精霊士と、死霊術士と、傀儡士と
精霊魔法を操る精霊士は、魔法士として最古の存在。そのため始まりの魔法士と呼ばれることもある。
身近にある自然に宿った精霊から力を借りるため、精霊士の人数は魔法士の中で非常に多く、エルフ族やドワーフ族にいたっては種族全員が精霊士である。
欠点は魔法を使う際には、その魔法に対応した精霊を喚び出すために触媒が必要となる事。
たとえば、炎の魔法を使うにはその場に火が存在しなければ使用できない。
「つまり戦場となっている場所の環境を把握しておくことが何より大事だ。そもそも魔法士のほぼ七、八割は精霊士と考えていいからな」
「ふむふむ、ならまず地面と空気はどこでにもあるから、土と大気の精霊魔法はほぼどこでも確実に貰うことになるんやろか?」
「そういう事だ、チット候補生。逆に無いものは操れん。水気、火の気の無い場所で戦闘する事もある。そうした場所では、逆に対策を講じてきたものを切り捨てる事もあるかもしれない」
「あのぉ」
恐る恐る挙手して発言をしたのはエイリーンだ。
「精霊魔法わぁ精霊さんにお願いして魔法を使うと聞きましたぁ。もしも精霊士を捕虜にした場合、拘束してもぉ精霊さんにお願いして魔法を使われたらぁ?」
「確かに……無力化させる事が難しいな」。
「方法はある。精霊は人が精錬した金属を嫌う。精錬されてできた鉄や銅、鉛といった金属をな。そこで精霊士の拘束には金属製の枷を使えばいい。戦闘でも金属製の何かを精霊士に接触させるといった対策も有効だ。覚えておけ」
精霊魔法といえば、ルーシアは元気にしているだろうか。
裏山で権能の研究をしていた時、ルーシアには幾度となく精霊魔法を見せてもらった。
魔法士としての経験の浅い俺は、ルーシアから魔法の応用方法を教えてもらったんだ。そういう意味では、彼女は俺の師匠だな。
いつか里帰りする機会があったら、ルーシアにまた会いたいものだ。
死霊術士は死者を操る魔法。
ゾンビやスケルトンを創り出して戦わせる事でよく知られているが、戦場では死んだ兵士に仮初めの命を吹き込み戦わせる事もある。
使役する死霊の強さ、数次第では厄介だが、魔法士としてはそれほど強くはないのだが――。
「こいつらに戦場で出会った場合、厄介なのは戦死した兵士をゾンビとして戦列に復帰させてしまう事だ。そのためにだいたいこいつらは味方の兵士からも蛇蝎のように嫌われている」
「確かに……死んだ後でも兵士として働かされると聞いたら、ぞっとしない話ですね」
「まさに不死者の軍団という事じゃな」
「それで、教官。対処方法は?」
「死体を原型が残らないまでに破壊するか、炎で焼いてしまう。または神聖魔法の浄化魔法、対死霊用魔法などもあるが――」
「僕たち普通科だと、どの手段も難しそうですね」
「戦闘中に大量の炎なんてそうそう用意できるものじゃないからな」
イグナシオの指摘どおり、燃料となる物を抱えて戦場を走れるはずもない。
もしも持ち歩けたとしても、戦場全ての死者を火葬しようとすると人の手では不可能だ。
「現実的に、貴様らでもできそうなのは口の中に塩を詰める事だな」
「しお……って、あの塩でしょうか?」
「そうだ。塩には穢れを跳ね除ける力があるとされている。死体に魂を戻す際、魂は口から身体の中へと戻るらしい。そこで口に塩を詰め込んでおくと、身体へと戻る道が塞がれてしまうわけだ」
「なるほど」
ただ、リゼル教官の言う塩を口の中へ詰め込む方法には、一つだけ欠点があるんだよなぁ。
俺がそれを言う前に、ドムが口を開いた。
「教官。街に住んでおるなら塩を手に入れる手段は難しくない。じゃが、戦場のような場所へ運び込む塩の量には限りがあるんじゃないのか? 戦死者一人一人の口へ塩を詰め込めるほど、塩の量に余裕はあるのかのぉ?」
「そのとおりだ。山岳踏破訓練で糧食などを持たせて訓練した成果が多少なりとも出ているようだな。戦場に持ち込める物資には限界がある。塩は携帯が必須の物資だが、予定される戦死者分の口に詰める塩など持っていけるはずもない。だがな、ドム候補生。この塩を使った方法は貴様ら普通科と一般兵士の対処法だ。魔法士なら炎で燃やすか、もしくは遺体を破壊してしまう方が早い」
なるほど。
「まあ、わしは炎の精霊を喚べるんじゃがな」
ドワーフは種族として土と火の精霊魔法を操るものな。
「ところで私はさっき戦死した後でも兵士として使役されるため、死霊術士は味方からも蛇蝎のように嫌われていると言ったが、兵士から嫌われている理由はもう二つあるんだ」
二つ?
