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抗いのヒストリア  作者: ピチ&メル/三丘 洋
王立士官学校訓練編
18/72

特別課題と、本当の自由と

 さてグラウンドに出ていない普通科候補生の約一名こと俺は、教室で一人机の前にて悪戦苦闘していた。


「グラウンドに出てひたすら走れ!」


  というリゼル教官の指示に従って教室を出ようとした際。


「おい、イオニス候補生。貴様は走らなくていい。その代わりにこれをやろう」


 リゼル教官から手渡されたのは、ノートと候補生の名簿らしき物と数冊の絵本だった。


「何ですか、これは?」

「その名簿には古代教会文字、周辺諸国語、他種族が用いてきた文字を使って貴様らの名前が記してある。その名簿の手本を見ながら名前を書き連ねろ。まずは自分の名前からだ。手本を見ずに各国、他種族の文字で自分の名前が書けるようなったら、次はそこのバカどもの名前だ。まさかこの由緒ある王立士官学校に、公用語以外の文字が読めない書けない極めつけのバカが来るとは思わなかったからな。その名簿の手本は、わざわざ私が諸外国の文字や他種族の文字を書いてやったんだ。どうだ? ありがたくて涙が出てくるだろう?」


 凄まじいまでの罵倒っぷりだったが、事実には違いないので素直に受け取る。


「名前が終わったら、そこの幼児用の絵本で練習だ! その幼児用(・・・)のな?」


 幼児の部分を強調してせせら笑うと、リゼル教官は教室を出て行った。 

 言い方はともかくわざわざ俺一人のためだけに、普通科のたったの六名とはいえ、全員の名前を何種類もの文字に書き換え、絵本まで手配してくれたのだ。

 ありがたい話である。

 とりあえず自分の名前を書き覚えるところから始め、今はクラスメートとなった普通科の候補生たちの名前を書いて練習している所だった。


 孤独で地味な作業だったけど案外楽しいかもしれない。

 自分の名前。

 同期の候補生たちの名前。

 さっきまで意味不明だった線が、突然俺の中で意味ある文字へと化けるのは、ちょっとした宝物を見つける感覚に近いかもしれない。

 大方同期の名前も手本を見なくても書けるようになったので、そろそろ次のステップへ進もうかと考える。


 絵本には果物や野菜、動物のわかりやすいイラストが描かれていて、その絵の下にモチーフとなったものの名前らしき文字が書かれてあった。 

 早速書いていると、教室の扉が開く音がした。


「やっと、見つけました」

「ルナ?」


 教室に入ってきたのはリゼル教官でもなく、クラスメートでもなかった。


「入学式にまた会おうって約束したのに、会いに来てくださると思ってたのに……。イオなら絶対に士官学校に合格してると思って、ずっと探していたんですよ?」

「いや、一応探したんだよ? でも人数が多くてわからなかったんだよ」

「……本当ですか?」

「本当だって!」

「………………なら、いいです。でも、イオが普通科になるなんて思いませんでした」

「おいおい、俺が普通科以外でどこに受かるって?」

「え? だってイオはアルルさんを召喚できますし、空を飛べる魔法も使えますよね? イオ程の魔法士は、王国軍の魔法士にもそれほどいないと思いますよ?」

「魔法士適性検査は、受けさせて貰えなかったんだよ。生まれた時から魔力を持って無いと、そもそも検査を受ける事ができないらしい」

「そんな事が……。では、竜騎科はどうでした?」

「飛竜にはシカトされたぞ」


 憮然としてみると。


「ああ、そういえばそうですよね。アルルさんがいますから……」


 逆に、何か得心した様子でルナレシアが頷いた。


「どういうことだ? アルルの事と、俺が飛竜にシカトされる事に何か関係があるのか?」

「多分、ですけど。アルルさんって、かなり強い力を持った幻獣ですよね? そのアルルさんの匂いがイオに染み付いていて、飛竜がイオと関わる事を恐れたのではないかと」

「……そういうこともあるのか?」


 自分の制服の袖をクンクンと匂ってみるが、特に変わった匂いはしない。

 その間にルナレシアは机の上にある絵本を手に取って、パラパラとページをめくっていた。


「これは、古代教会文字で書かれた絵本でしょうか? お一人で文字の練習をなさっているのです?」

「公用語しか読み書きできなかったからなぁ」


 会話するだけなら『翻訳(ロノウェ)』の権能でどうにかできるんだけど……。


「他の連中は外を走ってるよ」

「普通科ではもう授業しているのですね」

「ルナはどの兵科なんだ?」

「私は竜騎科になりました」

「おお、エリートって奴じゃないか」

「本気になれば私よりも遥かに強い人に言われても、からかわれてるようにしか聞こえません」 


 むぅっとむくれた顔を見せる。それからふと、俺の机の横に掛けられた鞄を見て嬉しそうに微笑んだ。


「?」

「短剣、持ち歩いてくださっているのですね」

「ああ、そうだ。お礼を言わなくちゃな。ありがとう。これ、凄く良い物だろう?」


 鞄の中には、白鞘に収められたひと振りの短剣が仕舞ってある。

 普段は腰のベルトに結わえているのだが、講義中で椅子に座っている時は邪魔にならないよう鞄に突っ込んでおいたのだ。


「アルルのリボンもありがとうな。髪に結んでやったら凄く喜んでたよ」

「あのような贈り物でしか感謝の気持ちを伝える事ができなくて……。でも、気に入って頂けたなら良かったです」


 ルナレシアがなんとなく何か言いたげにモジモジしている。


「あの、イオは……この学校にお知り合いの方とかいらっしゃるのですか?」

「ん? いないよ。村から出たのはこれが初めてだからね。士官学校どころか、この王都に知り合いはいないよ」


 厳密に言うと、王都には、俺から一方的に知っている人物が何人もいたりする。

 前世での俺の戦友たち、上官、友人、知人、そして――妻となった女性。

 でもあくまで俺が知っているだけで、彼ら、彼女たちは俺の事をまだ知らない。

 この時代ではまだ、俺たちは出会っていないからだ。


「じゃあ他の兵科にも、お知り合いの方はいらっしゃらないのですね?」

「そうだね」


 何が言いたいんだろう?


