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抗いのヒストリア  作者: ピチ&メル/三丘 洋
王立士官学校受検編
12/72

妹姫と、八年ぶりの王都と

 ――ルナレシア・レイフォルト・ヴァン・リヴェリア。


 リヴェリア王国の王女の一人。そして今から二、三年後に女王として即位するアデリシア王女の双子の妹姫だ。

 歳は十一歳で俺とは二つ違い。

 そして俺と共に同じく士官学校入学を目指す同志らしい。

 双子の妹姫として生まれたルナレシアは、辺境の慎ましやかな修道院で隠遁生活を送っていたのだが、王国軍の一部が彼女を擁立しようと表舞台へ引っ張り出した。理由は王位継承権を持つ有力な王族の度重なる不審死が続き、そしてその度に権勢を強める宰相ライエル侯爵への危機感。ライエル侯の擁立するアデリシア王女の対抗馬として、騎士団と呼ばれる王国軍に所属する貴族たちの派閥が、ルナレシア王女を擁立しようとしているのだ。


 ルナレシアは王国軍の象徴として、騎士団が擁立するに相応しい王女となるため、王都の王立士官学校へ入学する事になった。

 そして修道院から王都王立士官学校を目指す道中で、刺客に襲われたのである。

 前世ではアデリシア王女が王位に就いていた。という事はルナレシアと彼女を擁立した騎士団は権力闘争に敗れたのだろう。


 そういえば、リヴェリア王国が滅亡する頃には、主だった王族はほとんど残っていなかったと聞く。

 もしかしたら本来の歴史では、あの襲撃によってルナレシア王女は、王国軍の象徴となる前に命を落としていたのかも知れないな。

 なぜなら俺がその場にいなかったと仮定した時、王女が生き延びられたとは思えないからだ。

 そうだとすると、俺が王女を救い出した事で歴史が一つ変わったのかもしれない。

 あくまでも俺の仮説だけれども。



 ◇◆◇◆◇



 アルルの背中に乗って森の中を駈ける事三日。それから街道に戻って徒歩で歩く事一週間。

 俺とルナレシアはようやく王都へ辿り着いた。

 ちなみにアルルは森を出た所で姿を消している。

 人化したとしても狼の耳に尻尾は隠せない。余計な騒ぎを起こしたくない。

 そういえば何かご褒美が欲しい、って言ってたな。

 ご褒美ってどうすればいいんだ? 狼だから生肉いっぱい食べさせればいいのか?


 やっと辿り着いた王都リーリア。

 都市の構造を他人に簡単に説明するなら、三重丸を想像させるといい。

 三重丸の円は壁だ。

 一番外側の外壁とそのすぐ内側の市壁の間は広大な土地が広がっていて、農地と牧草地として利用されている。そして市街地を囲む市壁の更に中心に築かれた壁の中に貴族街と王の住む宮殿があった。

 内壁内に築かれた都市は、特産の石材が使われた高層の建物が多く、口の悪い者からまるで蟻塚のようだと評される事もあるらしい。


 俺も初めて王都(リーリア)を訪れた時は、里山にあったどの大木よりも高層な建築物群を見て目を回しそうになったものだ。路地から空を見上げると、本当に空が狭く感じられてとても不安だった事を覚えている。

 市壁を潜った先の建物は堅牢な石造りばかりで、石畳で舗装された通りを大勢の人々が往来している。


 王都(リーリア)に戦火が及んだのは俺が三十六歳の時――いや、正確には三十五歳の時か。

 王都の包囲戦は半年も続き、俺はその間に一つ歳を取っている。

 俺の感覚では八年ぶりの王都だ。

 最後に俺が見た王都は、投石機に敵軍の魔法士、そして竜騎士隊による空襲で破壊された建物の残骸が道を塞ぎ、そこかしこに絶命した味方兵士たちが倒れているものだった。

 軍規を無視した敵兵士が逃げ惑う市民に乱暴狼藉を働き、面白半分に殺す場面もあった。

 当然ながら今の王都(リーリア)の建物はもちろん、外壁、市壁ともに損壊した箇所は見当たらない。


「なあ、本当に先に王宮に行かなくてもいいのか?」


 王都に到着したら俺は、ルナレシアとはすぐに別れるものと思っていたのだが。


「もう少しご一緒させてもらえませんか? イオはこれから士官学校へ行かれるのでしょう?」

「正確な入学試験の日を知っておきたいからな。試験日には間に合ってるはずなんだけど、春に試験があるって事しか知らないんだ。できればひと月以内に試験があってくれると嬉しいぜ」


