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抗いのヒストリア  作者: ピチ&メル/三丘 洋
王立士官学校受検編
16/72

リヴェリア王立士官学校入学と、同期たちと

「ああ、お客さん。荷物が届いてるよ?」

「荷物?」


 宿に戻って来るなり、主人から細長い小包を渡された。


「兵士さんが持ってきたからびっくりしたぜ」

「ありがとう」

「旅先の宿に、商人でも無いのに届け物って珍しいな。ルナって女の名前だよな? お客さんもなかなか隅に置けないねぇ」

「ハハハ、まあね」


 宿の主人へ笑って応えると部屋へと向かう。

 ベッドの上に荷物を放り出すと、その傍に座って小包を開く。

 出てきたのはひと振りの広刃の短剣。柄頭に一粒のエメラルドが埋め込まれていて、鍔と柄頭、白塗りの鞘に金で精緻な細工が施されている。おまけに付与魔法士によって、切れ味を増す魔法が掛けられていた。

 これは素人目にもお高い、良い短剣だ!


「何だこれ?」


 ところでその短剣に添えられて、もう一つ小さな包みが一緒に入っていた。

 包みを開いてみると出てきたのは赤いリボン。


「これ、俺に付けろってことじゃないよな……」


 もしもそうだった場合、ルナレシアと再会したら色々と問い詰めなければならないところだ。

 リボンを広げてみると、ヒラヒラと一枚の紙が。


『アルルさんへのお礼です。イオから渡して上げてください』


 なるほど。

 なら呼び出して渡してあげようかな。

 というわけで、試験が全て終わった翌日に市壁から外へ出た。

 外壁と市壁の間は広大な耕作地帯と放牧地が広がっていて、遠くに見える丘でのんびりと草を喰む羊や牛の姿がポツポツと見えた。

 その向こう側にはちょっとした森も広がっていたりもするが、壁の中は狼や熊といった肉食の獣、危険な魔物が存在せず家畜たちも無警戒だ。

 市壁に近い場所の小川沿いなどは、リーリア市民のちょっとした憩いの場所となっていて、ピクニックに訪れた家族連れやお年寄りが散歩していた。


 そんな中、俺は一人森の方へと向かう。

 アルルを召喚するのに人目に付くのはマズイからな。


「――(あるじ)様」


召魔狼(マルコシアス)』でアルルを召喚すると、すぐに人の姿になってもらった。


「これ、ルナから。アルルにプレゼントだって」


 アルルの髪をすくって結んでやると、赤色のリボンは思った通りアルルの烏の濡羽色によく映えて似合っている。


「……あのメスからの貢物なのが気に食わないけど、悪くない」


 とか不満を述べつつ、顔は緩んでいるし、尻尾は振りたくられているので気に入ったのだろう。

 素直に喜びなさいよ。


「俺からのご褒美はこっちな」


 持ってきたのはバスケットに詰めたお弁当だ。

 砂金を売って小金を作ったので、少々奮発して肉と魚を中心とした料理を包んでもらって持ってきた。


「ご褒美って何が良かったかわかんなかったから、とりあえず今回は美味しい食べ物をご馳走するって事でいいかな?」

(あるじ)様から頂けるものなら何だって嬉しい」

「このくらいしかご褒美思い付けなくてごめんな」

「ううん、アルルは幸せ者。だって(あるじ)様はまだ竜の……」

「ん?」

「………………何でも無い。今の(あるじ)様なら仕方がないし、むしろアルルには好都合」


 何のことだろう?


「それよりも早く、ご飯食べる」


 その日はアルルと二人、お弁当を食べてのんびりと過ごした。


 そして一週間の時が経ち、リヴェリア王立士官学校の合格発表当日。

 正門前の掲示板には、合格者の名前と受験番号、合格した兵科が記載された紙が貼り出された。

 兵科『普通科』イオニス・ラント。

 俺の名前は、無事合格者の中に入っていた。



 ◇◆◇◆◇



「軍とは何か。それは力なき民衆を守るため、国を守るために戦場に立ち、盾となり敵を滅ぼす剣だ。ここは諸君らがそのための力を得るべく、研鑽を積む場所である。学べ、そして大事な者を守るための力を手に入れよ。我が王立士官学校は、諸君の入学を歓迎しよう!」


