先輩方と、脱落と
◇◆イグナシオ◆◇
「赤い煙幕弾? 若様!」
「言われなくても見えているよ、イグナシオ君」
そう答えたのは僕イグナシオ・ヴァン・カーマイン家、本家の後継ぎ様――ドゥーリアス・ヴァン・レイ・カーマイン。
つまり僕のいとこだ。
ちょうど木々がポッカリと拓けた場所へ差し掛かっていた僕たちは、そのおかげでモクモクと立ち昇る煙幕弾に気が付く事ができた。
煙幕の上がった場所は、僕たちのいる山の中腹部分からまだ大分下の方だった。
あの場所に魔物と、訓練開始から経過した時間からして一年生だろう誰かがいる。
「マズイな。あの煙を二年生が見ていたなら、確実にこちらの方へ集まってくるぞ!? 全く……迷惑な話だな。他の者たちの事も考えられないのか」
「魔物が出たのですから、煙幕弾を使ったのも仕方がないのでは?」
「おいおい、イグナシオ君。私たちはリヴェリア王国軍の士官候補生だぞ? 魔物の一匹や二匹、倒してしまわなくてどうするんだい?」
「それは、そうなんですが……」
一匹や二匹じゃないかも知れないじゃないか。
それに少人数では敵わない強力な魔物とか――いや、魔物の強さと大きさはだいたい等しくなるものだから、ここから魔物らしき姿が見えないのならそれはないか。
「――でも、若様。これはチャンスではないでしょうか?」
「どういう事だ?」
「魔物に遭遇した奴らには同情しますが、二年生の目は彼らに向かうででしょう。その隙に僕たちは二年生の索敵の網目を潜り抜けるチャンスです」
「なるほど。確かにその通りだ」
「はい。ですから、急いでこの場所を離れたほうがいい」
それに僕が急いでこの場所を離れたい理由は別にある。
僕たちは煙幕弾が打ち上げられた場所よりも、標高の高い位置にいた。
そしてちょうど見晴らしの良い場所に立っていたので、煙幕が立ち昇る瞬間を見ることができたのである。
だがそれは逆に、煙幕に気が付いた二年生が僕たちの姿を見ていた可能性もあった。
もし見られていたなら、今頃はこちらに向かっている二年生がいるはずである。
「よし、そういう事であれば行こうではないかイグナシオ君。私たちは必ず一位でゴールしなくてはならないのだからな」
その意見には同感だ。
何事においても一位を取るに越したことはない。
特に魔法士科に進むことができず、普通科へ入学した僕は、魔法以外のもので他者に負ける訳にはいかない。
ただ――。
「私は必ずこの訓練に一位でゴールする必要がある。一位を取って、あの麗しの君にしっかりと私の事を覚えて頂かなければならないのだから」
これだ。
どうやら我がカーマイン本家の若様は、片想いの真っ最中の様子なのだ。
この山岳踏破訓練で好成績を収めて、意中の女性に告白したいのだそうだ。
全く、チットといい若様といい、士官学校へ何しに来ているのだか……。
「若様。別に訓練で一位を取る取らない関係無く、告白したらいいじゃないですか?」
正直言って、訓練にそういった私情を持ち込まないで欲しいものだ。
「ハハハ、違うんだよイグナシオ君。告白するにはまだ早すぎる。あの方は大変清らかでお美しいお方だが、まだ咲きかけの蕾なのだから」
「はあ、若様の意中のお方は一体どなた様なのでしょう?」
「もちろんルナレシア・レイフォルト・ヴァン・リヴェリア様。我が国の王女殿下の事さ」
「はあ!? 姫様? 若様! 姫様はまだ十一歳ですよ!?」
まさか、わがカーマイン本家の若様は幼女趣味なのでは!?
そんな不名誉な疑惑に僕が打ち震えていると、
「だからまだ早すぎると言っただろう? でもね考えてもみたまえ。王女殿下が士官学校をご卒業あそばされた時には十六歳」
「はあ」
「今の王家には男子はおらず、その血筋を残すために男子の婿を探さなければならないだろう? それも優秀な婿を、だ。そして士官学校には同世代の貴族、騎士の優秀な子弟が集まっている。その中から王女殿下が伴侶を求められても決して不思議な話ではないか」
「まさか若様は、王女殿下の伴侶という立場を――」
「そう考えているのは私だけでは無い。この学校へ通う貴族の男子の中にも、同じ考えを持つ者も多いはずだ。中には家からの命令を受けている者もいるだろう。王家との婚姻は家の隆盛へと直接結びつくからな。我がカーマイン家といえど、それは同じ事。それに今は幼くともあれだけの器量良しなのだ。将来性を考えても悪くはあるまい? だからこそ私が彼女にアピールするためには、私が周りの者よりも優れているということを証明しなければならないのだよ!」
「ああ、だったら、ごっめーん!」
その声が聞こえた瞬間――。
パシャッという音とともに、若様の顔がピンク色に染まった。
「な、な、な、何だ、コレは!」
「ざーんねんだったねぇ! その計画はここまでになっちゃった。はい、はーい! いっちねんせいのおっとこの子ぉ、ふったりはっけーん! と同時にひっとり撃破ぁ! ねえねえ、あったし偉い? しーちゃん、あたし偉い?」
「はいはい、偉い偉い。ほら、気を抜かずにもう一人もとっとと仕留めるぞ」
「はい、はーい」
俺たちの前に立っていたのは、細目が特徴で身体の線が細い男。そして妙にテンションの高い長い杖を持った小柄な女。
二年生だ。左右は切り立った崖と急峻な斜面だ。
どうやって僕たちに気付かれる事無く染色玉を投げたのだ?
