食うか食われるかと、遭遇戦と
『植物操作』の効果が切れると、敵の身体を刺し貫いていた竹が、ゆっくりと元の姿へと戻っていく。
しかしなんて言うか、蔓草を操っていた時は特に気にも留めなかったけれど、本来真っ直ぐ伸びていくはずの竹がグネグネと捻じ曲がって異常な成長をした上に、効果が切れた途端に縮んでいく様は、どこか不気味な光景だな。
竹の先端部分は血塗られているし……。
「こっちは終わった。主様」
「アルル、ありがとう。怪我は大丈夫か?」
「竹が鬱陶しかった」
耳を寝かして首を振るアルル。人で言うならうんざりしているといったところだろうか。
「認識票は……付けている訳ないか」
倒した敵の襟元を探って嘆息する。
リヴェリア王国軍の襟には、個人を判別するための金属製の認識票が縫い付けてある。
戦死しした際、遺体が原形を留めないほど損壊、またはすぐに遺体が回収できず、長年野ざらしになったとしても、認識票さえ無事ならば個人の識別を可能にするための物だ。
それが無いという事は、彼らが非公式の作戦に従事していた証拠となる。
それにしても『植物操作』による竹の操作は、かなり有用だな。
竹は先端を尖らせて槍として使えるだけあって、十分に殺傷力を持つ武器となる。またこの国では、大抵の地域で見られる植物なので、野外や森で使い勝手がいい。
『植物操作』で使いこなせば意外と厄介な権能となりそうだ。
カランという音がして見ると、ルナレシアが小剣を取り落とし、その場にうずくまるところだった。
「大丈夫か?」
「――は、はい」
返事は返ってきたが息も絶え絶えといった様子だ。
「主様、全員倒してしまったが……問題は無かったか?」
「いや、いいよ。ありがとう。無理をして怪我をする必要はないし」
「この者たちの目的や命令をした者を探らなくて良かったのか?」
「その事については手を打ってあるんだ。だからアルルは気にしなくてもいいよ。それよりも、ここにいると、火に巻かれてしまいそうだな」
好天続きだったせいか、辺りの枯れ枝や枯れ葉が勢いよく燃えている。
このまま放置して延焼させるわけにもいかないので、水場から『操水』を使って簡単に消火しておく。
「ルナ、移動するけど立てるか?」
「は、い……大丈夫です」
ルナレシアは頷くと立ち上がったが、体力の消耗が激しかったのか足下が危なっかしい。
「黒騎士、荷物を持ってやってくれ」
「私は一度戻って傷を癒やす。主様。また何かあれば喚んでくれ」
「わかった。アルル、すまない」
アルルが空間に溶け込むようにして姿を消す。
俺は荷物を全て黒騎士に預けると、ルナレシアへと歩み寄り――。
「あの、イオ、何を……?」
ヒョイッとルナレシアの身体を抱き上げた。
「え? あの? イオ?」
突然俺に抱き上げられてびっくりしたルナレシアが、顔を赤くしてもがくが無視して歩きだす。
「のんびりと歩いてはいられない。それに山での夜道を舐めるな。今のルナの足取りじゃあ、足を挫くか、崖か窪みにでも落ちかねない」
「で、でも……」
「俺が抱えて運んだ方がまだ安全なんだよ」
「……あの、その……重くないですか?」
「大剣と背嚢と、それに細々とした装備を持つ事に比べたら、ルナの方が余裕で軽いって」
どう言っても降ろしてもらえない。そして自身の体力が限界に近いことも悟ったのか、ルナレシアが大人しくなる。
顔だけを動かしてルナレシアは、アルルに倒された敵の男たちを悲しげに見ていた。
「……あの人たちもきっと、誰かに命令されて私を殺しに来たのでしょうね……」
「……だろうな」
「命令が無かったら、こんなところで……死ぬ必要なんて無かったはずなのに……」
「だからと言って、俺たちが殺される理由も無いからな。それにあいつらは認識票を付けていなかった。真っ当な命令じゃない、後ろ暗い任務だという事を知っていたはずなんだ。それでもその命令に従った以上は、俺たちに返り討ちにされる事も覚悟の上だろう」
「……はい」
「食うか食われるかなんだよ、こういうのは。覚えておくといい」
しばらくの沈黙の後で、ルナレシアが口を開く。
「…………イオは、どうしてそんなにも――」
「慣れているって言いたいのか?」
言っている途中でためらいを見せ、言葉を途中で濁して最後まで言わなかったルナレシア。でも、その言葉を継いだ俺に、彼女は驚いたような顔をすると、今度は寂しそうな目をして俺の腕をギュッと握った。
「――私がイオのバディでも、話しては貰えないのでしょうか? 私がまだ、子どもだから……」
「いや……、ちゃんと話さなくちゃとは思ってはいたんだ」
「え?」
俺が素直に話すとは思っていなかったのか、少し意表を突かれた顔をするルナレシア。
俺は一つ大きく息を吸って吐くと、ゆっくりとルナレシアを降ろす。
「黒騎士、ありがとう。ここまででいいよ」
荷物を置いた黒騎士は、一礼するとスーッと俺の影の中へと潜るようにして消えていった。
最初に野営していた場所からは、随分と離れたところまで歩いてきていた。
俺はその場にどっかりと腰を落とすと、こちらを無言で見ているルナレシアに軽く笑う。
「でも、話をするのは明日にしよう。今日は俺も疲れてるんだ」
「……でも」
「大丈夫、ちゃんと誤魔化さずに話すさ。ルナが先に寝てくれ。ルナが起きたら俺ももう一度寝るよ。明日は出発を遅くしよう。先輩たちの動向も気になるけれど、疲れ果てた今の俺たちじゃ、先輩たちからも逃げ切れないし、そもそもろくに歩くこともできない。というか、俺が歩きたくない」
「うう……わかりました。でも、絶対ですからね? 明日、絶対の絶対に、イオの事、話してくださいね?」
「ああ、どうせ歩いている間暇なんだから、会話の種にも丁度いいさ」
その言葉にようやく納得して、ルナレシアが横になる。
そしてやはり疲労困憊だったのか、すぐに安らかな寝息を立てていた。
そんなルナレシアを見守りながら、俺は夜空へ目を向ける。
さて、ひとまずこの訓練中での夜襲の危機は去ったと見ても良いのだろうか?
