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抗いのヒストリア  作者: ピチ&メル/三丘 洋
王立士官学校訓練編
24/72

月夜の訪い人と、垣間見た悪意と

 ルナレシアが安らかな寝息を立てて眠っているのを確認してから、俺は寝室を出て隣の居間へ行く。

 居間と言っても、特に物があるわけではない。床に敷物が一枚と、部屋の隅の方に教科書を詰めた小さな本棚。俺の服や下着を入れた収納箱が一つあるだけだ。


「イオニスの名において命ずる。大地を駆ける獣の王よ、我が前に顕現せよ――『召魔狼(マルコシアス)』!」

「――(あるじ)様」

「こんな狭い所に喚び出してごめんな?」


 広い部屋とはいえ、黒狼姿のアルルは牛馬よりもひと回りは大きい。

 少々狭いと思ったのか、アルルはすぐに人の姿を取った。


「むぅ、あのメス、こんな所にまで……」


 鼻をスンスンさせて小さく唸るアルル。

 あのメスっていうのはルナレシアの事か?

 ルナレシアの眠っている寝室の方を睨みつけている。


「事情があるんだよ。しばらくは一緒に暮らすと思うから仲良くしてやってくれ。そんな事よりも、アルル。この建物の周囲に潜んでいる者がいないか調べられるか?」

「潜む? 見つけて叩き潰す? 捕まえる?」

「いや、報せてくれるだけでいいよ。頼めるか?」

「わかった。すぐに戻る」


 コクリと小さく頷いて、アルルが部屋から出て行った。そしてしばらくして戻って来る。


「そこの建物の上に一人いる」

「一人だけ?」

「多分……」


 アルルが示したのは俺たち普通科の校舎の屋上だ。

 そこで寝静まるのを待っているのか?


「アルルはこの部屋でルナを守っていてくれ。イオニスの名において命ずる。我が身を隠せ――『透明化(フォラス)』」


 俺の身体が薄っすらと透けていき、やがて完全に見えなくなる。

 部屋の壁に掛けてある鏡を見ても、俺の姿は映っていない。

 そうだ。


「なあ、アルル。『透明化(フォラス)』を使った時、匂いとかはどうなってる?」

「わかる。(あるじ)様の気配も感じる」

「そうか。ありがとう」


 なるほど。視覚的に見えなくなっても、匂いと気配までは誤魔化せないのか。

 鼻の鋭い獣や魔物相手には通用しないな。今のうちに知っておいて良かった。覚えておこう。





「――よお、覗きが趣味かい? まあ、エイリーンの入浴現場なら俺も見てみたいとは思うけど、まさか姫様の入浴現場を覗こうとしているんなら、俺は然るべき所に通報しなくちゃならなくなる」

「――っ!」


 バッと振り向いたのは黒覆面に黒いシャツにズボンの男。何のひねりも感じられ無い、教科書通りの不審者の姿だ。


「一応尋ねておくけれど、中佐のお仲間じゃないよな?」


 問答無用で取り押さえることをせずにまず声を掛けてみたのは、陰からルナレシアの周囲を警護しているアセリア中佐の部下という可能性があったからだ。

 だが、男の立場がどういったものなのか、答えはすぐに教えてくれた。

 男がサッと取り出したひと振りのナイフ。月明かりを反射しないように、刃が黒く塗られている。

 毒も塗られているかもしれない。


「分かりやすい答えだ、な!」 


 ビュッビュッビュッ、と空気を切り裂く音を立てて突き出されたナイフを躱す。


「――俺のナイフをよく躱す。あのお姫様の護衛か? 歳から見て騎士じゃなく傭兵のようだが、まさか候補生の中に潜り込むとはなっ!」

「生憎と――」


 顔面目掛けて出されたナイフを首を傾けて躱し、


「俺は――」


 続けて繰り出されたナイフを一歩バックステップで避け、


「――傭兵なんかじゃねーよ!」 


 キンッ!

 横に薙いだナイフを抜いた短剣で弾き返して、回し蹴りを叩き込む。


「ぐふぅ」

「本当にただの候補生。あの子を守っているのは、最初はただの成り行きで、今は個人的事情による罪悪感って所から」

「……成り行き? 罪悪感? 何の話かはわからんが――」


 蹴飛ばされた腹部を押さえて立ち上がってくる。

 タフだな。


「あの憐れな姫に関わってしまったのが運の尽きだったな。障害は全力で排除させてもらおう」


 何をするつもりだ?

 男の出方を伺うために中腰の姿勢を取る。

 先程からうなじの辺りにチリチリとした感覚が走っていた。

 懐かしい――前世、戦場でよく覚えた感覚。

 誰かから殺意や敵意を向けられた時、俺の本能が危険を教えてくれているのかも知れない。


「『契約に基づき、闇よ在れ』」


 不意に男は跪いて左手を地面につくと、その手の甲へ右手へと振り下ろす。

 この術は――!

