モチベーションと、森の生物と
◇◆チット◆◇
「はあ……」
「さっきから、ハア、ハア、ハア、ハアとため息ばかり! いい加減止めろよ、それ! こっちまで気が重くなるんだよ!」
そうワイに向かって叫んだのは、はあ……まあ、ワイのバディや……。
名前は……ええっと、何やったか?
「ああ、あんさん。あんさんの名前、何さんやったっけ?」
「ジュードだ! ジュード・ヴァン・ビアリーズ! いい加減覚えてくれよ、僕の名前ぐらい!」
ああ、そうそう、ジュードはんやジュードはん。
このジュードいうもやし野郎がワイのバディや。
「ワイだってなぁ……かぁわいい女の子やったら、そらぁもう、名前どころか趣味も好きな食べ物も住所もスリーサイズもぜぇんぶ! 魂にまで刻み込むんやけどなあ……。はぁ、この士官学校入学でいっちばぁあああん! 楽しみにしとったバディがや、あんさんみたいなのになったら、そらもう、ため息付くに決まっとるやろ……」
「ため息をつきたいのはこっちだよ! 何で僕が普通科の奴なんかとバディに……(っくそぉ……あの時、勇気を出してマローネさんに声を掛けておけば……。ああ、僕のバカバカ! 気づいたら出遅れてて、焦ってるうちに、皆決まっちゃって…… )」
このようにさっきからブツブツ呟いては、頭を掻き毟り、突然そこらの木の幹に頭を打ち付けている。
情緒不安定なんやろか?
「なあ?」
「何だよ?」
「あんさん。お姉さんか妹ちゃんはおらんのかい?」
「? 姉なら二人いるけど?」
「何やと! 美人か!? 美人なんやな? よっしゃ、なら、この訓練ササッと終わらせて、あんさんの家で二人のお姉さんと一緒に打ち上げや!」
「打ち上げて……お前、うちに来るつもりか? そもそもうちの姉さん二人とも結婚してて、もう家にはいないぞ」
「――――っけ、つっかえへんなぁ……」
「っな!? 何で僕が罵倒されなくちゃならないんだ!」
「はあ、もう、ええ。適当にやって適当に終わらせましょうや。なあ、ええっと……何さんやったっけ?」
「ジュードだ! ったくもう……」
「ああ、そうそう。ジュードはんやったな。さっき何やら気になる事自分言うとったやん? マローネちゃんやったっけ? 女の子の名前やな。何、その子? あんさんの好きな人なんか?」
「な、何で人の名前は覚えないくせに、マローネさんの名前だけは覚えているんだ!」
「女の子の名前やからな。当然や! それでマローネちゃんって女の子は、美人なんかい?」
「知らないのか?」
ジュードはんが驚いた顔をしていた。
何や、そんなに有名な娘なんかい?
「マローネさんは工部特務科の医学部きっての英才と言われてる女性だぞ。容姿端麗、成績優秀、それに気立ても良くて……。夜会へ行くとダンスの申し込みの順番待ちで夜が明けるとまで言われている方だぞ!?」
はあ!? そんな女の子がおったんか! くっそー、教練教練教練の毎日で、全っ然、知らんかったわあ。それで、そのマローネちゃんって大っきいんか?」
「はあ? 何が……」
「とぼけんなや! 大っきい言うたらアレしか無いやろ! 乳や乳! 乳は大っきいんか聞いとんのや!」
「な、何て下品な!? 僕はそんな目でマローネさんを見たりしない!」
「カッコ付けんでもええって! 男なら見ちゃうやろ? 絶対見ちゃうに決まってるやろ!? ええやんけええやんけ! ワイらバディやで? バディに隠し事は無しやろ? な?」
「うっ………………大きいよ」
「そっか……そっか、そっか。そらええ事や。で、そのマローネちゃんのバディはどんな奴なんや?」
「え? あ、いや、知らない」
「はあ? 知らん? 何でや? 自分、マローネちゃんの事好きなんやろ?」
「す、好きって――」
「好きな子のバディが誰なんかくらい気になるやろ!? 知りたいと思うやろ?」
「そ、それはそうだけど……、マローネさんにバディを申し込んでいる奴は何人もいたんだ。でも、全員断られていて……、多分、竜騎科だと思う。他に考えられないし。魔法科の男子の間でも、誰がバディになったのか話題になったんだけど、誰も知らなかったし……」
「竜騎科かぁ……、そらエリートコース確定な奴やな。ありえそうや。んで、出発する時には見んかったんかい? マローネちゃんの近くにバディになった奴もおったはずやで?」
「それが先輩しかいなかったんだ」
「はあ、まあええ。これからやろこれから。取り敢えずワイも、マローネちゃん見てみとうなったわ。よっしゃあ、少しはやる気が出てきたでぇ! ほな、行こか。ええっと誰やったっけ?」
「……ジュード。もう、あんさんって呼んでくれていいよ……」
なんやワイのバディ、もう疲れたような顔しとる。
まだ訓練始まったばっかやでぇ?
