懐かしき再会と、新しい力と
「おお、イオ。おはよう」
「おはよう?」
「遊びに行くんか? 気ぃつけぇよ?」
「うん、ありがとう!」
道々歩いていると、顔見知りの村人たちに声を掛けられた。
もちろん記憶の中では、その誰もが十年以上も昔に亡くなっている。
そんな人たちと再び挨拶を交わしている事が不思議でたまらない。
そして心の奥底から耐え難い喜びが湧いてきて、思わず顔がニヤけてしまう。
「おい、女男がなんかニヤけて歩いてるぞ」
「気持ち悪ぃ……」
「今日も一人で花摘みか? いっそ女どもに混じって遊べよ!」
突然そんな声が後ろから掛けられた。
振り返ってみれば同じくらいの歳頃の男の子たちが三人いる。
ああ、こいつら――一番大きい奴がロイス。チビがバット。それから浅黒い肌の奴がノイエ。
三人とも懐かしい。
そういえば俺の顔立ちが母さん似の女っぽいからって、この頃はよくこいつらにいじめられていたんだった。
散々からかわれてムキになって殴りかかって、よく泣かされていたよ。
いや、本当に懐かしい。
もちろん、今の俺は六歳の子どもの精神じゃない。
外見は子どもだけど、中身は三十六歳の中年のおっさんだから、顔立ちをからかわれたくらいじゃ泣いたりしない。
そういえば前世で最後にロイスと会ったのは、俺が軍に十八で徴兵された時以来になるのか。
あの時は確か――。
◇◆◇◆◇
(まるでうねって進む、一匹の大蛇のようだ)
ちょっとした丘を登った所で、前線へと向かう兵士の隊列の中程にいた俺はそう思った。
大蛇の頭に当たる隊列の先頭と最後尾、ともに俺の位置からは見えない。
宰相ライエル侯は、いったいどれだけの兵士たちを強制徴用したのだろう。
俺も含めてこの兵士たちの大部分は平民だった。
この徴用された兵士たちの中で、生きて再び故郷に帰れる者たちはどれだけいるのだろうか。
前線に近づくに連れて俺たちとは逆の方向、つまり帰る者たちとすれ違う事が多くなった。
帰るといっても、彼らは別に戦うのが嫌で逃げだしたわけではない。
脱走兵となれば、督戦の兵士がやって来て殺される。
彼らは重症を追って後方に送られる傷病兵だった。
傷病兵の中には自力で歩けず、台車に乗せられている者もいた。
彼らを見ていると、嫌でも戦いが近づいている事を思い知らされる。
「おい、イオ。イオじゃないか」
後方に向かう傷病兵を横目に眺めつつ歩いていると、その中の一人から突然名前を呼ばれた。
「ロイス。ロイスじゃないか!」
俺よりも先に徴用された、同じ村の出身で幼馴染の男なのだが――。
「お前。その怪我……」
俺は変わり果てたロイスの姿に、絶句してしまった。
ロイスは顔の右半分を、血の滲んだ包帯でグルグル巻きにしていた。おまけに右腕が肩の付け根から失われている。
「ああ、これか? 敵の竜騎士隊のブレスに巻き込まれたんだ。ハハ……見ろよ、俺の右手。失くなっちまった」
俺の視線に気づいたロイスが言った。
「……ノイエも死んじまった」
「ノイエが……」
ノイエも、ロイスと一緒のタイミングで徴用された同じ村の幼馴染だ。
「腕を失って……もう戦えないからって村に帰る事を許されたけど、帰ってもこんな腕でどうしろって言うんだ。腕も無ぇ、右目も見え無ぇ……こんな俺が村に帰ったところで、嫁だって貰えねぇよ……」
ロイスの吐き捨てるような口調に、俺の周囲で話を聞いていた他の連中も顔を歪めた。
全員、ロイスの状況が他人事ではなかったからだ。
「それとも命があっただけマシなのかもな……なあ、イオ。俺が気をつけろと言ったところで、どうにもならんとは思うけど……だけど、俺のようにはなるなよ」
そう言って自嘲気味に笑う姿が、俺がロイスを見た最後の姿だ。
この後程なくしてロイスは、怪我からくる感染症で故郷の土を踏む事無く命を落としている。
◇◆◇◆◇
「な、何だよ。ニヤニヤしやがって……笑いながら見てんじゃねぇよ!」
「というかこいつ、笑いながら泣いてるぞ……」
生きている彼らとまた会えた事と懐かしさで、俺の感情は大きく揺さぶられていた。
ロイスとノイエだけじゃない。バットも二人が死んだ一年後に、別の戦いに徴用されて死んでしまった。
感極まって、少しくらい涙ぐんだっておかしい話じゃないだろう?
