表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/72

最初の目標と、新たな出会いと

 俺の祖国リヴェリア王国は、十数年にも及ぶ内乱と諸外国の介入で王都は豪火に包まれて陥落した。

 俺が三十六歳の時の事だ。

 俺も王都が陥落した際に死んでしまったため、王都陥落後にそのまま国が滅びたのかまではわからない。

 ただ、あの状況から持ち直すことは難しかっただろうと思う。

 俺は最悪の未来を回避するために、何者かから権能という力を貰って三十年の時を遡り転生することになったのだ。


 リヴェリア王国が滅亡の道を歩み始めたのはいつからか。

 この先、リヴェリア王国に起きる大きな事件。

 まずは俺が十六歳の時の事だ。

 今はまだ存命中の先王グラム陛下が、病に倒れて崩御。半年後にアデリシア姫が女王として即位された。

 確か俺より二つ歳下という話を聞いたことがあるので、十四歳で即位したことになる。


 まだ歳若い女王陛下に政治を行えるはずもなく、実権は宰相だったライエル侯爵が握っていた。

 そして女王陛下即位から二年後、ライエル侯は自分の息子アリアバートとアデリシア女王陛下の婚約を発表。この事が契機となって、女王即位前よりライエル侯の専横ぶりを苦々しく思っていた反ライエル侯の貴族が各地で反乱を起こした。

 そして十数年にも及ぶ泥沼の内戦が始まったのだ。


 ちなみに貧しい田舎の農家の次男坊だった俺が徴兵されたのもこの頃の事だ。

 十八歳でライエル侯の派閥が率いる王国軍へと入ったのである。

 初陣はひたすら怖かった事しか覚えていない。

 人を殺した事はおろか剣や槍を握った事も無いただの農民が、いきなり戦場に放り出されて冷静でいられるわけがない。

 何が何やらわからんうちに初陣は終わってしまった。

 怪我もしていた気もするけど、いつ怪我したのかすら覚えていなかった。

 味方陣地に帰ってから毛布に包まったところで恐怖が蘇り、その晩は一睡もできなかった事を覚えている。 


 でも初陣から死ぬまでの十八年間、結局一度も除隊すること無く兵士として働き続けたのだから、人生の半分をライエル候率いる王国軍に捧げた事となる。

 開戦からおよそ五年間はライエル候の率いる正規軍が優勢で、俺自身もこの時期に当時の上官の娘を嫁に貰い、子どもが生まれるなど幸せな生活を送っていた。


 転機が訪れたのは内乱の始まりから六年目の事。

 リヴェリアの内乱に、同盟を結んでいた諸外国が連合軍と称して介入。

 治安の回復と維持と称して進駐してきた連合軍は、正規軍とともに反乱軍を次々と蹴散らしていった。

 しかし同盟軍として味方だったのは最初の数年だけ。

 反乱軍の討伐後、占拠した幾つかの都市から撤退しない連合軍へ王国側が抗議を申し入れると、連合軍はライエル侯の圧政からリヴェリア王国を解放しなければならないとして宣戦を布告。反乱軍と結びついて王都へ進軍を開始。長年に渡る内乱で疲弊していた正規軍は各地で惨敗を喫した。


 俺はある意味、強い幸運の下に生まれた兵士だった。

 内乱の始まりから国が滅亡するまでの十八年間、激動の時代を生き延びることができたのだから。

 ただ、様々な戦線を転戦させられていた俺は、愛する者たちの死に目に会うことが出来なかった。

 故郷が焼かれたと人伝に聞いた俺は、軍に入って初めて休暇届を出して故郷に向かった。

 当時の俺はもう随分と古株の兵士だったので、休暇の申請は上官が簡単に通してくれた。

 前線からの長い旅路の果てに辿り着いた懐かしの故郷。あの日に見た、焼け落ちた村の光景は決して忘れられない。


 炭化した家の柱。

 畑の跡に積もった作物の灰から、無造作に生えた雑草。

 ところどころに散らばる家畜の骨。

 地面や石には火事があった事を示す煤が残されていた。

 村の外れに行けば、被害調査に来た軍の者たちがこしらえてくれたのだろう。手頃な大きさの石や杭で作られた墓が幾つもあった。


 どれが両親の墓で、兄姉の墓で、妻子の墓なのかもわからない。

 俺はその場に崩折れると、人目もはばからず大声で泣いていた。

 一昼夜は確実に、呆然とその場で過ごしたことは覚えている。

 その後、所属する部隊に戻った俺は、二度と故郷の土を踏まなかった……。



 ◇◆◇◆◇



 気がつけば頬を熱い雫が流れ落ちていた。

 いかん、いかん。

 子どもに戻ってから涙腺が本当に緩くなってしまった。

 俺はそんな未来を変えるために、過去へと転生し魔法のような力を得たのだ。

 絶対にあんな未来を迎えたりしてたまるものか!

