戦技試験と、試験官が見た真の姿と
『戦技試験』
剣、槍、短剣、弓、徒手格闘――。
己が最も得意とする武器、武術を使って受験生同士で模擬戦を行い、試験官によって採点が行われる試験。もちろん寸止めルール。
武器、防具等は士官学校側が用意しているため、武具の優劣の差は出ないようにしてある。
試験会場はコロセウム――。
というかコロセウムまであるんかい、ここは!
聞けばリーリアに世界各地から商船が来るようになったばかりの頃、一代で莫大な富を築いた豪商が建造して剣闘士奴隷を闘わせ、世界中から訪れる客をもてなしていたのだそう。
その後時代が流れて城塞が築かれた時に、周囲の土地ごと接収されたのだそうだ。
控え室の壁に立て掛けられた幾つもの武器から、受験生たちが各々得意とする武器を選んでいる。
見ていると取り回しやすいショートスピアか、レイピア、ロングソードといった片手剣を選ぶ受験生が多いようだ。
片手に剣、もう片手に盾というスタイルを選択する受験生が一番多いかな。
そんな中で俺が選んだ武器は、刀身が身長程もある大剣――いわゆる両手剣と大振りのナイフ。
両手剣は前世の俺が晩年――という言い方は、本人が言う場合にも合っているのかわからないが、得意としていた得物である。
俺が両手剣を選択して持ち歩いていると、周りが珍妙なモノを見る目になっていた。
まあ、槍や片手剣よりも扱いが難しく使い手が少ないものな。
それにしても、どの武器も刃が潰してはあるんだけど……両手剣でぶん殴ったら、刃が潰れてても死ぬんじゃないだろうか?
「受験生アレン・ヴァン・レイ・フォグラン! イオニス・ラント! 両名、前へ!」
名前を呼ばれてコロセウムの中央に進み出る。
アレン君の歳は十五歳だから二つ歳上か。ヴァン・レイの称号を名乗っているから貴族か騎士のご子息らしい。武具は右手にレイピア、左手に盾を携えたオーソドックスな構え。
「始めっ!」
試験官の合図と同時に真っ直ぐ俺との間合いを詰めると、レイピアでなかなかに鋭い突きを繰り出してくる。
両手剣の腹に手を添えると俺は、剣身を盾として突きを弾いた。
金属がぶつかる甲高い音がして、激しく火花が飛び散る。
「いいぞ、アレン! そのまま押し込め!」
「零点野郎なんて叩きのめしちまえ!」
おっと、俺の答案用紙がほとんど白紙だった事が受験生の間で知れ渡っている様子。
後退しつつレイピアを弾き返し続ける。
アレン君の剣さばきは結構速い上に手数も多い。
「器用に大剣を受けに使うな。素直に称賛するよ。でも、どうして攻撃してこない?」
レイピアの切っ先をゆらゆらと揺らして幻惑しつつ、俺を挑発する。
「それとも僕の攻撃が速すぎるだけか?」
確かに速いので、小回りの利かない両手剣を使う俺は、先手を取られると防御に回らざるを得ないのだが――。
この程度なのか?
「来ないのならまた僕から行くぞ!」
貴族なら幼年学校で教練を受けてきているはずなのに。
攻撃が単調だ。
その上に攻撃が軽すぎる。
何ていうか……綺麗な攻撃を決めようとし過ぎている気がする。
一撃一撃に必殺の意思が込められておらず、まるで怖さを感じない。
何としても相手の息の根を止めてやる!
どんな汚い手を使っても目の前の敵を殺す!
戦場で生き延びるために最も必要な事が教えられていない!
試合開始から絶え間なく攻撃をし続けたせいで疲れたのか、一度アレン君が後方に退いた。
「どうしたアレン! 息切れか!?」
「防戦一方の奴に情けねぇなあ!」
「平民の一般受験者くらいさっさと決めちまえよ!」
「うるさいなあ! 思い出作りって奴さ。平民がせっかく思い切って士官学校を受験したんだ。せめて騎士様と試合をして、数合でも打ち合ったくらいの思い出が無いと将来自慢話もできないのは可愛そうじゃないか?」
野次を飛ばしているのはアレン君と同じ幼年学校出身者なのかな?
