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抗いのヒストリア  作者: ピチ&メル/三丘 洋
山岳踏破訓練編
25/72

それぞれのバディと、新装備と

 翌日。

 寮の部屋へとこっそりと戻った俺は、目を覚ましたルナレシアを連れて食堂に向かった。

 食堂には俺たちよりも早くバウスコールが来ていた。

 バウスコールはいつも朝、誰よりも早く起きて朝食を作ってくれているんだよなあ。


「お二人ともおはようございます」

「おはよう」

「おはようございます。コールさん、朝早いのですね」

「ええ。実家が商会だったもので、市が立つ前に皆起きて朝ごはんを食べていたんですよ。大勢が食べますから、僕も料理する母を手伝うようになりまして。そのせいですっかり早起きの習慣が身についてしまいました」


 火に掛けられた鍋の蓋をバウスコールが取ると、立ち昇る湯気と一緒に美味しそうな香りが部屋の中に漂う。


「コールの作る飯は凄く美味いぞ? 確か、どこかの貴族様にも料理したことがあるんだったか?

「ええ。懇意にさせて頂いていた貴族のお嬢様が、よくうちに遊びに来ていらしてたんですよね。その縁で幼年学校の登校でも馬車へ同乗させて頂くようになって、その時に何度か僕のうちで朝食を。お褒めの言葉も頂きましたよ」

「な? 美食に慣れた貴族様のお墨付きだぞ」

「はい、楽しみです。コールさん、何かお手伝いする事はありますか?」

「ではお言葉に甘えて、食器等を並べるのを手伝って頂けますか?」

「はい」

「よし、俺も手伝おう」


 ルナレシアが手伝っているのに、俺だけ椅子に座って待つわけにはいかないしな。

 そんなふうにテーブルに食器を並べていた俺たちを、スープの味見をしていたバウスコールが不思議そうに見ていた。


「何だかお二人、昨日よりも仲が良さそうに見えますね?」

「そ、そうですか?」

「そうか? 俺は別に変わってないと思うけど? なあ?」

「はい」

「いえ、でも姫様、昨日よりも何だかお顔が明るく見えますよ」


 言われてみれば、昨日寮へ来た時と比べて台所と食堂を行き来する足取りなんかも軽やかかな?


