王女の魔法と、戦場での心構えと
ルナレシアの全身に光が纏わりつくと、やがて収束。光が消えた彼女の身体は、青と白を基調に、縁取りと装飾に金が使われた鎧を身につけていた。
ルナレシアの魔法の詠唱は憑魔士のものだったが、あの鎧はどんな存在から力を借りたものだろう?
憑魔士といえば、以前俺が普通科の屋上で出会った黒覆面の男がそうだったが、あの男は地の上位精霊の力を憑依させて、無骨な岩の塊をくっつけたような鎧を己の身体に具現化させていた。
あの時の地の上位精霊が創りだした鎧よりも、今のルナレシアの鎧のほうが力を感じさせる。彼女の契約している存在が、黒覆面の男が契約していた地の上位精霊よりも高位の存在なのだろう。
一体どんな存在と契約しているのか後で聞いてみたい。
高位存在の力をその身に受け容れたルナレシアの動きは、圧巻の一言だった。
変幻自在に動き縛り上げようとしてくる蔓草をすり抜けて、小剣で切断する。
その動きがとんでもなく速いのだ。
どうやらルナレシアの魔法は、敏捷性を特に伸ばす事ができるらしいな。
ルナレシアの戦いの様子ばかり観察してはいられない。
俺の方にも敵が押し寄せてくる。
背後から斬り掛かってきた敵の刃を一歩、二歩と躱した後に呼吸を合わせて蹴りを入れる。
腹部を蹴られてよろめき、後ろへ下がったところに大剣で相手の肩口から腰まで切り裂く。そして力任せに大剣を振って、絶命した敵の身体から刃を抜き取ると。
ガチンッ!
横合いから振り下ろされた片手斧を、大剣の腹で受け止めた。
残念だったな!
レイピアやルナレシアの小剣の剣身なら、叩き折られただろうけど、分厚い両手剣の剣身は斧の刃をガッチリと受け止めていた。
俺は力いっぱい刃を押し返し、今度は俺が大剣を振り降ろした。
大剣の刃は、片手斧の木製の柄をへし折り、そのまま敵の身体を斬り裂いた。
「きゃ……」
「ルナ!?」
ルナレシアの悲鳴が聞こえたのはその時だった。
振り向くと、ルナレシアの前には小剣で肩を貫かれたらしい敵の姿。
ルナレシアの持つ小剣の刃が、血に濡れている。
なら、今の悲鳴は?
ルナレシア自身に怪我は無さそうだが?
「あ、あ、ああ……」
ルナレシアは愕然とした様子で目を見開き、小剣をきつく握り締めてガクガクと小刻みに震えている。
「イオニスの名において命ずる。我が敵を貫け――『光槍』!」
俺の手から放たれた光槍が、ルナレシアの前の敵を吹き飛ばした。
「ルナ! 大丈夫か!?」
「――イオ……、イオ……私、剣で……夢中で、突き出しただけで……私――」
「ああ、わかってる。それでいい。それでいいんだ。身を護るために戦う事は悪いことじゃない」
そうだった。
ルナレシアはこれが初めての実戦。
人を傷つけた事も初めてのはず。
直接殺意を向けられた事も初めてなのではないか?
馬車が襲われた時は、崖からの転落直後に気絶していた。
その後も追跡を受けて俺が敵を二名拘束したが、結局ルナレシアは直接敵と相対していない。
片手でルナレシアを引き寄せる。
ルナレシアの細い肩は小さく震えていた。
俺だって初陣の時は怖かった――いや、俺の時は戦っている最中は、何が何やらわからず、ただ無我夢中で剣を振り回していたな。
戦闘が終わって、敵が退いて、初めて人を殺したことに気づいて、その日は飯も水も喉を通らず、一晩中げぇげぇ吐き戻していた覚えがある。
でも次の日の戦では、飯も食べられるようになっていた。
人の死に慣れた事、感覚が麻痺したこともあるだろう。
でも、俺が戦場に慣れた第一の理由は、『殺さなければ自分が、味方が殺される』という理由に納得できた事だと思う。
今は人を初めて傷つけた事に怯えているルナレシアだけど、戦う理由を心で納得できるようになればまた戦えるようになるだろう。
ただ、その心の整理が付けられる時間を敵が与えてくれそうにない。
片手剣を持った敵が一人、片手斧を持った敵が三人。ジリジリと包囲を縮めて来る。
ただ、敵が近づいてきてくれているおかげで、巻き込む事を恐れてか、魔法攻撃が止んでいた。
また最初の炎の攻撃が森の木々に飛び火して、周囲が明るく照らされ、敵の姿が俺たちからもよく見えるようになっていた。
「イオニスの名において命ずる。大地を駆ける獣の王よ、我が前に顕現せよ――『召魔狼』!」
続けて、
「イオニスの名において命ずる。影より出でよ――『『影騎士召喚』!」
俺の影がズズズッと膨れ上がり、槍を持った黒い影の騎士が姿を結ぶ。
「え? え? え?」