 入学式を終えて晴れてリヴェリア王立士官学校の士官候補生となった学生たちは、それぞれ決まった兵科に分かれて講義内容の説明を受ける。

 その後でそれぞれの兵科の寮へと入寮に向かう予定となっていた。


 兵科は大別すると四つ。

 飛竜を乗騎とし、天空翔ける最精鋭の竜騎士を育成する竜騎科。

 魔法を操る兵士を育成する魔法士科。

 兵器開発、医療薬学、土木建築等様々な技術士官を育成する工部特務科。

 そして己の肉体、戦闘技術に磨きを掛ける普通科。


「普通科……ねぇ」


 己の肉体、戦闘技術に磨きを掛けると言えば聞こえはいいが、要は飛竜に乗れず、魔法も使えず、兵器開発等の特別な知識を持たない真の意味で『普通』の者たち。

 戦場では主に徴兵された歩兵を指揮する役割を務める兵科だ。

 高機動、上空からの攻撃という圧倒的アドバンテージを誇る竜騎科の竜騎士と、火力と汎用性に優れる魔法士科の士官に比べると、特にこれといった特徴を持てない普通科が際立った活躍を戦場で見せることは難しい。

 それはリヴェリア王国のみならず、他国の将官でも竜騎士か魔法士の出身者が多数を示している事が、その事実を示している。


 実際、今年度の受験者総数は千二十一名のうち合格者は三百五十六名。そのうち、普通科は僅か六名のみという時点で、相性が物を言う竜騎士はともかく、魔法を使え無いということがどれだけのハンデとなるのかが伺える。

 それでも、士官は士官である。

 兵卒と違って功績を積み上げれば出世もできるし、将官の道だって拓けている。

 一応過去にも普通科から、将官に出世した人物だっていないわけではない。


 それに俺には権能がある。

 試験では披露することができなかったが、魔法にも匹敵する力と、前世で積み上げた豊富な実戦経験だってあるのだ。そもそも、その実戦経験において今の俺は、この国の誰よりも豊富だという事実があった。

 というわけで、意気揚々と俺は普通科の教室がある建物を目指したのだが――。


 なるほど。

 王国軍上層部において、普通科の士官候補生の期待度はどの程度のものか。

 その扱いを見ればひと目でわかってしまった。

 まず教室が本校舎ではなく離れにあるとか……。

 自分、あまりの期待の大きさに涙が出ますよ。


「おい、そこのあんちゃんあんちゃん」

「俺か?」


 声を掛けてきたのは隣の席に座った赤茶けた髪に狐目、そして背丈が俺の胸ほどくらいしか無い小人(リムル)族だった。

 士官学校から支給された俺と同じ制服を着ているのに、何故か軽薄な印象を与えてくる。 


「そや、あんたや。ワイはチット。チット・ラット・コットンや。六人しかいない普通科やからな。仲良くしよーや」


 訛のキツイ喋り方だった。


「俺はイオニス・ラントだ。それよりも小人(リムル)族というのは年齢がわかりにくい。あんちゃんと言うがあんた幾つだよ?」

「気にすんな。ワイよりも背ぇ高い奴は皆あんちゃんなんや。ちなみにイオニスのあんちゃんは歳は幾つなんや?」

「十三歳。来月で十四になるな」

「マジで!? ワイより歳上かと思ったら三つも歳下なんか! まあでも、同期やし歳は関係無いわな」

「歳上かよ……」


 落ち着きの見られない態度はとても自分よりも歳上とは思えない!

 いや、精神年齢を持ち出されると、俺の方が遥かに歳上になるわけだが。

 今の俺、精神年齢幾つだ? 

 死んだ時が三十六歳で転生してから八年経ったから、およそ四十四歳か?

