百雷と、神聖魔法と
「おい、昨日の夜のアレ、見たか? とんでもない雷やったなぁ」
「本当に凄い雷でしたね。落雷の音で部屋の窓がビリビリ震えていましたよ」
「あたしぃ、怖くて毛布を被ってましたぁ」
翌朝、朝食を食べに寮の食堂に集まった面々の話題は、昨夜の雷の件一色だった。
『天雷』。
実は検証したこと無かったんだけど、力を手に入れた時のイメージから、使わなくても危険だろうなという予感は覚えていたのだが。
「凄かったのぉ。わしの部屋も中が真昼のようじゃったわい」
「おかげで寝不足だ。姫様は大丈夫でしたか?」
「え、ええ。私もとても怖かったです。エイリーンさんと同じように毛布の中へ潜り込んでしまいました」
「はは、あの落雷では仕方ありませんよ。落雷で大規模な火災が起こらなくて良かったと思います」
イグナシオの言葉に、実はプルシェンコ大尉の邸宅が火事になった事を聞いていたルナレシアが、曖昧な微笑を浮かべてみせた。
そもそも火事は、俺の『天雷』のせいじゃ無い。
「わしはあの後豪雨でもあるんじゃないかと思うて雨漏りでもせんかと心配しとったんじゃが、結局雨は一滴も降らんかったようじゃな」
「それにぃ一回鳴った後は一度も音がしませんでしたねぇ」
「あんな天気は初めてだったな」
「わしとて長い事生きておるが、あんなのは初めてじゃわい。山で雷が轟くことはようあったが、アレ程の雷は見たことが無かったわ。耳がおかしくなりそうじゃったわい」
あの雷は俺が原因なのだと話せないので、皆に合わせてウンウンと頷いておいた。
俺の放った『天雷』による大量の落雷後、下級魔神の姿は消え失せていた。
落雷で存在が完全に消滅したのか。
それとも逃げたのか。
とにかく、『操風』による竜巻で空高く巻き上げられた下級魔神はこの場から姿を消した。
落雷の余韻が残る中、俺がふぅっ大きく息を吐いたところで不意に肩を掴まれる。
アセリア中佐がふらつく足取りで俺の肩を掴んでいた。
「よくやった貴君。だが後の事は私たちに任せて、貴君は急いでこの場から離れたほうがいい」
そう言ったアセリア中佐がプルシェンコ邸の正門の方へと目を向ける。釣られて俺も見てみると、そこにはより一層多くの人が集まり始めていた。
そしてその群衆の間で、火事よりも先程の雷についての声が大きくなりつつあるようだ。
「士官学校候補生である貴君がこの場にいる事が知れてもマズイが、何よりもさっきの貴君のあの雷。アレについて私も詳しく話を聞きたいが、このままこの場に貴君が留まっていた場合、直に訪れるだろう警察隊の取り調べを受けることになる事の方がマズイ。警察隊の取り調べを受けたなら、宮廷、軍の上層部はもちろん、ライエル侯の耳にも貴君の事が届くだろうからな。後々の事を考えるなら、貴君のその力、姫様のためにも隠しておくほうがいいと私は思う」
そう言うとアセリア中佐は俺の手を掴むと、ツカツカと野次馬たちをかき分けてプルシェンコ大尉邸の外へ連れ出した。
歩きながら話す。
「私はこのままここへ残って、あの魔神を召喚した者の手掛かりが残っていないか調べる。あと大尉の背後関係を匂わす物が何か残っていないか調べてみるつもりだ。もっとも、証拠も何もかも燃えてしまっているだろうが……」
無念そうに言う。
そうだ。アセリア中佐へプルシェンコ大尉の家族の事を伝えておかなくては。
「大尉とその妻子の遺体は確認しました。遺体の状況からして、先程の魔神に殺されたのには間違いないかと」
「そうか……大尉はともかく、妻子には気の毒だったな。それにしても口封じで魔神を召喚できる魔法士などそうはいないはずだ。そちらの線からも何か掴めるかも知れない」
野次馬たちの集まっている通りから少し離れた場所、街灯の明かりが微妙な塩梅で届いていない暗がりに、俺たちの乗っていた馬車が停車していた。
アセリア中佐はそこまで俺を引っ張って来ると、御者にひと声かけて俺を客車へと押し込む。
「何かわかり次第、また連絡する。貴君、相手は口封じで魔神まで使う者もいるようだ。姫様の事、くれぐれもよろしく頼む」
そうして俺はアセリア中佐と一緒に乗ってきた馬車で、士官学校近くまで送られ、寮の部屋へと戻ったのだ。