「昨夜は久しぶりにとても良く眠れましたから」

「へえ……、枕が変わると眠れなくなるという話をよく聞きますけど、良く眠れたのならそれは良かったですねぇ」

「はい」


 王都に来て以後、いつ刺客が、暗殺者が訪れるかと怯えていたらしい。

 実際昨夜は、あの黒覆面の男がいたわけで。

 いつ命を狙って襲ってくると考えたら、確かに眠れるはずもない。

 ルナレシアはおくびにも見せなかったけど、気が狂いそうになる程怖かったと思う。

 俺の部屋に来たことでぐっすりと眠れるようになったのなら、本当に良かったんじゃないかな。


 そういえばバウスコールの奴、ルナレシアの事を姫様と呼んでいたけれど皆はそう呼ぶことに決めたのか。


「主ら、早いのぉ」

「おはよう。あ、おはようございます姫様」


 ドム、そしてイグナシオ。


「おはようさんやでえ」

「ふあああ、おはよぉございまぁすぅ」


 チットとエイリーンも揃った所で朝食だ。


「今日も午前中の座学の後は持久走とロープかぁ……。持久走の距離が減っても、全然楽にならへんわ……」

「バカか? ここは軍の学校だぞ? 楽な訓練などあるものか」


 カリカリに焼いたパンにバターを塗りつけるイグナシオ。


「持久走はともかくロープ訓練は、渡り終わってしまえば終了じゃないか。持久走よりも早く自由時間が作れるだろう?」

「あんなのさっさと渡り終われるの、イオニスのあんちゃんかドムはんだけやろ」

「そうですよぉ……あたしなんてぇ、登るのだけでぇ精一杯なんですぅ」

「カッカッカ、儂は岩山登りで慣れておったからのぉ」

「エイリーンは斜め懸垂でもいいから、もう少し腕力を付けてだな――」


 やいのやいのと賑やかに朝食を食べていると、ちょいちょい、と隣に座るルナレシアが俺の袖を引っ張った。


「あの、ロープとは何の事です?」


 パンを千切ってティアに食べさせていたルナレシアが、俺に聞いてきた。


「校舎の屋上から垂らしたロープを登るんだ。その後で今度はその屋上から、別棟の屋上に渡したロープを伝って移動する訓練だよ。竜騎科ではやらないのか?」

「飛竜の背からロープで降りる訓練はありますけど、竜騎科ではまだ先の訓練ですね」


 なるほど。

 飛竜に乗る竜騎科にロープを登り下り、ましてや建物から建物へ渡るスキルは必要ないか。

 そういう任務が竜騎科に下ることって無いだろうし……。


「凄いんですよぉイオニスさんはぁ。もう猿の生まれ変わりなんじゃないかと思うくらいにぃ、ロープを登るのが早いんですよぉ?」

「見た目だけならチットの方が、猿にそっくりなんだけどな」

「誰が猿やねんイグナシオ。見とれよ、山岳踏破訓練ではワイの実力を思い知らせちゃるからな?」

「その前にさっさとバディを見つけてこい。見つかるならな?」

「心配するな。ワイが本気になれば、ワイのバディになりたいって綺麗な姉ちゃんがわんさか押し寄せてくるで」

「ぜひ、その様を見せてもらいたいものだ」


 何やってんだ。


「そういえばさ。俺とルナ、いや姫様は一緒の寮へ住むことにしたが、皆はどうするんだ?」

「僕のバディがどうするかまだ聞いていませんが、もし望むようでしたらこちらに来るかも知れません。個室があると聞いて、凄く羨ましがっていましたから」

「儂はどうじゃろうなぁ……。父親に似て炉の前から離れん奴じゃからなあ。炉に近い工部特務科の校舎と寮から離れんじゃろう。どちらかと言えば、儂が手ほどきしに向こうに見に行くくらいじゃろうて」


 ドムのバディはお弟子さんの息子さんだっけ? 

 引退しても面倒見が良いのか、それとも結局ドム自身も炉と離れがたいのかも。


「でも、工部特務科に入った人間は皆そうかもしれません。個室は羨ましがってましたけど、僕のバディも研究第一の人ですよ。寮にはあまり帰らず、研究棟に泊まり込む事が多いそうですから」

「さっき朝の準備中に話してくれた、コールの実家が懇意にしていたっていう貴族の人だろう? そんなに研究熱心な人なんだ?」

「ええ、本人は軍医を目指しているんですよ」

「カッカッカ、若いうちは寝食を忘れて打ち込むのもええもんじゃ。若い頃の儂もそうじゃったなぁ」


 ドムの手を見たら、皮が分厚い上に幾つもの傷と火傷がある。職人の勲章って奴かな、きっと。

 炉と向かい合い、槌やハンマー、やっとこを握り続けた職人の手だ。


「僕も一緒に住む事は無いだろう。僕のバディは本家筋の方なんだが、こんなあばら家みたいな寮へ……あ、いや、爺さんの修繕は完璧だぞ?」


 ドムが気を悪くしないか気にしつつ、


「こんな木造平屋建てに住もうとは考えないだろう」

「じゃあイグナシオはここを出て、相手の住んでいる寮に引っ越すのか?」

「どうだろう?」


 イグナシオは、顎に手を当ててしばし考え込む。


「あの方は僕と共に住む事を望まないだろう。ただ、今のようにお前たちと食事を摂るような時間は無くなるかも知れないな。あの方が起きている時間、お付きのようについて回る事になるかもしれない」

「本家と分家の区別に厳しいのか?」

「まあね」


 イグナシオは首をすくめてみせた。

 何だか大変そうだな。


「あたしはぁ、バディの方とまだ会った事がないんですよねぇ」

「会ったことが無い? エイリーンもイグナシオと同じで本家筋の方なんだろう?」


 貴族は血縁関係の結びつきが強いので、分家の人間が本家筋の人間を知らないなんて珍しい。

 俺が聞くとエイリーンは困っているというように、眉を八の字にした。


「親戚の集まりにもぉ全然出てこない方なんですぅ。本家でもぉ扱いに困っているってぇ聞いたことがありますぅ」

「おいおい、大丈夫なのかそいつは?」

「変な性癖持ちとかやなければええなぁ。貴族はんってそういうのよくあるんやろ? なあイグナシオはん」

「何で僕に聞く!?」

「アハハぁ、大丈夫ですよぉ。凄く優秀だってぇ話は聞いたことがありますぅ」

「では、人見知りが激しい方なんですかね?」

「そうかもしれませんねぇ」


 バウスコールのフォローにエイリーンは頷いた。

 王立士官学校へ入学しているので優秀なのは確かなんだろうけど、優秀だから性癖が普通とは限らない。

 横目でちらりとルナレシアを見る。


「何ですか?」


 王女に悪い影響を与えない人物ならいいんだけど。

 それにしても、バディだからって皆一緒に住むわけじゃないんだな。

 教練を終えた後の自由時間を一緒に過ごし、それぞれの部屋へ帰るわけか。

 実際にはその方が双方共に気が楽なんだろうね。

 イグナシオやエイリーンのように、バディが本家の若様とかになると気を使って疲れてしまいそうだ。



 ◇◆◇◆◇



 というわけでルナレシアとの生活が始まったのだが、普通科と竜騎科と兵科が違うため、ほとんど朝と夜くらいしか顔を合わせる事がない。

 士官学校の初年度課程は、特にカリキュラムを詰め込んで厳しいものとなっているそうだ。

 これは初年度課程で中途半端に休みを与えてしまうと、候補生の緊張感が緩んでしまい、後ろ向きな考えを持たせてしまわないようにという方針らしい。とにかくがむしゃらに訓練に打ち込ませてやって、余計な考えを持つ余裕を与えないほう楽だという考えなのだそうだ。


