秋の訪れと、皆の武器と
山岳踏破訓練も終わって、残暑の中に秋の冷たく涼しい風が感じられるようになった季節。
王立士官学校へ入学してから教練で、ただひたすら体作りのみをしてきた俺たち普通科士官候補生は、ようやく武器を使用しての戦闘訓練が行われることになった。
というわけで現在俺たちは、穴を掘っては埋めて、掘っては埋めた痕跡が残る、普通科専用のグラウンドに武器を持って集まっている。
俺の主武器はもちろん両手剣のファナティカーだ。
それと腰の革製のホルダーへ、ルナレシアから貰った短剣を副武器として納めている。
皆の武器はなんだろうと見てみると、チットは鎖帷子や鎧の隙間を狙って突き刺すための細身の剣、刺突用の短剣を使うようだ。
なるほど。
刺突用の短剣なら、小人族の特徴である敏捷性を活かすのにもってこいの武器だ。
それにしても、刺突用の短剣でも小人族のチットが持つと、人族の長剣並の長さに見えるな。
イグナシオは刀身が幅広い作りの片手剣、広刃の片手剣に盾を持っていた。
貴族士官に多いオーソドックスなスタイルである。
剣を抜く動作にも、攻防一体となった型にも洗練されたものが見えるから、正統派の剣術を教わったんじゃないかな?
ドムが片手戦槌を選んでいるのは、やっぱり元腕の良い職人として手に馴染んだ道具が良いのかね?
ドムのドワーフらしい筋肉質でずんぐりとした体型に、筋肉に覆われた太い腕で片手戦槌、そして左手に無骨な盾を構えた姿は歴戦の戦士といった風格がある。
バウスコールは両手斧の両手戦斧を持って来ていた。
柄の先に、尖端が尖ったナタに似た重量感のある片刃が付いている。
前世で見てきた両手戦斧の使い手は、両刃のものが多かったので片刃は珍しい。
大店の息子らしく特別に拵えた一品なのかもしれない。
最後にエイリーンは槍を携えていたのだけど――なんか、他の四人以上に槍持って立つ姿が馴染んでいるというか、しっくりして見えるな。
そういえば祖父が槍使いで、先代の国王陛下と一緒に戦場を駆け回ったという武勇伝持ちなんだっけ?
エイリーンのフルハイム家は、一族で槍術を嗜んでいるのかも知れない。
「よし、通達にあったようにそれぞれ得意とする武器は持ってきたな。今日より武器を使った訓練に入る。まずは普通科六名一対一での総当たりによる模擬戦を行うぞ。一試合は三分だ。三分経ったら一分以内に相手を変更してまた試合を行う。最初の組み合わせはまず、イオニスとチット、バウスコールとエイリーン、イグナシオとドムの組み合わせだ!」
「ち、ち、ちょっと待ってや教官!」
「何だ、チット候補生?」
「ワイら、この持ってきた武器そのまま使って試合するんか? こう刃を潰してる武器とか、木や竹で出来た武器とかが用意してあるんやないんか!?」
「そんなものがあるなら、わざわざ貴様らに訓練へ武器を持参するよう指示はしない」
「いやでも待ってや! コレとコレ、見てや!」
チットが指差したのは俺の大剣と、バウスコールの持つ両手戦斧。
「こんなんとカチ合ってまともに受けようもんなら、下手すりゃ死ぬで!?」
うん、まあ大剣に両手戦斧のような重量ある武器を、チットの刺突用の短剣で受けようもんなら、折れてしまいそうだ。
「心配ない。王立士官学校に入学できるだけの力量があるなら、寸止めくらい――」
その時、魔法科の専用グラウンドの方から、
「――き、教かぁぁあん! お、俺の片手槌がもろに頭にっ!」
「うわっ、額が割れてるぞ!」
「血、血がヤバイって! 誰か清潔な布持って来い! それと担架だ! 担架!」
「衛生兵! 衛生兵!」
随分と騒がしい。
「――寸止めくらい当たり前にできるはずだからな!」
あちらでの騒動が耳に入っていないはずも無いだろうに、リゼル教官は顔色どころか顔の筋肉一つ動かす事もなく言ってのけた!
「いやいやいや! 今、魔法科で事故あったみたいやん! 手元が狂う事だってあるやん! あんちゃんにコールはんのバカでっかい武器振り回されて手元でも狂うたりしたらワイなんて真っ二つやん!」
「やっかましい! 普段扱う武器を使って訓練するからこそ、己の武器と技に習熟する事ができるんだろうが! それ以上つべこべ言うなら、私が相手してやろうか! ああん!?」
リゼル教官がダンッと一歩足を踏み出す。その途端、地面にビキキッと亀裂が入り、土埃が舞い上がった。
え? この人、いつ神霊を身体に降ろしたの?
