表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
抗いのヒストリア  作者: ピチ&メル/三丘 洋
王立士官学校訓練編
19/72

特別扱いと、バディと

 そして士官学校での日々が始まった。

 士官学校のカリキュラムは、午前中が各兵科共通の座学と一般教養。午後から各兵科に分かれての教練となる。

 その普通科の教練なのだが――。


「今日も走らされるだけなんかい! もっとこう、他にもすることあるやろ? 教えるならもっと大切な事が! 剣とか、槍術とか、弓術とか、体術とかさあ!?」 

「やかましい! 四の五の言わんと走れこのうすのろがぁ! 剣だぁ? 槍だぁ? アホか! 今の貴様らでは剣も槍も体術も、覚えた所で何の役にも立ちゃしねぇんだ! 一対一での戦いならともかく貴様らは軍人だ! 軍の戦いは数対数だ! 戦場で最後まで戦い生き延びるには、一にも二にも体力が必要なんだよ! 理解できたか!? 理解できたならとにかく走ってろ!」


 王立士官学校に入学してからかれこれひと月。

 彼らは毎日のようにグラウンドを走らされていた。


「三十分以内で私が定めた周回を全員が走れるようになるまで、次の課程へは進まないからな!」

「くっそぉ、ワイとイグナシオはとっくにクリアしてるんやでぇ……」

「ち、足を引っ張りやがって……」


 先頭を走るイグナシオが舌打ち。


「す、すみませぇん……あたしのぉせいでぇ……」

「連帯責任って言葉、聞いたことがあるだろう? チット候補生、イグナシオ候補生」

「すみません、二人とも。僕も頑張ります」


 コールはともかく、後はエイリーンか。

 教官の少し後ろに座って俺は、走っている普通科の同期たちを眺めていた。

 先頭を走るのはイグナシオ、二十メートルくらい離れてチットだ。

 この二人はリゼル教官の定めた周回数を余裕でクリアしている。

 チットから少し遅れて走るバウスコールも、このひと月の間で何度か目標周回をクリアしている


 問題はエイリーンだ。

 彼女だけ今の所一度も目標周回をクリアできていない。一応、あと少しで目標周回クリアは見えているのだが……。

 あの走る度にたゆんたゆんと弾む胸が……邪魔なんだろうなぁ。いや、見てるこっちとしては全然邪魔無いんだけど。


 それにしても、初日の持久走でこの持久走の目標周回を設定したのだろう。

 最も体力が少ないエイリーンの限界ギリギリを見定めたリゼル教官の眼力は、なかなかのものだと思う。

 なお、ドムだけは目標周回が定められていない。

 相変わらずマイペースで走れば良いという指示が出ている。


「よそ見とは良い度胸だな、イオニス候補生。今日渡した課題は終わったのか? ん?」

「いえ……」


 やば、よそ見していた事に気付かれた。

 リゼル教官が肩越しに睨みつけて来たので、俺は慌てて地面へと目を落とした。

 ちなみに俺が何をしているのかと言うと、相変わらず文字の練習である。

 教室に一人いると進捗状況がわからんという事で、地面に書いて練習しろと言い渡されたのだ。

 ただ、事情を知らない者が見れば今の俺って、いい歳して地面に棒切れで砂遊びをしているようにしか見えない気がするんだよなぁ。


 そしてどうやら事情を知っている者でも、俺だけが走りもせず、ただ文字を地面に書き連ねている事を贔屓されているように見えたようだ。

 休憩中、地面に座り込んでいたチットがリゼル教官へ不満をぶつけた。


「だいたい聞きたいんやがな? 軍隊では体力が必要だってのはようわかった。せやけど、何でワイらだけ走らされて、こいつだけは免除なんや?」


 俺を指差して言う。


「確かに。立場は同じ普通科の候補生なのに、なぜイオニスだけが走る事を免除されるのか。文字の読み書きができなければ、この先の教練、授業に差し障りがあるからという理屈はわかる。でも、それはイオニス個人が自由時間を削ってでも努力して学ぶべき事であって、全体教練の時間を個人の課題の解決に当てるのは不公平感があるな」


