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抗いのヒストリア  作者: ピチ&メル/三丘 洋
王立士官学校受検編
10/72

初春の森と、逃げる者たちと

「イオニスの名において命ずる。大地を駆ける獣の王よ、我が前に顕現せよ――『召魔狼(マルコシアス)』!」


 森に入って崖が見えなくなった所で、黒狼を召喚する『召魔狼(マルコシアス)』を使った。

 姿を顕した黒狼――アルルへ俺は話しかける。


「アルル、俺ともう一人、背中に乗せて走れるか?」


 アルルはノソノソと近づいて来ると、眠ったままの少女を眺めると匂いを嗅ぎそれから天を仰いだ。

 何となく何か言いたげな仕草だな。

 俺たちが乗りやすいようしゃがんでくれたので、俺は少女を前に抱えてアルルに跨ると振り落とされないよう毛を掴んだ。


 鐙も鞍も無いので慎重な足取りでアルルは森の中を進んで行く。それでも俺が少女を抱えて森の中を歩くよりも断然早い。

 身体が大きいので通った道は折れた小枝に踏み倒された草、足跡などの痕跡がいっぱい残っていたが、それも俺の計算のうちだ。

 もしも俺が追跡者の指揮官でこの痕跡を見つけたなら、部隊の進行をより慎重なものにするだろうからだ。こんな大きな痕跡を残す魔獣と森の中で遭遇なんて考えたくもないだろう。


「う、うぅ……」


 俺の腕の中で少女が身動ぎした。


「起きたか?」


 ぼうっとした目で俺の顔を見上げて、


「きゃあああ! いやあ、離してください」


 俺の腕から逃れようと両手で力いっぱい押す。


「ちょっ、おい、暴れるな。舌噛むぞ! 危ない! 危ないって!」

「……ひっ!」


 俺が必死になってそう呼び掛けると、少女はやっと自分が何かに乗って森の中を移動している事に気がついたようだ。

 今度は身体を強張らせるとギュッと強く俺の腕を握る。

 少女を安心させるために今の状況について説明をしたいが、狼の背中というものはお世辞にも乗り心地が良いとは言えない。

 無理に喋れば舌を噛む自信がある。


 アルルが立ち止まったので俺たちはその背中から滑るように降りた。

 少女が地面にうずくまる。

 ついでに俺もうずくまりそうだったけど、なんとか見栄だけで立っていた。足がプルプル震えていたかもしれない。


「ええっと、大丈夫? 俺の事わかる?」


 少女は傍に伏せている黒狼姿のアルルを恐ろしげに見てから、俺に答えた。


「……はい、乗合馬車で一緒だった……」

「イオニスって言うんだ、よろしく」

「あ、あの、エイジェス……私の連れの人たちは?」

「馬車が暴走して崖から落ちた事、覚えてる?」


 少女が頷いた。


「無事……だったのは俺と君、それからエイジェスさんって人だけだったんだけど……」


 俺が「無事」と口にした時、わずかに言い淀んだ事で他の者たちがどうなったのか想像がついたようだ。少女の顔が悲しみに歪む。それからエイジェスを探すように辺りを見回した。