それにしても村の同年代の男の子で、最後まで生き残れたのは俺だけだったわけだ。それも三十六歳で戦死という結果になったわけだけど。
「ごめんごめん。やあ、久しぶりだったからつい。ロイス、バット、ノイエ。三人とも元気そうで良かった」
「久しぶりぃ? 何言ってんだ、お前? バカなの? 昨日も一昨日も会ってるじゃないか」
そうだった。
ロイスの言うとおり、六歳の俺の記憶では、確かにこいつらとは毎日のように顔を合わせている。
「ちっ、気持ち悪ぃな。行くぞ」
舌打ちするとバットとノイエを従えて、ロイスは反対方向に歩き出した。
小川の方へ向かって行ったから、小魚かエビでも捕まえて遊ぶのかな?
昔は虫捕りや魚捕りをして遊ぶあいつらの事が羨ましくて仕方がなかったものだ。
いつもこっそりと後をつけて行って、奴らの近くで一人同じ遊びをしていた。
ま、そうすると、あいつらは俺が網を潜らせている水面に目掛けて石とか投げ込んでくるんだよな。
俺が泣いて掴みかかって、逆に川の中に突き落とされて――。
全身びしょ濡れになって家に帰ったら、姉のササラが怒ってあいつらを追いかけ回すんだ。
兄のホクトとは十以上も歳が離れていたので、その後はだいたい姉と遊ぶことになるんだけど、一緒に遊ぶことになる姉の友だちといえば当然女の子ばかり。
彼女たちと一緒に混じって遊ぶのは嬉しいんだけど、やっぱり照れくささもあって少し嫌でもあった。
女の子のグループと遊んでいたら、またその事で女男ってバカにされるから。
でも今は、仲間外れにされていることがかえってありがたい。
昨日までの、六歳の俺だったら、今日もあいつらの後を追っかけて行っただろう。そしてあいつらの近くで奴らの真似をして遊び、いじめられて姉の所へ逃げ帰るパターンだったに違いない。
でも身体こそ六歳だが、中身は三十六歳となった今の俺は、あいつらには興味がなかった。
興味が無いと言ったら語弊があるか。
三人と再会した時思わず感極まってしまったように、この頃はいじめられていたとはいえもう少し大きくなれば関係は改善し、祭りの日には一緒になって酒を飲み騒いだ仲だ。
あいつらが生きていてくれたのは本当に嬉しい。
でも今の俺には、何を置いても優先してやらなければならない事があるのだ。
大切な友人たちを死なせないために。
◇◆◇◆◇
――我が七十二の権能。それをそなたにくれてやる。
声が告げた権能の事。
あの声が何なのかわからないが、確かに俺は過去へ遡行しているし、何がしかの力が俺の裡に宿っているのがわかる。
そしてそれがどんな力で、どのように使えばいいのか。
不思議なことになぜかそれも理解できていた。
その権能を使いこなせたならば、この先この国に訪れる破滅的な未来を変える事ができるのだろうか。
ただ、頭の中で理解できているとはいえ、俺はまだその権能の発動を目にしていない。
だから早急にその力が本当に使えるのか試してみる必要があった。
できれば人目に付きたくない。
そこで人目を避けるために、村の外へ出る必要があった。
場所は……そうだな。昨日俺が意識を取り戻した辺りが丁度良いだろう。
その場所は村の子どもたちに仲間外れにされた時、よく一人で泣いていた場所で、いわゆる俺にとっての秘密基地に当たる場所だった。
あそこならまず人は来ない……と思う。
村共同の放牧地を通り過ぎて、山裾に広がる森の中を小川沿いに入っていく。
この小川に沿って上流へと続いている道は、村の男たちが山へ狩りや山の幸を採り行く際に使われる道で、村の裏山へと続いている。
この道沿いだと、山仕事に入った村の大人が通りかかるかもしれないので、途中獣道のような細い道に分け入った。
当然六歳の子どもが行っていい場所ではない。
両親からもきつく森の深い場所には入るなと言い含められていた。