 左手から噴き出した血が、まるで意思を持つかのように円を描き、文字を描き、紋様を描く。同時に不気味な血の紋様が赤光を放ち始め、男の身体が左手から徐々に変容を始めた。


「憑魔士か」


 契約した上位存在の霊力を自身の身体へと取り込む魔法だ。

 この男の場合、契約した上位存在は地の精霊か何からしい。

 変貌を遂げた男の姿は、全身を岩石で覆われたような見た目で傀儡士の岩塊の人形(ロックゴーレム)のようだ。

 あの岩の身体に俺の短剣じゃ刃が立たないだろうな。

 でも!


「俺が普通科の候補生だから魔法が使えないとでも思ったか!? 的が大きくなって当たりやすくなっただけだ! こいつでも喰らえ! イオニスの名において命ずる。我が敵を射抜け――『光塵矢(バルバトス)』!」


 鎧のように身体を覆う岩石は、確実に男の防御力を増しただろう。

 膨れ上がった身体から、パワーも段違いに上がったに違いない。

 でも、その鈍重そうな身体では高速で迫る『光塵矢(バルバトス)』は避けられないだろう!

 ――のはずだったんだけど。


「フンッ!」

「な!?」


 男が振るった右拳が『光塵矢(バルバトス)』の光条を撃ち払う。


「多少重い光術だが、我が防御力を貫ける程では無いな」


 あの岩石の硬度はどうなっているんだ?

光塵矢(バルバトス)』を連射するが、男は左右の拳でその全てを撃ち払ってしまった。

 全身を岩のようなもので覆われているのに、わざわざ左右の拳で防御をするという事は、両手の岩石だけ硬度が桁違いだという事だろうか?


「今度はこちらから行くぞ!」


 鈍重そうな見掛けとは裏腹に、俺との間にあった距離を一気に詰めてきた。

 その速さが予想外過ぎて、俺の初動が一歩遅れる。

 大きく後ろに躱すつもりだったのに、男の右拳が鼻先を掠めていった。

 文字通り岩塊が顔の横を通り過ぎていく。

 移動しての攻撃で大振りになってしまったせいか、俺という的を外した拳は屋上の床に叩きつけられ――いとも容易く床を砕いた。

 粉砕された床の瓦礫が飛んできて、俺の身体に幾つかぶつかる。


 とんでもない破壊力だ。

 直撃すれば顔面どころか、頭部が潰される!


 大振りの裏拳を、今度は大きく後ろへと飛んで躱した。

 重量感のある拳が振り回される度に空気がかき回されて、俺の顔へ風となって吹き付ける。

 さて、『光塵矢(バルバトス)』の攻撃力で通用しないのなら。

 近距離から『光槍(エリゴス)』を叩きつけるか? 

 いや、拳の硬度だけが異常に高いのなら――。

 俺は男に向かって走り出す。


「何のつもりだ!?」


 小細工なしに真っ直ぐ突進する俺を見て、男が訝しげな声を出す。


「勝てないと見て玉砕覚悟で突っ込んできたのか? ならば一撃で楽にしてやる」


 男が右拳を振り抜こうとする。

 その右拳に合わせて俺は右手を前に突き出して叫んだ。


「イオニスの名において命ずる。哀れなる(にえ)を喰らえ――『竜牙裂(グラシャ=ラボラス)』!」 


 途端、男の突き出した右腕が肩の付け根辺りから、見えない何かに食い千切られたかのように消失。


「ぐわあああああっ!」


 鮮血が噴水のように噴き出して、男が痛みに絶叫した。

 その場に跪くと、無事な左手で右肩を押さえて俺を睨みつける。

 その形相は痛みで歪んでいる。


「き、貴様……いったい何をした……」


竜牙裂(グラシャ=ラボラス)』は巨大な不可視の顎を出現させて、食い千切ってしまう権能だ。 

 かなり広い範囲を噛み千切る事ができるため、頑強な男の拳を避けて、腕そのものを食い千切ったのだ。

 ただ、威力はご覧のとおりだがこの権能、『光槍(エリゴス)』よりも更に射程が短い。

 丁度、俺の右手の倍くらいの距離で発動する超接近戦用の権能だ。

 しかも権能が発動して対象を食い千切るまでに、一秒から二秒の間があるため、タイミングを上手く図らなければ権能の発動前に攻撃を受けてしまいかねないリスクがある。

 実戦で初めて使ったけれども、上手く決まって良かった。


「ううっ……」


 男が身に纏っていた岩石の鎧が明滅し、ゆっくりと宙へと溶け込むように消えていく。

 痛みと体力の消耗で、術の維持が困難になってきたのだろう。


「く、くそっ!」 


 屋上の床にうずくまった男に近づき、破れかぶれで突き出されたナイフを半身で躱すと顔面を蹴り上げ――。


「イオニスの名において命ずる。意識を刈り取れ――『昏倒(ガープ)』!」


 ビクッと身体を痙攣させて男がその場に仰向けに倒れた。

 生け捕り成功。

 どうせ下っ端だろうから、大した情報は持っていないだろうけど。

 さて、気を失った人間は非常に重い。

 どうやって下に降ろそうかな?


