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抗いのヒストリア  作者: ピチ&メル/三丘 洋
王立士官学校訓練編
17/72

鬼(?)教官と、訓練開始と

 俺たちが自己紹介をひと通り終えた所で、ガラガラと教室の扉が開く。


「ほう? どうやら互いの自己紹介は終えたようだな」


 入ってきたのは教官服を身に着けた二十代半ばくらいの女性。

 やたらと鋭い目つきで、慌てて自分の席へと戻る候補生たちを見回した。


「今年の普通科は六名か。私が諸君らの訓練を担当するリゼルだ。さて、それでは早速だが訓練を始めるぞ」

「はあ? 今からですか?」

「今からだ」


 思わずといった感じで声を出したチットにリゼル教官は断言。


「あ、あの……僕たちは今日、士官学校でのカリキュラムについて簡単な説明を受けた後、寮へ入寮の手続きを行うと……聞いた……の、です……が?」


 質問したバウスコールの声も、リゼル教官の剣呑な視線を受けて徐々にか細くなっていく。


「貴様ら、ここへ何しに来たんだ? イグナシオ候補生、答えてみろ!」

「お、王国軍の士官となるためです!」

「それなら、訓練と聞いてなぜ不満そうな顔をしている! 貴様らにそんな顔をしている余裕があるとでも思っているのか!?」 


 リゼル教官が候補生を名前で呼ぶのは、古い貴族や騎士の家系は縁戚が増えすぎてしまって同じ家名を持つ者がたくさんいるからだ。

 また、地方に住む平民は土地の名前を家名にして名乗る者が多く、地方で採用された兵士だと当然ラストネームが一緒になってしまう事が多い。そのため軍ではファーストネームで呼ぶよう定められていた。


 ちなみに貴族、騎士の家名だが、本家筋の人間は『ヴァン』の称号だけでなく『レイ』の称号も名乗る。

 俺が戦技試験で相対したアレン・ヴァン・レイ・フォグラン君がその例で、『レイ』の称号を名乗る事で彼が騎士フォグラン本家の血筋だとわかる。

 そういえばアレン君は合格したんだろうか?

 リゼル教官は教壇で仁王立ちになると、教卓を一度バンッと叩いた。そしてニヤリと含み笑いを浮かべたまま、教室全体を見回す。


「いいことを教えてやろう、間抜けども。貴様らの配属された普通科というのはな――」


 まずはエイリーンとイグナシオを指差し、


「魔力が少ない者――」


 次にドムへ、


「伸び代が無い者――」


 そして最後に俺と、チット、バウスコールの順に見下すような目で指を差してきた。


「魔法の使えぬ能無しどもでも、王国軍の士官に、国政に携われるという希望を見せるためだけに設立された、ただのプロパガンダの兵科に過ぎん!」


 嘲笑を浮かべてみせると、バンッと教卓を叩く。


「貴様らが振る剣や弓では魔法には勝てん。ましてや天を翔ける竜騎士にも勝てるはずもない。だが、普通科という兵科を設立した以上、教官である私は貴様らを一人前に鍛えなければならない。竜騎士、魔法士に勝てる確率ははっきり言って零だがな、せめて勝てる確率を一くらいにはしてやるよ。それが私の仕事だからな」