 おっさんだなぁ……。


「なんや辛気臭いなあ」


 やおら椅子の上に立ち上がったチットは、腰に手を当てて教室を見回すと言った。


「ほら、お前らも挨拶せんかい! ワイら普通科は六人しかおらんのやからな! たったの六人やで!? 人間関係円滑にするにはまず挨拶からやって言うやろ?」

「そうですね」

「はい~」

「…………」

「ほ、確かにのぉ」


 チットの発言で、教室内にいた普通科の候補生たちが周りに集まって来た。

 人族の男が二人、女が一人、後はドワーフ族の老人が一人。

 それに俺とチットを合わせて合計六名である。


「じゃあ、言い出しっぺのワイに仕切らせてもらおうか! 改めてワイはチット。チット・ラット・コットンや! よろしくなー!」


 にかっと笑みを浮かべると、舞台役者の如く大仰な身振りで一礼。

 そして戸惑う五人の手を次々に握っていく。

 特にたった一人の女の子とは念入りに。


「あ、あのぉ……?」

「いい加減に彼女から手を離せよ! 不潔な!」


 見かねた男――少年に割り込まれて、チットが渋々女の子から手を離した。


「スマンスマン、可愛い女の子を見るとつい手が……。コホン、じゃあ気を取り直して、次はそっちのバカでかいあんちゃんやな」

「えっと、僕はバウスコール・スパークです。長いんでコールでいいですよ」


 巨人(ノール)族とまでは言わないが、人族でもそれなりに身長が高い方だった将来の俺よりも頭二つは背が高い。

 ちなみに将来の俺の背丈から見てであって、現在は本当に見上げなければならないくらい背の差がある。

 コールは胸板、腰、腕、太腿も筋肉が盛り上がっていて、支給された制服がきつそうだ。ただ、その厳つい身体に反して優しい目をしていて、今も他の者に目線を合わせるために中腰になっている。

 大きな手を差し出して、「どもども」と、照れくさそうに挨拶していた。


「ち、でっけえ奴は死ねばええんや」


 チットが毒を吐いているが、小人(リムル)族なんだから背が低いのはどうしようもないんじゃないか?


