないよ。というよりも帰れない。故郷の村まで乗合馬車でもひと月以上も掛かるんだ。それに王都(リーリア)よりも雪が深いんだよ」

「ああ、そりゃあ無理やなぁ。じゃあ、あんちゃんも寮に残るんか?」

「そのつもりで考えているよ」

「なら居残りはワイとあんちゃんだけやな。ワイも実家に戻るんはちょっと遠いんよなぁ」


 士官学校に通う候補生は貴族、騎士、裕福な家の子弟が大部分を占めている。そして貴族、騎士だと大抵王都(リーリア)に別宅か、もしくは縁戚の家があるものだ。

 会話に参加していないイグナシオやエイリーンは、その別宅か縁戚の家に帰省する事になるはずだ。

 バウスコールは本人も言っていたように、王都(リーリア)に実家が存在する。

 そしてドムは王都(リーリア)で工房を構える、その筋では名の知れた親方株を持つ職人だったそうだ。


 つまり、帰省できずに寮へ残る事になりそうなのは俺とチットだけっぽい。

 一応、実家が遠方で帰省困難な候補生のために、申請すれば冬期休暇期間中でも寮に残る事はできる。

 だが、士官学校の職員もほとんどが休暇を取ってしまうため、学校内の施設のほとんどが使えなくなってしまう。

 暖房用の薪、食糧品、雑貨を売っている購買部も閉まってしまうし、昼食を提供してくれていた食堂だって当然休みだ。

 必要なものは町に買い出しに行かなくてはならなくなるらしい。


「そういやあ、あんちゃんはバディが姫さんやん。姫さんはどうするんや?」

「そりゃ、王宮に戻るんじゃないか?」


 ルナレシアには居心地が悪そうだけど。

 宮廷内はアデリシア王女とライナス侯の派閥の貴族が幅を利かせているが、アセリア中佐が側に控えるだろうから大丈夫だと思う。


「でもイオニスさん。冬期休暇中でも、バディは一緒に行動が基本なんですよ?」

「そうなの?」

「そうなんや?」

「チットさんも知らなかったんですか? ええっと、ほら……僕たち、普段厳しい訓練に追われてるじゃないですか」

「うん」

「そこに冬期休暇で実家に戻れば、暖かい部屋に暖かくて柔らかい布団、そして温かい食事が待っています。そうすると緊張感が解けてしまって、士官学校に戻れなくなってしまうそうなんです」

「ああ……」

「そらあ、そうやろなあ……。想像してみただけでも、そうなりそうやもん」

「そこで帰省する際にも、バディが同行する事で相互監視するんだそうです。それでもしも自分のバディが戻らなかった場合、厳しい罰則も用意されているそうですよ」

「んー、という事はルナが王宮に戻るなら、俺も同行する事に?」

「そうなるんじゃないかと」


 マジで?

 前世でも現世でも貴族の屋敷にすら行った事無いのに――プルシェンコ大尉邸は別事情だ――、貴族を飛び越して王宮なんて冗談じゃ無いぞ!?

 王族のルナレシアと知り合った事だって、最初は戸惑いしか覚えなかったっていうのに。


「もしもそんな事になったら、何か特別な礼儀作法とか必要なのかな?」

「大丈夫なんじゃないでしょうか? 王宮へ入った事は僕にもありませんが、貴族の方のお屋敷では、常識的な礼儀を弁えていたなら、特に何か言われる事もありませんでしたよ。多分王宮でも、よっぽどの不敬な行為を働かない限りは、士官候補生の事なんて無視されるんじゃないでしょうか」

「そうか」


 それならいいけど、とホッと胸を撫で下ろす。


「ふーん……王宮か。なあ、気になる事があるんやけど……」

「何だよ? 奥歯に物が挟まったような言い方して」

「いやな、王様やら偉い貴族様っちゅうのは大抵アレがあるんやないか?」

「アレって?」

「アレっちゅうたらアレよ。後宮や後宮。つまりハーレムや!」

「大抵かどうかは知りませんけど、貴族はともかくとして国王様には後宮があるかもしれませんね。お世継ぎ様を残す大切なお仕事がありますから」

「せやろ? で、ワイは思うんやが、お姫様の部屋ってだいたい後宮にあるもんなんやないか?」

「………………一般的にはそうでしょうね」

「――待て。チットの言いたい事はだいたいわかるが、さすがに後宮へ俺が入れる事は無いって」

「ホンマか? 寮ですでに同棲してるお前さんらや。特例として入れたりするようになるんやないか? またあんちゃんだけ良い思いをするんやないか?」

「お前、イグナシオにぶった斬られるぞ? それに多分今の陛下はハーレムを作ったりしないって」

「何でそんな事言えるんや?」

「お身体が弱いんだろ? だからルナとアデリシア王女様しか御子がいないって聞いたぞ?」

「そういえばそうでしたね。それなら後宮の女性の方々にお暇を出されているかも知れませんね」

「何や……ハーレム無いんか。残念やなぁ、もしあるんならくっついて行こうか思うとったのに」


 ちっと舌打ちするチット。


「そもそもチットもバディがいるんだろ? コールの話なら、お前もバディの家に行く事になるんじゃないのか?」

「ちっ、あの使えん奴のとこか。あいつ姉ちゃんおる言うてたんやけど、人妻なんやなぁ……」


 バディの名前、まだ覚えていないんだな。


「ん? 待てよ? 人妻……人妻か。何やろ、それはそれで何というか心の底の方にいるワイの何かが囁きかけてきよる……」


 とりあえず寮に帰ったら、ルナレシアの冬期休暇中の予定を聞いておくことにしよう。

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