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日報と、改ざんと

「イオニス候補生。貴様に頼まれていた物を持ってきてやったぞ」

「ありがとうございます、教官」


 山岳踏破訓練から士官学校へ帰ったひと月後、リゼル教官に教官室へ呼び出された俺は、以前に頼んでおいた分厚い書類の束を渡された。


「こっちが訓練前のもので、こっちが訓練後のものだな。まったく、統帥本部から理由をつけてこれを持ち出すのに苦労したぞ」


 リゼル教官の机に積まれた書類は、俺が両腕で抱えられるギリギリの量だ。

 何の書類かといえば、リヴェリア王国軍統帥本部に送られた、俺たちの山岳踏破訓練期間中とその前後二週間分の王国軍各部隊の日報等の活動報告書だ。


「前に士官学校へ侵入した不審者の件と、何か関わりがあるのか?」

「ええ、まあ。これらの書類はお預かりしても?」

「構わん。どうせ目を通した後は、軍の書庫の片隅で埃を被るだけのものだ。ただし、紛失だけはしてくれるなよ? まだ軍務尚へ送られていないものだからな。無くしでもしたら、始末書を提出しなければならなくなる」

「無理を言って申し訳ありませんでした。失礼します」


 書類の束を抱えて一礼してから、教官室を後にする。

 その足で向かう先は竜騎科だ。

 竜騎科のグラウンドを覗いてみると、竜騎科の候補生たちに混じって、一際小柄な少女が身体を躍動させている。

 どうやら竜騎科はまだ教練が終わっていないようだ。今は候補生たちが己の飛竜の仔に戦闘訓練を行っている様子。

 全身を鎧に固めた敵役の竜騎科の候補生が、腕や足に分厚い布を巻き付けて、長い棒で飛竜の主人に襲い掛かり、その攻撃を主人が防いでいる間に、上空から飛竜が腕や足に噛み付くといった攻撃や支援をさせる訓練らしい。

 お? 丁度ルナレシアの順番が回ってきたところみたいだ。


「ティア!」

「クァアアア!」


 ルナレシアの合図で元気いっぱいに空へと飛び出したティアが、敵役の候補生の持つ棒が届かないギリギリの距離で飛び回る。

 なるほど、目の前でアレをやられると鬱陶しいだろうな。

 敵役の候補生もそうだったらしく、棒でティアを追い払おうと躍起になっているところへ、横合いから近づいたルナレシアの剣が彼の胴を薙いでいた。


「そこまで!」

「ありがとうございます!」


 有効打が入ったところで、審判役の教官が止めた。

 ルナレシアが敵役の候補生に一礼すると、ふぅと息を吐いて汗を拭う。

 それからふと、こちらの方を見て――。

 俺がいる事に気がついたようだ。

 嬉しそうに笑顔を見せると、小さく手を振ってくれたけど。


「きゃ、ちょっと、ティア」


 自分が呼ばれたと勘違いしたらしいティアに纏わり付かれて、グラウンドへ尻もちを付いている。

 ティアの奴、翼を拡げたらもう三メートル近い大きさになっているからなあ。

 ルナレシアでなくても、(じゃ)れつかれたら転ぶよな。

 まだ教練が続きそうだし、せっかくなので預かってきた書類に早速目を通しておくか。

 日陰に行って座ると、書類に目を通す。

 それから一時間もしないうちに、ルナレシアが今日の教練を終えてやって来た。


「お待たせしました。イオはいつも教練が終わるの早いですね」

「今は個人目標を達成したら、各々帰って良いことになっているんだ」

「個人目標?」

「持久走、ロープの登り降り、シャベルで穴掘り穴埋め。この三セットを重り入りの背嚢を背負ってこなせば終わり」

「それは……聞いているだけで辛そうです」

「他の連中はまだシャベルで穴掘ってるよ」


 それらの教練をさっさと終わらせた俺は、他の連中たちの怨嗟の視線を跳ね除けつつ、一足先に戻ってきたのだ。


「これからこいつを分析しないといけないからな」

「それは?」

「山岳踏破訓練中の王国軍の日報類。出動や帰還の報告書だとか、様々な品物の納品書や帳簿とか、まあその他いろいろなものの報告書だよ。これを調べれば訓練期間中の王国軍の各部隊の動きがわかるはずだ」

「――もしかして、私たちを襲った部隊がどこの所属なのか調べるおつもりなんです?」

「そういうこと」


 寮に戻って俺たちの部屋へ行くと、荷物を置いてから居間に書類を拡げる。


「あの時に俺たちを襲った連中、認識票ドッグタグを付けていなかった。当然だな。王女を暗殺しようとしたんだから、非公式の作戦行動に決まっている」

「非公式の作戦行動なら、それを日報に書き記したりするでしょうか?」

「しないだろう。でも、部隊を動かしたという事実は変わらない。何か別の理由を付けて部隊を動かしたはずだよ。例えば……そう、盗賊団の討伐のために、部隊を出動させたとか」