なお、部屋へと戻ると、突然の激しい雷で毛布の中で小さくなっていたルナレシアが飛びついてきたのが可愛かったりした。
でも事情を知らなかったら、あれは怖かっただろうなって思う。
俺自身ですら絶叫してしまったくらいだ。
ちなみにアルルも平静さを装っていたが尻尾の毛がパンパンに膨らんでいたので、ルナレシアの手前やせ我慢をしていたんじゃないかと思う。
◇◆◇◆◇
「いいか、よく聞けよぼんくらども! これから貴様らが戦場で生き抜くために、絶対に頭に叩き込んでおかなければならない知識を教える! それは貴様らが戦場で必ず相対することになる魔法士についてだ!」
今日からの座学の時間は魔法士に関してだった。
リゼル教官がカカカッと小気味良いリズムで黒板に文字を書き殴る。
・精霊士
・死霊術士
・傀儡士
・憑魔士
・魔導士
・召喚士
・付与魔法士(呪紋士、呪符士)
・神聖魔法
「細かく言えば更に分ける事もできるが、魔法士の系統はおおまかにこの八種に大別される。いいか、このうすのろども! 昆虫よりもスッカスカの頭の中にそれぞれの魔法士の特徴と戦い方、欠点を叩きこんでおけ! その情報を知っているか知らないかで戦場での生存率は飛躍的に変わる! いいか! 貴様らが愚かにも死ぬのは構わんが、我が軍にとって貴重な兵士たちを死なせないようにするために教えてやるんだ! 貴様らのようなぼんくらでもいずれは部下を持つ。私が貴様らに魔法士について教えなかったばかりに、兵士たちを死なせては私の寝覚めが悪いことになるからな!」
リゼル教官によると、秋の中頃より初等科全体での行軍訓練が始まるらしい。
これは、二年生になってから行われる合同模擬戦闘訓練のための前段階にあたる訓練なのだそうだ。
その行軍訓練では少人数での戦闘訓練も行われるため、味方あるいは敵となる魔法士について対策するための講義もそろそろ始めようということだった。
リゼル教官の講義から、俺が魔法士について説明しよう。
先にもリゼル教官が黒板に書き殴っていたが、魔法士の使う魔法には精霊、死霊、傀儡、憑魔、召喚、魔導、付与、神聖の八種類が存在する。
そのうち、神聖魔法は功徳を積んだ聖職者が神様に祝福されて使えるようになる魔法なので、他の七種の魔法とは毛色が違う。
強い信仰心と修行で身に着けて行く魔法だ。
神聖魔法と呼ばれるだけあって、傷の治癒、解毒、病気の回復、防御、不浄の浄化といった魔法に長けている。
反面、生物への攻撃手段などには乏しい魔法である。
そして神聖魔法の使い手は、ほぼ教会か修道院の聖職者に限られていて、軍に所属している者はいない。
「でも教官、王国軍にも神聖魔法の使い手っていましたよね? 随分と以前の話なのですが、僕の実家へ、ある地方砦で行われる部隊葬に使用する道具を調達したいと、従軍司祭様がいらしたことがあります」
「それは教会から王国へ派遣された司祭だ。国は教会へ多額の金額を寄付しているからな」
バウスコールの質問にリゼル教官が答えた。
「それと後は個人的に従軍している者だな」
「人殺しが仕事の軍に、自ら志願して入る聖職者なんているのか?」
「ふむ……軍人と聖職者なぞ、相容れない関係のように思えるのぉ」
イグナシオとドムの呟きを聞いて、
「人殺しを生業とするからこそ、兵士の中には信心深くなる者もいる。その中には敬虔な信仰心が神にまで届いて、神の声が聞こえて神聖魔法に目覚める者もいるんだよ。稀なケースだが――」
そこでリゼル教官は言葉を切ると、少し声音を厳かなものへ変えて言った。
「その分、神聖魔法を使えるまでに覚醒した兵士は、現場で大変な尊敬を受けるようになる。人の死を真摯に受け止めた結果だからな」
その言葉には皆もどこか感じ入るものがあったのか、感心したように頷いていた。
「あとこれは蛇足だが、そうした兵士から司祭になった者が作るお守りは、軍内部で非常に高価で取引されていたりする。安全な教会や後方で引きこもって説教垂れる坊さんよりも、よっぽどご利益がありそうだからな。一代で財が築けるそうだぞ?」
「何やて!? そないに儲かるんか! ならワイもちょっと神さん、信じてみようかな」
「もしもそんな動機でチットに神様の声が聞こえたなら、その声の主はきっと神様じゃなくて悪魔か魔神だろうよ」
イグナシオが首を横に振った。




