お受験と、現実と
リヴェリア王立士官学校、入学試験当日。
朝早くに目が覚めた俺は、試験の開始時間までまだ余裕があったが宿を飛び出した。
正直、前日から興奮していて上手く寝付けなかったのだ。
大学正門前には、すでに大勢の受験生が集まっていた。
その人集りを見て、思わず目を丸くする。
おいおい、一体どれだけの数がいるんだ……?
俺たち人族だけじゃない。エルフ族もいる、小人族がいる、ドワーフ族に巨人族も。
リヴェリア王国内全土から集まった、王国軍士官志望の多種多様な受験生たち。
およそ千人近くはいそうだ。
合格者の定員は決まっていない。
毎年合格者の数は変動しているのだが、ここに集まっている受験者全員が合格することは無いだろう。
周りの受験生の顔を見回せば、誰も彼もが根拠の無い自信に満ちた顔をしているように見えてきて、不安になってきた。俺なんて、権能があっても合格できるか自信が無いって言うのに……。
やがて試験開始の時刻が迫り、高らかな鐘の音と共に鉄ごしらえの正門が開く。
同時に、前方にいた者たちから正門の中へゾロゾロと入っていく。
正門の中に入ってみれば、王立士官学校の構内が想像以上に広い事を実感できた。
真っ直ぐに続く石畳の通りは、乗合馬車が四、五台が余裕ですれ違える程に幅広い。
正門から見えていた本校舎も、歩けども歩けども近づいていないんじゃないかと錯覚してしまう。
通りの左右には手入れされた芝生が広がっていて、ところどころに休憩用なのかベンチもあった。その向こう側には森まである! そして木々の合間から、建物の上階部分が覗いて見えるのだ。
「おい、足を止めずにさっさと進め!」
ハハハ……。
やっぱり俺と同様理解を超えた広大さに面食らって、足を止めて見入る者もいるよな。
ちょっととんでもないぞ、これ。
道の両脇に均等に距離を空けて立哨した兵士が注意をしているが、あまり効果は無さそう。
ただ、受験生が士官学校の広大な敷地に圧倒されてしまうのは毎年の風物詩として知られ、余程通りから外れてしまう事が無ければ、さほど厳しく注意はされないようだった。
通りに兵士が立哨している理由は、王立士官学校がリヴェリアの最高学府とされるだけあって、機密の情報を扱う部署も存在しているからだ。
他国の間諜が、受験生に混じって士官学校内に侵入しないか警戒しているのだろう。
俺たち受験生は結構な距離を歩いて、ようやく本校者前の広場に到着。そこで受験票に記された番号順に整列させられた。
いよいよ試験の開始だ。
この日を待っていたんだ。
さあ、頑張ってみようか!
◇◆◇◆◇
試験科目は大別すると運動能力試験、戦技試験、魔法士適正検査、竜騎士適正検査、筆記試験、特殊技能試験の六つの試験がある。これを三日間に分けて行われる。
俺たち受験生は五十名程度で一グループを形成させられると、大学構内に用意された試験会場を巡っていく。
最初に俺が受けた試験は、『運動能力試験』である。
ようするにグラウンドで持久走や短距離走、それに跳躍力、瞬発力といった基礎運動能力を測るだけだ。
よし!
この日のために、来る日も来る日も特訓してきたんだ。
特に持久力には自信があるぜ!
俺よりも歳上の受験生もいたが、余裕のトップ集団に加わって走る。
瞬発力、反射神経といった試験も余裕。
何だ、この程度の試験なら余裕。
王立士官学校、大したことないな!
そう思っていた時期もありました。
俺にとっての本番は次の試験から――。
「ああ、君は人族でしょ? 生まれた時の魔力素質検査で魔法士適正ゼロだから、次の検査は受けなくていいよ。グループの皆が検査を終えるまで、会場の外で待っていなさい」
「!?」
魔法士適正検査会場に案内されるなり俺は、試験官からあっさりそう言い渡されて、グループの他の皆が検査を終えるまで外に放り出される事になった。
え? マジで?
け、権能も使わせてもらえないの?
権能を使えば魔法と同じ――いや、それ以上の力だって見せる事だってできるというのに。
『魔法士摘生検査』
検査すら受けさせてもらえませんでした。
人族の魔法士は先天的に魔力を持つ者に限られる。リヴェリア王国では、人族の子どもが生まれるとまず教会に連れて行き、魔法士として大切な魔力をその身に備えているかの検査が行われる。その時の検査に引っ掛かっていなければ、後天的に魔力を得ることはない。
そのため俺は、魔法士適性検査を受ける必要がないと判断されたようだ。
ちなみに同じグループで魔法士適性検査を受けていない者は誰一人としていなかった。
俺だけかよ……。
権能を使えば検査で好成績を望めるのに……。でも、試験が受けられないのではどうしようもない。
『竜騎士適正検査』
これは竜騎士が乗騎とする飛竜との相性を見る検査らしい。
まず受験生たちは飛竜が飼育されている竜舎へと連れて行かれると、そこで成竜たちと触れ合う事になる。飛竜との相性は先天性のものとされていて、飛竜が受験生に興味を持ち、懐くようであれば飛竜との相性が良い事になるのだそうだ。
飛竜と相性の良い者には、リヴェリア王国空軍の要にして最強戦力――竜騎士への道が拓ける。
竜舎は王立士官学校で一番大きな建物らしい。
まあ、飛竜の身体が大きいので当然だ。
「おーい、こっちに来い」
竜舎の檻の外から飛竜を呼んでみた。
しかし、飛竜は俺を一瞥した途端さっさと身を翻して部屋の奥で丸くなってしまった。
あれ?
