憑魔士と、魔導士と、付与魔法士と
憑魔士は自身の身体に超常的存在である神霊を降ろして戦う魔法士だ。
俺の周りではルナレシアがそうだな。
「憑魔士は、契約した超常的存在で大きく戦力が変わる魔法士だ。大抵は肉弾戦を得意とする者が多いが……ああ、そうだな。我々でも知る憑魔士だと、我が国の王族の方々が憑魔士だな」
「他国との戦争で、王家の方々が先頭に立って敵軍と戦っていたとカーマイン家でも伝えられているな」
「先代の国王様とぉ一緒に戦場に立ったことがあるってぇ、おじいちゃんがぁ自慢していましたぁ」
ちなみに俺の前世で戦った魔法士の中でも、精霊士の次に多かったのが憑魔士だったりする。
「憑魔士ははっきり言って事前の対策が難しい。契約した神霊がどの程度のレベルなのか外見ではわからないからな。ただ、憑魔士は契約した神霊が強い弱い関わりなく、共通した戦い方をする傾向がある」
「ハマれば英雄、そうでないならただのカモ」
「……イオニス候補生の言った通りだ」
ぼそっと呟いたつもりだったが、思ったよりも声が通っていたらしい。
「説明できるか? イオニス候補生」
「はい」
リゼル教官に指名されて答えた。
「身体に神霊を降ろした憑魔士の身体能力は、常人のそれを遥かに上回ります。そのため他者との連携が難しく、個人戦闘を好む傾向があります」
個人で他を圧倒できる戦闘力を持つことの多い憑魔士は、戦場でも一人で突っ込んで来る事が多かった。
俺の所属していた部隊がたった一人の憑魔士に蹴散らされた事もある。
戦場の主役となれる魔法士で、とにかく戦い方が派手。
その戦い方がハマれば味方の士気を大いに盛り上げるし、たった一人で部隊を蹂躙していく姿はまさに英雄だ。
「――ですが、その分自信過剰な者も多いため、多勢で包囲されてしまう者、上手の魔法士に返り討ちに会う者も多いとか」
普通科の校舎の屋上で戦った黒覆面の憑魔士がその典型だな。
俺の力量を計ることをせず、逃亡するという選択肢を端から排除してしまっていた。
「よろしいイオニス候補生。憑魔士は周囲の兵士よりも強いという自覚から、単独で行動する傾向がある。特に若い憑魔士に己の能力を過信し過ぎる傾向が強いので、その場合は多勢で囲む戦法が有効だとされている。まあ、稀にそれすらぶち破る者もいるが、その場合は運が悪かったと思え」
圧倒的多勢を押し返す憑魔士もいるからな。
そして大抵それだけの力を持った者は、両軍から英雄として名が称えられる。
英雄級の憑魔士でなくても、経験を積んで己の能力を過信ではなく確信した憑魔士は最悪だ。
基本、軍同士がぶつかりあった時、魔法士の相手は魔法士がするのだが、憑魔士は『魔法士殺しの魔法士』と呼ばれる程、対魔法士戦闘に強い。
なぜなら味方兵士がひしめいているところに突っ込んで来られると、大規模な攻撃魔法を使いづらいからだ。
そこへきて驚異の人間離れした身体能力で間合いを詰め、魔法を使う暇も与えず攻撃を繰り出してくる。
「……つまり、相手の力量次第ではワイらじゃどうにもならんって事やろか?」
「数でどうにもならない相手なら、真っ当に相手をせず、さっさと逃げる事が無難だろうな」
「でも、戦場ですよ? 現場の判断で逃亡が許されますかね?」
「敵前逃亡は重罪じゃぞ?」
「心配するな。憑魔士が突っ込んできたなら、まず大抵の部隊の指揮官は自軍の魔法士を向かわせる。貴様らは味方の魔法士の邪魔にならないよう努力する事だけを考えろ。もっとも相手の憑魔士は、敵兵士を盾にできるよう立ち回るだろうがな」
「うぅ、出会いたくないですぅ……」
「だが、味方にいたなら心強いぞ? ちなみに私も憑魔士だ」
リゼル教官は憑魔士だったのか!
(それで訓練内容が脳筋なんやな……)
それ、聞こえたら殺されるぞチット!?