同じくらいの歳頃の少年たちで、着ている制服も一緒のようだった。
「そうは言っても少々時間を掛け過ぎたかな。試験官への印象が悪くなっても困るし、さっさと決めるか」
そうは行くか。
俺だってずっと攻められっぱなしというのは印象が悪い。
そろそろ反撃に移らせてもらう。
アレン君が猛然と間合いを詰めて来た所で――腰を落としてグッと下半身に力を込めて、両手剣を前に突き出す。
「む!?」
大きな武器の欠点の一つに、武器の軌道が読みやすい所がある。
突くか薙ぎ払うか、一目瞭然。
間合いはレイピアよりも両手剣の方が長いので、アレン君はまず俺の攻撃を防ぐ事にしたようだ。
左手の盾を前に出している。
俺の剣を弾き、レイピアで突き刺す算段だろう。
俺が両手剣を前世で振り回していたのには訳がある。
十年以上最前線で戦い、そして生き残り続けた者は、たかだか徴兵された歩兵といえども経験豊富な古参兵としてちょっとした顔になったりする。
臨時昇格で下士官に任じられた俺は、他の兵士を統率する立場にもなった。
そうなると部下の士気を上げるのに派手なパフォーマンスも打ちたい。
そこで戦場で遠目にも目立つ両手剣を振り回していたのだ。
重量のある武器は取り回しには難があるが、その分破壊力は片手で振り回す武器よりも絶大である。
鎧に身を固めた騎士の甲冑だって貫ける。
槍兵が突き出す槍を打ち払い、突撃してきた馬上の騎士を斬り殺せば、部下に対して絶好のパフォーマンスとなるのだ。
ガンッという派手な音と火花を散らして、大剣と盾が衝突。
両手剣の重量と俺の体重、力を切っ先一点に集中させた突きが俺の目論見通り盾の中心に当たる。
上手な受け手であれば突きの衝撃を、盾を斜めにして受け流した後に、レイピアで反撃の一撃を加えられるのだろう。
だが、若くて未熟なアレン君にそこまでの技術は無い。
「うわっ」
まともに盾の中心で突きを受け止めてしまい、衝撃で左腕ごと左半身が弾かれたように大きく仰け反った。
そこへ俺は素早く両手剣を捨てて掴みかかる!
アレン君を地面に引き摺り倒し、腰から抜いたナイフでその喉笛に――。
「イ、イオニス! そ、そこまで! そこまでだ! 両者離れなさい!」
実際には、盾ごとアレン君の身体を弾き飛ばして体勢を崩した所で、試験官が試合を止めた。
「り、両者、よく戦った。戦技試験はここまでだ。速やかに武器を係官に戻してきなさい」
「はい」
時間切れか。最後までやらせてもらえれば、確実に勝てたのにな。
なぜか試験官が早口な上に、声音が震えていた。
どうしたのだろうか?
そういえば、戦技試験ってどう採点するんだろうか。
勝ち負けで点数を付けるのかな? それとも試合中の動きに点数を付けるものなのか?
それにしても最後の一撃以外、試合のほとんどの時間を攻められっぱなしになってしまった。
大剣を使った防御技術はきちんと評価してもらえたのだろうか? あれ、結構高等技術なんだけど。
高得点取れてると良いんだけどなぁ。
そう思いながら俺は試験会場を後にする。
そんな俺を対戦したアレン君が青褪めた顔で見送っていた事には気が付かなかった。
これで俺の全ての試験が終了した。
あと一つ、『特殊技能試験』が残されているけれど、この試験は工兵や兵站、医療といった特殊な技術を専門とした技術士官を希望する者たちが受ける試験なので俺には関係ない。
「うああ、今年も俺はダメだわぁ……」
「筆記はいいんだよ、筆記は。勉強すればどうにかなるんだからさ。問題は戦技だよ、戦技。あれだけはどれだけ戦えたらいいのか、対策しようが無いんだぞ」
「今年はどんだけ受かるんだろうなぁ」
「さあ、三分の一程度じゃないか?」
正門を出る俺の耳に、試験を終えた受験生たちの声が無作為に聞こえてくる。
合格発表は一週間後か……。
正直、良い点が取れたって断言できるのが体力試験だけだ。
魔法士適正検査が受けられず、権能で高得点を稼げなかったのが痛い。
試験に落ちたら、仕方がないけど一兵卒になるか?
