エイリーンの悪夢と、総評と
「おお、そうじゃ。二人とも、村の広場で教官たちが炊き出しをしてくれておる。食べ物や飲み物なんかを振る舞ってくれておるから、貰ってくるとええ」
「そうなのですか? イオ、行ってみませんか?」
「そうだな」
ドムに勧められて村の広場へ向かうと、良い匂いが漂ってきた。
王立士官学校の職員と村の女性たちが、テントの中で大きな鍋で汁物を煮込んでいる。焼き立てのパンや肉、魚なんかも焼かれていて、氷の魔法を使ってよく冷やされた飲み物なども用意されている。
適当に取って食べてもいいらしい。
料理を提供しているテントの周りでは、候補生たちに混じって村の人たちもご相伴に預かっていた。
俺も適当にパンと肉を貰って齧りついていると、
「このお茶、冷たくて甘くて、とても美味しいですよ?」
飲み物を貰ってきたルナレシアが俺にも持ってきてくれた。
へえ、香草茶に蜂蜜を溶かしているのかな。
口にするとスーッと清涼感のある味わいが拡がる。そして蜂蜜の甘味が暴力的なまでに美味しい。疲れた身体に染み込んでくるようだ。
大皿に適当な食べ物を盛らせて貰うと、村の外れの方に木陰になった草むらを見つけて場所を確保する。
そしてルナレシアと二人座って身体を休めているところへ、バウスコールとエイリーンがやって来た。
「イオニスさん。姫様も。僕たちよりも先に到着されたんですね。お疲れ様です」
「うぅ、えぐぅ……」
エイリーンがエグエグと半泣き状態なんだけど、何があったんだ?
「お二人ともこちらに座りませんか? 木陰になっていて、とても涼しいですよ」
「どうもすみません。じゃあ、エイリーンさん。先に座っていてください。僕が何か適当に食べ物と飲み物を貰ってきます」
「えぐぅ、コールさんすみませぇん」
「どうかされたのですか?」
「姫様ぁ、あたしわぁ、生きた心地がしなかったですぅ……」
本当に何があったんだ?
困惑した俺とルナレシアが顔を見合わせていると、バウスコールが両手に飲み物を持って戻ってきた。
「エイリーンさんのバディ、噂通りとんでもなく大変な人だったそうですよ」
「とんでもなく?」
「うぅ、もう思い出したくありませぇん」
頭を抱えてフルフル震えているエイリーン。
(おい、コール。何があったんだ?)
(エイリーンさんのバディが、死霊術士だったらしいんです。それで、毎晩ゾンビやスケルトンを大量に召喚しては、見張りに立たせていたらしいんですよ)
(それは……)
ルナレシアが絶句。
俺も思わずその光景を想像してしまう。
静まり返った真夜中の山林で、バディと二人きり。
木々の枝葉で月、星明りは遮られて、明かりといえば焚き火だけ。
ふと、目を覚まして見てみれば、焚き火の明かりに浮かび上がったゾンビやスケルトンがいるわけだ。
俺でも怖いな、それは……。
(おかげで動物や魔物はおろか、二年生でさえ近寄っては来なかったそうなんですが……。エイリーンさん、夜もろくに眠れなかったそうですよ)
「ひ、一晩中ぅ、うめき声が聞こえてくるんですぅ……。目を閉じたらぁ、ゾンビさんたちのぉ姿が頭に焼き付いててぇ眠れないんですぅ」
「そ、それは辛いな……」
「あの、エイリーンさん。お昼寝をしてみてはどうでしょうか?」
「そうですよ。夜になると思いだしてしまうなら、姫様がおっしゃる通り、明るい今の内に少しでも眠っておくといいかもしれませんね」
「そうだな。この木陰は涼しいし、草むらの上にマントでも敷いておけば寝心地も良さそうだぞ」
「私も疲れましたので、少しお昼寝しようと思っていたところなんです。エイリーンさん、ご一緒しませんか?」