 イグナシオが指摘して、候補生たちの視線が俺とリゼル教官に集まった。

 俺からすれば今の境遇は、同期の教練からハブられているようにしか感じられないんだけど、チットとイグナシオの言い分もよく分かる。

 賛意を伝えようと口を開こうとしたのだが、リゼル教官は呆れたようにため息を吐いた後で口元を歪めて言った。


「不公平? なるほど、そう見えるなら貴様らがまだ未熟な証拠だ」


 どういう意味かと怪訝な顔で見合わせる。 


「なぜイオニス候補生だけ、持久走を免除しているのか。それは現時点でイオニス候補生に貴様らと同じ事をやらせても、時間の無駄だからだ。レベルが高い者が低い者に合わせる事程無駄な事は無い。貴様らと同じ事をさせる時間があるなら、こいつの足りないオツムに最低限の知識を詰め込んだ方が余程効率がいい」

「あの、この持久走って僕たちに体力をつけるためのものですよね?」

「そうだが?」


 リゼル教官がバウスコールへ目を向ける。


「イオニスさんが運動能力試験で優秀な成績を収めたことは、僕たちも知っていますが……イグナシオさんやチットさんだって、相当な体力の持ち主だと思います。その二人でもルークさんとは差があるのですか?」

「ある。それも圧倒的な差でな」

「嘘や! 一緒に走ってもいないのに、何でそんな事がわかるんや!」

「いや、儂は教官の言う通りじゃと思う」


 ドムがちらりと俺の方を見て言った。


「イオニスが戦技試験を受けた時のことじゃがな。儂は次のグループじゃったから、運動能力試験もその後の試合も観戦できたんじゃよ。持久走試験じゃ幼年学校卒の者たちが全然ついていけてなかったぞ」

「それはそいつらが遅かっただけじゃないのか? それに試合は確か、ずっと相手に攻められっぱなしだったって話じゃないか。最後の最後でようやく一矢報いたが引き分けたって話だったが?」

「一矢報いて引き分け、のぉ。儂にはとてもそうは見えんかったわい。あの時試験官が試合を止めなければ、恐らく勝っておったのはイオニスだったんじゃないか?」


 そうだな、勝っていた。

 さすがに経験を重ねたドワーフってところか。よく見ているな。


「いやだから、それが何でイオニスのあんちゃんだけがワイらと違った扱いに繋がるんやって聞いてるんや」

「……そうだな。実際に見てみなければ、納得しないか。私も試験官を務めた者の報告から、推し量っているだけだから見てみたい。よし、なら少し早いがついて来い」


 資材倉庫からリゼル教官が持ち出したのは。

 おお、背嚢だ。行軍中に装備を入れる袋である。


「全員、これを背負って徒歩でグラウンド二十周。イオニス候補生も参加するように」


 二十キロも無いくらいかな、これ。

 まだ全員身体ができてないから、まずはこんなもんか。


「米袋よりマシですね。担ぐんじゃなくて背負うんですから、この方が歩いていて楽ですね」

「儂もじゃな。石より軽いわい」


 身体の大きなバウスコール、職人として力仕事に慣れたドムは余裕の表情。先頭を歩いている。

 イグナシオは無言で歩いているが、持久走の時と違って先頭に立とうとする姿勢は見せなかった。

 苦労しているのはチットとエイリーンだ。


「何やこれ、重……」

「………………」


 小人(リムル)族のチットには、背嚢が大きくてかなり応えている様子だし、エイリーンはもう、ただただ非力。彼女はまず先に筋力を付けなければならない。

 かく言う俺は最後尾を歩くチットとエイリーンより少し前を歩いていた。

 グラウンドを五周する頃には、先頭を行くバウスコールとは半周近く離されている。

 かなりハイペースだ。  

 でも、そのペースで最後まで歩き続けられるかな?

