拉致計画と、約束された少女の将来と
山岳踏破訓練期間中、ルザイ砦の一部隊に不自然な作戦行動を行った痕跡が残っていた。また、兵員数と糧食の補給量に僅かな誤差も見つけた。
だがそれ以上のことを、王立士官学校内で調べることはできない。
士官学校の士官候補生は、基本的に学校外へ出ることができないからだ。事情があって外出する際には、外出許可申請書を提出せねばならない。
外部の人間の力を借りたいところだが、この王都で俺たちの信頼できる人物は少ない。現在の俺には王都に親しい知人はいないし、ルナレシアにも信頼できる人物といえば、心当たりは一人しかいなかった。
王室近衛隊アセリア・ヴァン・レイ・ルドリアム中佐。
ルナレシアがリゼル教官を通してアセリア中佐へ連絡を取ったのだが、するとすぐに中佐から「大至急秘密裏に接触できないだろうか?」との連絡が来た。
「久しぶりだな、イオニス候補生」
「お久しぶりです、中佐殿。先日は大剣を遠方より取り寄せていただき、ありがとうございました。期待通りの品質で、早速愛用させていただいております」
「あれは当家からの感謝の気持ちだ。気にしないでくれ。それよりも貴君、呼び出しておいた私が言うのもなんだが、よく士官学校の外出許可を取ることができたな」
「いえ、外出許可証なんて取っていませんよ」
「ではどうやって?」
「空を飛んで、でしょうか」
ようするに一日の教練が終わって辺りが暗くなった後で、『飛行術』を使って士官学校の塀を越えただけだ。
士官学校では、ここは刑務所かと思えるほどに塀が高いし、要所々々には監視塔も立っていて、非常に厳重な警備が行われている。
だが、さすがに空高く飛んでしまえば監視の目を潜り抜ける事は難しくない。
そうアセリア中佐へ説明したのが、俺の話を聞くなり中佐は呆れた表情を見せた。
「確かに空高く飛べば人間大の影を見つけるのは難しいし、そんなことができれば、士官学校の出入りも自由自在だろうが……そんなことをできるのは、貴君を含めて王都でも少ないのではないか? まったく、時折姫様より届く手紙に貴君の事が書かれているが、やはり貴君はとんでもないな」
ちょっと待って?
ルナレシアは手紙へいったい何を書き込んでいるのだろうか。
士官学校から外へ届けられる手紙って、普通検閲されたりすると思うのだけど?
後々に勃発するライエル侯と門閥貴族の争いに介入する事も考えると、俺の権能の事はできる限り秘密にしておきたい。
「ああ、心配には及ばないぞ。姫様の手紙は検閲されることは無いからな。だからこそ、こうして秘密裏に私と貴君が接触を取ることができるのだ」
「なるほど」
「それにしても、つくづく貴君が姫様のお味方で良かったと思っているよ。今後も姫様のために力を貸してほしい」
「はっ!」
それはもちろん。
個人的な目的ためということもあるが、それ以上にルナレシアは良い子だと思う。彼女が死ぬような光景は見たくない。
「感謝を。それなら私と貴君は姫様を護る同志だ。堅苦しい態度は取らなくてもいい」
その言葉を聞いて、俺は揃えていた踵と直立不動の姿勢を緩めた。
「はい、ありがとうございます」
「うん。それで今日、貴君を呼び出した理由なのだが。貴君はプルシェンコ大尉の名前を覚えているだろうか?」
「――プルシェンコ大尉?」
その名前には覚えがある。
俺とルナレシアが乗り合わせた馬車を、襲撃した賊どもの指揮官の名前だ。『植物操作』を使って捕まえた賊の仲間二人から聞き出したんだった。
「確か東部に所領を持つ貴族でしたね。男爵位の」
「そのとおりだ。我が父と姫様、そして貴君の乗っていた馬車を襲った賊どもの指揮官。つまり私にとって奴は、直接的な父の仇という事になるな」
「そうなりますね」
「そのプルシェンコ大尉こそがルザイ砦駐留軍の指揮官だったのだよ」
なるほど。前回の襲撃と今回の夜襲、どちらもプルシェンコ大尉とやらで繋がったわけか。
ん?
「――だった?」
「先日、プルシェンコ大尉に王都への召還命令が下った。度重なる姫様暗殺の失敗に、更迭されたといったところだろうな。そしてこれは、私たちにとって好機でもある。大尉は私にとって父の直接の仇だが、所詮奴も誰かに命じられて行動した手足に過ぎない」
その『誰か』とは、間違いなくライエル侯爵なのだろう。
「男爵位と宮廷序列は低いとはいえ、プルシェンコ大尉も立派な貴族。もしかしたら姫様の暗殺を企図した者より、直接指示を受けた可能性がある。奴の背後関係を調べるには絶好の機会だ」
「なるほど。自分たちで大尉を締め上げて、証言を得ようということですね? それで大尉の王都到着はいつに?」
「今日よりちょうど一週間後だ。プルシェンコ大尉は王都の私邸に一度落ち着き、それから統帥本部で新たな役職を与えられて任地に赴くか、または退役させられて自領へと戻ることになるはずだ。その前に奴を捕らえ、話を聞きたい」
自領、または次の任地に赴く前に、この王都で身柄を押さえたいということか。
「情けない事に私には信頼できる部下が少ない。陛下の病状が思わしくないのを良いことに、王室近衛隊の多くもライエル侯の息が掛かった者ばかりになってしまっている。そこで貴君の力を貸しては貰えないだろうか?」
「もちろんです、中佐。自分も大尉には貸しがありますからね」
何しろ奴の部下が馬の尻尾に火を点けたせいで馬車が暴走した挙げ句、崖から飛び出して、危うく死にかけたんだからな。
亡くなった農夫の親子に行商人なんて、偶然馬車に乗り合わせただけの人間だった。俺にしたって、『転移』での脱出が成功していなければ死んでいた。
訳もわからず殺され掛けたのだ。奴へ意趣返しをすることに何ら異論は無い。むしろ望むところだ!