 軽くなった財布に思いを馳せる。

 士官学校へ入学が決まれば寮に入れるのだが、それまでは宿屋に泊まらなければならない。

 王都の宿賃は他の街よりも相場が高いと聞くし、できれば早く試験を終えて合格を決め寮に入りたいところだ。


「わあ、凄い……凄い! 人でいっぱいですよ!」


 そんな事を考えていると、ルナレシアのはしゃいだ声が聞こえてきた。

 気がつけば王都(リーリア)のメインストリートに出ていた。

 通りの中央では荷物を満載にした荷馬車が忙しなく行き交い、左右には大きな商会が直営する店が立ち並んでして、荷馬車の行き交う中央に客がはみ出してしまうほど大勢の人々で溢れていた。


「さすが王都、賑やかだねぇ」


 少々の声では周囲の喧騒に掻き消されてしまう。

 お上りさんのように周囲をキョロキョロと見回しているルナレシアを微笑ましく見ていると、不意に彼女は俺を見て「むぅ」とむくれて見せた。


「何?」

「いえ、何だか私だけ王都の賑わいに驚いているみたいで……。イオもこんなに大きな街を見たこと無いのでしょう? それなのにどうしてそんなにも落ち着いていらっしゃるのです?」

「驚いてるよ。驚いてるけど、一応村を出てから幾つか街は見ているからな。期待してたような反応は、もうやっちまったんだよ」

「そうなのですか? それは残念です……」


 本当は前世で王都に来ているからな。

 アルルの背中に乗って森の中を駈ける事三日。そこから目立たぬよう、二人で歩いて旅する事一週間。それだけの日数を一緒に過ごせば、この程度の軽口を叩ける程度には仲良くなれたのである。

 さすがに治世の混乱で、市民がこんなにも平和に買い物をしているような事は無かった。中央の通りも荷馬車よりも兵士や武器、軍事物資を満載にした馬車の方が目立っていたし。


「そうだルナレシア様。士官学校を見に行く前に、腹ごしらえして行くか?」


 昼には少々早い時間帯だったが、良い匂いがあちこちから漂ってくる。メインストリートでは物販だけでなく、飲食店も軒を連ねていた。


「そうですね。それよりもイオ、その……ここでは私の本名はあまり……」


 ああ、そうか。ルナレシアという名前はいかにも高貴な家柄の女性といった名前だ。平民の女性の名前はうちの姉の名前ササラのように、もっと簡単なものが多い。

 ルナレシアという名前でアデリシア王女の双子の妹姫だと気づく者はいないだろうが、身分の高い人物だと知られるのは厄介だ。

 身代金目的で誘拐を企む不届き者だっているかもしれない。


「じゃあ、ルナでいいか?」

「はい。そうしてください」


 ニッコリと嬉しそうに微笑むルナレシア。


「先程からとても良い匂いがして、私もお腹が空いてきました」

「ああ、俺もだよ。旅の間、碌なもん食ってなかったからなぁ」


 アルルのおかげで追っ手は撒いた。追跡者たちも王女がまさか巨大な狼に乗って森の中を駆けたとは思うまい。今頃はまだ、見当違いの場所を探し続けているはずである。

 とはいえルナレシアの目的地が王都の士官学校だと知られている以上、他にも別働隊が待ち伏せしているかもしれない。その可能性を排除できない以上、俺たちは途中の村で宿に泊まるわけにいかなかったのである。

 たまたま乗合馬車に居合わせた俺なら顔が割れていないだろうということで、立ち寄った村で食糧や必要な物資を調達し、基本は野宿をして旅してきた。

 旅の間の料理など、カチカチに乾燥させた干し肉とパンを湯で戻したものか、塩で薄く味付けした焼き物が精々だ。新鮮な野菜、肉を使った料理が恋しい。


「港もあるから魚料理なんかいいかもな」


 俺の村は山の中なので子どもの頃は川魚しか食べたことが無かった。

 徴兵されて兵士となって初めて食べた海の魚介類を使った料理は美味かったなぁ。

 転生してからは当然食べていないわけで、昔食べた海の魚料理を思い出すと思わずツバが湧いてくる。


「あまり贅沢をするわけには……」


 ルナレシアが困ったように小首を傾げてみせる。

 驚いたことに王女という身分に生まれた身でありながら、ルナレシアは粗食に慣れていた。決して豊かとは言えない農家出身の俺と大して差が無いくらいに。

 さすがは慎ましい修道院育ちと言えた。


「それに、私持ち合わせがあまり……」

「メシ代くらい俺が出すから気にすんなって」

「はい」


 十一歳の子どもにメシ代を払わせるつもりはない。例え相手が王女だとしても、だ。

 歳上としての安っぽいプライドだけどな!

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