「おーい、こっちに来いってば! エサ、あげるぞ? エサ」
微動だにしない。
何でだ?
俺が何かしたのか?
飛竜が興味を示さない受験生は他にもいたのだが、ここまで露骨に避ける態度を飛竜が見せたのはなんと俺だけだ。
「ふむ……イオニス・ラント受験生か。珍しいな。どんなに相性の悪い者でも、普通少しは近寄ってみるなど飛竜も興味を示すものなのだが……」
教官も頭を掻きつつ部屋の奥で丸くなる飛竜を見つめる。
「まあ、どのようにせよ飛竜がこの態度では、君に竜騎士の適正は無さそうだ。下がっていいぞ。じゃあ次の受験生、こっちに来なさい」
「ぷっ……」
「クスクス」
くっ、穴があったら入りたい……。
俺に与えられた十分間、最初に一瞥して以後二度とこっちを見る事無かったもんな。
ちっ、飛竜なんて嫌いだ。
「……まあ、飛竜にも好みってのはあるからな。気を落とすな」
試験官の気の毒そうな目と励ましが突き刺さる……。
俺の初日の試験はこうして終わった。
◇◆◇◆◇
二日目は『筆記試験』だけだ。
リヴェリア王国の公用文字、近隣諸国の文字、古代教会文字、精霊文字の読み書き。
それから王国の歴史と国内の地理に関する問題。
そして算術だ。
試験は本校舎内にある教室で行われた。
静寂に包まれた教室内では、カリカリとペンを走らせる音だけが聞こえる。
そんな中、俺は一人ペンを手に白紙の答案用紙を前に固まっていた。
やべぇ……、全然わからねぇ……。
王国軍で覚えた公用文字はともかく、他国の文字とか知ってるわけがねぇ!
貨幣よりもまだ物々交換のほうが多い山奥では、文字が必要な場面では村長や教会の司祭が代筆してくれる。
そもそも辺境の農村で暮らす人々にとって、文字を覚える時間があるなら狩りを覚えて獲物を追い、ペンを持つくらいなら鍬、鎌を持って畑を耕していたほうが役に立つ。
村での生活なんてそんなもんだ。文字など使う機会など存在しない。
仕方が無いので、解けそうな問題だけ解いていく。
特にリヴェリア国内の地理、地形、地名は得意だ。なにしろ実際に行った所だってたくさんあるんだ――戦場になっていて……。
けれども、結局は空欄ばかりが目立つ答案用紙になってしまった。
時間が来て最後方の席に座っていた受験生が、前の受験生の答案用紙を集めていく。
俺の列の答案用紙を集めていた受験生が、ほとんど白紙と言って良い俺の答案用紙を見て、一瞬信じられないという目で俺を見た。
うう、まあそういう目で見られるのも仕方がない。
答案用紙を提出し終えた受験生たちが、それぞれ顔見知りで集まって答え合わせしているのを横目に、俺はすごすごと試験会場を後にする。
ま、まあ、筆記試験の結果が芳しくないものになるだろうって事は、想定の範囲内だ。
いくらなんでも王国公用文字が書ける程度で、試験問題を解けるわけがない事くらいわかっていたさ。うん、本当に……。
むしろ、地理、地形、地名に関する問題が出てくれただけでも、俺にとっては幸運だったくらいだ。
二日目までの試験を終えた結果、俺にとって最も想定外だったのは魔法士適性検査だけだ。
魔法とは違うけれども、権能を使えば好成績を望めると踏んでいたのに、まさか検査そのものを受けさせてもらえないとは思わなかったからなあ。
竜騎士適正検査は、もうこれは資質の問題で個人にできる努力の範疇ではどうにもできない事なので仕方がない。おそらくこの検査は悪い結果が出た所で、合否には直結しない。
というわけで現在の俺の成績を個人採点すると。
運動能力試験◎
魔法適性検査✕
竜騎士適性検査✕
筆記試験✕
運動能力試験だけはトップクラスの成績を収めたと思うので、二重丸の自己評価。
く、他の試験の成績が壊滅的だ……。
でも、明日の戦技試験で挽回は可能なはずだ!