野営の定義と、腐れ縁の二人と
初日の夜は、チョロチョロした流れの沢の辺りで野営することにした。
「イオニスの名において命ずる。堅牢なる城塞をここへ――『城塞生成』!」
ゴゴゴゴゴ……、という腹に響く音とともに、地面が盛り上がっていく。
城塞を建造してしまう権能だが、大きさや形などは自在に変えることができる。
数分程度の時間で、小屋程度の大きさの四角い建物ができあがった。
「ええっと……野宿、ですよね?」
「野宿だな」
「屋根のある建物で寝るのは野宿では無いような?」
小屋が出来上がっていく様子を、目を丸くして見守っていたルナレシアが、何か納得行かないという顔をしていた。
とりあえず部屋の中へ入る。
部屋の中には家具など調度品は無い。
ガランとしたただの四角い部屋だ。
ただし、一部屋だけではなく風呂と竈は作ってある。
中へ入って荷物を置いたルナレシアが、ふわぁ、と思わずといった感じで声を漏らした。
「こんな所で寝泊まりしたら、目立ちませんか? 」
「大丈夫。先輩方と遭遇するのは早くて二日目の夕方以後だよ。さすがに今日来ることは無いと思う」
むしろ二年生よりも今は狼や熊、虎などの大型肉食獣と魔物を警戒するべきだ。
建物は砂岩製なので十分に堅牢だ。よほどの大型の魔物、そうだなアルルくらい大型の魔物でもなければ破壊される事は無いだろう。
「……イオがバディだと、どんな状況でも何とかなりそうで心強いです」
「でも、これは初日だけだな。二日目からは先輩方にも見つかりかねないし」
それ以上に、この機会にルナレシアを狙う刺客が来ていたなら、二日目の夜が一番危険だと思う。
初日と最終日はスタート、ゴール地点に近づいてしまって、騒動を起こした場合に待機していた無関係な竜騎士隊が駆けつけてくる可能性がある。三日目と四日目は、一年生と二年生の距離が縮まっていて、やはり余計な者たちの目につく可能性が排除しきれない。
よって、俺なら二日目にルナレシア暗殺を仕掛けるからだ。
「明日からは普通に野営をするよ。でも初日くらい、安全な場所でしっかりと休息を取ってもいいだろう?」
まあ、あまり権能を使いすぎてヌルい野営をしていては訓練にならないしな。
俺はともかく、経験の少ないルナレシアのためにはならないだろう。
「わかりました。竈があるのですね。ちょっと私、薪となる枯れ木を集めてきます」
「了解」
ここ最近の天気は良く、小屋の周りには乾燥した枯れ枝や枯れ葉が幾らでも落ちている。
わざわざ二人がかりで薪集めをしなくても、ルナレシア一人に任せてもすぐに集められるだろう。というわけで薪集めは彼女に任せて、俺は水を汲むことにした。
沢の水を『操水』を使って宙に浮かせ、まずは風呂桶に注ぎ込んで行った。
風呂桶がいっぱいになった所で、炊事用に鍋に水を張る。
両腕いっぱいに薪を拾って戻ってきたルナレシアが、俺のやっている事を見て、再び目を丸くしている。
「薪、ありがとう」
「いえ、ここに置いておきますね」
竈に火を熾して食事を作る。
その際に幾つか手頃な石を竈の中へ放り込んでおいた。
「何なんですか? その石は」
「こうするんだよ」
しばらくして焼けた石を、風呂桶に張った水の中へ放り込む。
「……ここまで来ると、野営の定義について考えたくなってきました」
と、湯気を立ち上らせている湯船を見て、ルナレシアは本当に納得行かないという顔をしていたが、いざお風呂へ向かうと何だかんだで嬉しそうだった。
そういえば、他の皆は何やってるんだろうな?