 黒ずくめの身体を抱え起こそうとして――。

 再びうなじに走るチリチリという嫌な感覚。

 バッと身を翻し、横っ飛びにその場から逃げる。

 俺の目に飛び込んできたのは、屋上の床にカツッという音を立てた一本の矢。


 遠距離からの狙撃? どこだ!? どこから狙ってくる!?

 だが、間を置かずに飛来した矢が突き刺さったのは俺ではなかった。

 倒れていた黒ずくめの頭部に矢が突き刺さる。


 しまった! 

 即死だ。

 くそっ、どこから射っている!?

 矢が飛んできた方向は、工部特務科研究棟の一つ。あそこか!

 風下になっていてアルルの索敵から免れたのか?


 月明かりの下でも射手の姿はわからなかった。

 というか、あそこから狙撃したのか!? 

 優に百メートルは離れているぞ。

 ひとまず向こうからはこちらが見えているようなので、建物の陰に隠れた。

 どうする? 『千里眼(ヴィネ)』の権能を使って姿が確認できないか試してみるか?


 いや、多分もう姿を消しただろうな。

 建物の陰から出てみたが、矢が飛んでくる気配は無い。

 捕まった仲間の口封じが目的だったのだろう。

 男の覆面を剥いでみると、二十代半ばくらいの男だった。


 これはあくまでも俺の推測にしか過ぎないが、多分この男は使い捨ての囮ではないかと思う。

 ルナレシアが警備の厳しい王族や上級貴族の子女が住まう寮から出てきた所に、実力が未知数の俺がいた。そこで王女が身を寄せた護衛の実力を計ろうと、先程の射手が死んだ男を差し向けたのではないだろうか?


 それにしても。

 ルナレシアを狙う者が動いてくれたが、手掛かりとなるはずだった男が殺されてしまった。

 何の情報も得ることができなかった。

 現状、受け身だよなぁ……。

 ルナレシアの命を守り続けているだけでも、未来が異なってくる可能性はあると思う。

 だけど具体的に未来を変えるために、他にどんな行動を取ればいいのか。まだ俺には見えていないんだよなぁ。

 死んだ男の背後を探ることで、その足掛かりを掴みたかったのに。


 しかし、済んでしまったことは仕方がない。

 それにしてもこの死体はどうしよう?

 ここに放置しておくわけにもいかないし、やっぱり報告をしておかないとダメだよな。


 警備部門へ――と思ったが、結局報告へ向かったのは俺たちの担任リゼル教官。

 寝ている所を俺に起こされたリゼル教官は、それはもう不機嫌極まりない顔つきでした。

 が、事情を話すとすぐに軍人の顔つきへと変わった。

 普通科校舎の屋上へと案内する。

 死体を検分して立ち上がったリゼル教官の目は鋭いものになっていた。


「――見たことの無い顔だな。外部の者には間違いないだろう」

「捕らえて尋問しようと考えましたが、このように狙撃による口封じをされてしまいました」

「貴様が殺った……という事は無さそうだなこの傷は。角度からすると……あそこか。研究棟の屋上からの狙撃したのか? だとすると相当な腕前だぞ?」

「――はい」

「この侵入者の狙いが何か予想できるか?」

「はい。恐らく自分のバディとなりました、ルナレシア王女殿下のお命では無いか、と――」


 そう言った途端、リゼル教官の顔が苦虫を潰したような顔になった。


「――なるほど……。宮廷と軍の派閥のゴタゴタか。イオニス候補生、また厄介な問題に関わったものだな?」

「……………………」


 その言葉には応えない。

 確かに厄介な事ではあるが、俺の目的――泥沼な内戦と悲惨な未来を回避するためには、避けられない事だし、それを置いておいても、命を脅かされている十一歳の少女を見捨てる道理は無い。


「……死体の処理については、私が引き受けてやろう。警備部へ引き渡し、この男の素性も探っては見るが……、恐らく何もわからないだろうな。士官学校へ侵入している時点で、士官学校内に手引きした者がいるはずだ。あるいは警備部そのものにいてもおかしくはない。士官学校の警備は、何の手引きも無しに侵入できる程甘いものじゃない」

「――自分はどうすれば?」

「寮の部屋に戻って寝ていろ。事情聴取で後日警備部から出頭するよう要請されるだろうが、その時に協力すればいい」

「わかりました」

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