「俺の魔法だ。大丈夫」
恐怖よりも混乱が勝ったのか、困惑した声を漏らしたルナレシアに声を掛ける。
巨躯を誇る黒狼と、漆黒の騎士の姿に、包囲網を縮めていた敵が怯んだ。
「――主様」
「アルル、森の中にいる敵を排除してくれ。黒騎士はルナレシアを守れ」
アルルが低く唸ると走り出す。最前列にいた四人の敵の頭を軽々飛び越すと、一人を足で引きずり倒す。
「ぐわあ!」
悲鳴が森の中に響き、最前列にいた四人の敵のうち三人までもが釣られて後ろへ振り向いた。
「バカ! 目を離すな!」
剣を持った敵だけが、俺の方を見て仲間へ叫ぶ。
あいつはまだ冷静さを保っている。
黒騎士が隙を見せた敵に槍を繰り出すのを見て、俺は剣を持ち、一人平静を保っていた剣を持つ敵へ走る。
「むう!?」
俺の持つ大剣を剣で受けようと身構えたところへ、
「『竜牙裂』!」
バグンッと見えない顎が敵の上半身を食い千切り、消失させる。
残された下半身から血が噴水のように噴き上がる。
その横をすり抜けて走る俺が目指しているのは、炎を使っていた魔法士だ。
俺が正面から走ってくるのを見て、魔法士が魔法の詠唱を開始。
手の中で炎の球が形成されている。
「――イオニスの名において命ずる」
俺も走りながら詠唱開始。
「灼熱の炎よ、業火となりて、我が敵を滅ぼせ!」
「『耐熱』!」
ボウッと俺の身体を炎が包み込むが、熱さをまるで感じない。
「何だと!?」
炎を纏わり付かせたまま、驚愕の声を上げる魔法士へ大剣を振り下ろす。
慌てて魔法士も剣で受けようとするが予想できなかった攻撃だったうえに、両手剣という重量武器を片手剣で受け止められようはずもない。
「ぐあああ」
受け止めようとした剣ごと押し込まれ、俺の刃は魔法士の肩口から胸までを深く斬り裂いた。
致命傷だろう。
ふう、と一息をつこうとした時。
「イオ、危ない!」
ルナレシアの声。
パッと振り向くと、俺に音もなく伸びてきていたのは複数の竹の先端だった。
大剣で受け止めようとしたが、魔法士の死骸が大剣の障害となっていて間に合わない!
俺が竹に貫かれる痛みに備えようと身体を強張らせた時、サッと疾風のような速さで俺と竹の間に割り込んだ者がいた。
ルナレシアだ。
俺の身体を貫こうとしていた竹を的確に切り払い、地面や明後日の方角へ竹を撃ち落とす。
もう心を整理して、立ち直ったのか。
「助かった。ルナ、もう大丈夫なのか?」
「――まだ、少し怖いですけれど、イオが傷つくところ、見たくありませんでした……」
そうか。
どんな理由でも良い。
戦える理由さえ見つけることができたなら、戦場で戦える。
怯える事は無くなる。
ルナレシアはもう大丈夫だ。
ザザッという音を立てて、再び竹が俺たちに向かって伸びてくる。
竹は先端を尖らせれば槍としても使用できる程、丈夫な植物だ。
それが四方八方から迫ってくるが――。
「ふんっ!」
「やあっ!」
大剣の一閃で切り払い、俺の後ろから伸びた竹はルナレシアが打ち払う。
次々と伸びてくる竹は、他の敵と戦っているアルルと黒騎士をも襲っていて、巨体のアルルなど避けきれずに少し血を流していた。
しかし、敵ながらこの竹の使い方は勉強になる。
植物を操る魔法を研究し続けた魔法士なのだろう。
敵ながら良い使い手だ。
だけど、このまま攻撃を受け続けたなら、こちらの体力が尽きるのが先か魔法士の体力が尽きるのが先かの消耗戦になる。
俺はともかく、ルナレシアの体力が持つかどうかわからない。
ルナレシアの魔法は敏捷力を極度に上昇させる魔法のようだから、魔法を維持する体力はもちろんの事、身体の筋肉や腱に掛かる負担も相当なはず。
現に竹を切り払うルナレシアはもう肩で息をしていた。
どうにかして権能を使う隙を作らないと!
でも、どうする!?
その時。
「ティア! お願い!」
ルナレシアが叫んだ。
木々の合間を縫うようにして影が竹を操っている魔法士に向かって飛んでいく。
ルナレシアの相棒、飛竜の仔ティアは魔法士の顔に向かって飛び掛かった。
「うわっ、何だっ、この、あっちに行け!」
魔法の維持を乱されて、竹の成長が止まる。
今だ!
植物を操れるのが、あんただけだと思うなよ!?
「イオニスの名において命ずる。緑の子らよ、我が意思に従え――『植物操作』!」
魔法士の集中が途切れた隙に俺の権能が発動。魔法士の魔法を上書きする。
俺たちに向けて伸びていた竹が一斉に向きを変えると、敵に向かって伸びて行きその身体を刺し貫いていった。