昨日までの俺なら、その言い付けを破ることに躊躇するかもしれないが、今の俺ならこの程度の浅い山は決して怖くない。
山中踏破なんて、軍にいた頃に作戦行動はもちろんの事、魔物の討伐などで散々やっている。
細い道をどんどん奥へと進んでいくと、やがてぽっかりと下草が生えておらず、木々の間がすっきりと遠くまで見渡せる場所へと出た。
これはディアラインと言って、シカなどが多く生息している場所に見られる光景だ。
笹薮や木々の新芽をシカが食べてしまうと、森はこのような状態になる。
権能を試してみるには、ちょうど良さそうな場所だ。
少し辺りを動き回ると、澄んだ水を湛えた小さな泉を見つけた。
底から水が湧き出ているのか、数カ所底の方で砂がボコボコと絶えず噴き上げられている。
泉からは小さな流れが一筋生まれていて、俺が辿ってきた小川の方に流れている。おそらく、村に流れる小川の源流の一つなのだろう。
よし、権能を試す場所はここにしよう。
場所を決めた俺は、念入りに周囲に人がいないことは確認する。
大丈夫だ。人どころかシカや動物の気配すら感じられない。
まずは声が俺に与えたという七十二の権能を、俺自身が改めて整理するため、地面に書き出してみることにした。
『天雷』『裂震』『未来視』『死魂召喚』『快癒』『窃盗』『鉱脈探知』『光塵矢』『叡智』『精錬薬』『敵感知』『求愛』『魅了』『腐蝕』『光槍』『不妊』『鎮静』『耐熱』『偽愛』『物品感知』『使役魔』『鼓舞』『招火』『束縛』『竜牙裂』『死操術』『翻訳』『黄金変化』『招竜』『操水』『透明化』『色欲』『昏倒』『召嵐』『召魔狼』『使役鳥』『火の鳥』『武器創造』『城塞生成』『物質転移』『操風』『奪浮力』『弾薬生成』『視聴喪失』『千里眼』 『屍霊天昇』『招愛』『水酒変容』『水脈探知』『影騎士召喚』『呪殺』『死の幻影』『鳥獣戯語』『楽才』『光盾』『好意』『詐欺』『不和』『無警戒』『器用』『水油変容』『幸運招来』『範囲感知』『焼却』『飛行術』『高速航行』『植物操作』『闇招来』『鑑定』『転移』『幻影投射』『断罪の炎』
以上、これが俺の頭の中へ浮かび上がった七十二種類の権能である。
こうやって書き連ねてみると、たくさんあるな。
『求愛』、『魅了』、『招愛』、『好意』の四つは何が違うのか、いま一つわかりにくい。
どれも人の精神に作用する凶悪な権能らしいのだが、異性のみを対象としたもの、異性同性関係なしに使えたりするものがあるようだ。
どのみち他人を強制的に魅了したりできてしまうらしいので、使い方次第では凶悪極まりない力である。
それにしても『腐蝕』、『呪殺』、『死の幻影』など、物騒な名を持つ権能が多い。
声の主は神ではなくやっぱり悪魔なのかもしれない。邪悪な効果を及ぼす力が多すぎる。
そういえば、特に気にも止めず地面へ権能を書き連ねていたのだが、俺が文字を書けることもバレたらまずいな。
小さな田舎の農村で、文字の読み書きができる者などほとんど存在しない。
うちの村で読み書きできるのは、せいぜい村長と、村に一軒のよろず屋、宿屋兼酒場を営む夫婦くらいのもんじゃないだろうか。
俺も伍長に昇進した時に、上官から無理矢理覚えさせられるまでは読み書きができなかった。
六歳の子どもが誰に教わることもなく突然読み書きできるようになったら、おかしいなんてものじゃない。
人前では文字が読み書きはできないふりをしておこう。
さて、七十二の権能全てを書き出した所で、俺はその力を試してみる事にした。
選びだしたのは、効果が一目瞭然で、かつ周囲にあまり被害が出ないような簡単そうなもの。
『招火』
火を術者の思ったところへ着火させるだけ。
結果が一目瞭然だし、目立つような事も無い。