「なあにドワーフからすれば、主も十分背があるわい」

「ドワーフに言われてもなあ」


 チットとドワーフの老人との背の差は、握りこぶし一つ分くらい。


「それで、爺さん……も候補生なんか?」

「儂はドムじゃ。見ての通り老いぼれじゃよ。この中じゃ一番歳上じゃろうなあ」


 豊かな顎髭を蓄えた老ドワーフ、ドムは皺深い目元を細めた。


「ていうか、何でドワーフの爺さんが士官学校にいるんや?」

「ほ? もう孫も弟子も独立したし、若い頃の夢を追いかけようと思ったんじゃ。それに受験資格に年齢制限は無かったぞ?」

「異種族もいますからね。長命なエルフ族に至っては平均寿命が二百年もありますから、年齢の事など士官学校ではあまり考慮されていないんじゃないですか?」

「ま、それでも普通儂らドワーフなら工部特務科だろうに、普通科に回されておる時点で、軍の儂への期待度がわかるというもんじゃろうなぁ」

「ど、どういうことや」

「先があまり無いって事だろうさ」


 俺はそう言うと、ドムへ手を差し出した。


「俺は士官学校を少し買い被り過ぎてたかもしれない。積み上げた膨大な経験を盗める機会を不意にしているんだからな。よろしくな、爺さん」

「ふん、棚やタンスなど欲しい家具があれば言うてくれ。買うくらいなら儂が作ってやる」


 ガッチリと握手を交わす。


「ほな、次はそっちの別嬪さんやな。そっちのハンサムなあんちゃんは最後にどうぞ」

「あ、あたしですかぁ? エイリーン・ヴァン・フルハイムですぅ。歳わぁ十八歳です! よろしくお願いしますぅ」


 フワフワとした金髪ブロンドに、眠たげな目をした娘である。

 整った容姿だが、美人というよりも可愛いといった見た目。そして何よりの特徴は、豊かに盛り上がった胸だろう。


「はああ……上から見たら足下が見えんやんけ! それにしても、貴族の美人な姫さんをこんな近くで見られる日が来るとは思わんかったでぇ」


 椅子の上という良ポジションを生かしてセクハラ発言するチットに怒ること無く、エイリーンは朗らかに笑った。


「アハハ、美人さんだなんてぇ。あたし程度ならぁ、他の兵科に行けばいっぱいいますよぉ」

「アホ、他の兵科なんて敷居が高くてよぉ行けんわ」

「僕たちの教室、離れにありますしねぇ」

「次は僕の番だな。えっと、イグナシオ・ヴァン・カーマインだ。よろしく頼む」


 イグナシオは俺よりも二つ下だからルナレシアと同い歳だな。

 そういえばルナレシアはどの兵科に配属されているんだろう。

 入学式ではどこにいるのかわからなかった。


「それにしても、何で貴族がここにいるんだ? 普通貴族は魔法士科に行くもんじゃないのか?」


 確かフルハイム家は南部の伯爵家、カーマイン家は北部の男爵家の名前じゃなかったか。地理には自信がある。

 俺がそう尋ねるとイグナシオが嫌そうに顔をしかめてみせた。


「……貴族全てが強い魔力を持っているわけじゃない。僕やそこの牛乳(うしちち)女のように魔力が弱い者もいる」

牛乳(うしちち)女!?」


 ガーンッとショックを受けた顔をするエイリーンを無視して、イグナシオは俺に向かって指を突きつけてきた。


「僕たちの自己紹介は終わったぞ。君もさっさと自己紹介をしたらどうなんだ?」

「俺か? 俺はもうしたぞ?」

「ワイにだけや。皆にはまだしてないやろイオニスのあんちゃん」

「そういえばそうだっけか? イオニス・ラントだ、よろしく」

「「イオニス・ラント?」」


 俺が名乗った途端、貴族の二人が顔を見合わせた。


「何だ?」

「ああ、いや……」


 イグナシオが困ったように眉をひそめる。

「えっとぉ、噂で聞いたんですけどぉ……イオニス・ラントが合格してぇ、自分が落ちたのはおかしいってぇ、士官学校に怒鳴り込んだ人がいっぱいいるって」

「なるほど」


 話を聞いて得心した。

 戦技試験の時にどうも俺の筆記試験の惨憺たる結果が、受験生の間で噂になっている様子だった。

 恐らく俺の解答用紙を回収した奴が漏らしたのだろうが。


「どういうことです?」

「つまりだな」


 コールは噂を知らないのか。ならば教えてあげよう。

 筆記試験では地理と一部の算術を解答しただけで、答案用紙をほとんど白紙で提出した事。魔法士適性検査では試験すら受けられなかった事。飛竜とは相性が悪かったのか、完璧に無視された事。

 戦技試験では試合時間のほとんどを相手に攻められっぱなしで、試験終了ぎりぎりで少しばかり反撃して程度に終わった事。


「うわぁ……」

「話を聞いていると、あんた良く合格できたな」


 絶句するエイリーン。

 そして呆れたような目で俺を見るイグナシオ。


「一応、運動能力試験では良い成績を収めたと思うけど……」

「不正があったぁとかぁ、言われてますよぉ?」

「どうやって? 自慢じゃないが俺は辺境ど田舎の出身だし、金だって持ってないから裏金だって包めねぇぞ? もちろんコネだってあるはずも無い」


 いや、ルナレシアっていうコネが無いわけじゃないし、実際お礼に一言口添えしましょうかとは言われたけどね。それはちゃんと断った。

 でも試験での、特に筆記試験の惨憺たる有様を見ていれば、不正を疑われても仕方がないと自分でも思わなくもない。


「せやな。イオニスのあんちゃんが金持って無さそうなのは、ワイですら見ればわかるわ。貧乏人の匂いがするわ」


 失敬だな、事実だけど。


「事実金が無いからな。試験の結果が出るまでずっと宿に滞在してたから、なおさら金が無くなったし。入寮できて心底ホッとしているよ」

「ふん、幼年学校を出ておきながら、魔法という素質にあぐらをかいて試験に合格できないような低能どもなど無視すればいい」


 うわあ、イグナシオは魔力が弱いらしいから、幼年学校では相当努力をしたんだろうな。

 努力もせずに落ちた後で文句を言う輩は特に許せないんだろう。

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