新たな住人と、チットの欲……野望と
「ルナレシアと申します。この仔はティア。イオのバディとして、こちらへ住まわせてもらうことになりました。皆様、どうぞよろしくお願いいたします」
「クァアア」
ペコリと頭を下げたルナレシアに、談話室に集まっていたほぼ全員が椅子から腰を浮かしていた。
「はあ? うああ? うえええええええ!?」
「ひ、姫様!? ど、どど、どうしてここへ?」
特に貴族のお二人が、それはそれはもう取り乱しておられたそうな……。
ふむ、イグナシオとエイリーンはルナレシアの事を知っていたか。
「これはまた可愛らしい子が来たもんじゃのぉ。儂はドムじゃ、よろしくのぉ」
「ルナレシアさんですか。僕はバウスコールです。コールと呼んでください」。
「はい、コールさん。ドム様もどうぞよろしくお願いします」
一方、ドムとバウスコールは平常運転。
「先日イオニスさんの、宛てがあるかもしれないと言っていた方はこちらの方なんですか?」
「王都への道中で知り合ったんだ。竜騎科なんだぜ?」
「へえ、エリートじゃないですか! そのティアって仔がルナレシアさんの飛竜なんですよね? 竜騎士科の士官候補生ですか。僕たちよりも歳下なのに凄いですね。お幾つなんです?」
「十一です。今年の冬で十二になります」
「なんや、イオニスのあんちゃんはもうバディの子と一緒に住むんか。バディで一緒に行動せなあかんようになるんは、山岳踏破訓練を終えてからやで? 随分と早いやん。あんちゃんは小さい子に興味があるんか?」
「違う違う」
「まあ、確かに物凄い別嬪さんにはなりそうやな。そうやなぁ、もう五年も経てば胸とかも――」
「チットぉおおおおおおおおお!」
「――クペッ」
うおっ!?
イグナシオがとんでもない速さでチットの頭を引っ叩いた。
この俺が反応できないなんて……。
「ぶ、ぶ、無礼な事を言うな! この方を知らないのか!?」
「え? そんなに偉い方なんですか?」
「ほ? まあ、儂にも貴族のお姫様なのはわかるがのぉ」
ティアを膝に抱えてあやしているバウスコールとドムを、イグナシオが信じられないという顔で見た。
「ほ、本当に貴様ら……この方を知らないのか?」
「ええっとぉ、ほらぁ、あたしたちでもぉ、遠くからでしか拝見した事ありませんしぃ……。知らなくても無理は無いかもですぅ」
「こ、これだから平民は……っ! 仮にも王国軍の士官になろうと志す者なら、自国の王族の――」
「あ、あの――」
イグナシオの言葉を遮ったのはルナレシアだった。
「今の私は皆様と同じ一介の士官候補生に過ぎません。私の立場等、あまり気になさらないようにお願いいたします」
「ひ、姫様がそう仰られるのでしたらそのようにいたしますが……コホン、わかりました。そのように取り計らいます」
「あ、あのぉ、それでぇルナレシア様ぁ」
「はい?」
「先程ぉ、こちらへ住まわれるような事を仰られていたような気がするんですぅ」
「はい。私はイオのバディですから。バディとしてできるだけ一緒にいたいと思っています」
「ま、まさか姫様。こいつと同じ部屋に住むつもりではないでしょうね?」
「……そのつもりですが?」
「いけません! なりません! とんでもない! イオニス! 貴様ぁ! チットの言った通り、まさか本当に! ひ、姫様のよ、ような、と、歳頃の――っ」
「そんなわけがあるか」
声まで震わして追求するイグナシオにきっぱりと否定する。
「せ、せめて、隣の部屋でというわけにはまいりませんか?」
「俺もその方がいいんじゃないかと思うんだけど……」
「私は同じ部屋で構いません」
そう言った後、ルナレシアがススス、と俺の傍へ近寄って小声で言う。
(申し訳ありません。理由は後でお話します)
俺の部屋に来たいのは、何か理由があるのか……。
「イオニスのあんちゃんにバディが決まったなら、後はワイだけやなぁ」
イグナシオの手で机とキスしていたチットが復活していた。
「俺たちの同期は三百五十六人。丁度二で割れる人数だから、誰かバディになってくれるだろう」
「そういえば、私が山岳踏破訓練を棄権していたら、どなたか一人余る所だったんですね」
言われてみればそうだ。
その場合、どうなるのだろうか?
