竜騎科と、バディのお願いと
さて、バディか。
俺の言う心当たりとは、もちろんルナレシアの事である。
というか、普通科の面々を除けば俺に士官学校で知り合いはいない。
バディの事について知った翌日、俺は早速ルナレシアにバディの件を頼んでみようと竜騎科を訪れていた。
飛竜に無視された忌まわしき思い出が残る竜舎の横に竜騎科の校舎は存在する。
飛竜の身体が大きいので竜舎が大きいのは当然なのだが、同期で竜騎科に入ったのは三十三人なので、普通科に次いで人数が少ないのに、竜騎科の校舎そのものも大きい
これが格差かと思っていたが、歩いているうちに理由がわかってきた。
竜騎科の候補生は、自身の乗騎となる飛竜の仔を育てつつ、士官学校で飼育されている大人の飛竜で教練を受ける。
もちろん、俺たちと同様に一般教養や軍学の講義もこなしつつである。
課業が多く、とても全てを候補生だけで回すには手が足りない。
そこで、飛竜の竜舎の掃除、飛竜に乗る際に必要となる鞍、指揮杖といった竜具の手入れ、給餌といった世話を行う専門の職員が雇われている。竜騎科の校舎は、そうした職員が詰める隊舎にも利用されているようだった。
普通科の生徒が竜騎科に訪れる事は珍しいのか、注目を浴びて歩いていると。
いたいた。
蜂蜜色の柔らかそうな金髪は、遠くからでも良く目立つ。
飛竜たちの運動場らしき広場で、ルナレシアが小さな生き物と戯れている。
「その仔がルナの竜?」
飛竜の仔を驚かせないよう、少し距離を置いて声を掛けた。
「イオ! はい、私の飛竜で名前をティアって言います。ティア、こちらはイオですよ~? 挨拶しましょうね?」
大きさはカラスぐらい。
ルナレシアの胸元に抱かれた飛竜の仔ティアは、首だけを伸ばしてフンフンと俺の手の匂いを嗅ぐ。
「クァアア……」
小さな声で鳴いた。
むぅ、可愛いじゃないか。
小さな頭を撫でてみると、
「クルルルぅ……」
小さく喉を鳴らしつつ目を閉じて、頭を擦り付けてくる。
おお、可愛い!
飛竜の仔なんて初めてみたけど、生まれたばかりだと本当に小さいんんだな。
戦場の飛竜なんて、歩兵からすると悪魔にしか見えないんだけど。
「あ、あの、それでイオ。竜騎科にはどのようなご用件で? もしかして、私に会いに来てくださったのですか?」
「ああ、そうだった。士官学校に入学したばかりの頃、異なる兵科同士で訓練する事になるってルナ言っていただろ? あれってバディについての事だったんだな」
「はい」
「それでルナに頼みたい事があって来たんだけど」
「私にですか?」
「うん。そのルナってバディはもう決まってるのか?」
「!? いいえ、いいえ!」
「お、おう。そうか……」
何やら力いっぱい否定された上に、妙にキラキラして目で見られている。
「ああ、ええっと、いや俺もまだバディが決まって無くてさ。それでルナさえ良ければ俺とバディを組んでもら――」
「はい! もちろんです! よろしくお願いします!」
「お、おう。そうか」
あっさりと承諾が貰えた。
(……良かったです。本当に……。イオ、いつまで経ってもバディになって欲しいって頼みに来ないし……)
「ん? 何か言ったか?」
「いいえ、何でもないですよ」
「それにしても良かったよ。断られるかなって思っていたからな」
「断る? どうしてです?」
「いやだって、ルナってお姫様だろ? もっとその立場に相応しい貴族の候補生が、もうバディとして決まっているんじゃないかなと思ってて」
ルナレシアはゆっくりと首を振った。
「イオが頼みに来なければ私、誰にもバディにはなってもらわないつもりでしたよ」
「え? でも夏の山岳踏破訓練って、バディがいなければ受けられないんだろ?」
「私がここに入ったのは、ただの象徴としてですから。訓練に参加しなくても単位は……」
ああ、そうか。
お姫様だものな。
将来指揮官としての役割を求められる俺たちと違い、ルナレシアに求められている役割は王国軍を庇護する事。
俺たちとは立場が違うのだ。
「なら、俺とバディを組んで訓練に参加するのはマズかったりする?」
「そんな事は無いですよ。ただの象徴でも、士官として優秀であるに越したことはありませんもの」
「そう? それならいいんだが」
山岳踏破訓練という字面からして、険しい山道を歩く事になるんだろうけど、その時にルナレシアを連れて行って怪我でもさせたら大変な責任問題になりそうな気がする。
「それに、私がイオ以外の人をバディに選ぶつもりが無かったのは、訓練に参加しなくても良かったからという理由だけじゃありません。旅の時に起きた一件もあるからですよ?」
「そうか」
ルナレシアを邪魔とする勢力がいて、王都に向かう途中で襲ってきた一団が存在する。
実行者の口からプルシェンコ男爵の名前を聞き出したが、男爵自身は誰かの手下に過ぎないだろう。
というか、ぶっちゃけ黒幕はライエル侯爵だろう。
ルナレシアが命を狙われる理由は、彼女を擁立した王国軍内の軍閥系貴族の派閥、通称『騎士団』と、彼女の双子の姉アデリシア王女を擁立するライエル候が対立しているためだ。
将来、自分の息子アリアバートをアデリシア王女の王配にしたいと考えるライエル候にとって、ルナレシアの存在は邪魔なのだろう。
「そんな事よりもです。イオ!」
「な、何だ?」
「クァァァ……」
急に勢い込んでどうしたんだ?