◇◆バウスコール◆◇
「おーほほほ! ここが、これから私たちが五日間、二人っきりで熱い日々を過ごす場所なんですのね! いいですわ、いいですわぁ! 素晴らしい大自然の中で二人っきり! 珍しい植物に、希少な動物、そして魔物! おーほほほ、最っ高のフィールドワークが楽しめそうですわね! それでは参りますわよ、コールさん!」
「ま、待ってくださいよ、マローネお嬢様! まだ荷物が……」
僕たちを乗せてきてくれた竜騎士隊の飛竜が飛び去って行った途端、目を輝かせて森の中へと突進していきそうな気配を醸し出すマローネさんに、僕は慌てて飛竜から降ろしておいた荷物を担ぎ上げた。
「ち、ちょっと、お嬢様! マローネお嬢様! 荷物! 荷物を持ってください!」
「まあコールさんってば、このか弱い私にそんな重たい荷物を背負わさるおつもりですの? まさかそんな事は言わないですわよねぇ?」
「いや、これ、二人分……僕一人で持つのは無理ですってば! せ、せめて半分だけでも持ってくださ――」
「わかりましたわ! では、半分は私が持ちますわ。でも、もう半分はコールさんがお持ちになってくださるということで、よろしいですわね?」
――やられた。
背嚢を開くと、一番嵩張っている米と缶詰を取り出して、ニンマリとした笑みを浮かべるマローネさん。
どうやら荷物を軽くするために一計を案じていたらしいと悟って、僕はガックリと肩を落とした。
僕のバディ、マローネ・ヴァン・レイ・セレスニィさんは、僕の生家と取り引きのある伯爵家のご令嬢。
父さんはマローネさんの祖父セレスニィ伯爵閣下にとても気に入られていて、僕の家は伯爵家の人々と家族ぐるみで付き合っていた。
僕も父さんとよく一緒に伯爵家にお邪魔していて、その縁でマローネさんとは自然と仲良くなったのである。
いや、仲良くなったというよりも、僕が一方的にマローネさんの家来にされたと言うべきか。
僕のような商家の家の子は、六歳くらいになると、家の仕事を手伝うか他所の商家へ奉公に出す。
僕は兄がいるので、どこか父さんの知り合いの商家へ奉公に出される予定だった。
僕自身も将来は父さんのように商会を切り盛りする立派な商人になりたかったので、奉公に出される日を楽しみにしていたんだけど――。
ある日、セレスニィ伯爵家の馬車で僕の家に乗り付けてきたマローネさんは、僕を呼び出すと胸を張って告げた。
「コールさん! 私、将来お医者様になりたいんですの! ですから私、お父様にお願いして幼年学校へ行く事にしましたわ!」
「お医者様? よ、幼年学校に?」
「そうですわ! 幼年学校には、お医者様になるためのクラスがあるそうなんですの」
「へえ、そうなんですか。頑張ってください」
「あら、何を言ってらっしゃるの? コールさん、あなたも幼年学校に行くんですのよ?」
「……え?」
「大丈夫ですわ。コールさんのお家は貴族、騎士でもないしがない商家ですけれども、その中でもマシなお家と言えるでしょう。何しろこの私の家、セレスニィ家の御用達ですもの。ですから私、お父様にお願いしてコールさんが幼年学校へ通えるようお願いしておきました。おほほ、別に感謝などいりませんことよ?」
「え、ええ!? ぼ、僕はどこかの商家に弟子入りして勉強す――」
「さ、善は急げと言いますわ。参りますわよ!」
「参りますわよ、ってどこに行かれるんですおじょう様!?」
「もちろん、コールさんの幼年学校の制服を作りにですわ! おーほほほ」
「ち、ちょ、ま、待って……ぼ、僕は、父さんのような商人にぃいいいい――」
セレスニィ家の使用人さんたちによって、あっという間に馬車へ連れ込まれた僕は、為す術無くどこかの高級服飾店へと連れて行かれ――。
気が付くと幼年学校へ通っていた。
そして幼年学校を卒業した後も、
「コールさん! お次は士官学校ですことよ!」
「し、士官学校!? お嬢様! お嬢様はお医者様になるおつもりでは?」
「おほほ、士官学校の工部特技科に軍医専門のクラスがあるそうなんですの。そこを卒業すれば軍医になれるそうなんですわ。軍の予算でそれはもう、幾らでもお薬の研究ができるそうですわよ!? なんて素敵なお話なんでしょう」
この時点で僕は嫌な予感がしていた。
「そ、そうですか。が、頑張ってくだ――」
「もちろん! コールさんも士官学校へ入って頂きますわ。将来、私の研究助手になってもらわなければ困りますもの。まあ、平民で特に特技も特徴も無い、まさに平々凡々のコールさんでは、魔法士科はもちろんの事、工部特技科も無理でしょうけど……普通科でしたら何かの間違いでも入れるかと――いいえ、必ず入ってもらいますわ。よろしいですわね? コールさん? できない、とは言わせませんですわよ?」
その結果、僕はここにいる。
マローネさんとの出会いから、今までの事を思い返しつつ歩いていると、いつの間にか僕は彼女を追い抜いていたようだ。
振り向くと、マローネさんはよろよろと、少々危なっかしい足取りで歩いていた。
「おほほ、よくよく考えてみましたら、私、十日ぶりに日光を浴びましたの」
「えええ!?」
「ふ、不思議ですわねコールさん。この森、な、なぜか、き、木々がグルグルと勝手に歩き回って……いますわ。も、もしかしたら、大変珍しい木かも知れません。ぜひもち、かえって……」
そこまで言ってマローネさんは、顔面から思いっきり地面へぶっ倒れ――。
「お、お嬢様!? お嬢様ぁああああ!」
僕はこの山岳踏破訓練、きちんと修了する事ができるのだろうか……。