一組だけバディが三人になるのか?
「誰がバディになっておるのかわかると、後から探す者がやりやすいじゃろうに」
「山岳踏破訓練が始まる二週間前までにバディの登録申請が行われます。その後で探してみてもいいかもしれませんよ?」
「アホ言うなやコール! そんなん提出された後で、可愛い女の子が残ってるわけ無いやん!」
「おい、チット。姫様の前で――」
「ええか!? 世の中早い者勝ちなんや! 良いモノから売れて行く、これは世の理なんや! 残り物には福がある!? あんなん出遅れた奴が言い訳に言うとるだけや! そうや! こんな所で悠長にしてられるか! ワイは行って来るでぇ! 理想のバディを求めてなあ!」
「おーい、どこ行くんだ!?」
「チットさぁあん?」
「カッカッカ、若いもんはええのぉ」
談話室を飛び出したチットは、どこかに走り去ってしまった。
「あの、小人族って皆さん、あの様な方たちなのでしょうか?」
「いや、ルナ。それは多分、小人族の方たちに失礼だと思う」
小人族は山岳地帯に住み、持ち前の器用さと俊敏さで狩猟を行う天性の狩人。小柄な体躯を生かしての弓矢による狙撃には、前世で随分と手を焼かされたものだ。
「儂は思うんじゃがのぉ」
チットが飛び出した時も落ち着き払って座っていたドムが、何事か考え込むようにして言った。
「儂ら普通科は、他の兵科のおまけらしいんじゃが」
「リゼル教官曰く僕たち普通科は、魔法の使えぬ能無しどもでも、王国軍の士官に、国政に携われるという希望を見せるためだけに設立された、ただのプロパガンダの兵科に過ぎない――でしたか?」
入学して初日に言われた事だ。
バウスコールに頷いたドムは、俺たちを見回して言った。
「幸い儂らにはバディに宛てがあったもんじゃから良かったが、果たして宛ての無いチットの場合、他の兵科の者に頼んでも普通科の者と組んで貰えるんじゃろうか、と思うてな?」
確かに。
俺たちは互いに顔を見合わせると頷いた。
俺たちの同期三百五十六名が二人ずつでバディを組むと、最終的に百七十八組のバディが誕生する事になる。
自分たちで認めたくは無いが、普通科の士官候補生六名は、他の兵科から見れば落ちこぼれみたいなものだ。他の兵科の候補生からすると、普通科の候補生とバディになる事はできるだけ避けたいのでは無いだろか?
その落ちこぼれの内、五人はバディが決まっているので問題ないが、最後の一人であるチットはもしかすると――。
「なるほど。つまりドムはこう言いたいわけだな? 他の兵科の者にとって、チットは『ハズレくじ』扱い、だと」
俺が、いや恐らくは皆が頭の中に浮かんだその言葉を、貴族のイグナシオさんは、それはもうきっぱりハッキリと言ってのけた。
「う、うむ、まあ、そういう事じゃな」
さすがに普段泰然としているドムでも言い難かったらしい。
「大丈夫なんですかねぇ?」
「それはぁ、チットさんの事でしょうかぁ? それともチットさんと組まされる人の事でしょうかぁ?」
「……………………」
空気が重い。
「クァアアア……」
沈黙した部屋にティアの呑気な欠伸が響いた。
「ま、まあ、チットには頑張って貰うとして、だ。ルナ、荷物を運び込まないといけないだろう?」
「あ、はい。そうですね」
「すまんが皆、手伝って貰えるか?」
「当たり前だ。お任せ下さい、姫様」
「僕も手伝います」
「どれ、儂も手伝うかのぉ」
「ありがとうございます」
「大きな荷物は男で運ぶから、小物なんかはエイリーン手伝ってやって貰える?」
「はいぃ、任せておいて下さい~」
3/27 第九部『襲撃者と、託された者と』で騎士団=王国軍内の組織の一つ⇒王国軍内に強い勢力を持つ軍閥貴族の通称に変更。