「うぅ、姫様ぁ。そうさせて頂けますかぁ?」
「俺たちもいるから、少しは気分的にもマシだろう?」
「すみませぇん」
今いる木陰は村の外れの方なので、人の声もそれほど気にはならない。
女の子二人が並んで横になる。
するとやはり疲れがあったのだろう、ルナレシアはすぐに眠りに落ちてしまう。
エイリーンも寝付くまでにしばらくウンウンと唸っていたが、やがて安らかな寝息を立て始める。
俺は村の人に扇を借りてくると、寝ている二人へ扇いで風を送ってやった。
「そういえば、ドムさんとは村の入口付近で出会ったのですが、チットさんとイグナシオさんはどちらに? まだ村へ到着していないんでしょうか?」
「チットの奴は、いつもの病気だ」
「いつもの……?」
「何だか俺たちの同期に凄い美人の女の子がいるんだと。その子を探して来るとか言って、どこかへ行っちまった。イグナシオの奴はチットに付き合わされてるよ」
「ああ」
納得したようにバウスコールは頷いた。
「どんな状況であっても自分を見失わない事は、ある意味凄いと言うべきなんでしょうか?」
「前向きに捉えるならな」
「美人の女の子ですか……どんな人なんですかねぇ?」
「チットの奴はバディから教えてもらったって言ってたけど、どうやら随分と胸が大きい子って言ってたな」
胸が大きいというくだりで、俺とバウスコールの視線がほぼ同時にエイリーンへと向かったのは仕方がない事だと思う。
ルナレシアは将来に期待だ。
まあ、男二人ということで、木陰に座って村の方を眺めながら、そんな事を話して俺たちは訓練終了の時間まで過ごしたのだった。
◇◆◇◆◇
山岳踏破訓練。
俺とルナレシア、バウスコール、ドム、エイリーンが無事に目的地の村へ辿り着き、残念ながらチットとイグナシオの二人が途中脱落という結果で終わった。
ちなみに初等科全体では百七十八組中、二十三組が二年生の索敵の網を潜ることに成功したらしい。
その内の四組に俺たち普通科がいるって凄くないか?
「フンッ、当然だろう。貴様らは他の科が飛竜の訓練、魔法や新しい技術開発に明け暮れている間、ひたすら身体を鍛えてきたのだ。はっきり言ってこの訓練は貴様ら普通科が得意とする領域だったのだからな。他の科の連中よりも良い成績を残せて当然だろう」
そうリゼル教官は俺たちを前にそう総評した。
「それがまさか二名も脱落者を出すとはな……、どうやらまだまだ私も甘かったらしい」
舌打ちをしたリゼル教官がそう言ってイグナシオとチットを睨みつけると、イグナシオは悔しそうに唇を噛み締め、チットはおどおどと目を逸らす。
「次の教練からは、今までやってきた教練全てに砂袋を詰めた背嚢を背負わせる事にする」
「はあ!? それはロープもですやろか?」
「当然だ。持久走、ロープ、塹壕掘り、全部だ!」
チットの質問に真顔で答えるリゼル教官。
(装備無しでもぉあたしぃ登るの苦手なのにぃ……)
小声を漏らしたエイリーンが絶望の表情を浮かべている。
「いいか? もう一度だけ貴様らのスライムみたいな脳みそに叩き込んでおくために言っておくぞ! 実際の戦場で竜騎科は、飛竜で上空から一方的に地上を焼き、魔法科は破壊の魔法をこれでもかと撃ちまくる。わかるか!? 凡人の貴様らでは、せめて建物や地形といった障害物を生かし、できる限り正面からの決戦を避けて持久戦に持ち込み、戦わなければすぐに死ぬのだからな! その事を努々忘れる事の無いように!」
どうやら俺たち普通科は、山岳踏破訓練が終わっても地獄の訓練が待ち受けている様子だった。