「こ、この液体、ネバネバするっ」
「ああ、それ? 染色玉だよ」
「さらっとした液体だと、水辺でぶつけ合った時に落ちるからな。できるだけ粘性を持たせて、落ちにくくしてあるそうだぞ」
「おっとこの子には、ちょっとだけ好評らしいよ?」
どういう理由で好評なのかはあまり知りたくない。
「とりあえずそっちの子は戦死な。残るはそっちのちっこい奴だ」
「なあに? 結構かっわいい子じゃない」
ベルトに結わえていた小袋から染色玉を取り出して、左手に剣を握る。
ルールでは、身体に染色玉が当たらなければ良いのだ。
剣で打ち落としてしまえば問題ない。
「何で剣なの?」
「その子の徽章、あの護衛と同じ普通科のものだからな。魔法が得意じゃないのだろう」
「あ、なっるほど。それで剣なのね」
軽口を叩きつつ、ジリジリと僕を追い詰めてくる先輩。
クソッ、状況はとてつもなく不利だ。
「諦めろ。道の片側は切り立った崖。上も急勾配の斜面。左右に逃げ場は無く、魔法も使えず二対一のこの状況。逃げても背後からの染色玉は防げず、正面突破も難しい」
「今降参してくれるならぁ、ピンクの液体でネッバネバのグッチョグチョだけは勘弁してあげるわよ?」
「さて、どうする? 君次第だよ?」
クソッ。
せめて二対二だったら……。
「い、イグナシオくぅん」
情けない声を出さないで下さいよ、若様。
どうしようもない。
僕は両手を挙げると、染色玉の入った小袋を地面に落とした。
◇◆◇◆◇
横手の方にある山の上方辺りから、青い煙幕が立ち昇るのが見えた。
「イオ、あそこに煙幕弾が」
「うん」
脱落者第一号になるのか?
多分、俺たちの打ち上げた魔物発見の煙幕を見つけた二年生が、こちらへとやって来て、たまたま近くにいた一年生の誰かを捕捉して撃破したんだろうなあ。
スマンね。
「もしかして、私たちのせいでしょうか?」
心の中で軽い謝罪した俺と違って、ルナレシアは何だかションボリしてる。
罪悪感を覚えてるのかな? いい子だね。
でも、大人食い蟻は分巣をするので、この森の中にはまだ幾つか巣がありそう。早めに駆除しておかないと、人里にまで被害を及ぼす危険な魔物だ。
「魔物の巣を発見した場合、煙幕弾を打ち上げて報告するのは義務だから仕方がないさ。放置してしまって、被害が拡大する方が厄介だろ?」
「……はい」
取り敢えず大人食い蟻は、一つの巣の近くに別の巣がある事は無いので、俺たちがすぐに別の大人食い蟻に出くわすことは無い。
大人食い蟻よりも今は、俺たちが打ち上げた煙幕を見てこちらを目指しているであろう二年生たちの事だ。
俺の予想よりも二年生の移動が早い。
まだ二日目の二時くらいだぞ?
二年生との接触は、俺の予想では早くても今日の夕方、おそらくは明日くらいだろうと踏んでいたのに。
暗闇の山道と夜行性の肉食獣、魔物と遭遇するという危険を顧みず、夜間を強行軍で来たのだろうか?
二年生の中でもトップクラスに優秀な人間なのだろうな、きっと。
でも俺たちが魔物発見の煙幕を上げたせいで脱落した一年生バディには悪いけど、おかげでその優秀な二年生の居場所がわかった上に、足止めまでしてくれているからな。
上級生か正規の竜騎士が脱落した一年生を回収するまで、捕らえた二年生はその場を動けないのはラッキーだ。
それに俺の予想では、今夜あたりにひと騒動があると思っている。今のうちにできるだけ距離を離しておきたいところだ。