「エイジェスさんは君を逃がすためにあの場所へ残った。大怪我で動けなかったんだ」

(あるじ)様。追っ手は一晩中歩いても追いつけないほど引き離した」 


 いつの間にか人の姿を取ったアルルが立っていた。


「あの、えっと?」


 いつの間にか恐ろしい黒狼が消えていて黒髪の女がいた事に混乱している少女。その少女を無視して俺に歩み寄ったアルルは、ジッと無表情に俺の顔を見た。


「まだ移動する?」

「いや……」


 問われて俺は少女の様子を見た。


「少し休もう」


 意識を取り戻したとはいえ、どこか身体を痛めているかもしれない。

 そういえば幌の中で光の繭に包まれていたけど、あれは防御魔法か何かだったのかな? 見た所、怪我は無いみたいだし。

 とりあえず俺は近くの木の根元に背中を預けて座り込んだ。隣にアルルも座る。

 そんな俺たちを見て、少女も迷うように周囲に視線を配っていたが、やがて俺たちから少し離れた木の根元に腰を落ち着けた。


「少し休んだら王都へ直接向かおうと思う」

「王都に? あの、商隊と合流しないのですか?」

「商隊の護衛隊が騎士団の人間だったって事はエイジェスさんに聞いたよ。君を護衛していたんだろ?」


 少女は答えるべきか迷うように頷いた。


「俺たちの馬車を襲った人間は、君がどの馬車に乗っていたのか正確に把握していたみたいだ」


 それだけで少女は俺がエイジェスに語った事を推察したようだ。

 目を見開き、それから悲しげに俯くと小さな声で零す。


「それでエイジェスは王都に向かうようあなたにお願いしたのですね?」


 賢い子だ。俺は頷いた。


「アルルもいる。森の中を行くならもしかしたら馬車で行くよりも早いかもしれない」

「そちらの女性の方が先程の幻獣……アルルさんとおっしゃるのですね」

「幻獣?」

「えっと人に害を及ぼさないようでしたので……違うのでしょうか?」


 知性を持つ獣、魔法・精霊を操る獣を魔獣と呼ぶ事は知っていたのだが、その中で人に進んで危害を及ぼさない獣は幻獣と呼ぶのだと少女は教えてくれた。

 それは知らなかった。

 前世でも今世でも幻獣と呼ばれる獣に遭遇したことは無かったし。


「あの、イオ‥…ニスさん?」

「イオでいいよ」

「……では、イオも王都を目指しているのですか?」

「うん。この春の王立士官学校を受験するつもりなんだよ」

「ではイオはその……貴族か騎士の方なのですか?」

「あはは、俺が貴族とか騎士に見える?」


 俺の旅装は兄のお下がりの服に鹿革をなめして作ったマントとブーツで、腕のある職人の逸品物では無い。


「でも……」


 少女が俺の召喚したアルルを見た。


「俺がこいつを従えてる事が不思議なんだろう?」


 少女は素直に頷いた。


「俺が魔法を使えるようになったのって六歳くらいの頃からなんだ。だから生まれた時の検査には引っ掛からなかった」


 リヴェリア王国に限らずどの国でも魔法士は重用される。

 魔法士の才能は血統によるものが多く、貴族、騎士の家系に強く現れやすいのだが、稀に平民にも魔法士の才能を持って生まれる事がある。

 そのため国は子どもが生誕した際に教会で魔法士の適性があるか検査する。そして適性があれば国がその子どもを育て、将来は騎士身分を与えて国の財産としていた。

 魔法士の適性検査が行われるのは生まれた時の一度だけしか行われない。

 なぜなら後天的に素質が現れる事は無いと言われているからだ。


「そうなんですね」


 ただ、少女はその事を知っているのか知らないのかわからないが、とりあえず納得していた。

 納得できなくても目の前に実際使えてしまっている俺がいるので、納得せざるを得ないだろうけどね。

 


 ◇◆◇◆◇



 この日はその場所で一晩を明かすことにした。

 アルル曰く、追跡者は一晩歩いた所で追いつけないくらい引き離したらしいので。

 明日からもアルルの背に乗って移動すれば、追跡者を完璧に撒く事ができるだろう。

 こちらが王都を目指している事を知っていても、まさか森の中を通り、馬車よりも速く移動しているなどと想定はできまい。

 保存食なども全部馬車に置いてきてしまったので、俺は一人森の中に入って食べられる物を探す。


「獣か鳥がいれば楽なんだけどなあ……」


 残念ながら影も形も見当たらない。

 雪が溶けたばかりのこの季節、緑も少ないし当然果実も見当たらない。

 ただ、倒木に生えたキノコを大量に見つけることができた。食べられる美味しいキノコだ。


「塩だけでもあれば良かったんだけど」

「いえ、とても美味しいです」


 焚き火で炙っただけだけど、昼から何も食べていなかったためかとても美味しかった。

 少女も小さな口でキノコをちまちまと齧っていた。

 高貴な家の出身ぽいから焼いただけのキノコとか、粗野な食べ物が口に合って良かった。

 ちなみにアルルは俺がキノコを手に入れて戻って来ると入れ違うように森の奥へと姿を消した。

 そういえばアルルって何を食べるんだろうな? 

 人の姿をしている時はともかく、本当の姿はかなりの巨体。食べる量も多いのだろうか。

 獲物を狩りに行ったのなら、ついでに俺たちの分も獲ってきてもらえば良かったかなあ……。

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