今から疲れてもうて持つんやろうか?
こら、ワイがしっかりしてやらなアカンな!
◇◆◇◆◇
「おはようございます。今日も良い天気になりそうですね」
空がまだ暗い早朝、俺が起こすまでもなくルナレシアが起きてきた。
夜の見張りは先にルナレシア、後から俺という順番にしていたのだ。
「おはようルナ、早いね。まだ寝ていても良かったんだぞ?」
「訓練でお外に出ているからでしょうか。興奮してしまって、目が覚めてしまいました」
せっかく早く起きたので、サッサと朝食を食べて出発する。
ちなみに権能で建てた小屋は、入口近くにある小さな紋様に触れることで、ほぼ一瞬で消滅させる事ができる。
さて、二年生の実力がどの程度のものかわからないけど、早ければ今日の夕刻、明日には間違いなく二年生が近くまで来るはずだ。
それまでは若干のんびりと進んでいけるかなと、思っていたのだが。
「イオニスの名において命ずる。我が敵を射抜け――『光塵矢』!」
俺の指先から射出された光条が、急峻な崖を這い登って来た蟻の頭部を吹き飛ばす。
人の頭よりひと回り大きい蟻で、大人食い蟻と呼ばれている昆虫系の魔物だ。
その生態は肉食な上に獰猛で、大型の獣も集団で襲って喰らい尽くす危険な魔物だ。
俺たちはその危険な大人食い蟻のテリトリーへ、気付かずに踏み込んでしまったらしい。
背丈の長い草が繁茂していて、蠢く大人食い蟻の姿に気づけなかったのだ。
よく周囲を観察していたなら、大人食い蟻の犠牲になったと思われる動物の骨があちこちに散らばっている事に気づけたのに。
くそ、油断した。
「『光塵矢』!」
連射。
的が大きいので、光条が伸びる度に大人食い蟻を射抜く事が出来るのだが、とにかくやたらと数が多い。
崖の上まで登りきった大人食い蟻は、大剣でぶった切った。
ただ、ガンッと大人食い蟻の頭部を切り離そうが、胸部を潰そうが、頭部が形を保っているならギチギチギチ……と顎をまだ動かし続けているので油断できない。
それにしても、ザワザワザワザという蟻の大群が作る足音と、顎を鳴らすギチギチという音が、何とも言い知れぬ恐怖と威圧感を与えて来る。
「ルナ、大丈夫か!?」
「えいっ、やあ! はい、何とか……」
ルナレシアは長い棒切れを使って、這い上がってくる大人食い蟻を突き落としていた。
ルナレシアの武器は刀身の短い細身の剣、小剣なので、大人食い蟻の固い外骨格を貫くにはちょっと心許ない。
でも、ルナレシアの棒で打ち漏らしてしまった大人食い蟻は、
「クアアアア! クア、クア、クア! クアアア!」
ティアが飛び上がってはゲシゲシと蹴りを加えて、崖下に落っことしていた。
良いコンビだな。
でも、ティアよ。足、噛みつかれるなよ? 喰い千切られるぞ?