 そして二十周目を迎えた時――。

 先頭でゴールした俺は、二周以上も周回遅れになっている皆が、息も絶え絶えになって歩くのを眺めていた。


「わかったか? 今の貴様らとこいつとでは、これだけのレベル差がある。しかも貴様にはまだ余裕があるのだろう?」


 リゼル教官が意味ありげにニヤリとしてきたので、俺は慌てて目を逸した。

 これ以上、何か課題を積まれてはたまらない。


「貴様なら本来の重さの背嚢を背負わせても、及第点を取れるだろう。ようするに試験でイオニス候補生は、兵士としての身体能力は十分に備えていると評価されているのだ。今のままでも、ただの一兵卒としてなら十分に使えるレベルにある。残念な事にオツムの中身が致命的に足りんがな」

「お、おい、本来の重さって……これよりまだ重いんかい!?」

「ついでに言えば武器や防具も持って歩いてもらうぞ? まだ先の話だが、夏に行われる山岳踏破訓練ではその背嚢を背負って貰うことになる」


 皆が皆、口をあんぐりと空けて目が絶望の色に染まっていた。

 でもな、背嚢が重いのって有難い事なんだぜ? 

 多分、今の皆にはわかんないだろうけどさ……。

 背嚢が重いということは、つまりそれだけ装備品、医薬品、食糧などの物資が詰め込まれている証拠なのだから。

 終わりの見えない戦場で、軽い背嚢を輜重部隊から渡された時の焦燥感は、実際に味わってみなければきっとわからない。

 リゼル教官だって知らないはずだ。


「さあ、わかったらとっとと走れ! イオニスは再び書き取りだ! エイリーン候補生には特別に腕立て伏せも追加してやろう!」

「えぅぅぅ……」


 エイリーンが力無い悲鳴を上げる中、俺は再び地面に棒切れで文字を書く。


 

 ◇◆◇◆◇



 王立士官学校へ入学してふた月が過ぎた頃――。


「おい、バディや! バディ! そろそろワイらもバディを決めておかないとマズイんやないか?」


 訓練(ローブ登りとロープ渡り) を終えて寮の談話室に集まっていた俺たちへ、チットがそんな事を行った。

 バディ? 何だそれ?


「あたしはぁ、縁戚の人が魔法士科にいるのでぇ、その人とってぇ決まっちゃってますぅ」

「何や、エイリーンちゃんはもう相手がおるんかい。まあ、同じ兵科やとバディになれんらしいから、別にええんやけど……。何で、同じ兵科だと組めないんやろうなぁ……」

「なあ、チット。何だ、そのバディって?」

「はあ? イオニスのあんちゃん、知らんのか? バディの事、説明があったやろう? 聞いとらんかったんかい!?」  

「ああ、そういえばバディの事について教官から説明があった時、イオニスさんは教室で一人課題をこなしていたはずです。だから聞いていないんですよ」


 あの教官、俺にだけ説明し忘れていたのか!


「バディってのはアレや。パートナー、相棒の事や」

「パートナー? 相棒?」


 バウスコールが教えてくれた。


「部隊を離れた時に、一緒に行動を共にする相手の事です。王国軍では基本的に士官が単独で行動する事を許されていませんから」

「へえ」


 そんな規則があったのか。


「異なる兵科で組む理由は?」

「さあ、そこまでは僕も。でも異なる兵科でバディになった方が、何かあった時に様々な対応が可能になるとかではないでしょうか?」

「なるほど」

「それに将来のためだ」


 一人窓際に立って腕組みをして立っていたイグナシオが口を開いた。


「兵科毎に序列が存在する事は知っているな?」

「竜騎科が最上位、以下魔法士科、工部特務科、普通科の順だな」

「出世のスピードも違うって言うんやろ?」

「正確に言えば魔法士科と工部特務科は更に兵科の中でも序列があるんだが、まあ今はそれはいい。それで俺たち普通科はバディをパートナー程度に捉えているが、竜騎科、魔法士科といった序列の高いクラスに属する者たちは、このバディ制度を違うものに捉えている」

