到着と、首位に最下位と
三日目を凌いで四日目。
今日一日先輩たちの追跡を無事やり過ごす事ができたなら、後は目的地の村を目指すだけである。
獣道しかない山林を四日も歩くと、さすがに濃い疲労を誤魔化せなくなってきた。
上り下りの激しい道。岩場に足を掛けてよじ登らなければならない場所もある。
下生えや灌木、木の枝、棘のある蔓など、俺もルナレシアも、身体中が引っ掻き傷だらけだ。
制服にも破けてしまった箇所が幾つもある。
これ、訓練が終わった後で、新しい制服を支給してもらえるのだろうか?
それとも自分たちで繕うのかな?
俺のような平民はともかく、貴族の子女やルナレシア王女に繕い跡の残る制服を着せるのは王立士官学校の権威にも関わる気がするけれど。
ルナレシアが時折膝に手をついて、立ち止まる事が多くなった。
「ハア、ハア、ハア……」
走っている時のように荒い息を吐いている。
今日歩いている道は、特に下草が生い茂っていて、草の背丈が俺の腹くらいまである。
小柄なルナレシアにとってみれば、顔の辺りにまで草があって、掻き分けるだけでも相当な体力を消耗するのだろう。
少しでも歩きやすいようにと思って、俺が前に立って下草を踏みつけているのだが、夏真っ盛りのこの時期。植物の生命力は半端なものではなく、少々踏みつけられたくらいではなんぼのものかとしっかり戻ってしまうのだ。
「少し休もう」
「ハア、ハア、ハア、はい……」
今日は三十分くらい歩いては小休憩を繰り返していた。
ルナレシアも無理して頑張ろうとせずに、素直にその場に座って呼吸を整えようとしている。
歩くのには障害となっている下生えだが、休憩する時はその背丈の高さが、俺たちの姿を隠してくれるので都合が良い。
まあ、これだけ歩きにくい場所を行けば、先輩たちと鉢合わせしなくても済みそうだけど。
ルナレシアが座って休んでいる間に、少しだけ周囲を探索。
一応、先輩たちや他の動物、魔物の痕跡が無いかを確認する。
お、小さな沢を発見。
サラサラと耳に心地良い水音だけでも、蒸し暑さにうんざりしていた心を癒やしてくれる。
そうだ!
「ルナ」
「はい?」
戻った俺は『操水』で操った水を、霧状にしてルナレシアに噴き付けてやる。
「ひゃっ……あ、気持ちいいです」
ルナレシアが目を閉じて、大きく深呼吸する。
周囲の気温も下がるし、これで少しは体力も回復するといいんだけど。
「ちょっと周りを見てきたけど、先輩たちの気配は無いね。このままゆっくりと進んでいこう」
ルナレシアが頷く。
今日さえ乗り切れば、明日はもっと歩きやすい道を歩けるようになる。
目的地の村まではもう少しだ。
そして五日目の昼少し前頃、俺とルナレシアは目的地の村へと到着したのだった。
◇◆◇◆◇
「おー、あんちゃんと姫さん。やあっと来たかぁ」
目的地に到着した俺たちを真っ先に出迎えたのはチット。
「チット、早いな。もしかして一番乗り?」
「んなわけ無いやろ。わいらは三日目には終わっとった。先にここへ連れて来られて、ずっと皆が来るんを待っとったんや」
「へえ」
なるほど。先輩たちに発見されて染色玉ぶつけられた場合でも、この村へ一度集合するのか。
「他の連中は?」
「村へ到着しとるんは、あんちゃんとわい、それにイグナシオはんだけやな。イグナシオはん、どうやら一年生でいっちばんに脱落したっぽいでぇ」
「……誰かの上げた赤い煙幕弾のせいだ。あれが無かったら僕だってちゃんと目的地へ到達できていた」
憮然とした声が聞こえて振り向くと、そこにイグナシオがいた。
もう全身から不機嫌オーラが出ている。
赤い煙幕弾?