その言葉に心当たりがあったのか、エイリーンの顔がサッと青褪める。
ああ、そうか。
エイリーンのバディは死霊術士だったな。
山岳踏破訓練の後でバウスコールから話を聞いていた俺は、嫌われている理由の一つはすぐに察しがついた。
アレだろ?
ゾンビ、スケルトンが自陣を彷徨うわけだから、不気味だとか。
「まずは死体が彷徨っている光景が不快という理由だな」
ほらな。でももう一つは?
「後は凄まじい臭いだ」
ああ……。
エイリーンが大きく、それはもう大きくウンウンと何度も頷いていた。
涙目になっている。
あの子はいったい、自分のバディにどれだけの心的外傷を与えられたのだろう……。
「特に夏場なんて、溜まったもんじゃないぞ。私も一度だけ上官が死霊術士だった事があってな――」
その後、リゼル教官による死霊術士が上官だった件について、じっくりと実体験に基づく経験談が語られたのだが、詳細は省くことにする。
飯が食えなくなりそうだから。
なお、リゼル教官の話にいちいち頷いていたエイリーン。
山岳踏破訓練であの子は本当にどれだけの心的外傷を負ったのだろうね……。
傀儡士は木、紙、布、土、石、岩、金属といった様々な素材で作った人形に低級霊を入れて動く人形を創り出す魔法士だ。
動く人形は使われた素材や形で名称が変わる。
俺の周りだとアセリア中佐が傀儡士だな。
アセリア中佐は木の人形の木偶人形、泥人形の泥人形を使っていた。
「動く人形を遠隔操作すれば、傀儡士本人が戦場にいる必要性が無いといった利点。そして金属製の動く人形はその耐久性も厄介だったりするが、一番力押しでどうにかできる魔法士でもある」
「力押しかい!」
「その動く人形を倒せるだけの人数、武器を用意すればいいだけの話だからな」
チットの突っ込みをリゼル教官は簡単に流した。
「傀儡士は前線で戦うより、偵察隊や情報部、要人警護といった支援任務に向いた魔法士だ。もしも貴様らが戦う機会があるとするなら、偵察に出てきた動く人形を叩くくらいだろう。敵方に動く人形を突っ込ませて情報を探るのは、定石の手段だ。万が一見咎められても破壊されて終わりの話だからな」
「使い捨てできる兵士という事じゃのう」
「それと要人警護など、多人数の兵士が配置できない建物内での戦闘にも向いている。人形を出せば兵士をその場で増援可能だからな。後はガス溜まりのような人の入れない場所の調査でも活躍するな」
「さて、後は憑魔士、魔導士、召喚士、付与魔法士と残っているわけだが、付与魔法士を除けば、この三系統が戦場でもっとも注意を払わなければならない魔法士だ」
憑魔士について説明を始める前に、リゼル教官はそう前置きした