「どういうことだよ?」

「将来の副官探しさ。竜騎科、魔法士科の士官は、士官学校卒業後すぐに部隊の指揮官に就く事が多い。それだけ強力な火力を備えているからな。だが、部下に付く兵士たちは海千山千の者たちばかりだ。新卒士官の言う事を聞かない者も多い。そこで王国軍の伝統として信用の置ける副官に、候補生時代バディだった者を連れて行く事が多いんだ。部隊の人事にはある程度指揮官の意図が干渉する余地が与えられているからな」


 ふーん、そうだったのか。

 じゃあ前世で配属されていた部隊の指揮官と副官は、士官学校時代にバディだったりしたんだろうか?


「でもバディになった後で、実は相性が悪かったりしたらどうするんだ?」

「別に? 解消するだけさ。卒業して部隊に配属された後で険悪な仲になったとしても、指揮官と本人が望まなければ同じ部隊に配属される事も無い」

「なるほど」

「将来有望な奴とバディを組めて信用を得れば、副官として出世街道に乗る事もあるようだぞ」

「イグナシオさんも、将来の出世が約束された方をバディにと考えているんですか?」

「まさか。僕もそこのエイリーンと同じで、魔法士科にいる家の縁戚の者とバディになるだろうさ。そもそも普通科の僕に選択肢なんて無いんだからな」

「いやいや、そこで諦めたらあきまへん! ワイは時間がある限り、少しでも理想の相手を追求していくつもりや!」

「理想の相手?」

「そらもうアレよ。胸が大きくてぇ、美人でぇ、足腰は細くてぇ――」


 全員、チットを見る目が、屑を見る目になったのは言うまでもないだろう。

 交際相手を探すのとは違う。


「皆わかっとらんなあ。ええか? バディはな? 時に一生の関係になる事も多いんや。同性同士なら一生の親友に。そんで異性同士ならもうわかるやろ? 実際人生のパートナーにしとる人も多いんやで? なら逆に聞こか? ワイはともかく、あんさんらはどうなんや!? 誰かええ宛てでもあるんかいな? イオニスのあんちゃんは? コールのあんちゃんは? ドムの爺さんは?」

「儂か?」


 一人、何だか孫を見る爺さんのような穏やかな目をしつつお茶を啜っていたドムが、チットに話を向けられて答えた。


「儂は工部特務科に弟子の孫が何人かおるんでな。誰か適当に頼んで組ませてもらうつもりじゃよ」

「僕も幼年学校時代からの友人からもう誘われていますよ。軍医希望で工部特務科に進んだ奴なんですが」

「あれ? コールって幼年学校出身なのか?」

「ええ」

「人族で幼年学校出身者じゃないのはお前だけだ」


 そうだったのか。イグナシオに言われるまで知らなかったよ。


「なんや、普通科でバディが決まってないのはワイとイオニスのあんちゃんだけなんか」

「イオニスさんはぁ、どなたか宛てがあるんですかぁ?」

「そうだなぁ……」


 エイリーンに聞かれて考え込む。

 そもそも士官学校に知り合いが――って、待てよ? そういえばあの時言われたのってこれの事なのか?


「何だったらワイと一緒にバディ探しに行くか?」

「うーん、確実じゃないけど一人程心当たりがあるというか、もしかしたら頼めるかもしれない人がいるから、バディ探しはその人に聞いてからで。もしもダメだった時に改めて頼むよ」

「了解や」

「……イオニス。僕は君が例えその人に断られたとしても、チットと一緒にバディを探すのは止めたほうがいいと忠告しておくよ」


 イグナシオの忠告に、チットを除く皆が頷いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