秘密の告白と、王家の血と
夜襲を退けた俺たちは休息を取ると、夜明けとともに歩き始めた。
そして俺は道を歩きながら、ルナレシアへと全てを話した。
二年後に、国王陛下が病で崩御。
その後、玉座をアデリシア王女が王位を継ぐと、国政は女王の後ろ盾となったライエル侯爵が壟断。ライエル候の息子アリアバートを女王の王配にしたことをきっかけにして、不満を抱えていた軍閥系貴族が各地で決起。国内は乱れ、およそ十八年にも及ぶ国難の時代が訪れた。
そして今より二十二年後――三十六歳の時、リヴェリア王国の国内の乱れに乗じて侵攻した諸外国によって王都リーリアは豪火に包まれて陥落した。
「――お父様が二年後に!?」
「病死だって発表されたけど、あの後の歴史の流れを見ていると、それだって本当かどうかわからないな」
「確かにお父様は病弱で、そのせいで私とお姉様しか子どもができませんでしたけど……。王都が陥落してから国民の皆さんは? この国はどうなったのでしょうか?」
「……わからない。俺もその戦いで命を落としているんだ。その時に、誰のものかわからない声が頭の中に響いて、気がついたら権能と言う力を手に入れて、今の俺というか、六歳の頃に転生していたんだ」
「誰のものかわからない声ですか?」
「ああ。神か、それとも悪魔かな……。俺は悪魔じゃないかって思ってるんだけどな。でも、例え相手が悪魔だろうとやり直す機会を与えてくれたのなら、その機会を逃す手は無い」
「…………」
「父さんに母さん、兄さん、姉さん、ロイス、バット、ノイエ、村の皆、それに俺の家族――皆、死んでしまった。絶対にあんな悲劇は繰り返させてなるものか!」
啜り泣く声が聞こえた。
「――ルナ」
俺の横を歩きながら、ルナがクシクシと腕で目に浮かべた涙を拭いていた。
「……ごめんなさい。何だか、イオの話を聞いていて、胸が痛くて……。自分でもよくわからないくらい……悲しくて……」
「…………」
「その時の私は……イオの力に、なれなかったのですね……」
「仕方ないさ。前世の俺はルナと出会ってないんだから。でもこの時代で俺はルナと知り合った。今度はルナを絶対に死なせたりしないさ。ルナも皆も死なせない。そのために俺は過去へ来たんだ」
「はい」
「クァアア」
俺の言葉にルナレシが頷くと、ティアも俺の肩で翼をわずかに拡げて力強く声を上げた。
「そう、ティアもな」
笑ってティアの喉をくすぐってやる。
「でも、良く俺の話を信じてくれたな? まるで物語のような荒唐無稽の話なのに」
「信じられますよ、私。イオの凄いところ、いっぱい、いっぱい見ましたから。ううん、それだけではありません。私はイオの事を、何があっても信じたいと思っていますから」
「そ、そうか」
ルナレシアにまっすぐに見つめられて、俺は目をそらすとポリポリと頭を掻いた。
こうも素直に好意的な信頼を寄せられると、少し照れくさいな。
「そうだ。そういえば、ルナの魔法って憑魔士の魔法だよね? あの青い鎧の魔法、どんな神霊と契約しているんだ?」
青と白を基調にした、金の縁取りと装飾が施されていた鎧。
見た目からも気品を感じられて、清楚な雰囲気を持つルナレシアにとても似合っていた。見た目だけじゃない。彼女の身体能力を飛躍的に強化していた事から、相当な力を持った存在を身体に受け容れたのだと思うのだけれど。
俺の問いにルナレシアは少し恥ずかしそうな顔をして答えた。
「実は私、修道院に預けられている間、魔法のお勉強はほとんどしていなくて……。契約できた神霊は、昨夜使ったあの一柱だけしかいないんです」
それは仕方がないだろう。
ルナレシアが預けられていた修道院は、世俗から距離を置いて神様への祈りを捧げながら、自給自足の共同生活を送る修行場のような所だ。
魔法の勉強をするような場所などではない。
「あの、イオはリヴェリア王家の者には、人外の血が混じっているという話をご存知でしょうか?」
「人外の血っていうか、それ初代王のせいだろ? 身元不明の流れ者だったらしいな。奇跡のような不思議な力を操る事ができたとか?」
国を興した初代王が奇跡の力を持っていたという話は、古い国の建国神話でよく聞く話だ。
リヴェリア王国に伝わる建国神話でもそうで、この国に住む者たちは寝物語によく聞かされる。
「『遠き地より訪れし、天と地の王従えし英雄王。民に請われて大地を拓き、嵐を鎮め、彼の地に永久楽土を建設せん』――だっけか? 見たこと無いけど、王宮の玉座の間の扉の上にそう文字が刻まれているんだろう?」
「はい。初代王様は神様か精霊か、とにかく人では無い存在だったと伝えられています。私と契約してくださった神霊はその初代王様なんです」
「へえ……だとすると、リヴェリアの初代王が神様のような人外だったという建国神話は本当だったんだな。ルナの魔法がその証拠になっている」
「そうですね。ですから代々私たちリヴェリア王家の者は、憑依の魔法のために神霊と契約する際、まず初代王様と契約します。初代王様の血を引く私たちの場合、他の神霊よりも簡単に契約を結ぶことができますから」
憑魔士の契約も召喚士の契約と同じで、喚び出した神霊に術者の力を認めさせなければならないからな。
力を認めさせる方法も召喚士と同じく、力を借りたい神霊と戦闘して勝利する事が条件の場合が多い。
それがリヴェリア王家初代王の場合、彼の血を引く者であれば、戦闘で力を認めさせる必要もなく契約を結べるのだそうだ。
「飛躍的な身体能力の上昇を招く力か。身を護る事を第一にしたい王族が使う魔法としては、最高の魔法だな。代々王家の者が契約するのなら、国王陛下やアデリシア殿下も?」
「はい。お姉様も私と同じ魔法が使えます」
俺の言葉にルナレシアは頷く。
「でも、その魔法を契約したすぐ後に、私は修道院に預けられてしまったので……。お姉様は他にも色々な神霊とも契約されていると思います」
まあ、ルナレシアは修道院に預けられる事になったので、身を護るために初代王と契約を結ばされたのだろうな。
「本当は私もお姉様みたいに、もっと他の神霊とも契約を結べた方が良いのでしょうけど……」
「どうかな。身体能力を伸ばす初代王の力、極めれば凄く有用な力だと思う。下手に別の神霊と契約するよりも、例えばルナ自身の剣技や体術を磨いて、初代王の力と組み合わせた方が、きっとルナを強くしてくれるんじゃないかな?」
「そうでしょうか?」
「ルナは王族なんだから、応援が駆けつけるまで、まず自分の身を護る事が最優先にしていればいい。敵を片付けるのは、臣下の者たちの役目だ。」
「でも、身を護るだけではイオと一緒に戦えません」
「そんな事は無いさ。敵の目標はルナの命を第一に狙って来るんだ。そこへルナが自分で身を護っていてくれれば、俺はその隙を突いて敵を撃破していく事ができる。それで俺の事を目障りに思った敵がルナを放置して、俺の排除から試みてくれたなら、今度はルナがちょっかいを掛けてやればどうだ? 凄く厄介じゃないか?」
「そう、ですね」
俺がほくそ笑んで見せると、少し考え込む様子を見せたルナも納得したように笑顔を見せた。
「私も、イオの力になれるように頑張ってみます」