「……あの、実は士官学校のカリキュラムが進んでいくと、異なる兵科同士で教練を行うようになるんです」

「へえ」


 そうなのか。そういえばリゼル教官、士官学校のカリキュラムについて説明もすること無く皆をグラウンドに叩き出したよな。結局、どんな教練をこの先行っていくのか、何ひとつ聞いてないぞ?


「私は竜騎科なのでイオとは違う兵科なんです!」


 ギュッと握りこぶしを作って、えらく力を込めた口調。


「おお、一緒に訓練できるなら楽しいかもね」

「はい。きっと楽しいと思います。でも、その、ええっと、そう、じゃなくて……」


 何かがっかりしたような顔で、何か小さくブツブツと呟いている。

 どうしたんだ?

 と、その時教室の外からガヤガヤと声が聞こえてきた。

 普通科の連中だ。

 やっと訓練が終わったのかな?


「あ、皆さん戻って来られたみたいです。お邪魔になりますし、私はもう行きますね」

「ああ」

「イオ。機会がありましたら、また私とお話をしてくださいね?」




 ◇◆◇◆◇



「やっと……やっと帰って来たでぇ!」

 寮の玄関前で叫んだのはチット。

 ルナレシアが出て行ったそのすぐ後に皆戻ってきたのだが、あれはただの途中休憩だったらしい。少し休むと再びグラウンドへと叩き出されて、結局日が傾くまで走らされていたようだ。 

 俺はルナレシアと別れた後も文字の練習を続けていた。彼女と話した事が良い気分転換になったらしく(はかど)って、名前を書き覚える時間よりも遥かに短い時間で、絵本の中の文字は全て覚えることができた。


「コレが僕たちの寮ですか……」

「何ていうかぁ、間に合わせ感がぁひしひしと伝わってきますねぇ……」


 バウスコールとエイリーンが、呆然と呟く。

 木造平屋建ての長屋。この寮で普通科の面々は生活することになるらしい。

 ちなみに他の科の寮は、歴史と風格すら感じさせる石造りの建物。


「ここまで差を付けられると、いっそ清々しささえ感じるな」

「仕方ないだろう」


 自嘲気味なイグナシオの言葉に返したのは、訓練の後で寮まで彼らを案内したリゼル教官。


「貴様ら普通科なんて、毎年数が知れているからな。この程度の建物で十分ということだ」

「なら、ここには俺たちの先輩も住んでいるのか?」

「いや」


 俺の質問にリゼルは首を振った。


「寮の場所は学年毎に異なる」

「ふおお! 寮が学年毎に用意されてるんですかい。なんちゅう贅沢な……」

「元々は軍の要塞だったって聞きますからね。寮として使われている建物は、元々兵舎だった物を改築でもしたんじゃないですか?」

「ほう、なかなかの博識ぶりだなバウスコール候補生。その通りだ。この場所こそ建国戦争当時、大陸最大にして最強と呼ばれたリーリア要塞の跡地だ。最もここが前線となる事は無かったがな。だから建物などいくらでもあるが、たかだか数人程度にでかい建物を使わせるのは無駄が多すぎる。というわけでコレだ」


 木造平屋建て長屋をクイッと顎で示す。


「それに喜べ。この寮には他の寮には無い特典が存在する」

「特典?」


 胡散臭そうにリゼル教官を見るイグナシオ。


「一つは全員に個室が与えられる。他の兵科だと、一部の者を除いて大体三~四名の相部屋だ」

「おお! そりゃあええな~」

「そして寮監が存在しない」

「わあ、じゃあ自由って事ですねぇ」


 パチンと手を合わせて、おっとりと喜ぶエイリーン。 

 いやでも、寮監がいないって……それにリゼル教官の言うことだぞ? 嫌な予感しかしねぇ!

 そう思っているのは俺だけじゃないらしい。チットとエイリーン以外の三人も、渋い表情を浮かべている。


「そうだ、自由だぞ。全部お前たちの好きに使えばいい。部屋割りはこちらで決めさせてもらった。荷物を各自の部屋に運び込んであるはずだから、好き勝手に整理するといい」

「よっしゃ、ほな早速部屋で休ませてもらうわ」


 早速寮の中へ飛び込んでいくチット。その後を追うように俺たちが続く。

 そこでふと、リゼル教官へ振り向いて――そして俺は見てしまった。

 踵を返して教官室へと戻っていくリゼル教官の顔には、悪魔的な笑みが浮かんでいた。

 もう、本当に嫌な予感しかしねぇ!

 そしておよそ十数分後――。


「なんじゃこりゃあああああああ!」 


 由緒ある王立士官学校の一角で大声が響く。

 寮の監督者がいない。

 自由の意味。

 つまり、食事の準備も風呂の準備等も自分たちでせねばならない。


「なるほど、確かに自由だな」

「です、ね」


 早速汗を流そうと素っ裸になったチットが、湯の張られていない浴槽の前で打ちひしがれているのを見て俺とバウスコールは、湯を沸かすための薪を拾い集めに行くのだった。

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