憑魔士リゼル教官の、荒ぶる肉食獣ですらおとなしくなってしまいそうな眼光と迫力に、残暑で厳しい暑さのはずの普通科専用グラウンドは、底冷えしたかのごとくひんやりとした冷たい空気が漂っているように感じる。
背筋に棒を突っ込んだかのごとくビシッと背筋を伸ばした一同を、リゼル教官はじっくりと睨め回すとフンッと鼻で嗤った。
その途端、この場を支配していた緊張感が緩んで、ホッとした空気が流れる。
先程までの冷たい空気も、季節相応の暑さを取り戻していた。
「文句が無いならさっさと言われたとおりの組に分かれて試合しろ! 一試合三分で決着が付かなくても、すぐに相手を交代だ。私が良しと言うまで続けるぞ! いいな!」
「「「はいっ!」」」
「よし、では始めろ!」
この模擬戦闘訓練。説明にもあったように三分で次々と相手を変えながら、毎日一時間から二時間程度試合が続けられた。
試合と試合の間隔は、相手を交代するためのわずか一分開けられるだけで、俺たちはほぼ休む間もなく連戦し続ける。
たしかに実際の戦場では、敵兵を倒してもすぐに敵兵が押し寄せてくるからな。そうした連戦を想定した上での訓練ということか。
試合は午後の教練開始からすぐに行う事もあれば、今までの身体作りメニューを終えた後で試合が行われる事もあった。
開戦直後で元気な状態での戦闘と、長期戦となって疲労困憊の状態となった時の戦闘を想定しているのだろう。
体作りの教練後や連戦し続けて疲労が溜まってくると、寸止めするのが難しくなってくる。
武器を握る手の握力も無くなってくるし、足腰だってフラフラになってしまうからだ。
他の科では怪我人も続出していると聞いたが、幸いな事に普通科では致命的な怪我を負った者は出ていない。
「そのために、体作りへ長い時間を費やしたのだからな」
他の学科の学生が担架で医務室に運ばれていく姿を見たリゼル教官が、ドヤ顔でそう言った。
魔法科が魔法の開発と訓練に、竜騎科が魔法に加えて竜の世話や訓練に明け暮れている間、普通科はひたすら体作りを行ってきた。
おかげで他の学科の学生よりも、体力、持久力に大きく差ができた。
その差が、普通科に怪我人の出ていない理由なんだそうだ。
さて、普通科の皆とは初めて武器を合わせたのだけれど、意外だったのはエイリーンの槍術だ。
女子だからという事もあるが、エイリーンの体力は他の者よりどうしても劣ってしまう。
試合においても、開始直後はチットの素早い動きやイグナシオのフェイントに翻弄され、俺やバウスコール、ドムの重量武器に槍を軽々とあしらわれてしまっていた。
ところが体作りの教練を終えた後や、連戦が続いて疲労の色が濃くなってくると、エイリーンが押し込む展開が増えてくる。
もともと間合いの長い槍という武器を使って有利だという事もあるけれど、それ以上にエイリーンの槍術は疲労が蓄積した状態でも正確性を保っていた。
「あたしぃ、おじいちゃんが大好きだったんですよぉ。ちっちゃい頃から槍だけわぁずっとお稽古を積んできたんですぅ」
槍の達人だった祖父に叩き込まれた槍術の型が、無駄な体力の消耗を抑え、突きに狂いを生じさせないようにしていたわけか。
というわけで武器を使った戦闘術ではエイリーン、イグナシオ、ドム、バウスコール、チットの順で勝率が高い。
俺?
正当な槍術、剣術を学んだエイリーンやイグナシオは手強いし、たまに負ける事もあるけれど勝率は一位を確保。
負けることもあるのは、あくまでも試合だからだ。
試合でイグナシオの盾を叩き割るわけにも、エイリーンの槍の柄をへし折るわけにもいかない。
殺し合いとなれば、まだ戦闘経験値の差で負ける事は無いな。
「ワイかてな、弓を持たせたらちょっとしたもんなんやからな!」
筋力もリーチでも劣る小人族のチットは、正面から他種族と戦うのは不利なのは仕方がない。
悔しそうに言うチットへ手ぬぐいを投げて寄越すと、不意に冷たい風が顔を撫でていった。
「……そろそろ冬だな」
俺が田舎の村を飛び出してから、もうすぐ一年が過ぎようとしていた。