ところで、力を発動させるのには呪文? キーワードのようなものとかあるのだろうか。
そう思ったところで、頭の中へ文章が流れ込んでくる。
ふむ。その文章を口に出せば良いのか。
「イオニスの名において命ずる。その威を示せ――『招火』!」
小さな枯れ枝を目標にして、頭のなかに浮かんだ通りに文章を読む。
すると頭の中で思い描いていたとおりに、パチパチと軽快な音を立てて枯れ枝があっさりと燃え初めた。
「マジかよ……」
前世では魔法というものに縁の無かった俺が、いともあっさりと火をつけることができた。
「イオニスの名において命ずる。舞い踊れ水よ、静謐なる世界を導け――『操水』!」
続けて泉へ右手を向ける。
すると水の一部が盛り上がって、人の頭大の塊が宙に浮かび上がった。
右へ、左へ、上に、下に。
水の塊は俺の意思に従って、自由自在に宙を移動させることができた。
最後に水への意識を緩めてみると、その場へバシャンという音を立てて落ちる。
面白い。
たった二つ。
七十二の権能で、まだたった二つの力を試してみただけ。
それだけで、俺はこの権能が王侯貴族や騎士の操る魔法に並ぶ力だと悟った。
魔法は、一部の例外を除いて王侯貴族や騎士、そして神の祝福を受けた聖職者だけが使える奇跡の力。
血統書付きで平民出身の俺には、決して使うことのできなかった力。
それが、転生した今は火を熾し、自在に水を操ることができた。
残った七十に及ぶ権能も、魔法と似たような力を発揮するのだろう。
人の心すらも操り、物質を創造から変質、さらには天変地異も引き起こせる力が、俺の裡に宿っているのだ。
前世で俺が見たどんな魔法をも超えた力かもしれない。
この権能を上手く使いこなせば、本当にあの悲惨な未来を作り変える事ができるかもしれない。
権能を振るった際の代償もわかってきた。
力を使った途端、疲労感と僅かな空腹を覚えた。
際限なく権能を使ったりすれば、疲労でその場にぶっ倒れてしまいそうだ。
ひとまず効果が目に見えてわかるものだけを今は試しておくことにしよう。
とりあえず身を守るために使えそうな権能は試しておきたい
『光塵矢』、『光槍』、『腐蝕』、『水酒変容』、『光盾』、『飛行術』、『転移』。
試しておくべき権能はこのあたりだろうか。
攻撃の手段と防御の手段は早めに知っておきたいからな。
『火の鳥』や『焼却』なんかも試せそうだったけど、火関係は山火事が怖いのでやめておいた。
せっかく力を手に入れて転生したのに、自分が点けた火と煙に巻かれて焼死しては笑えない。
あとは天候を操作するような、自然に大きく影響を及ぼす力も控えておいたほうが良さそうだ。
万が一にでも天災規模の気候変動が起きたら、村だけでなく近隣の里全ての農作物をダメにしてしまいかねない。
頭の中に浮かぶイメージだけでもその効果は強大で、下手に使えば一地方くらいなら簡単に滅ぼせそうだ。
まずは光の矢を撃つ権能、『光塵矢』から試してみることにする。
頭の中に人差し指を対象に向けて撃ちだすイメージが現れた。
その通りに実行してみる。
標的は太い樹木の幹。
「イオニスの名において命ずる。我が敵を射抜け――『光塵矢』!」
右手の人差指の先に赤い球体が現れると、一条の赤光が発射されて標的の木の幹へ突き刺さった。
ふむ。威力は太い木の幹を貫通する程ではないが、深く抉っている。
射程距離も調べておくか。
鹿摂食高のおかげで結構遠くまで森の中が見渡せるので、もう一発今度はどこまで光の矢が届くのか試してみた。
すると百メートルは軽く離れている木にまで光の矢は届いた。
それ以上の距離は見通せる場所がなかったので試せなかったけど、最低でも射程距離百メートルはあるようだ。
「イオニスの名において命ずる。我が敵を貫け――『光槍』!」
続けて光の槍が出せるらしい『光槍』を試してみた。