 俺は寝床の中で、隣で眠っている姉の温もりを感じながら心に誓った。


 体力作りを続けつつ、現実的に未来を変えるためにどうすればいいのかを考えていた。

 しかし、どれほどの力を得たところで俺の身分は農夫の倅である。

 何をどうしたら未来が変わるのかわからない。

 前世と同じように歴史が進んでいくのなら、俺が十六歳になった時に国王陛下が亡くなられて、新女王が誕生する。新女王の後ろ盾だった宰相が権勢を握り、それを嫌った者たちが反乱を起こすはずだ。

 その反乱を起こしたタイミングで、俺は徴兵されて軍に入隊したのだ。


 このまま何事も起こらずに暮らしていけば、十八の歳にまた徴兵されることになるのだろう。

 その時は前世での豊富な経験のおかげで、初陣も冷静にこなせるだろう。

 権能だってあるから、生き延びるのは前世より難しくないかもしれない。

 でも、それは前世に比べて俺に余裕ができるだけで、歴史が変わるわけじゃない。

 何もしなければまたきっと故郷が蹂躙される日がやって来る。


 予めそのタイミングで休暇を取って帰省しておけば、故郷が焼け落ちるのだけは防げるかもしれない。

 しかし、村一つ焼け落ちるのを防いだところでどうなるというのか。

 結局は押し寄せる圧倒的多数の連合軍の前に、分裂してしまった国が滅ぶのを止められないと思う。

 たった一人の力で、侵攻してくる全ての敵を排除することなどできるわけがない。

 学の無い俺にだって、十八年にも及ぶ軍人生活でその程度の事はわかるんだ。

 ん?

 学……学校か。


 十八年間、軍隊にいた俺は結局下士官止まりだった。

 部隊を動かし戦局すらも左右できる士官となるには、王都にある士官学校を卒業しなければ不可能に近い。

 士官学校を出て軍の中で地位を上げることができたなら、戦争へと転がっていくこのリヴェリア王国を救う方法も見つかるのではないか。

 少なくとも田舎の農夫の小倅よりも、士官学校を卒業して軍の士官身分を手に入れたほうが、これから訪れる様々な難事に備えることができるはずだ。

 ただ問題は――。


「お姉ちゃん。僕、学校に行ってみたいんだけど……」

「学校? イオ、それは難しいんじゃないかな」


 俺がそう打ち明けてみると、繕い物をしていた三つ歳上の姉ササラは、針仕事の手を止めて困った顔をして俺を見た。


「学校は町に行かないといけないのよ。それにとってもお金が掛かるの。残念だけど、うちにはそんなお金なんて無いと思う」


 そうだよね。

 俺にだってわかってる。

 士官学校に限らず学校と呼ばれる場所へ行くためには、まとまった金が必要だ。

 だから学校に通える者は貴族と騎士、そして一握りの裕福な家庭に生まれた子供だけなのである。

 一般庶民の子どもたちは、七歳か八歳になれば親の仕事を手伝い始めるか、町の商家に奉公に出されるか、集団就職で農場や工房、鉱山で働く者が多い。


 俺が黙って考え込んでいると、学校に行くことができないと知ってしょげていると思ったのか、姉は優しく俺の頭を撫でてくれた。


「ごめんね、イオ。せっかくイオにもやりたいことが見つかったのかもしれないのにね」


 そう言って慰めてくれる。

 前世でもそうだったけど、ササラは弟思いの優しい姉だった。

 女っぽい顔立ちのせいで、村の子どもたちからバカにされ仲間外れにされて泣いていると、いつもこうやって慰めてくれた。

 姉には心配しなくても、士官学校に入るためのまとまった金を用意する方法はあると告げたかった。

 権能を使えば金を準備することはできそうなのだ。

 けれども、権能の事を姉にも打ち明けるつもりはなかった。

 姉に秘密を抱えていることが少しだけ心苦しかった。


「イオ、みんなからいじめられていない? お友だちはできた?」

「……友だちは……でも、いじめられてもいないよ」

「そう……、本当に? 嘘はついていない? もしもいじめられているのなら、お姉ちゃんが言ってあげるよ」

「大丈夫だってば」


 前世でもぼっちだった俺の事を心配したササラは、俺をいじめた村の子どもらを捕まえては制裁を加えていた。

 一桁くらいの子どもの頃だと、男だろうと女だろうと関係なく、体格に勝る年長者が絶対的な力を持つ。

 ただ、問題なのは姉に庇われた事が、更なるいじめの引き金になっていた事だな。現世では仲間外れにされている方が都合がいいので別に問題ない。だから今日も俺はぼっちで村外れの山の中へと入っては、権能の使い方を検証し、山を歩いて体力作りに励む。