どう取り繕おうともこの国の王女を暗殺するという後ろ暗い任務に、複数の兵士を動かす訳にはいかないと考えているのだが。
だが、非公式とはいえ部隊を動かした以上は、必ずその痕跡を残したはずだ。後は訓練を終えた後で、その痕跡を辿っていってやる。
でも、その前に少し腹ごなしをしておくかな。権能を使って消耗した体力を回復するために。
俺は焚き火の中へ缶詰を放り込んだ。
◇◆◇◆◇
「イオ! 後ろから先輩が来てます!」
「くっ」
灌木をかき分けて走っていた俺は、咄嗟にほぼ九十度の角度で進路を変える。
パシャッという音が少し後ろの方でして、
「ああ、もう! 外れた!」
誰かの悔しがる声が聞こえてきた。
三日目の昼を少し前にした時間、俺たちはついに先輩たちに遭遇した。
広大な山林の中で、どうやって先輩たちが俺たち一年生を探し出しているのか、不思議に思うかも知れないが、実はそう難しい話ではない。
俺たち一年生も、先輩たちも、獣道を歩いているからだ。
人の手の入っていない山林では、獣が作った道でも無いと俺たち人は歩くのも難しい。
生い茂った下草で道の窪みや穴、時には崖などが隠されていて、獣道以外の場所を歩くのは危険。
それに大人食い蟻程では無いが、毒蛇や地面に巣を作る蜂、蟻などの危険な生物が隠れている事だってある。
というわけで獣道を歩かざるを得ず、双方どうしたってかち合うようになるのだ。
遭遇した一年生と二年生は、それぞれ八個ずつ渡された染色玉を投げ合うのだが、これがなかなか当てるのが難しい。
ボールを投げて遊んだ時の事を思い出して欲しい。
十メートルから二十メートル程度の距離で、的のど真ん中にボールを当てる事はできるだろうか?
それも走りながら、同じように動き回っている相手に――。
はっきり言って、標的に当てるには不意討ちを決めるか、あるいはバディで協力しあって相手を追い詰め、至近距離から投げて当てるしか無い。
俺への投球が失敗した先輩たちは、ルナレシアを追い詰めることに決めたようだ。
小柄なルナレシアは的が小さく俺よりも当てづらいが、体力に劣る。
見ていると、一人がルナレシアの背中を追い回して、もう一人の先輩が回り込む作戦のようだ。
必死になって逃げるルナレシアは、俺のいる方向とは逆の方へ走って行く。
当然、その背を追って行く先輩と、その前に回り込もうとしている先輩の視界から、俺の姿は消える。
よし、今だ!
「イオニスの名において命ずる。我が身を彼方へ――『転移』!」
転移距離の範囲は十分。
瞬時に転移した俺は、待ち伏せようとしていた先輩の背後一メートル以内に出現。
「おい、後ろだ!」
「え!?」
「そいっ!」
パシャッ!
俺の投げた染色玉が先輩の背中で弾ける。
「やった! やりました! イオ!」
「よっしゃ!」
ルナレシアの喜びが弾ける声。
予めルナレシアと打ち合わせておいた、彼女が囮となって先輩たちの注意を引いたところで、俺が『転移』で瞬間転移。背後から染色玉をぶつける作戦だ。
見事に大成功!
「よーし、ルナ。相手は一人だ。追い込むぞ」
「はい!」
「うっ……」
相方を討ち取られて足を止めた先輩を、今度は俺たちがジリジリと追い詰めていく。
二対一となってしまえば、もうほぼ勝利は確定だろう。
追い回される側から、今度は追い詰める側へとなった俺たちは互いに笑みを交わす。
それにしてもこの訓練。
山中を移動するのは苦しくて辛いが、先輩との遭遇戦は案外楽しい。
基本は先輩たちが俺たちを追い回すのだが、一年生の俺たちにも反撃できる機会が与えられている。
ボールのぶつけ合いは遊びのようで楽しい。
案外この訓練の目的の一つには、普段訓練ばかりの日々を送る俺たちの、気分転換も兼ねているのかもしれない。
「イオ、そっちに行きました!」
「おう、任せろ!」
先程までとは打って変わって、必死の形相で逃げ回る先輩を、ルナレシアが活き活きとした表情で追いかける。
俺はその表情に内心でホッとしていた。
先輩方と遭遇する前、俺はルナレシアが前世で死んでいた事を伝えていたのだから――。