魔導士はちょうど神聖魔法とは正反対、悪魔、魔神、邪神といった超常的存在の力を導く魔法士だ。
契約した存在にもよるが、他のどの系統の魔法士よりも相手を破滅に導く邪悪な効果の魔法が多い。
それと契約する存在が存在なだけに、教会から目の敵にされる事も多く、魔法士ではもっとも数が少ないそうだ。
ちなみに俺の権能を使ったときの魔力の残滓が、魔導士のものとよく似ているそうだ。
まあ、『腐蝕』、『死の幻影』なんてあたりは悪魔の力って感じがする。
「魔導士は死霊術士以上に数が少ない魔法士だ。戦場で会うことも少ないかも知れないが、稀に邪教徒の中にいたりするから注意が必要だ。神聖魔法と同じで、狂信者が悪魔の声を聞いて契約する事もあるからな」
「なら、魔導士はだいたい邪悪な連中と思ってええんやろか?」
「そうでもない。純粋に研究者として、魔法士として悪魔を屈服させて契約する者もいる。もしも魔導士と出会った場合の対処法だが……」
そこでここまで淀みなく各系統の魔法士について説明してきたリゼル教官が、初めて言葉を詰まらせた。
「これが憑魔士以上に難しい。契約した悪魔の能力など、実際に魔法を使うところを見て判断するしか無い。そして判断した時にはもう手遅れだという事もある」
「………………」
教室内が沈黙した。
「あ、あの、手遅れとはどういう……」
バウスコールが尋ねると、
「私も魔導士についてはそう詳しくは無いが、噂されている魔法の効果では、魔法の詠唱を聞き終えた途端に即死、周囲の空気を毒ガスに、池や井戸の水を毒に、身体が酸に触れたように腐り落ちて溶けたなんて話もある」
「「「うっ……」」」
リゼル教官の話す魔導士の魔法例を聞いて、複数の呻き声が聞こえた。
なるほど。
出会って魔法を見た時には手遅れの効果か。
ところで、身体が酸に触れたように腐らせて溶かすなんて、まさに『腐蝕』の効果そのものだ。周囲の空気を毒ガスにする権能は無いけれど、池や井戸の水を毒に変えるのなら、『水酒変容』と『水油変容』が近い。
特に飲み水を油にしてしまう『水油変容』など、籠城中に井戸と水瓶に使ってしまえば、敵を干上がらせる事もできる。
魔法の詠唱を聞き終えた途端に即死の効果は、『呪殺』に似ているな。
うーん、俺に権能を授けた声はやっぱり悪魔か、魔神のようである。
「対策としては魔法を使われる前に殺す。後は、神聖魔法の対抗魔法に頼るくらいだろう」
「ふむ、出たとこ勝負というわけじゃな」
「ただ、本当に魔導士は希少な存在だからな。まず、戦場で出会う事は無いだろう。邪教徒の場合、特別な戦闘訓練を積んだ者は少ないはずだ。その辺に活路を見出してくれ」
そういえば、ルーシアの村を襲った魔法士が、精霊を封じる結界魔法を使える魔導士だった。
魔導士もその数が少ないなら、エルフの村を襲った魔導士も特定できるかもしれない。
機会があったら調べてみるか。
鳥、獣、虫から幻獣、魔獣、超常的存在など様々な存在と契約を結んで召喚、使役する魔法士が召喚士。
精霊士に次いで数が多かったりする魔法士なのだが、俺が前世で見てきた感じその強さはピンキリ。
召喚した存在次第で強さが変わってくる魔法士なので、それも仕方がない。そのうえ召喚のための対価や触媒、さらに契約する際に対象を屈伏させる必要があるなど手間も多い。
「動物、幻獣、魔獣を召喚して使役する者が多いが、稀に神霊を召喚する者もいる。神霊クラスと契約を結べる魔法士はそうそういるものじゃない。知名度もそれなりにあるから、戦場へ出て来る事があればいち早くその召喚士の情報も流れて、対策が講じられることになる。だからひよっこの内はそう警戒する必要は無いんだが……、忘れてはならないのは召喚したのが動物や虫だろうとも、素手だと人間を凌駕する能力を持つ種が多い事だ。油断すると大きな被害を受ける事もあるから注意しろよ?」
前世で出会った召喚士は、一番手強かった者でも魔獣らしい存在を召喚するのが精一杯だった。
でも、昨夜の下級魔神は立派な神霊クラスだ。
つまり名のある召喚士が召喚したのかもしれない。
アセリア中佐、その召喚士を突き止められると良いが……。
最後の付与魔法士は呪紋士と呪符士の二種類に分かれる。
呪紋と呼ばれる紋様や文字を物へと刻み込み、永続した魔法効果を与えるのが呪紋士。
呪符と呼ばれる特殊な紙に紋様や文字を書き、決められた呪文を詠唱する事で呪符に込められた魔法を解放させるのが呪符士だ。
「付与魔法士で呪紋士が戦場に出ることは無い。戦闘ができる魔法士では無いからな。万が一にも貴様らに縁があるとしたら、武器や防具に魔法を付与してもらうくらいだ。莫大な金が掛かるがな」
鞄の中にある短剣の柄を思わず握った。
ルナレシアから贈られたこの短剣には、切れ味を増して保ち続ける呪紋が刻み込まれている。
「戦場で出会うのは呪符士だな。使ってくる魔法は精霊士と同様、地水火風の属性魔法が多いが、他の系統の魔法士の真似事だってできる多彩な魔法が売りだ。ただ、最大威力では他の系統に劣ってしまうがな。また呪符士の呪符は、魔力を持つ者なら呪符に込められた魔法を発動させる事もできる。他の系統の魔法士が呪符を使う事もあるぞ」
「わしは呪紋士になら多少の知己がおる。魔法の武具の注文が入る事もあったからのぉ」
「へえ、いつかドムさんに僕の魔法の武具も作って欲しいですね」
「わしから頼めば多少は安ぅできると思うぞ」
「――普通科とはいえ、僕たちは士官候補生。士官は魔法の武器を持つものだ」
「そうなんだぁ。そういえばぁあたしのおじいちゃんの槍が魔法の槍だったようなぁ……あれ貰えないかなぁ」
「僕のカーマイン家にも本家から分家した時に伝えられた剣があるから、それを継承する事になるだろうな」
「それなら僕も作らなければならないですね」
エイリーンとイグナシオは、さすが貴族の家柄だなぁ。
バウスコールも実家は大きな商会らしいから、魔法の武器を購入する金はありそうだ。
ドムも今までに貯め込んだ金と人脈で何とかなりそう。
「ワイらは金を貯めるところからやなぁ」
残るは俺とチットだけど、チットには悪いが俺はもう短剣ならあるんだよね。
ありがとう、ルナ。
「そうだ、ドムの爺さん。例えば俺の大剣に、後から呪紋を刻む事ってできるのか?」
「紋様と文字を刻み込めばええんだけじゃからな。刻むなら腕の良い呪紋士を紹介してやるぞ。ただ、多少は安ぅなるじゃろうが、それでも物凄い金額となるぞ」
「いいよ。目標の一つになると思って頑張るよ」