「感謝する。プルシェンコ大尉が王都に着いたとき、貴君へまた連絡する」
◇◆◇◆◇
前世、アデリシア王女が女王として即位されお披露目されたとき、その類まれなる美貌に、式典の会場へ集った全ての者たちが言葉を失ったという。
即位の式典の後アデリシアは、ライエル侯爵の息子アリアバートとの結婚を発表するまでの間、近隣諸国の王侯貴族より結婚の申し込みと贈り物が毎日山のように届けられていたそうだ。
もちろん、リヴェリア王国の独身で若い女王の、配偶者という地位を狙った政略の面も大きかっただろう。
だが、アデリシアの美貌に本当に惚れ込んでいた者も多かったと聞く。
俺たち兵士の間でも、アデリシア女王の絵姿を懐に忍ばせている者もいた程である。
さて、前世では少女のうちに命を落としてしまっため、ルナレシアが世間へ姿を見せる機会は訪れなかったが、アデリシアと双子の彼女もまた、幼くして抜群に整った容姿をしている。
現世のルナレシアが、命を落とす事なく無事大人へ成長したなら、アデリシアと同様社交界を騒がす美姫となるのは間違いない。
前置きが長くなったが要するに――。
「私がご一緒してはダメなのでしょうか?」
アセリア中佐との待ち合わせ場所へ出掛けようとする俺へ、悲しげな顔で言うのはやめて欲しい。
ルナレシアのような美少女にそんな顔をされてしまったら、ひどい罪悪感に襲われるんだって!
「……ルナの動向は見張られていると考えていい。なのに学校外へ出たら俺と中佐がしようといていることが、相手に伝わるかもしれないだろ? だからここで待っててくれるか? ごめんな」
「うぅ……」
小さく恨めしそうに唸るルナレシアに、俺の心が激しくグラつく。
でもここで可愛そうだからと思って、連れて行くわけにはいかないのだ。
以前彼女に貰った短剣だけ、腰のベルトのホルダーに収めると、『召魔狼』でアルルを呼び出す。
「――主様。私も置いて行かれるのか?」
アルルまでそれを言うのか。
「俺が留守の間、ルナを守ってやって欲しいんだ」
「荒事が起きるようであれば、私は主様と共にありたい」
「ルナを一人にするわけにはいかないだろう? アルルを信用してルナを預けるんだ。頼むよ」
俺の権能では、一番護衛役に向いているのがアルルだからな。
ちょっとした小山程もある竜を召喚する『招竜』は論外だし、『影騎士召喚』で召喚する黒騎士も、戦闘面では頼りになるが、逃走も選択肢に入れた時には巨狼のアルルには敵わない。
後は死霊術士の魔法と同じような『死操術』という死者を操る権能もあるけど、スケルトンやゾンビを護衛につけてルナレシアをエイリーンと同じトラウマを与えたくない。
俺に頼み込まれたアルルは、少ししょげた後ですぐに気を取り直したのか、まだしょんぼりとしているルナレシアに顔を向けた。
「うぅ、仕方がない。なら、食べ物が欲しい。そこのヒトのメス。守ってやるから、何か食べ物を寄越せ」
「あっ、えっ、はい。じゃあ、コールさんにお願いして食べ物を貰ってきますので、ちょっと待っててくださいね」
アルルに声を掛けられたルナレシアが、そう言うと食堂へと歩いて行く。
それにしても。
「アルル。ヒトのメスじゃない。ルナレシアだ。ちゃんと名前で呼んでやってくれないか?」
「主様以外の人間など、私にはどうでもいい存在」
「どうでもいい存在なんかじゃない。ルナは俺のバディ、俺の目的を叶えるための大切な相棒なんだ。アルルが俺の事を主だと思っているなら、彼女の事も仲間として認めてやってくれ」
「…………わかった。主様の次にあのメス――ルナレシアにする。後、その他大勢」
その他大勢って……。
でも、俺だって親しい知人と他人では優先順位は変わってくるからな。アルルの中で、ルナレシアへの優先順位が上がっただけでも良しとしよう。
そのうち、普通科の連中くらいは優先順位を上げて欲しいものだが。
とりあえず、ルナレシアが食堂から戻ってくる前に出掛ける事にしよう。
「じゃあ、ルナの事任せたぞ」
「承知した」
返事と一緒にアルルがファサリと尻尾を大きく振った。