「剣は魔法には勝てない……か」

「何か異論がありそうだな? イオニス候補生」


 俺が漏らした小さな声を聞き届けていたらしい。

 大した地獄耳だった。


「いえ、何でもありません。自分は王国軍士官となるためにここへ来ました。そのための訓練でしたら、自分は今すぐにでもやってみせます!」

「なるほど。良い心掛けだなイオニス候補生。貴様の答えはここにいる者全員の総意と捉えるが、他の者に異存は? 無いな? では、早速訓練を行うぞ」



 ◇◆候補生◆◇



 士官学校に幾つかあるグラウンド。

 その一つで約一名を除く五人の普通科候補生たちが、リゼル教官の監視のもとでひたすら走らされていた。


「いいか! 死ぬ気で走れよ、この豚ども! 決められたタイムで周回でき無ければ、一秒遅れる毎に一周追加だからな!」

「一周追加も何も……あと何周走ればええんか教えてから言えや……」


 口を半開きにして、見るからにヘロヘロといった感じで走っているのはチットだ。

 だが、今にも倒れそうに見えるが実は五人の中で二番目を走っている。

 さすがは俊敏さと器用さが売りの種族、小人(リムル)族だった。

 それにリゼル教官の叱咤にも、聞こえないよう小さな声でブツブツとボヤく程度には体力に余裕を残しているようだ。


「聞こえているぞチット候補生! 貴様だけもう十周追加するか!? ああ?」

「……なんちゅう地獄耳や」


 ――聞こえていた。

 教官に慄くチットより数秒遅れて、ノッポのバウスコールと貴族娘のエイリーンが並走している。


「も、もう……あたしぃ……走れま……せん……」

「一人でも遅れたら全体責任で、周回を追加するからな!」

「うええええ!?」

「エイリーンさん、頑張りましょう!」

「エイリーンちゃん、頼むで? ホンマに!」


 そんな集団の先頭を走るのは、貴族の少年イグナシオだ。

 大粒の汗を流しているものの、苦しそうな表情も見せず、一定の速度を保って黙々と走っている。

 二番手に付けているチットとの差はおよそ半周。


「先頭に抜かれて周回遅れになった奴は、十周追加だ」

「げっ……ちょっ、イグナシオ! 少し走る速度落とせぃや!」

「嫌だ」

「あのボケェええええ! だから貴族は好かんのや! あ、エイリーンちゃんは別やで?」

「ヒィ、ヒィ……」


 エイリーンはもう返事を返す気力も無い様子。

 ちなみにドワーフのドムは、


「ドム候補生は無理せず自分のペースを守って走れ」


 というわけで他の三人に何周も抜かれながらも、マイペースに走っている。

 老齢のドムに対するその指示には、チットですらも文句は言わなかった。


「いいか、走りながら聞けよ? 貴様ら普通科には、他の兵科よりただひとつだけ優位な点が存在する。それは竜騎科が飛竜を操る術を学ぶ時間、魔法科が魔法を学び開発する時間、その全てを身体能力向上に費やせる事だ。だからこそまずは走れ! とにかくひたすら走れ!」

「ふむ、確かにのぉ」

「身体を鍛えた所で、魔法を使える者に勝てるものか」


 リゼル教官の言葉を聞いたドムが頷いた所へ、丁度走ってきたイグナシオがペースを落として並走する。

 口では嫌だと言いつつも、どうやらドムのペースに合わせて走る速度を落とすことで、チットたちが追いついて来るのを待つつもりらしい。


「じゃがのぉ、体力をつける事自体は間違ってはおらんじゃろ。魔法は、使えば体力を消耗する。ゆえに魔法士も無限に魔法を使い続けられるわけじゃないからのぉ。逃げて逃げて逃げ回って、魔法士が体力を消耗した所で、一発逆転を狙う。魔法を使えぬ者が魔法を使える者に、万が一にでも勝つにはこの方法しか無いじゃろう?」

「それは魔法から逃げ回る事ができたならの話でしかない。あんた、ドワーフなら火と土の魔法は使えるんだろ? だったらわかるはずだ。確かに三流の、戦闘訓練を受けていない魔法士相手なら逃げられるかもしれない。でも、この士官学校で学んだ魔法士を相手にして逃げ切れると思っているのか?」

「その三流から逃げ回れる用になるのが大事な事なんじゃと思うぞ」


 ドムはカカッと笑う。


「よく……あんたら……喋りながら走れるなあ……」


 その時、ようやくチットたちがイグナシオに追いついてきた。


「ちっ」


 話を遮られたイグナシオが舌打ちをしてチットを見た。そして再び走る速度を上げる。


「あ、また、こいつ……」

「フン」


 だが、今度は先程までのようにグングンと差をつける事無く、数メートル先で一定の速度を保って走っている。


「なあ、爺さん。さっき、イグナシオの奴と何話してたんや?」

「別に大した事じゃないわい。それよりももう一人の方はどうかのぉ?」

「ああ」

「イオニスさん、頑張ってますかね?」


 エイリーンと共に追いついたバウスコールが離れの教室の方を見る。


「延々と走らされるのと、ぼっちで一人、ひたすら書き取り作業。どっちが楽なんやろうなぁ……」

「あたしはぁ……書き取りの方が……良かったですぅ」

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