  ◇◆◇◆◇



 その日もいつものように山に登って体力作りをしていた。

 俺が拠点にしている山は、村からは少し離れているとはいえ、子どもの足でも来られる場所。

 鹿摂食高(ディアライン)と呼ばれる藪や草木の新芽が食い尽くされて、木々の根本がポッカリと拓けた場所だ。

 沢沿いの斜面を登っていた俺は、茂みの方からガサガサという音が近づいてくることに気づいた。


 鹿摂食高(ディアライン)から分かる通り、このあたりにはシカが生息している。村の狩人がシカでも追ってきたのか。

 俺がこんな所で遊んでいるのが見つかるのはちょっとまずい気もするな。

 そんな事を考えながら様子を窺っていると、茂みの中から人影がよろめきながら飛び出してきた。

 山の中を行動するのに正気かと言いたくなるような、肩が剥き出しのチュニックに膝上くらいのスカートを履いている。十代半ばといった歳頃の少女だ。

 肩で激しく息をしていて、足下が覚束ないのか、木の根に躓いては転びそうになっている。それでも必死に前へと進もうとした先、その目に俺の姿を捉えたのかギョッとした感じで立ち止まった。


 驚くのも無理は無い。

 まさかこんな山の中に子どもがいるなんて思わないだろう。

 しかし、彼女が足を止めたのは一瞬だけで、すぐに何やら俺に向けて叫びつつ駆け寄ってきた。


「hyzztzp! hqp!」


 何だって?


「hqp!」


 言葉が通じていないのがわかったのか、俺の腕を掴むとグイグイと引っ張って走り出そうとする。 

 間近で見てみると、随分と美しい少女だった。

 白い肌、整った鼻梁、桜色の唇。

 中でも湖面のように透き通った青い瞳が特に印象的だ。

 走っていて乱れてしまっているが、長い銀の髪も絹糸のように艷やかで――あれ、この尖った耳は森の住人エルフの特徴じゃないか。


 生まれながら精霊魔法の才能を持ち、大国ですらエルフたちには敬意を払うという精霊の祝福を受けた高貴なる妖精族。

 なるほど言葉が通じないわけだ。

 それなら、言葉を理解する権能を使ってみることにしよう。


「イオニスの名において命ずる。かの者の言葉、我が耳に届けよ――『翻訳(ロノウェ)』!」


 様々な言語が理解できるようになるという権能。

 初めて使ってみた権能なのだが、取り立てて何か身体に変化が生じた様子もないけれど?


「僕の言葉、わかりますか?」

「エルフ語! あなた言葉がわかるの!?」


 俺はちゃんとエルフ語を喋れているようだ。そして俺にも彼女の言っている言葉がわかる。

 エルフ語を話した俺に驚いたエルフ少女だったが、すぐに我に返るとまた俺の手を掴んで走り出そうとした。


「早く! 早くここから逃げなさい! 早くしないと――」

「逃げるって……」


 エルフ少女が何から逃げようとしているのか。その答えはすぐにやって来た。

 彼女が来た方角にある茂みから黒い影が複数、唸り声を上げつつ飛び出してきた。

 犬だ。それもおそらくは猟犬!

 ウォウウォウ! と鳴きつつ、放たれた矢のような速度でエルフ少女に襲いかかろうとしている。


「く、ここまで来たのに……」


 逃げ切れないと観念したのか、エルフ少女は犬へと向き直ると早口で呪文を唱えた。


「眠れる大地の子、私に力を貸して――『石礫弾(ストーンブラスト)!』」


 エルフが得意とする精霊魔法だ。

 地面から幾つもの石つぶてが一匹の猟犬目掛けて飛んで行った。


「ギャンッ!」


 鼻っ面に石つぶてを浴びた猟犬は悲鳴を上げて飛び退いた。だけど、怯んだのは石つぶてを浴びたその猟犬一匹だけ。他の猟犬たちは怯む様子もなく、正面を避けて回り込もうとしている。

 エルフ少女は次の魔法の詠唱を開始――間に合わない!


「イオニスの名において命ずる。我が敵を射抜け――『光塵矢(バルバトス)』! 連射!」


 俺の指先に生まれた赤い光球から、瞬時に複数の光条が飛んだ。

 バスッバスッバスッバスッ……と、猟犬の前で地面に着弾。その度に土と枯れ葉が舞い上がる。

 これにはさすがに訓練された猟犬も足を止める。そして姿勢を低くしてグルルルと唸り、俺の方を見た。


「『光塵矢(バルバトス)』!」


 そこへもう一発、猟犬の一匹を掠めるようにして光の矢を撃ちこんでやると、俺を危険な相手だと認識したのか猟犬たちはサッと向きを変えて元来た茂みの中へ飛び込んで行った。

 逃げてくれたか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