内乱が激化する前に小さな任務で手柄を上げて、下士官から士官へ出世の道を探る方法だってあるし。
宿への帰り道、そんなことを考えながら歩いた。
◇◆試験官◆◇
イオニス・ラント。
年齢は十三歳。
リヴェリア王国では騎士階級以上の者にはヴァンの称号が贈られるため、彼は平民の出身である事がわかる。
受験票を見てみれば、実際辺境の片田舎にある村の出身のようだ。
立身出世を夢見てこの王立士官学校を受験したのだろうとすぐに思った。
リヴェリア王立士官学校の受験資格は身分を問わない。
人族だけでなく、異種族であろうが王国を守る気概があるならば誰だって受け入れる。
実際には高い受験料が壁となるため、平民が受験するにしても裕福な家庭の子女がほとんどだ。
そういう意味ではこのイオニスは非常に珍しい受験生だったので、彼が属するグループを任された試験官の私は、特に彼に注目するようになっていた。
というより、このグループはイオニスを除いて貴族、騎士階級の者しかいなかった。
それに幼年学校出身者でも成績上位者ばかりの者が偏って集まっていたので、彼らの大体の実力は、試験を受けなくても幼年学校からの報告でわかっている。
幼年学校出身者の成績優秀者は、士官学校合格がほぼ内定している。
彼らにとってこの試験は、合否を決めるというよりも幼年学校から報告があった彼らの実力を再確認し、適正な進路を定めるためといった意味合いの方が大きい。
というわけで彼らの実力と適正を確認するだけの任務は退屈で、唯一平民で農夫出身というイオニスという異分子は私の興味を引くことになったのだ。
そのイオニス君の成績だが。
運動能力試験はさすがに良い数値を叩き出していた。
田舎の野山で野良仕事をしていただろうから、身体は貴族、騎士のお坊ちゃん育ちとは違ってよく鍛えてあるようだ。
特に持久力に優れていて、全体でもトップに近い順位に入っている。
それに少々驚かされる事もあった。
それは彼が歩く際の姿勢だ。
背筋を伸ばして歩幅は一定に、腰から前へと踏み出す足へと重心がスムーズに移動している。
どこかで特別な訓練を受けたのではないかと思える程だ。
ところがやはり平民出身者というハンデは大きく、学科試験では壊滅的な成績になっていた。
リヴェリア王国の公用語は読めるようだが、その他の外国語、古代教会文字等は読めないらしく、解答欄は空白のままだ。算術も簡単な問題はともかく、歴史等の問題も散々な有様だった。
ただ、地理だけは解答欄がきちんと埋まっている。特にリヴェリア国内の地名、特殊な地形に関する問題の解答がほぼ完璧。
これは一体どういう事なのか?
まるで国内全土を旅してきたかのようだ。
農夫の息子が、まるで行商人のように国内各地を旅するような事などあるのだろうか?