とりあえず、腕から力を抜いたほうが良いと思うぞ? ティアが締め付けられて、苦しそうにもがいている。
とりあえず足元にティアを離したルナレシアは、またぐいっと俺に迫ってきた。
「いつにします!? どちらにします!? 私は今日からでも構いませんけど、今日はアセリアが外出していますので、できれば準備も兼ねて明日からにしてもらえたほうが――」
「待て待て待て待て!」
息継ぐ暇も無く話すルナレシア。
「何です?」
遮られてちょっと不満そう。
「いつにするとか、どちらにするとか、一体何の話だよ?」
「何って、バディの話ですけど?」
キョトンと小首を傾げるルナレシア。
その足下では、締め付けから解放されたティアが、主人を真似して小首を傾げている。
可愛い……。
「バディって山岳踏破訓練だろう?」
「ええ、山岳踏破訓練も一緒に行きますよ?」
ん?
二人して頭の中で疑問符が幾つも浮かんでいた。
どうも話が噛み合っていないような?
「ええっと、実は俺がバディの事を知ったのって昨日の夜の事なんだ」
「そうなのですか? それで来てくださるのが遅かったのですね……」
「え? 遅かった?」
「いえ、こちらの話です。それで?」
促されて話を続けた。
「ああ、うん、昨日の夜知ったんだ。だから俺はバディについて、まだ知らない事があるのかもしれない。知っている事はとりあえず、夏に行われる山岳踏破訓練までにバディを見つけておくこと。バディは異なる兵科の者同士で組むこと。そしてバディは将来上官と副官の関係を築く事が多いってことだ」
チットが言っていた異性とバディになった場合、将来のパートナーとなった物も多いという話はしなかった。
俺の話を聞いたルナレシアは、少し残念そうな表情を浮かべた後に、何か納得をしたように頷いていた。
「話が噛み合っていなかったのは、そういう事だったんですね。えっと、王国軍では部隊を離れた際、士官の単独行動が原則禁止されている事はご存知でしょうか?」
「ああ、そういえばコールの奴がそんな事を言っていたような……」
それがどうしたのだろう?
「この規則は士官候補生にも適用されます。兵科で教練を受けている時間以外、候補生もバディと行動を共にしなければなりません」
「教練以外の時間?」
ルナレシアは歳相応のいたずらっぽい笑みを浮かべて言った。
「はい。さすがに異性同士でバディになった場合ですと、お風呂とかおトイレとかは別行動を許されていますけどそれ以外の時は――食事の時も、寝る時も、それにお休みの日に外出する時も、とにかく可能な限り一緒に過ごします」
そういうことか。
ルナレシアの「いつにします?」は一緒に暮らし始める日。そして「どちらにします?」は俺の寮の部屋かルナレシアの部屋どちらで暮らすのかという意味だった。
足下でティアが「クァアア」と、呑気に欠伸をしていた。
「と、とりあえずその辺の話は、また今度にしようか。今日はとりあえずバディに頼みに来ただけだから」
「そう、ですね。わかりました」
翌日。
午前中の学科を終えてお昼を食べに食堂へ向かおうとしていた時だ。
「イオニス候補生」
リゼル教官が教室へ入って来るなり、俺の名前を呼んだ。
「――はい?」
「貴様に来客だ。応接室までついて来い」
来客?
一体誰だろう?
士官学校を訪ねてくるような知り合いはいないはずだけど。