『光塵矢』の時と同じように頭の中で、手のひらを対象に向けて突き出すイメージが浮かび上がる。
標的となった木に向けて手を向けると、『光塵矢』よりも太い光が一直線に伸びて幹ををあっさりと貫通して大穴が開く。
「おっと!」
幹に穴を開けられた木がバキバキという音を立てて倒れた。
威力だけなら『光塵矢』を遥かに上回る。
もう一発、大きめの岩に向けても撃ってみたけど、簡単に砕け散った。
ただ、非常に殺傷能力が高いのだが射程距離が非常に短い。三メートルがせいぜいといったところだ。
中近距離戦での切り札には良さそうである。
「イオニスの名において命ずる。腐れよ――『腐蝕』!」
『腐蝕』は、手で触れたものを腐敗させてしまう権能だ。
手に持っていた木の枝がグズグズと柔らかくなる。続いて小石に試してみると、ボロボロと崩れて砂となってしまった。
これもまた……凶悪な権能だな。
人というか生き物に使ったりすると、かなりエグい光景が見られそうだ。
途中、一度家に帰ってお昼を食べた後でまたこの場所へと戻り、別の権能を試してみる。
『水酒変容』は、泉からひとすくいした水が葡萄酒に変わっていた。
今の俺は六歳の子どもなので酒を飲むわけにはいかないのだが、匂いを嗅いでみると葡萄の香りとアルコールの匂いがして頭がクラクラする。
前世では浴びるように酒を飲んでいたので、思わずゴクリと唾を飲み込んでしまった。
でも今の身体は六歳。
大好きだった酒だけど、この身体で飲むわけにはいかない。
これは大人になった時の楽しみにしていよう。
父さんや兄さんに飲ませてあげたら喜ぶんだろうけどなぁ。
そして今のところ、思い浮かぶ権能の中で唯一の防護手段らしい『光盾』。
俺を中心にして、天頂から全周を半円状に覆う光の膜が生まれた。
どのくらいの強度かはわからないから、何か試す手段があれば良いのだが。
唯一の防護手段とは言ったが、恐らく『操風』でも矢を吹き散らしたり、『操水』で水壁や水膜を作りだして炎から身を守ることもできるとは思う。
でも火から身を守るには『耐熱』というそのままの名前の権能がある。わざわざ水の膜を作り出さなくても、この権能を使えば良さそうだ。
残りは二つ。
「おお! 飛べる! 本当に空が飛べるぞ! ハハハ」
『飛行術』の権能を使うと、足が地面からゆっくりと離れて空へと上昇した。
この権能は自分の意志で自由自在に空を飛べるらしいのだけど……とりあえず感想としてはとんでもなく怖い。
足が地面に着いていない状態が、これほど怖いとは思わなかった。
背の高い木に沿ってゆっくりと上昇していき、木々の上から周囲を見回せば遠くにうちの村が見えた。
しばらく木に掴まったままの姿勢で空を飛ぶ事に慣れるのを待って、木から手を離して少しだけ飛んでみた。上昇、下降、そして飛行速度も変えてみる。
森の中を飛んでいるため、あまり速度を出し過ぎると木の枝にぶつかりそうで怖い。そしてあまりに早く飛ぶと風で目が開けられなくなる。
飛んでいる間は、走り続けているような感覚で体力が消耗されていくようだ。残念な事に今の俺の体力では、長時間飛び続ける事はできそうにない。
そして『転移』。
これは最大五十メートルくらいの範囲で視界内にある場所へ、瞬時に移動できる権能だった。
ただ移動した直後の急激な視界の変化についていけず、頭がフラフラしてしまう。この権能も慣れが必要かもしれない。
というわけで、とりあえず今日試そうと思っていた権能は全て確認できた。
他の権能もおいおい実験をしていこうと思う。
収穫は、権能を使うとスタミナを消耗する事。
使える回数や持続時間を伸ばすためには、何を置いても体力づくりが重要だという事かな。
明日からは権能の実験に加えて、身体を鍛えようと思う。