生まれた時に行われた魔力素質検査では引っ掛からなかったらしいので、イオニス君の魔法士適性検査は行われず。
そして飛竜との相性を見る竜騎士適性検査に関しては、非常に残念な結果に終わった。
「おーい、こっちに来いってば! エサ、あげるぞ? エサ」
いくらイオニス君が呼び掛けても、飛竜は彼を一瞥だにもせず部屋の奥で丸くなってしまった。
「ふむ……イオニス・ラント受験生か。珍しいな。どんなに相性の悪い者でも、普通少しは近寄ってみるなど飛竜も興味を示すものなのだが……」
試験官を務めて九年になる私も、こんな事態は初めての事だ。
「まあ、どのようにせよ飛竜がこの態度では、君に竜騎士の適正は無さそうだ。下がっていいぞ。じゃあ次の受験生、こっちに来なさい」
周囲の受験生の忍び笑いが漏れ聞こえる中、悄然と肩を落としたイオニス君へ励ましの声を掛ける事が、私にできる精一杯だった。
「……まあ、飛竜にも好みってのはあるからな。気を落とすな」
それにしてもイオニス君にとって、この飛竜との適性検査で良い結果を出せなかった事が一番痛い。
なぜなら平民が士官学校に合格する際、飛竜との相性を見る適性検査で良い結果を出す事が一番の近道だからだ。
飛竜との相性だけは本人の資質の問題で、個人の努力でどうにかできるものではない。
つまり、飛竜に懐かれる才能はそれだけ貴重なものなのだ。
高い機動力と高空からの攻撃を可能とする竜騎士は、魔法士の部隊と並ぶ国の最強戦力の一つ。
この適性検査で高い適性を示せば、他の試験の結果がどんなものであろうとも一発合格なのだ。
実際過去には、平民出身者でも飛竜との相性がとても良く、竜騎士となった者が何人もいる。
でも、残念な事にイオニス君には適正が無かった。
運動能力試験だけ良い成績を収めた所で、他の試験の結果が散々では士官学校の合格は難しい。
後は最終日に行われる戦技試験なのだが――望み薄だろうな。
戦技試験は模擬戦闘が行われる試験だ。
受験生同士が一対一で試合を行いその戦い方等を試験官が評価採点するのだが、騎士、貴族の家に生まれた者は生まれた時から武芸を叩き込まれている。
平民出身者とはスタートラインからして違うのだ。
戦技試験でイオニス君の相手を務めるのはアレン・ヴァン・レイ・フォグラン君。
フォグラン家といえば騎士の家系で、彼はその後継ぎだ。
イオニス君と対峙したアレンくんは右手にレイピア、左手に盾を構えていた。
その姿はなかなかに堂の入ったもの。幼年学校の成績を見ても、極めて高い評価が付けられていた。
一方、イオニス君が持つ武器は身長程もあろうかという両手剣。それに腰に差したひと振りの大型ナイフらしい。
それにしてもどうして両手剣?
両手で持つ大剣は間合いこそ長くて有利だが、反面重量があって取り回しが難しい武器だ。
アレン君の素早い攻撃に対処するのは難しいと思っていたのだが――。
だが、この後私は信じられない技を目にする事になる。
驚いた事にイオニス君はアレン君の絶え間無く続く攻撃に対して、大剣の剣身の腹に左手を添えて盾の用に使って防いでいた。
鉄と鉄がぶつかり合って火花が激しく飛び散っていたが、一撃もイオニス君の身体には届いていない。
とんでもない防御技術だ。
やがて攻め疲れたアレン君が退いた後、初めてイオニス君が攻勢に転じようと腰を落として両手剣を構えた。
その瞬間――。
背筋が凍りついた。
目を見張り、思わず身体が強張った。
イオニス君から放たれる濃密な殺気。彼の構えた大剣が殺意の塊のように見えた。
ガンッという激しい音がして我に返った時には、アレン君の身体が大きく弾け飛ぶように仰け反っていた。
私は慌てて舞台に飛び乗った。
「イ、イオニス! そ、そこまで! そこまでだ! 両者離れなさい!」
ここで止めなければ、間違いなく死者が出る。
そう思った。
イオニス君は私の制止の声にすぐに反応すると後ろに下がった。
アレン君の盾を弾き飛ばした後、イオニス君はどうするつもりだったのだろう。
一つ確実なことは、確実に息の根を止める必殺の一撃を繰り出していたに違いない。
私の方を見たイオニスの目は――。
(……何て目をするんだ、この子は)
兵士として私は山賊の討伐へ何度か行った事がある。
多くの人を殺した名のある山賊とも戦った。
イオニスの目は、そうした人を殺した経験を持つ者と同じ目を――いや、それ以上に鋭く昏い目をしていた。
気が弱い者ならば、その視線だけで射竦められてしまうだろう。
実際、アレン君はその場でヘタリ込みこそしてはいないが青褪めた顔をしている。
離れていた私ですらイオニス君の殺気に肝を冷やしていたのだから、至近距離で真正面から殺気を向けられた彼は生きた心地がしなかったに違いない。
イオニス・ラント。
彼は一体何者なのか……。
「り、両者、よく戦った。戦技試験はここまでだ。速やかに武器を係官に戻してきなさい」
「はい」
みっともなくも私の声も震えていたと思う。
私の指示に従って舞台を下りるイオニス君の背中を見送ると、私は彼の採点欄に満点を付けざるを得なかった。