ルナレシアとティアの攻撃では、大人食い蟻の固い甲殻を割れないまでも、頭を叩けば怯んでくれるし、崖下へ落とすことはできる。
そこへ俺が『光塵矢』を叩き込んでいたのだが。
「きゃ!」
ルナレシアの悲鳴。
ルナレシアの持つ|棒切れの先端に一匹、大人食い蟻がガッチリと喰い付いていた。その個体を足掛かりにして、別の大人食い蟻が這い上がり、彼女へ噛み付こうとしている。
「ルナ!」
とっさに俺は『光塵矢』を撃とうとしたのだが、次の瞬間、ルナレシアの身体から強い白光が発せられた。
何だ!? 何をしたんだ? ルナレシアの魔法か!?
ルナレシアへ噛み付こうとしていた大人食い蟻が、白光に弾かれて崖下へと落ちていった。
「イオニスの名において命ずる。哀れなる贄を喰らえ――『竜牙裂』!」
目には見えない顎と牙が、ルナレシアの持つ棒に噛み付いていた個体と、這い上がろうとしていた数匹の大人食い蟻の硬い甲殻をまとめて噛み砕き、消滅させた。
「大丈夫か、ルナ」
「ありがとうございます」
短くなってしまった棒を放り捨てると、新しい棒を探している。
それにしても、一体蟻どもはどれだけの数がいるのか。キリが無いぞ?
このままだと押し切られてしまいそうだ。
「巣を潰すか、せめて出入り口を塞がない事にはどうしようもない。ルナ、どこかに巣穴のようなものは無いか!?」
「探します!」
「頼んだ!」
崖を登りきった大人食い蟻の数が増えてきたため、使う権能を『光塵矢』から『竜牙裂』へ切り替える。
『竜牙裂』は射程距離が俺の腕の二倍程度と短い。その上見えない顎で噛み砕くという性質から、発動するまでの時間が一秒から二秒程度の間があるという欠点が存在する。
だが、攻撃力は『光塵矢』よりも高い上に、数匹まとめて葬れる利点がある。
「見つけました! イオ、多分あそこです!」
大剣と『竜牙裂』で大人食い蟻を撃退していると、ルナレシアが叫んだ。
ルナレシアの指差した方を見ると――なるほど、窪みの様な場所に蟻がワサワサと集まっていた。
あそこが巣穴の出口か!
「イオニスの名において命ずる。堅牢なる城塞をここへ――『城塞生成』!」
巣穴を塞ぐために窪地全体を押し潰すようにして、建物を造成。
これで横穴を掘ってこない限り、新しい大人食い蟻は外へと出てこられないだろう。
後は地上に残された大人食い蟻を掃討するだけだった。
地上に残った大人食い蟻を『竜牙裂』と『光塵矢』で蹴散らし、俺は背嚢の中から煙幕弾を取り出す。
「よし、今のうちに逃げるぞ」
「残った大人食い蟻はどうするのですか?」
「訓練開始前に先輩から聞いただろう? 俺たちの手に負えない魔物に遭遇した場合、煙幕弾を打ち上げろって。これだけの数の大人食い蟻を、俺たちだけで殲滅するのは不可能だよ。だからこいつで報せておく」
煙幕弾に付いている紐を引っ張ると、プシューッという音がして赤い煙がモクモクと立ち昇った。
赤い煙の意味は、「魔物を発見。対処不可能。場所を報せるので対処されたし」。
「これで後は王国軍が駆除に来てくれるはずだ」
赤い煙幕を見た王国軍の竜騎士隊が、その場所を記録し、後日十分な戦力の討伐隊が編成されて魔物の駆除に訪れるはずだ。
ただ、煙幕弾を上げた事で俺たちの居場所がバレてしまった。
この煙幕弾の下に、一年生か二年生――場所からしてまず間違いなく一年生がいると、二年生にバレてしまっただろう。
今頃、煙幕を見た二年生がこちらを目指して移動を開始したはずだ。
この煙幕弾が一年生が上げたものと確証が無くても別に構わない。なぜなら二年生同士が遭遇しても、彼らは互いに競争相手だが敵同士では無いのだから。
まだ、この辺りにまで二年生が来ていなくて、煙幕弾を見逃してくれているといいな。
そんな事を思いながら、俺とルナレシアは獣道のような道を歩いて行く。
4/3『ちなみに権能で建てた小屋は、入口近くにある小さな紋様に触れることで、ほぼ一瞬で消滅させる事ができる。』の一文を書き忘れていたので追加。