何か心当たりがあるぞ。
「あの……もしかして、二日目に上がった煙幕弾でしょうか?」
「ああ、姫様。お疲れ様です。目的地到着おめでとうございます。はい、二日目の昼過ぎくらいでしょうか。姫様もその煙幕弾をご覧に?」
「ええ、まあ……」
何処と無くきまり悪そうな顔でルナレシアが頷く。
あれ、打ち上げたの俺たちだもんな。
そういえば、煙幕弾を打ち上げて移動した後で、山の中腹辺りから青い煙幕が立ち昇っていたなあ。あれがイグナシオたちだったのか。
「おかげでうちの若様が大荒れだよ」
「魔物との遭遇を報告するための煙幕だろ。仕方がないんじゃないか?」
あえて俺たちが上げたとは言わないでおく。
「まあ、そうなんだけど……でも、これで良かったのか?」
イグナシオが俺の横に寄り添うように立つルナレシアを見てつぶやく。
「良かった?」
「いや、何でも無い。まあ、バディがイオニスだから大丈夫だとは思っていたが、取り敢えず姫様がご無事で良かった」
「あと普通科でまだ辿り着いていないのは、コールとドム、エイリーンか。三人とも今の時点でここにいないなら、先輩たちには見つからなかったか、返り討ちにできたんだな」
「わしならもうここにおるぞい」
ドムの声がした。
「何や、爺さん。びっくりしたやんけ。もう村に来とったんかい!?」
「カッカッカッ、わしが一番じゃったぞ?」
「へえ!」
「それは凄いです!」
驚いた。
まさか竜騎科、魔法士科などを抑えて、ドムが一番で目的地へ辿り着いていたなんて。
「初日に、目的地へ一番近い場所に降ろしてもらったとか?」
「いいや」
イグナシオの問いにドムは首を振ると、ニヤリと笑って俺たちが五日間歩いてきた山の方を指差す。
「あの山にはわしの良く知るドワーフが掘った坑道があってな。その中をずっと進んできたんじゃよ。魔物もおらんし、二年生もその道を知らん。楽勝じゃったわい」
「何やそれ!? 反則やんか!」
「カッカッカッ、訓練の要項に坑道を通っちゃいかんという注意書きは無かったぞ?」
確かに。
別に山林の中の道を通って来いとは書かれていなかったしな。
「じゃあ、後はエイリーンちゃんとコールのあんちゃんやな。にしてもわいら普通科優秀やないか? 一等賞をドムのじいさんが貰った上に、目的地まで四組が到達したんやで! まあ、ついでにドべもおるんやけど……」
「チットだって失敗してるじゃないか! さっき君のバディの――ええっと、何と言ったか……?」
「ん……わいのバディか? ええっと……誰やったっかな? 思い出せんわ」
首を傾げるチット。
自分のバディの名前――後でジュード・ヴァン・ビアリーズという名前だと知った――すら覚えてやっていないのか……。
そういえば、俺も『あんちゃん』としか呼ばれていないんだけど、名前を忘れられているんじゃないだろうな?
「き、君は自分のバディの名前すら覚えていないのか……。ま、まあいい。とりあえずそのバディから話を聞いたぞ? 二年生に見つかった時、ほとんど無抵抗だったどころか、自分から染色玉に当たりに行ったらしいじゃないか」
「そら仕方がないやろ。言い訳させてぇな。だってな、何日も男と二人っきりで過ごしたんやで? そこに綺麗なお姉様方が来たら、ついフラフラ~って出て行ってしまうのは当たり前やん? 仕方が無いやん?」
「君は馬鹿か!?」
「いや、一応これでもここを目指そうと努力はしたんやで? でもなぁ、綺麗なお姉様方を見たら、わいの正直で純粋な心が我慢できんかったんや。それに、ちょっと気になる話もあってやな……」
「気になる話?」
チットのその単語に、俺とルナレシアは思わず顔を見合わせる。
まさか、俺たちの野営地を襲った魔法士たちの噂とか?
「何でもな? うちらの同期に、そらあもう物凄いべっぴんさんがおるらしいんや!」
期せずして俺とルナレシアはガックリと肩を落とす。
チットはこういう奴だった。
ルナレシアも苦笑を浮かべている。
「べっぴん?」
「そやで、イグナシオはん。そや! イグナシオはんは貴族やろ? その女の子の事、何か知らんか? わいのバディの何とかって奴から聞いた話なんやけど、マローネちゃんって言うらしいんや」
「マローネ? マローネ、マローネ……セレスニィ家のお嬢様がそんな名前だったような?」
「知っとんかい!?」
「い、いや面識は無いが、噂だけは……」
「何でも凄い美人さんらしいって聞いたんや。それに乳もこう、結構な大きさらしいんやと!」
「へえ」
「むぅ……」
チットの言葉のどこに反応したのか、あえて言わないが、俺の漏らした声を聞きつけたルナレシアがジト目で俺たちを見ていた。
「それでその子がどこにおるんかなぁと探しとるんやけど……」
ふむ。チットの話からして、それだけの美人なら目立ちそうなのだが、とりあえず見回してみたところそれらしい女の子の姿は無い。
もちろん、あくまでも話の流れに乗って探してみただけだから。
「まだ、ここへ到着しておらんのではないか? わしが一番最初にここに来てから、到着する者を見ておったが、それらしき娘っ子はおらんかったぞ?」
「ああ、どこにおるんや……わいのマローネちゃん。そや! イグナシオはん、顔はわかるんやろ!? ちょっと一緒に来てぇな!」
「あ、おい、チット……」
イグナシオの手を強引に引っ張ると、チットは行ってしまった。
三日目に脱落したらしいから、俺たちよりも一日半くらい早くここへ来ていたらしいけど、未踏の山林の道を歩いてたんだぞ?
疲れてないのだろうか?
「――お前さんは行かんでええんか?」
「…………バディは一緒に行動しなくちゃならないらしいんで」
袖が掴まれているのを感じながら、俺はドムにそう答えた。