「では、山岳踏破訓練の行われた時期に動員された部隊、それも出動してから私たちが訓練を受けた場所へ、期日までに到着できる部隊を選抜すれば良いのですね?」

「そういうこと」

「後は……私たちを襲った部隊の方たちは、全員イオが倒しちゃったので、原隊には戻ってきていないはずですよね? そうした部隊を探せば良いのでしょうか?」

「ああ、いや――」


 ルナレシアの指摘は鋭い物だったが、それだけでは多分あの部隊がどこの者だったのか突き止める事はできない。


「兵員の数合わせくらい、書類の上では偽造が可能だろう。そこからじゃ多分わからない」

「でも、兵員数を偽造してしまったら、後ほど査察が行われた時に困りませんか? 特に魔法士が二名も行方不明なんてことになれば、部隊指揮官の管理不届きとして処罰を免れないと思います」

「部隊の兵員が丸々同時期に蒸発しなければ良いんだよ。怪我や病気のために現地指揮官の権限で除隊させたとか、事故で死亡したとか。査察が入る前に、実際に居る人数まで減らせれば良いんだから」

「それでは、この日報を調べても結局突き止められないのでは?」

「大丈夫。誤魔化す事の難しい数字もあるんだ。取り敢えず、山岳踏破訓練期間中に作戦行動を行った部隊だけ、抜き出してくれる?」

「はい」


 ただ、山岳踏破訓練中に活動していた部隊のみと条件を絞ってみても、国土の広いリヴェリア王国全土の王国軍ともなると、さすがに量が多くて時間が掛かる。

 原隊のいる場所から、訓練の行われた場所まで移動するのに要する日数なども割り出さなければならなかったからだ。

 それでも、ルナレシアの頑張りもあって、二日程度で全部抜き出せた。


「国境付近の部隊が出動多いな」

「魔物への対策、盗賊団の討伐、哨戒任務、長期行軍訓練、いろいろな出動理由がありましたけど、どの部隊も原隊へ復帰していますよ?」

「書類上は数を合わせればいいだけだからな。だから今度はこっちを調べる」


 俺は別に束ねてあった別の書類をルナレシアの前に拡げた。


「こちらは?」

「訓練期間中に作戦行動を行っていた部隊の食糧の記録。これで補給量や使用量の推移を調べるんだ」

「あっ!」


 ルナレシアが理解したとばかりに、瞳を輝かせた。

 そう、兵員の数を日報上では誤魔化せても、糧食の量を誤魔化す事はできない。

 軍隊というのは基本、ありとあらゆる物が細かく数字で管理されている。

 そうでなければ、いざ事が起きた時に軍を動かす事ができないからだ。

 各部隊に配給される糧食は、芋や人参も一個単位の数字で厳しく在庫管理されている。

 作戦行動で一部隊が基地や砦を留守にすれば、当然その一部隊の兵員数だけ、糧食の消費量は減少する。

 つまり、出動した部隊が未帰還となれば、例え日報上では兵員の数の帳尻合わせをしたところで、糧食の消費量が変動しない。


「でも、その糧食の在庫まで帳簿を改ざんする事は無いでしょうか?」

「多分無い。補給した糧食の量、廃棄した糧食も全て帳簿に記録して統帥本部に送った後で、予算を管理する軍務尚が確認する。その時に、兵員が少ないのに糧食を多く補給して過剰在庫、廃棄処分の量が増えでもしいしたら、ただでさえケチな軍務尚の官吏が黙っているはずがない。それに糧食の量まで数字を誤魔化そうとしたら、補給を管理する者、実際に調理する者、廃棄処分する者、その廃棄処分した物を更に処理する者なんて感じで、関わる者の数が雪だるま式に膨れ上がっちまう。王女暗殺なんて大逆罪に問われてもおかしくない件で、不正に関わる人数を増やせば増やす程、秘密の暴露の危険が増してしまうだろ?」


 俺の説明にルナレシアが感心したように頷いた。


「だから明確に数字の差異が出ていると思う。ルナ、もう少し一緒に調べてくれる?」

「はい」


 そして俺たちはある一つの部隊の糧食の消費量が、兵員数から割り出される予定の消費量と明らかに差異が出ているのを突き止める。

 国境のルザイ峠にある砦の補給量が、ほんの僅かだが少ないものになっていた。

 ルザイ峠の砦の兵力は一個中隊、約二百人規模にもなる。その中で十数人分の糧食の量の変化など、さほど大きな数字では無い。(あらかじ)め、その事を頭に入れて帳簿を確認していかなければ、恐らくわからなかったであろう微々たる数字。

 でも――。


「これだ」

「これですね」


 俺とルナレシアは、顔を見合わせて頷いた。

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