 風呂で身体を清めた後、食事を取るとすぐにベッドへ直行して眠ってしまったルナレシアに毛布を掛けてやってから俺も横になる。


「クルル……」

「おっと、ご主人様はもう寝てるからな。俺の所に来い」


 モゾモゾと毛布に潜ってきたティアをポンポンと撫でてやった。

 カラスサイズだったのが、ちょっと太ったニワトリサイズにまで成長している。

 早くルナレシアを乗せて飛べるようになるといいな。

 そんな事を考えつつ目を閉じる。

 あの黒覆面の男を退けて以後は、不審な者の気配は捉えていない。




 こうして特に何も無い日々が過ぎていき、やがて外の気温が上がり夏も近づいた頃――。


「通達だ。明日より二週間、特外訓練のために朝五時に教室へ集合すること。遅れた奴は罰走だからな! なおこの後、各自装備課へ行き、訓練のために用意された装備を拝領し持参するように。私はこの後会議があるので一足先に戻るが、穴はしっかりと埋め戻しておく事! 以上!」


 グラウンドの隅っこの方で、ひたすら穴を掘っては埋め戻す訓練の最中、リゼル教官はそう告げて教官室へ戻って行った。


「特外訓練って何だ?」

「士官学校の外で行われる郊外訓練の事ですよ。夏に行われる山岳踏破訓練なんかも、特外訓練の一種ですね」

「へえ」


 士官学校の外に出るのか。

 入学式の日以来だから、随分と久しぶりだなぁ。

 皆でグラウンドの穴を埋め戻すと、土に(まみ)れたままで、装備課に寄って装備を受け取った。

 なお、装備課の職員が凄く嫌そうな顔をしていた。 

 土をポロポロと零して歩いていたからな。


 受け取った装備品は袋に入れられているのだが、薄い上に随分と軽いものだった。

 帰ってから開けてみると――。


「何や、これ? 短パン?」


 真っ先に中身を取り出したチットの手には、短パン。


「何に使うんや、これ?」

「これは水着なんじゃないか?」


 俺がそう言うと、


「水着って言うんですかぁ? こ、コレを着て水の中に入るんですぅ!?」

「うん」

「ほ、本当に!? コレを着るのぉあたしぃ無理ですぅ! 無理ぃ無理ぃ!」


 ワンピース型の水着を手で拡げたエイリーンが泣きそうな顔をしていた。


「こんなのぉ身体の露出が多すぎじゃないですかぁ!?」

「おお! ええやんけ! なんや、こんなご褒美みたいな訓練もあるんやな!」 

「チットは泳げるのか?」

「泳げへん!」


 エイリーンを見てニヤニヤしているチットに尋ねると、きっぱりとそう答えられた。

 泳げないのなら、ご褒美と呼べるような楽な訓練にはならないと思うぞ?


「皆さん集まられて何をなさっているのですか?」


 そこへ竜騎科の教練を終えたルナレシアが帰ってきた。


「明日から二週間特外授業があるみたいなんだよ。集合時間が朝の五時で俺たち先に学校へ行くから、戸締まりをお願いしてもいいか?」

「はい。お任せください」


 ルナレシアは水着を拡げて嘆いているエイリーンの側に行くと、


「これが女性用の水着ですか?」

「あ、姫様ぁ。見てくださいますぅこれぇ。露出多過ぎですよねぇ?」

「そうですか? 水着だとこんな物じゃないかと思いますよ? エイリーンさんはスタイルも良いですし、とてもよく似合いそうです」

「そうなんですかぁ? 姫様がそう言われるのでしたらぁ……。実はぁ、あたしは水着を着るのなんてぇ初めてなんですぅ」


 うん。水着を見た時の反応でわかっていた。

 ついでに言えば、泳いだ事だって無いんだろう?


「泳ぐって水の中に入るのか? 水の中で息なんてできるのか?」

「儂の身体は浮くんかのぉ?」


 イグナシオとドムの会話が聞こえた。

 あれ?

 まさかとは思うけど、全員泳いだことが無いのか!?

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